序列学園

あくがりたる

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学園戦争の章《起》

第98話~鏡子と神々廻~

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 大講堂には弓特のトップが2人もいた。
 学園序列2位にして弓特の寮長を務める美濃口鏡子みのぐちきょうこ。そして、弓特師範の神々廻かがまえ
 後醍院茉里ごだいいんまつり新居千里にいせんりも中にいた。全員、突然入って来たカンナを驚いたように見ていた。

「澄川カンナ。反逆者のお前が何故ここに?  投降か?  外にはうちの生徒達がいたはずだが?」

 神々廻は薄く皺の刻まれた顔で口元だけ笑って言った。

「外の生徒達には見つからないようにこっそりと入って来ました。それと、私は投降しに来たわけではありません」

 神々廻とは初めて会話したが、体特師範の重黒木じゅうくろきと似たような冷静かつ隙のない雰囲気が辺りに漂っていた。氣も洗練されたものを感じる。

「澄川さん、一体何をしに来たのです?」

 茉里が言った。恐らくまだ茉里は反逆者という事はバレていないようだ。
 鏡子はカンナをじっと見詰めているだけで一言も話し掛けてこない。

「まあ、いい。まずは反逆者1人確保だ。千里、やれ」

 神々廻が後ろにいた千里に指示を出すと、腰に装備していた折りたたみ式の短弓を組み立て腰の矢筒から矢を1本取り躊躇う事なくカンナに矢を向けた。
 その動きとほぼ同時にカンナは千里に接近し、右手を手刀で打ち、つがえた矢を外させ、すぐに屈んで千里の脚を回し蹴りで払って倒した。

「このっ……!!」

 千里が立ち上がりまた矢を番えようとしたが腰の矢筒に伸ばした手は上手く矢を掴めずただ羽根を撫でるだけの動きを繰り返した。

「くそっ!!  右手に力が入らない!」

「右手の筋肉はしばらく硬直して動かせませんよ。私は闘いに来たのではありません。話し合いに来たのです」

 カンナが言うと4人とも顔を見合わせた。

「話し合い……だと?  澄川カンナ。反逆者が我々と取り引きでもしようと言うのか?」

 神々廻が言ったのでカンナは一呼吸置いてゆっくり口を開いた。

「私は、学園の陰謀を知ってしまいました。割天風かつてんぷう先生の本当の目的。あの人は、ただ私達孤児を保護し、武術を教えていただけではないんです」

 カンナの話に鏡子が表情を動かした。

「カンナ、その話詳しく聞かせてくれる?」

 鏡子が耳を貸すと言った。

「必要ない、鏡子。反逆者の戯言に耳を貸すな。さっさと拘束しなさい」

 神々廻は鏡子の言葉を掻き消すように言い放った。

「話くらい聞いてあげても」

「黙れ!  お前達、私に逆らうのか?」

 茉里のフォローも掻き消すように神々廻は怒鳴った。
 構わずカンナは話を続けた。

「学園は青幻せいげんと繋がっていました。それもだいぶ前から。この話は総帥の側近だった畦地あぜちさんに聞いた事なので確かです。私をこの学園に序列11位で入学させ、周りから恨まれたり憎まれたりするようにしたのも、全ては割天風先生の罠でした!」

「そんな……何の為に」
 
 鏡子と千里はカンナの話に目を丸くしていた。

「そのような流言飛語を……!  もう良い!  鏡子、茉里。お前達2人がやらないなら私がやる!」

 神々廻は背負っていた短弓と矢を取り出し、目にも止まらぬ早さで矢を番え、そしてカンナに放った。
 間一髪、矢を避ける事が出来たが、カンナの頬には傷が出来、血が流れた。神々廻の矢を射る速さは千里とは比べ物にならない程のものだった。

「いい動きだが、毒矢なら死んでたな」

 神々廻は言いながらまた矢を放った。今度は太ももを掠った。避け切れない。恐らくまだ余力を残している。弓使いと本格的に闘うのは初めてである。

「澄川さん!」




 茉里が叫ぶ。鏡子は腕を組んだままカンナと神々廻の戦闘を見ていた。
 その様子を見て、茉里は決心した。

「鏡子さん!  わたくし、鏡子さんにお話する事がございますわ!」

 茉里は鏡子の顔を見た。表情はなく、感情を読み取れない。

「茉里、少し、目を瞑っていなさい」

 そう言うと鏡子は茉里の頭に手を翳した。言われた通り茉里は目を瞑った。
 鏡子の手が頭にぽんと優しく置かれた。
 何かが光ったような気がした。
 すると、鏡子の手は頭から離れた。

「そういう事ね。茉里、目を開けていいわよ」

 茉里がそっと目を開けると鏡子は難しい顔をしていた。
 茉里が首を傾げた。

「ごめんなさいね。あなたの心を読ませてもらったわ。全て理解した。あなたが今回の件で知っている事。そして、あなたが反逆者であるという事」

 茉里は鏡子の言葉に鳥肌を立てた。何故バレたのか。殺される。いや、もとより殺される覚悟をした上で鏡子に全てを話すことを決めたのではないか。
 鏡子はじっと茉里を見詰めていた。

神技しんぎ神鏡しんきょう。これは他人の心を読む能力。戦闘には一切使えないけど、その人の経験や思考を完璧に読み取る事が出来るのよ。本当に心が読めるのは、まりかの神眼しんがんではなく、私の神鏡なのよ」

 序列5位以上は全員神技を持っていると聞いたことがあるが、鏡子の神技については茉里でさえ知らなかった。勿論神技について尋ねた事はあるが教えてくれる事はなかったのだ。

