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地獄怪僧の章
第73話 茉里vs公孫莉、燈vs魏宜
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茉里が公孫莉と何か喋っていた。
公孫莉は茉里に手を差し出していた。燈はその様子を横目でちらりと確認した。
しかしその一瞬の隙をつくかのように魏宜はまた馬で駆けて来た。
刀を振り下ろされ、その場で数合打ち合った。燈が跳び上がり馬上の魏宜に蹴りを見舞う。しかしその蹴りは虚しく左手で防がれ、逆にまた斬られそうになったが寸前のところで横に跳んで躱した。
燈の顔と胸から血が滴っている。
何故戒紅灼であの刀が斬れないのか。
燈は歯を食いしばりながら魏宜を睨み付けていた。
魏宜は刀に付いていた燈の血を舐めた。
燈の方を見て不気味に微笑んだ。
「戒紅灼を回収するのに、何の対策もなく来るわけがないだろう。その剣は呪われた剣だ。いや、それは色付きの刀剣全てに言える事だな」
魏宜はようやく口を開いた。寡黙な男が発した言葉にはとてつもない重みを感じた。
「どういう意味だよ」
燈は胸の傷を左手で抑えながら言った。
「色付きの刀剣を手にした者はその刀剣の強過ぎる力故に自らの修行を怠り、やがて刀剣に依存していく。極論、振り回していれば相手が勝手に死ぬからな。だから青幻様は戒紅灼を下っ端の壬生という男に持たせ、所有者がどれ程の期間で堕落していくかを実験なさったのだ。なんと壬生は戒紅灼を授かってから一週間で死んだ」
「へぇ。そうかよ。だから何だ? お前ならこの剣が使いこなせるとでも言いたいのか?」
燈は馬鹿にしたように言った。
魏宜は首を振った。
「違う。俺に色付きは必要ない。俺はこの”奇天”で十分だ。戒紅灼の力は我々が良く知っている。他にも戒紅灼で斬れない物がある。その力をこの奇天は持っている」
「何!? 色付きじゃないその刀が、色付きの戒紅灼よりも優れてるって事か!?」
燈は不満げに言った。
「優れているわけではない。ただ、相性の問題だ。これ以上お前に詳しく話しても時間の無駄だ。どうせ理解出来まい」
魏宜はまた口を閉ざしてしまった。
「馬鹿にしやがって。ぶっ殺してやる」
燈はまた戒紅灼を低く構えた。
燈は魏宜が馬で駆けて来る前に先に仕掛けた。とにかくこの男を馬から叩き落としてやる。でないと不利だ。
燈は剣を振った。魏宜は馬上で後ろに身体を反らせ躱すとそのまま刀を振った。燈のトレードマークの赤いコートが少し斬られた。
「人馬一体の俺とこの奇天にはお前は絶対に勝てない」
魏宜の目が一瞬鋭くなった。
その瞬間魏宜の馬が燈の目の前に迫ってそのまま吹き飛ばされた。
燈の小さな軽い身体はいとも簡単に宙を舞った。そして地面に叩き付けられた。
「弱い。これが戒紅灼の呪いか。お前はその剣さえ貰わなければここで死ぬこともなかったかもしれなかったな」
魏宜が馬上から地に伏せている燈を見下している。
燈は横たわったまま茉里の方を見た。
良く見ると茉里の太ももには矢が刺さっているではないか。
「ここまでか……」
燈は薄れゆく意識の中ぼそっと呟いた。
茉里がこちらを見た。
表情はない。
「さ、後醍院茉里。どうするの? 一緒に来るか、私にいたぶられてから一緒に来るか」
公孫莉は冷酷な笑みを浮かべ手を差し伸べてきた。
燈は死んだのか。いや、まだかろうじて息はあるようだ。
燈と目が合った。
「わたくしは」
茉里がゆっくり口を開いた。
同時に血が飛び散った。
公孫莉は苦悶の表情で差し出した手を引いた。公孫莉の手のひらは切り裂かれ血が溢れている。
茉里は太ももに矢が刺さったまま後ろに跳びナイフを振っていた。
「わたくしは学園での今の生活が気に入ってますの。尊敬する師がいて、信頼出来る友がいて、愛する人がいる。あなたのところへ行かずともわたくしは今幸せなのです。だから……」
茉里の真紅の瞳がきりっと見開いた。
