序列学園

あくがりたる

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神眼の女の章

第90話 伽灼の目的

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 辺りはすでに日が沈み闇が支配していた。
 カンナは真っ直ぐ斑鳩いかるがのいる地下牢へ走った。石造りの地下へ続く階段を駆け下りた。カンナがこの場所に来るのは初めてである。地下は僅かな蝋燭の灯しかなく薄暗い。そして少し冷える。
 カンナは地下通路の一本道を進んで行くと斑鳩の氣とそれ以外の氣を6つ感じた。その内の5つの氣がカンナを囲うように移動した。
 残りの1つの氣が前から近付いてきた。

「ここは立ち入り禁止だぞ」

 具合の悪そうな初老の男が煙草を加えたまま闇からぬっと現れた。

「あなたが鵜籠うごもりさん?」

「ああ。お前は?」

「学園序列10位、澄川カンナです」

「お前がそうか。畦地あぜちまりかはどうした?  死んだか?」

 鵜籠は特に表情も変えずにまりかの所在を聞いた。周りの5つの氣がじわじわと距離を詰めてくる。カンナは鵜籠の問い掛けには答えなかった。

「捕らえろ」

 鵜籠の合図で5つの氣の持ち主は姿を現し、短刀を持った男達が一斉にカンナに襲い掛かってきた。

「学園総帥直属の暗殺部隊だ。序列10位如きではどうにもならん」

 カンナは最初に飛び掛ってきた男の腕を掴みそのまま他の男に投げつけ、続けざまに襲い来る男達に肘や拳を打ち込んだ。すでに3人を倒したカンナはさらに蹴りを放ち残りの2人もあっという間に倒してしまった。
 鵜籠はその様子を煙草を咥えながら茫然と見ていた。

「なんだ。大したことないですね。言うの忘れましたが、私は体術では絶対に負けません」

小癪こしゃくな」

 鵜籠が煙草を吐き捨てると同時に腰にいていた刀を抜いて斬りかかってきた。
 振り回された刀の動きは使い手のそれだった。鵜籠自身もそれなりの腕を持っているようだ。しかし────

篝気功掌かがりきこうしょう壊空六花掌かいくうりっかしょう

 鵜籠の突きを交わし、カンナの肘と掌底の同時打ちが鵜籠の鳩尾みぞおちを突いた。
 渾身の氣を打ち込んだ。その勢いで鵜籠は石造りの壁に叩き付けられそのまま動かなくなった。
 ものの数分の出来事だった。
 カンナは鵜籠の腰に付いていた鍵の束を奪い、地下通路の奥へと進んだ。
 するとすぐに行き止まりになり、横を向くと牢の中に人影を見付けた。

「斑鳩さん!?」

 カンナは鉄格子を両手で掴み中で血塗れでぐったりしている斑鳩に呼び掛けた。

「澄川……?」

 その声にすぐに反応しゆっくりと目を開きこちらを見た。
 斑鳩だ。見ていられない程ボロボロになりかなり衰弱し切っている。

「斑鳩さん!  大丈夫ですか!?  今、この扉開けますからね」

 カンナはすぐに先程鵜籠から奪った鍵の束から牢の鍵を探そうとした。しかし牢自体は6室しかないにも関わらず、鍵は60本近くあり、どれが斑鳩の牢の鍵だか分からなかった。

「もう!  何よこれ……こうなったら」

 カンナは鍵の束を投げ捨てた。そして氣を溜めた。そして足に氣を集中させ思いっきり扉を蹴った。扉は金属音を響かせ内側に吹き飛んだ。氣の力は、単純に攻撃力を上げる事も出来るのだ。カンナは斑鳩の元に駆け寄り手脚に繋がれた鎖を外そうと引っ張った。しかし、頑強な鎖は人の力で千切れるものではなかった。先程奪った鍵の束にこの枷の鍵があるのだろうがもちろん一つずつ試している程余裕はない。カンナは牢の外で倒れている鵜籠が持っていた刀を拾ってきてその刀で鎖を思いっきり切った。意外と切れ味は良く1回で鎖は千切れた。その刀で他の手足の拘束も同じように外していった。
 全ての鎖が外れ斑鳩はカンナにもたれ掛かった。

「すまない、澄川……身体が動かない。畦地あぜちはどうした。お前こんな所にのこのこ現れて……あいつの罠だぞ」

「畦地さんはこちらで一旦は確保しましたが、外園ほかぞのさんが瀕死の畦地さんを連れて逃走してしまいました。今はそれをリリアさん達が追っています。それより、酷い怪我……すぐに御影みかげ先生の所へ連れて行きますね」

 ようやく会えた愛しい斑鳩は血や泥で汚れすっかりやつれてしまっていた。それでもカンナは思いっきり抱き締めたいという気持ちに駆られた。しかし今はそれどころではない。一刻も早くこの場から脱出しなければ、またいつ学園の刺客がやってくるか分からない。

