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虎狼の章
第52話 友情という言葉では言い表せないもの
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目を覚ました時にはまた医務室のベッドの上にいた。
カンナは上体を起こした。
そして辺りを見回すと医師の御影と栄枝がこちらを見ていた。
窓の外は真っ暗だった。意識を失ってから何時間か経ったのだろう。
カンナはバツの悪そうな顔で御影を見た。
「悪いけどカンナちゃん、栄枝先生にも診てもらったわ。倒れてしまう程具合が悪いなら仕方ないわよね」
御影は少し怒ったような口調でカンナに言った。
「……すみません。まさか、こんなに悪くなるとは」
カンナは俯いて言った。
「いいか、澄川カンナ。俺は『氣 』というものの知識はあるが実際に使えるわけではないので詳しくは分からん。ただ、氣を操る者は氣に依存する傾向がある。もともと人間は氣を感じずに生きている。故にそれが普通だ。しかし、長く氣を体内で感じ続けた人間はその氣が感じられないだけで違和感と不安を覚える。それを過剰に意識してしまい脳が病と錯覚してしまう。それが今のお前の状態だ」
栄枝は詳しくカンナの病状について説明してくれた。
「それじゃあ私、病気というわけではないんですね! 良かった」
「良くはない」
カンナが呑気な事を口にすると間髪入れずに栄枝が否定してきた。
「このまま鼓動穴を塞いだままでいるとお前はお前自身の脳によって殺されるかもしれん。体術の稽古などまるで出来ん」
栄枝は難しい顔をして言った。
「そんな……それじゃあ私は氣を戻さないといけないんですか?」
「薬を投与しながらなら氣を喪失した違和感は誤魔化すことが出来る。しかしその薬は劇薬だ。そのまま一生氣を使えなくなる上寿命も間違いなく縮む」
栄枝は眉間に皺を寄せたまま言った。
「それじゃあ意味がありません……私に氣を抑えたまま体術を極める方法はないんでしょうか?」
「そこまでは分からん。俺は氣を使えんからな。氣を使える奴に聴いてみたらどうだ?」
「栄枝先生、この学園に氣を使う人って……」
「1人だけいる」
「誰ですか?」
「神髪正統流槍術の使い手、序列1位、神髪瞬花 だ」
カンナはその名を聞いた時、学園に来た頃に瞬花の氣を探った時の恐怖を思い出した。確かにあの悍ましい強大な氣を持つ者なら氣をコントロールする事が出来てもおかしくはない。
「神髪さん……栄枝先生は会ったことがありますか?」
カンナは久壽居の言っていた『神髪瞬花は存在しない』という仮説を思い出した。
「ああ。俺は医者だからな。御影と共に神髪の体調などを定期的に診ている。不思議に体調をまったく崩さない頑丈な女の子だ。この学園の師範なら皆会っているはずだ。生徒はなかなか会う機会がないだろうがな」
「そうですか……」
神髪瞬花はやはり存在しているようだ。そしてかなりの特別扱いなのだろう。
カンナは天井を見上げて途方に暮れた。
「まあ神髪は宛にするだけ無駄だ。俺が言ってるのは学園の者ではなく、外部の者。1番良い方法は同じ篝気功掌使いに鍛えてもらうことなのだがな」
カンナは天井を見上げたまま、意見をくれた栄枝の方は見なかった。
「もうこの世に私以外の篝気功掌使いは……いません」
篝気功掌の使い手は父とその教え子達だけだった。もともと絶滅寸前だった武術だったのだ。それも我羅道邪の率いる武装集団に殲滅された。もうこの世に篝気功掌の使い手はカンナしかいない。
カンナは震える唇を噛み締めた。
「そうか……」
栄枝もその話は初めて聞いたのかそれ以上は何も言わなかった。
代わりに御影が口を開いた。
「だったら尚更、あなたは死と隣り合わせの修行はしてはいけないわよ! あなたが死んでしまっては篝気功掌は途絶えてしまうんでしょ?」
カンナは御影の言葉に目を閉じた。篝気功掌を自分の代で途絶えさせたくはない。父は篝気功掌を広めようと道場を開いていたのだ。父の願いは篝気功掌を広めること。カンナは父と母の事を思い出しまた俯いた。