「あなたが反逆者になった理由が分かったわ。あなた、本当に変わったわね。これは、悪い意味ではなく、いい意味でね。あなたは師である私と友達であるカンナ、どちらに付くかずっと悩んでいたのね。以前のあなたなら、迷わず私を選んだでしょう。でも、今は迷っている。むしろカンナの方に気持ちが偏っている」

「も、申し訳ございません!  鏡子さん!」

「何を謝る事があるの?  あなたの正義はカンナに付いてこの最低な学園を解体する事。それは間違いではないわ。私も、そのような事情ならあなたと同じ事をしたわ、茉里」

「それでは、鏡子さんもお力を貸して頂けるのですね!?」

 茉里は自然に笑顔になっていた。鏡子が味方になってくれる。
 しかし、鏡子は首を横に振った。

「茉里、私とあなたは立場が違う。それに私には割天風総帥に大恩があるの。その恩を返すまではこの学園を裏切る事は出来ない」

 鏡子は静かに、そして寂しそうに言った。

「私は約束してしまった。弓特から反逆者が出たらその者を私の手で処断し、そして私の首を差し出すと」

 茉里は絶望した。鏡子は茉里を殺し、自分も死ぬつもりだ。

「ふん、鏡子。うちからも反逆者が出たな。さっさと茉里を処断しなさい。たかが弟子だ。そいつを殺してもまた別のが出来る。そういうものだ」

 神々廻は片手間にカンナへ矢を放ちながら言った。カンナは未だに神々廻に近付けていない。
 茉里は鏡子を見た。その顔は今まで見た事のないよう表情をしていた。
 怒り。間違いない。鏡子は神々廻の無慈悲な言葉に普段は決して表さない怒りという感情を顕にしていた。

「弟子は使い捨ての物ではありません。神々廻師範」

「なんだと?」

 鏡子が反論すると神々廻が睨み付けた。



 鏡子の氣が変わった。とてつもない力を感じる。同じく神々廻の氣にも変化があった。
 神々廻は鏡子を睨むとカンナへの攻撃をやめた。それでも隙は全くない。少しでも動けばまた踏み込めない位置に矢を射てくるだろう。
 茉里と千里はただ、鏡子と神々廻の様子を見ているだけだった。

「弟子は師の言う事を忠実に遂行するもの。それが出来なくなってはもはやそれは要らぬもの」

「速射姫の死も、そのようにお考えになったと言う事ですか」

「そうだ。弱ければ死ぬ。死んだ者に想いを寄せるだけ時間の無駄だ。武術を極めるのに感情など要らぬ。私の名に泥を塗った速射姫などいなかった事にした方がましだ。お前も反逆者に成り下がったそんな出来損ないの弟子などさっさと処分して、総帥への恩を返せ」

「なるほど。あなたはとても厳しい師範でした。私もその厳しさに倣って弓特の生徒達にも厳しくしてきました。しかし、今の話を聞いてあなたとは根本から相容れないと感じました。見解の相違です」

 鏡子の身体にみるみる氣が溜まっているのを感じる。氣を操れるのか。カンナは構えたままその様子を見ていた。

「ほう、鏡子よ。お前程の者が裏切るのか?  序列2位という地位を捨てるのか?  良く考えろ?  このままお前が総帥の下に付いていれば、お前は国家建国後も重用されるのだぞ?」

 神々廻の口からついに「国家建国」という言葉が出た。やはり神々廻も学園側の人間だった。

「いらないですね。そんな権力。千里、弓を貸しなさい」

 右腕をぶらぶらさせていた千里は一瞬躊躇ったが、鏡子に近付いて左手で握っていた短弓を渡し、腰の矢筒を鏡子の手の届く位置に差し出した。
 鏡子は弓と矢を受け取るとゆっくりと番えた。

「残念だ。お前は優秀な駒だったのにな」

 神々廻が目に殺意を浮かべ言った。それに対して鏡子は無表情だった。

「そんな短弓でどうするつもりだ?  お前の御堂筋弓術みどうすじきゅうじゅつは和弓を使ってこそだろ?」

 神々廻が鼻で笑った。
 一瞬、隙を感じた。ここだ。カンナは右手の手刀に氣を急速に集めた。しかし、神々廻はすぐに矢を放った。
 駄目だ。踏み込んでしまった。交わせない。思った時、カンナに向かっていた矢は何かで撃ち落とされた。

「御堂筋弓術は動くものを射る技。対象がどんなに素早くても動きを先読みして射殺す」

 カンナの足元には、カンナに射られた神々廻の矢が1本の矢によって地面に打ち付けられるように刺さっていた。
 鏡子は矢に矢を射たのだ。

「鏡子……貴様!!!」

 神々廻が怒鳴る。カンナが飛び掛る。しかし、また神々廻は反応し矢と弓を構えた。
 刹那。神々廻の構えた弓のつるが矢で射られ切れてしまった。

「弦が切れてしまったら、矢は射られませんね」

 神々廻の顔が焦りに変わったのを見たカンナは今度こそ右手に氣を溜めて飛び込んだ。

「いきます!篝気功掌かがりきこうしょう壊空掌かいくうしょう!!」

 カンナの渾身の掌打を神々廻の胸に打ち込んだ。
 神々廻は膝を付き、前に崩れて動かなくなった。

「か、神々廻師範!?」

 千里が叫んだ。千里は鏡子と茉里を見たが2人とも静かに頷いただけだった。
 カンナは大きく息を吐いた。
 
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