「澄川……まさか、お前に助けられるとはな。ありがとう」

「助けたかったから……気にしないでください」

ひいらぎを殺したのは畦地だ」

「え!?」

 カンナは耳を疑った。しかし、その可能性は少なからず考えていた事でもあった。序列5位のまりかなら序列8位の舞冬まふゆを殺す事は出来る。
 カンナは何も言葉が出なかった。そんなカンナを見て斑鳩が言った。

「澄川、頼みがある。畦地まりかの氣を探して、そこに俺を連れて行ってくれ」

「え!?  今はそれよりも、御影先生の手当を」

「頼む」

 斑鳩の目は真剣だった。カンナは斑鳩がまりかを殺そうとしているのではないかと思った。もちろんそんな事はさせたくない。

「澄川。俺を信じてくれ。殺したりしない」

 カンナはその言葉を信じることにして斑鳩に肩を貸し、ゆっくりと地下牢から脱出した。




 伽灼かやは剣特寮の厩舎きゅうしゃ裏にまりかを連れて来て壁に叩き付けた。

「私にこんな事して、どうなるか分かってるの!?」

「どうなるのかしら?  そんなボロボロでさ。カンナに捕まった時なんて泣いてたじゃない?  あの顔、面白かったわよ?  まりか」

 まりかの言葉も伽灼にはまるで響かない。
 まりかは壁に寄り掛かり座ったまま伽灼を睨み付けた。

「あなたも神技しんぎを持っていたのね」

「知らないわよね。1度も見せた事ないんだから。その神眼しんがんも存在するものしか見る事は出来ない。何が神技よ」

「私の神眼を侮辱するの!?」

 まりかは伽灼を怒鳴りつけた。

「さ、そんな事はどうでもいい。答えなさい。学園と青幻せいげんはいつから繋がっていて目的は何なのか。カンナが11位で入学させられた理由。舞冬の所在。全部答えなさい」

 伽灼は刀を抜き座り込んでいるまりかの頬に突き付けた。

「言わなかったらどうなるのかしら?」

 まりかの口は震えていたがまだ強がっていた。

「私の性格はきっとお前と似ているんじゃない?  立場が逆だったらどうするか考えてみれば分かるわよ」

 言いながら伽灼はまりかの焼けただれた右手の甲を刀でサクッと刺した。
 まりかの悲鳴が響いた。

「うるさい。悲鳴はいいから答えろ」

 伽灼は冷酷にまりかの顔に蹴りを入れた。まりかの鼻や口からは血が滴った。

「何から答えてもいいわよ?  早く答えないと、お前の身体のパーツ一つずつ切り取る事にするわ」

「伽灼!  わ、私と組まない?  あなたの力になってあげるわ!  この神眼をあなたの好きに使っていいわ!  喋ったら私が学園に消されちゃうのよ!  お願い!!  許して!!」

 まりかはついに命乞いを始めた。しかし、喋る気はないようだ。

「いらねーよ、お前の蛆虫以下の力なんか」

 伽灼はまたまりかの顔を蹴り飛ばした。まりかはまた悲鳴を上げ泣き出した。

「裸にして吊るし上げようかしらこの女。拷問よりプライドを傷付けてやった方が効きそうだし。きっと学園の男共に沢山遊んでもらえるわよ。ってか、早くその手治療しないと本当に腐るわよ?」

「わ、分かったわよ!!  喋るわよ!!  全部喋るからもう許してよ!!」

 伽灼の尋問についにまりかは観念した。右手は血塗れで顔もボロボロになっており鼻も骨折しているだろう。

「青幻といつから繋がっていたのかは知らないわ。本当よ?  私が知っているのは学園が青幻を利用して青幻の作った国家を奪うという野望」

「くだらない。じゃあカンナの11位での入学は?」

 その質問には僅かに躊躇いが見られたがすぐに白状した。

「あの女の使う体術、篝気功掌はとても貴重な武術。そして、あの女の心には闇が潜んでいる。両親を殺された事に対する復讐心。それをどうにか今は抑えてるみたいだけど、復讐心が暴走した時の篝気功掌の邪悪な力はどんな武術をも上回るらしい。いきなり11位で入学させたのは、周りの生徒達に怨みを抱かせ、あの女を孤立無援の辛い環境で復讐心を増幅させるため。特に、総帥は響音さんの心の闇に期待していたみたいだったけどね。澄川カンナの闇を引き出せるかもって。」

 伽灼は少し眉を動かしたが何も言わず続けさせた。

「それで、舞冬ちゃんは、死んだわ。私が殺した。あの子は知らなくていい事を知ってしまった。ふっ、あなたも今の話を聞いたから学園に消されるわよ?」

 まりかが言い終わると伽灼はまりかの胸ぐらを掴み引き起こした。そして刀をまりかの右眼に突き付けた。

「ちょっと!?  話が違うわ!?  ちゃんと喋ったじゃない!?  嘘は言ってないわよ!?」

「私がいつ喋ったら助けてやると言った?」

 伽灼の言葉にまりかの顔から一気に血の気が引いた。

「お前みたいな奪うだけ奪って自分は安全な場所にいるような奴許せないのよね。お前も何か失えよ」

 伽灼の本気の目を見たまりかはあまりの恐怖に絶叫した。

「お願い!!  助けてぇぇぇ!!!!!!」

 しかし伽灼の刀はまりかの眼を容赦なくえぐろうと動いた。
 その時伽灼の刀は金属音と共に弾かれ軌道がずれた。

「やめろ!  外園!」

「やめてください!  外園さん!!」

 伽灼の視線の先にはカンナとボロボロの斑鳩がいた。刀を弾いたのは斑鳩の”闘玉とうぎょく”らしい。

「何故止める?  こいつはお前を苦しめた女よ?  別に私が殺したってお前に不都合はないでしょ?  斑鳩だって、こいつにそんなになるまで痛めつけられたんでしょ?  代わりに復讐してるのよ?」