「だからわたくしの邪魔をするあなたをわたくしは壊さなければならない!!」
茉里は大声で叫びながら地面を転がり地面に倒れていた弓を拾い即座に拾い一瞬で矢を番え地面を転がりながら公孫莉に放った。
1本、2本、3本……合計5本の矢を瞬時に放った。
だが公孫莉も只者ではなく、全ての矢を素手で払い落とした。
「くっ!? 全て矢は落としたはず」
払い落とした矢は確かに5本。しかし、公孫莉の太ももには矢が1本刺さっていた。
「6本目の矢は見えなかったのかしら? 公孫莉先輩。これは”御堂筋弓術・隠死矢”」
茉里の顔は凶悪な笑みを浮かべていた。
公孫莉は明らかに動揺していた。
その隙を茉里は見逃さなかった。弓を置き、またナイフを構え公孫莉に飛び掛る。公孫莉は瞬時に矢を2本射た。茉里は1本は躱しもう1本はナイフで切り落とした。
公孫莉の胸に飛び込み後ろに押し倒す。地面に倒すと馬乗りになり、同時に茉里はナイフを公孫莉の顔面に向け勢い良く振り下ろす。公孫莉は頭を横に振りギリギリで躱した。しかし、次から次へと茉里は公孫莉の顔を執拗にナイフで突き刺そうとした。
茉里の太ももに突立った矢傷からはナイフを振り下ろす度に血が溢れていた。
それは公孫莉も同じで頭を左右に振って茉里のナイフを躱す度に太ももから血が溢れていた。
「破壊! 破壊! 破壊! ぶっ壊れろ!! あはははははははははは!!!!」
「狂ってるわね……理性を失った餓鬼がぁっ!!」
公孫莉は暴走した茉里のナイフが地面に刺さった時を狙いその腕に噛み付いた。
「いたっ!?」
茉里が痛みに一瞬怯み手を引いたと同時に公孫莉は馬乗りになっている茉里を体を回転させながら矢の刺さった脚とは逆の脚で蹴り飛ばし、また短弓に矢を番え矢を……放とうとした時には茉里は公孫莉の目の前に飛び掛っており、そして後方へ着地した。
「この餓鬼! 連れ帰るのはやめる! 射殺してや……」
茉里はゆっくりと公孫莉の方を見た。
「な……に!?」
公孫莉の首筋からは血が噴水のように吹き上がり辺りを赤く染めた。
必死に手を当て血を止めようとしているが、もう助からないだろう。
「くっ……神々廻先生……」
公孫莉はかつての師である神々廻の名を呟いていた。青幻ではなく神々廻の名だった。
公孫莉はふらふらと首の傷を抑えたまま馬に乗り深い森の中へ走って行ってしまった。
茉里は公孫莉に噛み付かれた時にすでに破壊衝動は収まっていたので追うことはせず逃げ去ったのを見ていた。
何故だか公孫莉にとどめを刺す気にはならなかった。
どうせ、長くはもたないだろう。
茉里は呼吸を整えてから魏宜と闘っている手負いの燈の方を見た。
燈は茉里が公孫莉に飛び掛るのを見て思い出した。
こんな所では死ねない。
戒紅灼を渡してくれた詩歩に顔が立たない。
そんなことを考えていると魏宜が馬に乗ったまま近付いて来て首に刀を突き付けてきた。
その瞬間、燈は思いっ切り魏宜の馬の腹を蹴り上げた。
魏宜の馬は驚き竿立ちになりバランスを崩した。
燈は後転しながら起き上がりバランスを崩した魏宜に飛び掛った。
魏宜は刀で燈の振り上げた戒紅灼を防いだ。流石に馬がバランスを崩しても魏宜はバランスを崩さなかったのか。
燈は一旦離れまた様子を窺った。
この男。強い。
魏宜はまた駆けて来た。隙が全くない。
燈は深呼吸した。戒紅灼を構える。
交差した瞬間、魏宜は通り過ぎずにまた燈の所で止まった。そして戒紅灼は魏宜と馬の勢いで燈の手から吹き飛ばされてしまった。
「ここまでだ!」
魏宜は奇天を振った。
燈は戒紅灼が吹き飛んだと同時に腰から自分の愛刀・火走を抜き放ち魏宜に向かって振り上げた。
奇天を持った魏宜の右腕が宙を舞った。
魏宜は一瞬動揺したがすぐに落ち着きを取り戻し手網で切断された部分を強く縛り止血した。
燈はその様子を口を開けたまま見ていた。すると魏宜は手網を使わずに脚の締め付けだけで馬へ指示を送り馬の前脚を上げさせた。
燈はその踏みつけを地面を転がりながらなんとか躱していった。
