序列学園

あくがりたる

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虎狼の章

第56話 蔦浜の告白

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 学園の校舎の廊下。その2階に上がる階段の左側にちょっとした倉庫がある。
 倉庫自体は鍵が掛かっているがその扉の前なら普段人通りも少なく2人きりで話をするにはちょうど良い場所だった。
 カンナは1限目の授業が終わった後の休憩時間に蔦浜つたはまをその場所に連れてきた。
 普段へらへらとしている蔦浜も流石にカンナのただならぬ雰囲気に真剣な表情を見せていた。

「一体どうしたんだよ?」

 蔦浜が先に口を開いた。

「実は……最近水音みお光希みつきと上手くいってなくて」

 カンナは体特のことは体特の生徒に相談するべきだと思い一番気遣ってくれる蔦浜に相談する事を決めた。
 斑鳩いかるがに話すことも考えたが、彼は今学園の事でそれどころではない。

「あの2人か……この学園は気の強い女の子多いからな。俺もあの2人とはそれほど仲がいいわけじゃないけど……カンナちゃんは同じ部屋だし毎日顔合わせるから早く仲直りしたいよな」

 蔦浜の言葉にカンナは頷いた。

「あの……実はね……私のリボン、2人に盗られたかもしれないの」

 カンナは声を震わせて言った。

「え!? あ、だから今日リボンしてないのか。まぁ自然に下ろした髪も俺は好きだけど。盗られたってのは疑わざるを得ない状況や証拠があるの?」

 カンナは蔦浜に水音と光希について全てを話した。もちろん地下牢の鍵が引き出しに入っていたことも蜂須賀はちすか殺しに関わっているのではないかということもである。

「そうか……それはあいつらが怪しいな。でもリボンを盗った事も鍵を入れた事も証拠はないんだよな。それでカンナちゃんがあいつらを問い詰めてもさらに関係が悪化するだろうしな」

「困ってるようだね」

 カンナと蔦浜は突然の声に驚き辺りを見回した。
 階段のところからこちらを見下ろしている女がいた。

「あ、外園ほかぞのさん!? どうしてここに?」

 カンナは予想外の人物の登場に驚きを隠せなかった。
 蔦浜は身構えていた。

「私が来るとどうしてどいつもこいつも身構えるのかね。まあいいわ。水音と光希だっけ? カンナ。お前の考えている通り、捕虜殺しも含め、すべてあの2人の仕業しわざだ」

 カンナは驚きよりも裏切られたショックの方が大きかった。
 今まで数ヶ月ずっと一緒の部屋で暮らしてきた仲なのに。
 伽灼かやはゆっくりと階段を下りてきた。

「でも、どうして外園さんがその事を知ってるんですか?」

 疑問だった。剣特の伽灼が地下牢の事はともかく、リボンの事まで知っているのは妙である。

「私は捕虜殺しを調べてただけだ。もちろん、学園の指示なんかじゃなく、個人的な興味でね。で、犯人は体術使いの女の子って情報を手に入れたから体特を張ってたんだよ。そしたらあのクズ女共が私が聴いているとも知らずに楽しそうに全部喋ってたってわけ」

「楽しそうに……」

 カンナは俯いた。

「本当はね、この鍵だけ没収しとこうと思ったんだけど、お前が真実を知ったらどうするのか。そっちの方が捕虜殺しよりも興味があるからこうして教えに来たわけ」

 伽灼は上着のポケットから地下牢の錆びた鍵を取り出し不敵な笑みを浮かべていた。

「外園さん! カンナちゃんは悩んでいるのにそんな楽しそうに言うのはやめてもらえませんか?」

 カンナが言葉を失って立ち尽くしていると蔦浜が伽灼に物申した。

「あ? 誰だ? お前」

「なっ!!?」

 蔦浜は伽灼に名前も顔も覚えられていなかったことに逆に言葉を失った。

「外園さん。教えてくださりありがとうございます。それが本当なら私はちゃんと水音と光希と話をします」

 カンナはきっぱりと言った。

「つまらないこと言うなよ。人間である以上憎しみは生まれるはずだ。本当のこと言えよ。殺したいだろ? あの2人を」

 伽灼はカンナの肩に手を置き耳元で囁いた。

「話せば分かるはずです。水音も光希も学園の仲間です」

「お人好しはやめろ。お前を嵌めようとしてるんだぞ? 何でそんなに憎まれてるのかは知らないけど、この学園、いや、この世界ではお人好しは死ぬ。私やまりか、影清さんのような人間が生き残る。この学園に来てそれは良く分かるだろ?」