「お父さん……お母さん……私どうしたらいいの?」
カンナは胸に秘めていた想いが溢れ出し目からは涙が溢れてきた。
「カンナちゃん……」
御影は啜り泣くカンナの隣に来て肩に手を当ててそっと抱き寄せてくれた。
「カンナちゃん、焦ることはないわよ。必ずいい方法が見つかるはずだわ。私も協力してあげるから。ね、泣かないで」
御影の言葉にカンナは頷いた。しかし涙は止まらなかった。両親の事を想って泣く涙は見せたくなかった。父と母がその姿を見たらきっと叱られる。だから泣かないようにしていたのに……
「ここにいる生徒は皆同じだ。肉親をなくした奴ばかりだ。お前のような奴も珍しくはない。しかし皆落ちこぼれてるのは最初だけだった。ここで新たな繋がりを見付けてそれぞれが悲しみを乗り越えていく。お前は特にここに来てから辛かっただろう。よく耐えてきた。辛ければ仲間に頼れ。我々よりも親しき友が、お前にも出来ただろう」
カンナは栄枝の強くて優しい言葉に声も出ずただただ頷いた。
「カンナー!!」
突然医務室の扉が勢い良く開いた。
カンナは自分の名を呼び部屋の中に入って来た人を見て涙を零している目を見開いた。
「つかさ……!!」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿カンナ!!」
つかさは目を潤ませそして怒りながらカンナに近付き両肩に手を置いた。
「つかさ……ごめん」
「ごめんじゃないよ!! 何で無茶するの!? 大丈夫じゃないじゃないの!? 心配したんだよ!? さっき蔦浜君が……あっ」
つかさは口を抑えて言葉を止めた。
「蔦浜君……?」
「澄川。倒れているお前をここに運んで来たのは蔦浜だ」
栄枝が言った。
「蔦浜君には俺の名前は出すなって言われてたんだ。カンナが嫌がるかもしれないからって。だから聞かなかったことにして」
つかさは両手を合わせてカンナに頼んだ。
「何で……私が嫌がるって……?」
カンナは涙を拭いながら首をかしげた。
「とにかく! もう無茶はしないでよ! 辛かったら言ってよ! 私はあなたの友達なんだから!!」
つかさは真剣な眼差しでカンナを見つめて言った。
「ありがとう! つかさ」
カンナは笑顔を見せた。生まれて初めて友達にこんなに真剣に怒られて心配された。
「何があったのか、話して」
つかさがカンナのベッドに腰を下ろし無茶をした理由を尋ねた。
カンナは全てをつかさに話すことを決めた。
カンナから氣を止めた状態での体術の稽古をした事を聞いたつかさは悲しそうな顔をした。
そしてカンナの顔を見つめ口を開いた。
「私には専門的なことは分からない。でも1つだけ言いたい」
「なに?」
「氣を止めるのはやめて! 身体に負担がかかるんでしょ? それも命に関わるような」
つかさはカンナから目を逸らさずじっと見つめたま言った。
「でも……他にいい方法が……」
「カンナはそんなに弱くないよ! 例え氣が使える状態だったとしても気持ちが強ければ氣に頼らない! この間の青幻の部下の蜂須賀って男も氣を使わずに倒したんでしょ? もし、氣に頼りそうになったら私がカンナを止めてあげる! ずっとそばにいてあげる! だから氣を戻して!」
つかさは必死に訴えた。
つかさに言われると不思議に今まで張り詰めていたものがすっと消えていくような気がした。
「わかった。ありがとう、つかさ。私つかさとなら頑張れる気がする。だからもう心配しないで」
今日は本当に辛かった。授業中につかさを見た時、凄く愛おしく感じた。自分はつかさが好きなのだ。そう改めて思った。
「あの……栄枝先生。お願いします」
カンナはつかさの言葉で目が覚めたようにすっきりとした顔をしていた。そして自分の左胸を右手で示し栄枝の顔を見た。
「いい友達がいるじゃないか。澄川。ところで俺に頼らなくても自分で鼓動穴は付けるのではないのか?」
栄枝が鍼を準備しながら言った。
「えっと……自分でやるのは……その……痛いので」