「公孫莉! 戒紅灼はこいつの手から落ちた! さっさと回収しろ!」
魏宜が叫ぶが公孫莉からの返事はない。
もうそこにあの女の姿はなかった。
魏宜が公孫莉の姿がないことを確認すると舌打ちをし燈を踏み殺す事に集中した。
「くそっ!」
燈は転がりながらも隙を見て火走を振り続けた。しかし魏宜の馬は巧みに燈の刀を交わしていく。
腕を斬られてもまだこれ程までに馬を操れるのか。
その時、魏宜の馬が嘶いた。
馬の前脚に矢が付き立っていた。
「早く体勢を立て直してください」
弓を持った茉里が叫ぶ。
馬は矢が突立った脚を強く踏み込めず暴れだした。
燈は転がりながら魏宜から距離を取ってようやく立ち上がった。
身体中血塗れだ。
「落ち着け! 飛颯!!」
魏宜は自分の馬の名を呼んで落ち着かせようとしていた。
降りてしまえばいいものを。
燈は火走を構えながら暴れ回る馬を脚と左腕だけで鎮めようとする魏宜という男をじっと見ていた。
やがて魏宜の馬は脚を折り地面に横たわってしまった。
魏宜はようやく馬から降りて馬の顔に手を差し出し撫でた。
燈も茉里も攻撃のチャンスだったが動かなかった。
「殺せ。俺の負けだ。飛颯もこの怪我ではこの山から下りられない。共に殺してくれ」
魏宜は倒れた馬の前にあぐらをかき座り込んだ。
燈は頭を掻き乱した。
「んだよ! 殺せと言われたら殺す気なくなるじゃねーか!」
「最後まで愛馬と共に行く道を選ばれるのですね。ご立派です」
茉里が言った。
「お前ら如き若造に賞賛されるために死を望んでいるわけではない。いいから殺してくれ」
燈と茉里はお互い顔を見合わせた。
その時、突然の太鼓の音と共に木々の間から上半身裸の男達が松明と槍を持って飛び出してきた。
地面に座っていた魏宜が背後からの突然の襲撃に振り返った時には身体中槍で貫かれていた。魏宜の馬も男達に踏み潰され死んでいた。
「なんだよこいつら!? 青幻の部下の兵士じゃねーのか!?」
魏宜を何のためらいもなく殺した男達を見て燈は叫んでいた。
茉里はまた弓に矢を番えた。
松明の火が暗い山中を照らし魏宜と馬の死体をも照らし出していた。
公孫莉は茉里に手を差し出していた。燈はその様子を横目でちらりと確認した。
しかしその一瞬の隙をつくかのように魏宜はまた馬で駆けて来た。
刀を振り下ろされ、その場で数合打ち合った。燈が跳び上がり馬上の魏宜に蹴りを見舞う。しかしその蹴りは虚しく左手で防がれ、逆にまた斬られそうになったが寸前のところで横に跳んで躱した。
燈の顔と胸から血が滴っている。
何故戒紅灼であの刀が斬れないのか。
燈は歯を食いしばりながら魏宜を睨み付けていた。
魏宜は刀に付いていた燈の血を舐めた。
燈の方を見て不気味に微笑んだ。
「戒紅灼を回収するのに、何の対策もなく来るわけがないだろう。その剣は呪われた剣だ。いや、それは色付きの刀剣全てに言える事だな」
魏宜はようやく口を開いた。寡黙な男が発した言葉にはとてつもない重みを感じた。
「どういう意味だよ」
燈は胸の傷を左手で抑えながら言った。
「色付きの刀剣を手にした者はその刀剣の強過ぎる力故に自らの修行を怠り、やがて刀剣に依存していく。極論、振り回していれば相手が勝手に死ぬからな。だから青幻様は戒紅灼を下っ端の壬生という男に持たせ、所有者がどれ程の期間で堕落していくかを実験なさったのだ。なんと壬生は戒紅灼を授かってから一週間で死んだ」
「へぇ。そうかよ。だから何だ? お前ならこの剣が使いこなせるとでも言いたいのか?」
燈は馬鹿にしたように言った。
魏宜は首を振った。
「違う。俺に色付きは必要ない。俺はこの”奇天”で十分だ。戒紅灼の力は我々が良く知っている。他にも戒紅灼で斬れない物がある。その力をこの奇天は持っている」
「何!? 色付きじゃないその刀が、色付きの戒紅灼よりも優れてるって事か!?」
燈は不満げに言った。
「優れているわけではない。ただ、相性の問題だ。これ以上お前に詳しく話しても時間の無駄だ。どうせ理解出来まい」