 確かにこの学園ではその生き方の方が合っているだろう。しかし、必ずしもそうとは言い切れない。現にカンナは今こうしてやってこれている。つかさを初め多くの友達が出来た。時には憎いと思うこともある。だからといって憎しみを憎しみで返したら負の連鎖しか生まれない。

 ──人を憎むなよ──

 父の言葉が胸に残っていた。

「私は憎しみには負けません」

 カンナは伽灼の目を見て言った。
 伽灼はそれを聴き腕を組んだ。

「そうか。ま、そう言うと思ってたよ。それを貫き通してこの学園で生き残ることが出来たらお前を認めてやる。ま、頑張れよ」

「私はあなたとも仲良くなりたいです」

 言ったカンナを伽灼は睨み付けた。

「冗談はよせ。私は誰とも馴れ合わない。孤独こそ強さを手に入れる上で必要な要素なんだ。お前には理解出来ないだろうがな」

 伽灼はカンナに冷たく言うと歩いて行ってしまった。
 カンナは1つ大きく息を吐いた。
 緊張の糸が切れた。
 蔦浜も疲れた表情をしていた。

「カンナちゃん。今の外園さんの話が本当ならあの2人学園に突き出そう。それで終わりだよ」

「蜂須賀殺しの件はそうするべきだね。でも、私を嵌めようとした事、リボンを盗った事は話し合いで解決する」

 蔦浜はその言葉に驚いた顔をした。

「何言ってるんだよ!? 全部許される事じゃねーよ! カンナちゃんが許しても俺は許さない! カンナちゃんを悲しませる奴は俺がぶっ飛ばしてやる!」

「蔦浜君。話を聞いて欲しいとは頼んだけど、手を出してとは頼んでない。そこまでは君には関係ない」

「そんな話し聞いたら黙ってられるわけないだろ!? 俺は、俺は」

 蔦浜は急に声を荒らげた。
 カンナは驚き蔦浜の次の言葉を待った。

「君を守りたい」

「え?」

 蔦浜は急に声を潜めてボソッと言った。顔は真っ赤である。
 カンナは初めて言われたその言葉の意味を考えた。

「守りたい……って、初めて言われた。私が弱いって事?だから蔦浜君は」

「ちげーよ!! 俺はカンナちゃんの事が好きなんだよ!! だから守りたいんだ!! 君が悲しんでる時は助けてあげたい。君が喜んでいる時は一緒に喜びたい!! そういう事だよ!!」

 カンナは目を見開いて固まった。

 ──好き──

 好意を抱いてくれているということか。
 しかしカンナは好きという言葉を聞いて1人の男の顔が思い浮かんでしまった。
 斑鳩爽。
 斑鳩の顔が脳裏に過ぎった時、カンナは我に返った。
 今どうして斑鳩の事を考えてしまったのか。目の前にいて自分の事を好きだと言ってくれたこの男を差し置いてどうして斑鳩なのか。
 これは恋愛感情なのか。
 だとすると、自分は斑鳩に恋をしているという事か? 蔦浜の『好き』はどういう意味なのか。
 カンナが目を伏せたま黙っていると蔦浜が口を開いた。

