序列学園

あくがりたる

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地獄怪僧の章

第69話 犀

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 地響きが聴こえた。
 鳥達が一斉に空を覆った。
 何かが近付いてくる。
 茉里まつりの馬に括り付けられている鳥籠の中の鷹はいつになく落ち着かない様子だった。

「何か来る。とても大きな……何かが」

 カンナは目を瞑り、氣で辺りを感知しながら呟いた。
 つかさ、茉里、あかりは武器を構えた。
 近付いてくる。
 太鼓の音。
 かなり複数の人間の氣を感知した。
 しかしそれとはまるで別の獣の氣も感知した。

「人がおよそ100、巨大な獣が4頭」

 まだ目視出来ない気配をカンナは3人に伝えた。
 地響きがさらに大きくなってきた。
 太鼓の音もすぐ近くだ。

「来る!」

 カンナが叫んだと同時に何人もの上半身裸の男達が雄叫びを上げ、茂みから槍を突き出し襲い掛かってきた。
 つかさはその槍衾やりぶすまを得意の真っ赤な棒で綺麗に払うと真横に薙ぎ払った。
 薙ぎ払われた男達は後方に吹き飛んでさらに後ろから出て来た男達に激突した。
 茉里は群がる男達に容赦なく矢を放っていた。1本も外さず全て急所を捉え即死させていった。
 燈は馬を竿立ちにさせ男達を蹴散らすと右に左に戒紅灼かいこうしゃくを振り回し男達の間を駆け回った。戒紅灼は触れる槍を次から次へと容易く切り落としそのまま男達の身体も切り捨てていった。

「ピヨちゃん、男達を混乱させてください」

 茉里は鳥籠の扉を開き、中の鷹を宙に放った。放たれた大きな鷹は襲い掛かる男達の顔を目掛けて突っ込んだり爪やクチバシで攻撃を始めた。
 その間も地響きは徐々に近付いてくる。

 乱戦。

 カンナに襲い掛かろうとする男達は全てつかさが引き受けて蹴散らしてくれていた。しかしその猛攻をすり抜けて来た男達が数人、響華きょうかに乗ったままのカンナに槍を突き出した。
 カンナは槍を全て交わし手綱を引き響華に合図を送ると響華はいななき後ろ脚で男達を蹴り飛ばした。怯んだ男達の懐に、いつの間にか接近していたカンナは掌底と肘を同時に目の前の男の腹に入れ氣を放った。

篝気功掌かがりきこうしょう壊空六花掌かいくうりっかしょう!」

 腹に打ち込まれた男は口から血を吹き出し後ろに吹き飛んだ。その後ろの男も口から血を吹き出し、そしてその後ろの男も……という具合に打撃を直接与えた男の後ろに連なっていた数十人の男達も血を吹き出し倒れた。
 その光景を見た周りの男達は躊躇い1歩下がった。
 カンナの周りから男達が下がっていく。
 カンナは自分の技の威力に些かの疑問を感じた。
 普段なら6人同時が限界のこの技が倍以上の人間を殺した。これは重黒木じゅうくろきとの氣を使わない修行の成果なのだろうか。
 だがこんなに上達するはずがない。
 カンナが思案していると男達の中から大きな声が聴こえた。

「太鼓を鳴らせー!!  士気を上げろーー!!」

 忘れていたが太鼓はなり続けていた。その音が今の掛け声でより激しいリズムを刻み出した。太鼓を叩いている男が5人、槍兵の中に混じっている。
 カンナの位置からでは少し遠い。
 地響き。
 それはもうすぐそこまで迫っていた。
 大きな影がカンナ達を覆った。
 見上げると大きな灰色の皮膚の獣が4頭山の木々の上から顔を覗かせていた。
 1頭の獣と目が合った。
 獣が吼える。それにつられ、他の3頭も吼える。
 耳をつんざく不協和音。
 カンナ達は咄嗟に耳を塞いだ。
 しかし周りの男達は怯むことなくまた槍を構え襲い掛かってきた。
 カンナは両手を地面に付き、一気に氣を地面に流し込んだ。

「篝気功掌・地龍泉ちりゅうせん!」

 カンナの周りに地面から逆流した氣が地上に放出され、群がっていた男達は一斉にその圧力で宙に飛ばされた。宙を舞う男達は20人といったところか。
 カンナはまた今までの氣の力よりも威力の増したした力に驚いた。
 何故こんなに力が上がっているのだろうか。