 伽灼は刀をまりかに突き付けたままカンナと斑鳩に言った。

「もう決着は着きました。私達の作戦は成功したんです。舞冬さんの事は本当に許せない。同じ目に遭わせてやりたい!!  けど……畦地さんは学園の命令で動いたって事ですよね。私達が聞きたい事も聞けたし……罪を償わせる機会をあげましょう!  これ以上無駄な血を流す必要はありませんよ!!  本当に悪いのは学園です!!」

 カンナの言葉に斑鳩も頷いた。

「なんだ、聴こえてたのか。だが、私はこいつを許すことは出来ない。こいつの口からあの人に謝罪させるまではな。それが出来ないなら今ここで殺す」

「あの人……?」

 カンナが聞くと伽灼はカンナを見つめたまま答えた。

月希るいが死んだ時、響音ことねさんには月希の仇を取らないのかと責めたくせに、そう言った自分はこのていたらく。響音さんの肩を持つわけじゃないけど、お前、死ぬ前に響音さんに謝れよ」

 伽灼の口から響音を擁護する言葉が出るとはカンナも斑鳩も予想外だった。伽灼、まりか、響音の3人は互いに犬猿の仲になっていたと思っていた。もしかしたら、榊樹月希さかきるいという存在はその3人を繋ぎ止めていたのかもしれない。

「まあ、この女が素直に首を縦に振るとは思えない。響音さんもここにはいないしね。結局、死ぬしかないわね。じゃあね、まりか」

 伽灼は刀を振り上げた。
 まりかは目を瞑った。

「やめて!  伽灼さん!!」

 その時、駆け付けたリリアが伽灼の身体に抱きついた。

「あ、カンナ!  斑鳩さん!!  上手く助け出せたのね!  リリアさんに話は聞いたよ。外園さんは私達に力を貸す代わりにまりかさんの身柄を寄越せと言って来たんだって!」

 リリアの後に続き、つかさ、茉里まつりあかりが駆け付けた。

「何のつもり?  約束と違うわよ、雑魚リリア。お前も散々この女にいじめられたじゃない?  どうして庇うの?」

「もういいじゃないですか?  殺さなくても、まりかさんにもう戦意はない。後はしっかりと罪を償わせてください!」

 リリアは伽灼の腰と右手を掴み必死に訴えた。
 伽灼はリリアの目を見た。リリアの目もどこまでも綺麗で真っ直ぐだった。すると刀を静かに下ろした。

「揃いも揃ってお人好しの集まりだな。そうだな。確かにこんな奴殺しても私の剣が汚れるだけだ。いい?  まりか。良く見なさい。カンナの目を。神眼なんて使わないで、あんたの目で見るのよ。それであんたが変わらなかったらその時はまた殺しに来るわ」

 伽灼に言われ、まりかはゆっくりとカンナの方を見た。視線が重なった。まりかの敵意の消えた瞳がカンナの瞳の中、心の中を見ている気がした。

「あ……」

 まりかの目は何かを見付けたように1度大きく見開き、そして大粒の涙を溢れさせた。
 まりかの涙に周りのメンバーは言葉を失くし見入っていた。
 伽灼は刀を鞘に収めるとどこかへ歩き始めた。

「もうこの学園での平穏な日々は終わった。そのうち学園の刺客が現れて私達を消すだろう。この学園で今まで通りの生活がしたかったら戦うしかない。さもなくば逃げ出せ。ここからが本当の地獄の始まりだ。果たして、何人生き残るか」

「外園さんは、どうするんですか!?」

 カンナが伽灼の背中に問い掛けた。

「愚問だな、カンナ。私に逃げるという選択肢はない。誰が来ても必ず殺す。そうする為の剣術を私は身に付けてきた」

 伽灼はカンナの方をちらっと見るとニヤリと笑った。そして暗い闇の中へと消えてしまった。
 カンナが伽灼の消えた闇を見つめたままでいるとつかさ達が駆け寄って来た。

「大丈夫ですか?  斑鳩さん!?  酷い怪我……すぐに御影先生のところへ行きましょう!  まりかさんも連れて来て!」

 リリアの指示に皆素直に従いカンナの肩にもたれ掛かっている斑鳩と完全に放心状態で涙を流し続けているまりかを手分けして御影の部屋へと運んだ。

 久しぶりに闇が深い。
 そんな夜が目の前にはあった。 
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