「ごめん……いきなり変なこと言って。でも、俺は嘘は言ってない」

 カンナはチラリと蔦浜の方を見た。目が合った。

「す、好きっていうのは……友達として……だよね?」

 カンナは蔦浜から目を逸らしながら恐る恐る聞いた。

「それもあるけど、それ以上に、女の子としても好きだよ」

 カンナは唇に手を当てた。
 そんなことを言われたのは生まれて初めてである。なんと返せばいいのか言葉が見つからなかった。

「あ、ありがとう。その気持ちは嬉しい……よ。な、なんか恥ずかしいな。でも私、男の人にそう言われるの初めてだからなんて答えればいいか」

「返事は今はいらない。今はまずカンナちゃんが水音と光希をどうするか。それが先だから」

 カンナは目を閉じた。
 蔦浜の言葉をよく考えた。蔦浜は自らの事よりカンナの現状を打開することを優先してくれた。

「ありがとう。蔦浜君。でもやっぱり私は一度だけ2人と改めて話したい」

 カンナの言葉に蔦浜は頷いた。

「そうか。分かったよ。それなら気が済むまで話しな。その後は捕虜殺しの罪を償わせる。いいね?」

「うん。蔦浜君に話して気持ちが少し楽になったよ。本当にありがとう」

 カンナは心にのしかかっていた重圧が軽減されるのを感じた。人に話すことでこれ程楽になるとは思わなかった。
 カンナと蔦浜は話が終わると2限目の実技の授業に向かうため一緒に訓練場へ向かった。
 蔦浜の背中はいつもより大きく見えた。




 翌早朝。カンナはいつも通り重黒木じゅうくろきの稽古を受けるため訓練場にいた。
 昨日は寮に水音と光希は帰って来なかった。もしかしたら伽灼に企みがばれたのでもう帰って来ないかもしれない。
 カンナはそんなことを考えたが目を閉じ心を無にすることに努めた。
 深呼吸。
 空気が澄んでいる。朝陽が身体を照らしているのが分かる。
 今までの重黒木との早朝稽古で感じたことのなかった感覚。本来ならいつも感じていた感覚。それを最近は忘れていた。
 これだ。この感覚だ。
 つかさは今日も稽古を見に来てくれた。金網の外でいつもと違う空気を感じ真剣な顔をしてこちらを見ていた。
 つかさがそばにいる。そして蔦浜も本気で力になると言ってくれた。
 カンナは大きく息を吐きながらゆっくりと目を開け構えた。
 重黒木はいつの間にか目の前に立っていた。

「今日もいつも通り、俺に攻撃を当てろ」

「はい」

 カンナは短く答えると鋭く重黒木の懐に飛び込んだ。正拳。予想通り重黒木は軽く後ろに跳び交わした。
 目の前から重黒木が消えた。
 しかし今日のカンナにはそれが読めていた。次にどこにいるのか、それも分かった。
 後ろ。
 カンナの右脚が背後に綺麗に伸びる。
 手応えがあった。

「澄川。何があった? 今日は格段に動きがいい。心の整理がついたのか?」

 カンナが振り向くと後ろに放った蹴りが重黒木の左手で受け止められていた。蹴りの軌道は重黒木の身体の中心。

「悪くない軌道だ。受け止めなければ入っていた」

「私はまだ心の整理がついたわけではありません。ただ、1つ肩から何かが下りたような感じです」

 カンナは脚を下げながら言った。

「そうか。何はともあれ、俺の与えた目標をようやく達成出来たな。いつものお前ならこんなに時間はかからなかったはずだ。心理的要因が武術には大きく影響する。それが分かればお前はさらに強くなれる。お前はもともと弱いわけではないのだ」

「ありがとうございます。重黒木師範」

「やったね! カンナ!」

 金網の外で見ていたつかさがガッツポーズをしてカンナに微笑んでいた。
 カンナもガッツポーズを返した。

「稽古は終わりだ。お前が俺に求めていたものは、これで習得出来たはずだ」

 カンナは重黒木の言葉にきょとんとした顔をした。カンナには重黒木が言った事の実感がないのだ。
 重黒木はそれからは何も言わず、校舎の方へ歩いて行ってしまった。
 カンナがしばらく立ち尽くしているとつかさがいつの間にか金網の中に入って来てカンナの肩に手を置いた。

「お疲れ様! 重黒木師範が認めたって事は、自分では気付いてないかもしれないけど大切なものを手に入れたんだよ! だから自信持って!」

 つかさは白い歯を見せて笑った。
 その言葉と笑顔にカンナは頬を赤らめた。

「つかさ、ありがとう。そばにいてくれて」

「行こ! 授業までちょっと時間あるから朝ごはん食べに」

「うん!」

 カンナはつかさの誘いに満面の笑みで答えると食堂へと向かった。
 まだ全てが解決したわけではない。
 舞冬まふゆのこと。そして水音と光希のこと。
 しかし自分には力を貸してくれる仲間がいる。カンナはそう思うと身体に力が漲るのを感じるのだった。
 こんな気持ちはこの学園に来るまでは味わったことのない不思議な気持ちだった。
 

 リボンを付けていないカンナの肩までの黒髪がさらさらと風に靡いていた。
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