「おい!  あの化け物なんとかしろよ!  踏み潰されるぞ!」

 燈が馬で駆けながら叫んでいた。
 よく見ると獣は20メートルはあろうかという巨体で鼻の上に大きな角がありまるでさいのような姿をしていた。その犀のような獣の背には操っているのだろうか人影が見えた。
 茉里が犀に矢を射るのが見えた。犀の分厚そうな灰色の皮膚に矢は付き立った。しかし、犀はその矢に気付きもせず歩みを止めることは出来なかった。
 犀は大きな足をカンナ達目掛けて踏み下ろしてきた。槍を持った男達は慣れた動きで一斉に下りてくる足を回避した。
 カンナも犀の足を避けるために響華に飛び乗りその場から行く手を遮る男達を弾き飛ばしながら離れた。
 つかさ、茉里、燈も各々でなんとか犀の足を回避している。
 男達の雄叫び。
 太鼓の音。
 敵の士気はみるみる上がっていく。
 太鼓。
 カンナは閃いた。

後醍院ごだいいんさん!  太鼓を叩いている男達を狙って!」

「了解しました」

 茉里は迷うことなく太鼓を叩きながら歩き回っている男達5人に矢を放った。

「太鼓はあの世で叩きなさい。御堂筋弓術みどうすじきゅうじゅつ洗礼死矢せんれいしや

 茉里の放った矢は真っ直ぐに空を切り、太鼓を叩いていた男達の心臓に突き刺さった。
 男達は口から血を吹き出しその場に倒れた。
 太鼓の音が止んだ。
 槍を持った男達は異変に気が付き少し動きが鈍った。

「全員離脱!!  私の方へ走って!!」

 カンナが手を上げ大声で叫んだ。
 だがその瞬間、大きな足がカンナの目の前を男達諸共踏み潰した。
 犀の雄叫び。男達も仲間が踏み潰された事に動揺して混乱し始めた。
 しかし尚も巨大な犀4頭は背中に乗った指揮官の指示でカンナ達に襲い掛かってくる。
 燈が赤い剣を振り回しながらこちらに駆けて来るのが見えた。
 茉里も頭上に鷹を従えてカンナの方へ掛けてくる。その間も途中で襲い掛かる男達を何人も射殺していた。

「燈!!  後醍院さん!!」

 カンナは叫んだ。
 暗い影が差した。
 巨獣の足。
 燈と茉里の目の前の地面を踏み潰した。
 土煙。
 激しい衝撃。
 どうなったのか視認出来ない。

「燈ー!!  後醍院さーん!!」

 呼んでも返事は聴こえない。聴こえるのは男達の雄叫びと巨獣の咆哮。そして巨獣が地を踏む音。
 つかさが先程から見えない。
 カンナの心には不安しかなくなっていた。
 周りに槍を構えた男が10人。囲まれた。

「響華!!  走って!!」

 カンナの声に反応し、響華は前方の槍兵を前脚で踏み殺し突破した。しかしその先にも敵。
 その時何か鞭のようにしなる赤いものが見えた。カンナの前に立ち塞がる男達を十数人薙ぎ払った。
 土煙の向こうからつかさが馬で駆けて来た。

「つかさ!」

「カンナ!  こっち!  向こうに走るよ!」

 つかさは返り血を浴びているのか全身血塗だった。カンナを誘導して駆けようとした。

「待って!  つかさ!  まだ後醍院さんと燈が」

「今戻ったら死ぬ!  あの2人なら大丈夫よ!」

「でも……」

「カンナ!!!!」

 カンナが逡巡しゅんじゅんするとつかさは怒鳴った。
 また後ろで地面が踏みならされた音が聴こえた。男達の断末魔も聴こえた。
 カンナはつかさに従い戦場からの離脱を選んだ。

「茉里も燈も、簡単には死なない。序列12位と13位だよ?」

 つかさはカンナを励まそうと言葉を掛けたがカンナはそれを聴き流してしまった。
 後方には4頭の巨獣と土煙しか見えなかった。




 5キロ程だろうか、つかさの後を追って駆け続けた。
 大分山の中腹まで来ているのは分かったが、もはや地図の道からは外れてしまっていてここがどの辺なのかすら分からない。
 辺りも完全に闇に包まれていた。

「カンナ、怪我はない?」

「うん。つかさは?」

「私は大丈夫。この血は私のじゃない」

 つかさは馬を降り、そしてカンナの様子を見た。
 カンナも響華を降りた。
 カンナもつかさもあの乱戦の中攻撃を一撃も浴びておらず、身体には土や敵の返り血で汚れているだけだった。