魏宜はまた口を閉ざしてしまった。
「馬鹿にしやがって。ぶっ殺してやる」
燈はまた戒紅灼を低く構えた。
燈は魏宜が馬で駆けて来る前に先に仕掛けた。とにかくこの男を馬から叩き落としてやる。でないと不利だ。
燈は剣を振った。魏宜は馬上で後ろに身体を反らせ躱すとそのまま刀を振った。燈のトレードマークの赤いコートが少し斬られた。
「人馬一体の俺とこの奇天にはお前は絶対に勝てない」
魏宜の目が一瞬鋭くなった。
その瞬間魏宜の馬が燈の目の前に迫ってそのまま吹き飛ばされた。
燈の小さな軽い身体はいとも簡単に宙を舞った。そして地面に叩き付けられた。
「弱い。これが戒紅灼の呪いか。お前はその剣さえ貰わなければここで死ぬこともなかったかもしれなかったな」
魏宜が馬上から地に伏せている燈を見下している。
燈は横たわったまま茉里の方を見た。
良く見ると茉里の太ももには矢が刺さっているではないか。
「ここまでか……」
燈は薄れゆく意識の中ぼそっと呟いた。
茉里がこちらを見た。
表情はない。
「さ、後醍院茉里。どうするの? 一緒に来るか、私にいたぶられてから一緒に来るか」
公孫莉は冷酷な笑みを浮かべ手を差し伸べてきた。
燈は死んだのか。いや、まだかろうじて息はあるようだ。
燈と目が合った。
「わたくしは」
茉里がゆっくり口を開いた。
同時に血が飛び散った。
公孫莉は苦悶の表情で差し出した手を引いた。公孫莉の手のひらは切り裂かれ血が溢れている。
茉里は太ももに矢が刺さったまま後ろに跳びナイフを振っていた。
「わたくしは学園での今の生活が気に入ってますの。尊敬する師がいて、信頼出来る友がいて、愛する人がいる。あなたのところへ行かずともわたくしは今幸せなのです。だから……」
茉里の真紅の瞳がきりっと見開いた。
「だからわたくしの邪魔をするあなたをわたくしは壊さなければならない!!」
茉里は大声で叫びながら地面を転がり地面に倒れていた弓を拾い即座に拾い一瞬で矢を番え地面を転がりながら公孫莉に放った。
1本、2本、3本……合計5本の矢を瞬時に放った。
だが公孫莉も只者ではなく、全ての矢を素手で払い落とした。
「くっ!? 全て矢は落としたはず」
払い落とした矢は確かに5本。しかし、公孫莉の太ももには矢が1本刺さっていた。
「6本目の矢は見えなかったのかしら? 公孫莉先輩。これは”御堂筋弓術・隠死矢”」
茉里の顔は凶悪な笑みを浮かべていた。
公孫莉は明らかに動揺していた。
その隙を茉里は見逃さなかった。弓を置き、またナイフを構え公孫莉に飛び掛る。公孫莉は瞬時に矢を2本射た。茉里は1本は躱しもう1本はナイフで切り落とした。
公孫莉の胸に飛び込み後ろに押し倒す。地面に倒すと馬乗りになり、同時に茉里はナイフを公孫莉の顔面に向け勢い良く振り下ろす。公孫莉は頭を横に振りギリギリで躱した。しかし、次から次へと茉里は公孫莉の顔を執拗にナイフで突き刺そうとした。
茉里の太ももに突立った矢傷からはナイフを振り下ろす度に血が溢れていた。
それは公孫莉も同じで頭を左右に振って茉里のナイフを躱す度に太ももから血が溢れていた。
「破壊! 破壊! 破壊! ぶっ壊れろ!! あはははははははははは!!!!」
「狂ってるわね……理性を失った餓鬼がぁっ!!」
公孫莉は暴走した茉里のナイフが地面に刺さった時を狙いその腕に噛み付いた。
「いたっ!?」
茉里が痛みに一瞬怯み手を引いたと同時に公孫莉は馬乗りになっている茉里を体を回転させながら矢の刺さった脚とは逆の脚で蹴り飛ばし、また短弓に矢を番え矢を……放とうとした時には茉里は公孫莉の目の前に飛び掛っており、そして後方へ着地した。
「この餓鬼! 連れ帰るのはやめる! 射殺してや……」
茉里はゆっくりと公孫莉の方を見た。
「な……に!?」
公孫莉の首筋からは血が噴水のように吹き上がり辺りを赤く染めた。
必死に手を当て血を止めようとしているが、もう助からないだろう。
「くっ……神々廻先生……」
公孫莉はかつての師である神々廻の名を呟いていた。青幻ではなく神々廻の名だった。
公孫莉はふらふらと首の傷を抑えたまま馬に乗り深い森の中へ走って行ってしまった。
茉里は公孫莉に噛み付かれた時にすでに破壊衝動は収まっていたので追うことはせず逃げ去ったのを見ていた。
何故だか公孫莉にとどめを刺す気にはならなかった。
どうせ、長くはもたないだろう。
茉里は呼吸を整えてから魏宜と闘っている手負いの燈の方を見た。
燈は茉里が公孫莉に飛び掛るのを見て思い出した。
こんな所では死ねない。
戒紅灼を渡してくれた詩歩に顔が立たない。
そんなことを考えていると魏宜が馬に乗ったまま近付いて来て首に刀を突き付けてきた。
その瞬間、燈は思いっ切り魏宜の馬の腹を蹴り上げた。
魏宜の馬は驚き竿立ちになりバランスを崩した。
燈は後転しながら起き上がりバランスを崩した魏宜に飛び掛った。
魏宜は刀で燈の振り上げた戒紅灼を防いだ。流石に馬がバランスを崩しても魏宜はバランスを崩さなかったのか。
燈は一旦離れまた様子を窺った。
この男。強い。
魏宜はまた駆けて来た。隙が全くない。
燈は深呼吸した。戒紅灼を構える。
交差した瞬間、魏宜は通り過ぎずにまた燈の所で止まった。そして戒紅灼は魏宜と馬の勢いで燈の手から吹き飛ばされてしまった。
「ここまでだ!」
魏宜は奇天を振った。
燈は戒紅灼が吹き飛んだと同時に腰から自分の愛刀・火走を抜き放ち魏宜に向かって振り上げた。
奇天を持った魏宜の右腕が宙を舞った。
魏宜は一瞬動揺したがすぐに落ち着きを取り戻し手網で切断された部分を強く縛り止血した。
燈はその様子を口を開けたまま見ていた。すると魏宜は手網を使わずに脚の締め付けだけで馬へ指示を送り馬の前脚を上げさせた。
燈はその踏みつけを地面を転がりながらなんとか躱していった。
「公孫莉! 戒紅灼はこいつの手から落ちた! さっさと回収しろ!」
魏宜が叫ぶが公孫莉からの返事はない。
もうそこにあの女の姿はなかった。
魏宜が公孫莉の姿がないことを確認すると舌打ちをし燈を踏み殺す事に集中した。
「くそっ!」
燈は転がりながらも隙を見て火走を振り続けた。しかし魏宜の馬は巧みに燈の刀を交わしていく。
腕を斬られてもまだこれ程までに馬を操れるのか。
その時、魏宜の馬が嘶いた。
馬の前脚に矢が付き立っていた。
「早く体勢を立て直してください」
弓を持った茉里が叫ぶ。
馬は矢が突立った脚を強く踏み込めず暴れだした。
燈は転がりながら魏宜から距離を取ってようやく立ち上がった。
身体中血塗れだ。
「落ち着け! 飛颯!!」
魏宜は自分の馬の名を呼んで落ち着かせようとしていた。
降りてしまえばいいものを。
燈は火走を構えながら暴れ回る馬を脚と左腕だけで鎮めようとする魏宜という男をじっと見ていた。
やがて魏宜の馬は脚を折り地面に横たわってしまった。
魏宜はようやく馬から降りて馬の顔に手を差し出し撫でた。
燈も茉里も攻撃のチャンスだったが動かなかった。
「殺せ。俺の負けだ。飛颯もこの怪我ではこの山から下りられない。共に殺してくれ」
魏宜は倒れた馬の前にあぐらをかき座り込んだ。
燈は頭を掻き乱した。
「んだよ! 殺せと言われたら殺す気なくなるじゃねーか!」
「最後まで愛馬と共に行く道を選ばれるのですね。ご立派です」
茉里が言った。
「お前ら如き若造に賞賛されるために死を望んでいるわけではない。いいから殺してくれ」
燈と茉里はお互い顔を見合わせた。
その時、突然の太鼓の音と共に木々の間から上半身裸の男達が松明と槍を持って飛び出してきた。
地面に座っていた魏宜が背後からの突然の襲撃に振り返った時には身体中槍で貫かれていた。魏宜の馬も男達に踏み潰され死んでいた。
「なんだよこいつら!? 青幻の部下の兵士じゃねーのか!?」
魏宜を何のためらいもなく殺した男達を見て燈は叫んでいた。
茉里はまた弓に矢を番えた。
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