「さっきの部隊は青幻せいげんの兵だよね?」

 統率された動き、まさに軍隊のそれだった。ここで襲って来る敵と言ったら青幻しか思い付かなかった。

「多分ね」

 つかさは顔を腕で拭いながら言った。

「つかさ……後醍院さんと燈、本当に大丈夫かな?」

 つかさはカンナの顔を見た。

「序列15位以上があの程度の乱戦で死ぬとかないから、大丈夫」

 つかさはさほど心配していない様子でカンナに言った。しかし、つかさのいつもの笑顔はない。
 カンナは不安が拭い切れずにまたつかさに言った。

「でも、あんな化け物と兵士達が入り乱れてる中でたった2人が生き残れるなんて……」

 つかさは突然カンナの胸ぐらを掴んだ。

「だったら何!?  助けに行きたかったの!?  あんた死ぬよ!?  確実に」

 つかさは凄い形相でカンナの顔を覗き込んだ。
 怒っている。
 こんなにカンナに対してつかさが怒りを見せたのは初めてだ。
 カンナは震えた。つかさの目を見ていられず目を逸らした。
 しかしカンナには言いたい事があった。
 そして、ゆっくりと口を開いた。

「だったらどうしてつかさは私を助けに来たの?」

「え?」

「私が後醍院さんと燈を助けるのは止めておいて、つかさはどうして私を助けてくれるの?  どうして私だけ助けてくれたの!?」

 つかさはカンナの初めての反抗に言葉を失った。

「私はカンナを助けられるところにいたから。でもカンナはあの2人を助けられる所にはいなかったよ?  あの時無理に突っ込んでたら踏み潰されてた!  だから私はあなたを助けたの!!」

「そんなこと、私は隊長で、皆の命を預かってるんだから!  私が死んでも皆は助けたかったよ!!」

「私はカンナを失いたくないのよ!!!」

 カンナの胸ぐらを掴んだままのつかさの目からは涙が零れていた。
 つかさの涙。
 初めて見た。
 泣くんだ。
 こんなに強い人でも……。
 カンナはつかさの涙を見て次の言葉が出て来なくなった。
 つかさはカンナの胸ぐらを掴んでいた手を離した。

「ごめんね、カンナ。私の言ってる事、おかしいよね。我が儘だよね。命に優劣を付けるべきじゃない。でも、身体が勝手に動いてたの。愛おしい人を失いたくないって……本能……なのかな?」

「愛おしい……人?」

 つかさは頷いた。

「カンナが茉里と火箸さんを守りたいって気持ちも尊重するべきだった。私があなたを守りたいように、あなたは別の人を守りたいと思うものね」

 つかさは微笑んだが、どこか寂しそうだった。
 カンナにはつかさの真意が解らなかった。
 その時、2つ気配を感じた。
 強い氣だ。
 つかさはすぐに棒を構え、カンナも構えた。

単興ぜんこうが言っていたのはこんな小娘かよ。闘うより、俺はこの女達と遊びてぇな。なぁ阿顔あがん

「捕まえれば青幻様に引き渡す前に少しは遊べるさ。牙牛がぎゅう

 牙牛と呼ばれた男はかなりガタイの良い身体で適度に脂肪も蓄えている。そして口の周りには髭が蓄えられており、手には斧を持っていた。
 阿顔と呼ばれた男は細身で長髪、槍を得意げに担いでいて不気味な雰囲気を醸し出していた。
 牙牛も阿顔も馬に乗ったままこちらをにやにやとしながら見ていた。それでいて隙が全くない。

「お前ら、名乗れ」

 だみ声の牙牛が言った。

「私は学園序列11位。斉宮いつきつかさ」

「学園序列10位。澄川すみかわカンナ」

 カンナが名乗った時、牙牛と阿顔は顔を見合わせてニヤリと不気味に笑った。

「うむ、澄川カンナだけか。後醍院茉里は魏宜ぎぎ公孫莉こうそんりの方か。まぁいい、澄川カンナだけでも生け捕りだ!」

 つかさはカンナの前に出て棒を振り回した。

「青幻の仲間か!  カンナには指一本触れさせない!」

「斉宮つかさ。お前には用はない。お前には悪いが死んでもらう」

 阿顔が無表情で言うと馬から降り、槍をつかさの前で振り回した。

「へぇ、私に槍で挑むんだ?  槍術特待クラスのこの私に。面白い!」

 つかさは引きつった笑顔をしていた。

「そんな棒切れで、『槍鬼来そうきらい』と呼ばれたこの阿顔様を倒すつもりか?」

 阿顔は長髪を揺らしながらニヤリと笑った。

「邪魔をしないでください!  私達は一刻も早くはぐれた仲間と合流して慈縛殿じばくてんへ行かなければならないんです!」

 カンナは大きな声で怒鳴りつけた。
 牙牛はげらげらと笑った。

「そんなことは知ってるわ!  それをさせない為に俺達が来たんだろ!  はぐれた仲間ってのの所へも俺達の仲間が行ったから後で仲良く合流出来るぞ。一部死体となってるだろうがな」

 牙牛はまた不快な笑い方で笑った。

「邪魔をするなら、殺しますよ」

 カンナの目は学園に入学して以来見たことのない眼つきで牙牛を睨んだ。
 牙牛はそれを見ても大笑いしたままだった。
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