カンナの本音につかさが思わず笑うと栄枝も御影も連られて笑い声を上げた。
一方その頃、学園の地下に続く階段に2つの影があった。
その階段の先には罪人を閉じ込めておく牢しかない。
周防水音と篁光希は静かに階段を降りて行った。
辺りは真っ暗で他に人影はなく地下に続く石の階段もひんやりとした感じが肌に伝わってきそうだ。
水音と光希が牢のある空間に到着すると椅子に座っていた牢番の男が2人に気付き立ち上がった。
地下牢は蝋燭の僅かな灯のみで薄暗い。その蝋燭の灯も隙間風で今にも消えてしまいそうだ。
「どーもー! お疲れ様です! 鵜籠さん」
「こんな時間にこんな所へ生徒が、何の用だ?」
鵜籠と呼ばれた男は顔色が悪く目の下にクマがありとても具合が悪そうだった。そしてなにより不気味だった。
「ちょっとお願いがありましてですね~これ」
水音は鵜籠に近付き札束の入った封筒を渡した。
鵜籠はその封筒の中をすぐに確認すると水音の顔を見た。
「お前達2人だけか?」
「はい!」
水音は笑顔で答えた。
光希は自分の長いツインテールを指で弄っていて2人の会話にまったく興味がないようだ。
「何が望みだ?」
鵜籠は水音から受け取った札束の入った封筒を懐にしまいながら訊いた。
「何もしなくていいです。ただ私達がすることを黙って見逃してくださるだけでいいです」
水音が要望を告げると鵜籠は何も言わず、椅子の隣にある机の上に牢の鍵を置いた。そして部屋のさらに奥へと消えていった。
「さてと! あなたですよね? カンナに負けた敵の人」
水音は鵜籠が置いていった鍵を手に取るとにやにやしながら目の前の牢の前にしゃがみ込み、中の男に話し掛けた。
「汚い方々がいるもんですね、この学園には」
牢に閉じ込められている蜂須賀は賄賂の受け渡しを見て呆れたように溜息をついた。
「汚いってさぁ、私のことですか?ふふふ。ムカつくねーこの人、カンナに負けたくせに。ねー光希」
「そうですね」
水音は笑いながら光希に同意を求めた。
光希はいつも通り短く淡々と返事をした。
「何か用ですか? 何も訊かれず、何もされず、一体何なんですかね。ここの生活もいい加減飽きましたよ」
「おい捕虜! 私が訊いたことだけ答えろ」
勝手にぺらぺらと話し出す蜂須賀に水音は笑顔で罵声を浴びせた。
蜂須賀は口を閉じ上の方を見た。
「あなたを倒した澄川カンナって女、強かった?」
「あぁ、あの子ですか。強かったですよ。それが何か?」
「あいつ憎い? 殺したい? 私達に力を貸してくれない?」
水音は笑顔だったがどこか引き攣っていた。
蜂須賀はまた溜息をついた。
「愚かですね。憎しみは良い結果を生まない。ましてや他人の憎しみの為に手を貸すなど以ての外。お断りしますよ」
「ふーん。そう。そういう感じかぁ。じゃあいいわ。鍵開けといてあげるから勝手に逃げれば? あなた多分学園の人達に忘れられてるわよ。いてもいなくても同じだし、可哀想だから逃がしてあげるわ」
水音は牢の鍵を開けた。そして鉄格子の扉を開いた。
「いいんですか? もし私を逃がしたことがバレたらあなた達タダでは済まないのではないですか? まあ逃げていいのなら逃げますがね。ここにいても仕方ないですからね」
水音は腕を組み牢から出て来る蜂須賀を見ていた。
光希は相変わらず2人に興味を示さず自分のツインテールを指で巻いたりして遊んでいた。
「逃げるなら今のうちよ。どうせ学園の見張りは手薄なんだから。あ、学園の外には帝都軍の兵士が配備されてるから気を付けてね」
「帝都軍? 何故そんなものがこの島に?」
蜂須賀は振り返り水音の方を見た。
振り返りながら蜂須賀は何かの違和感を感じた。
「どうしたの?」
水音が首をかしげて訊いた。
「さっきまでここにいたもう1人の女の子はどこへ?」
蜂須賀は違和感の正体に気付いていた。
そして蜂須賀は背後に気配を感じて地上へ続く階段の方を見た。
いつの間にか光希が階段の途中にいて壁に背中をもたれかけて立っていた。
蜂須賀は咄嗟に背後の水音から離れた。
「おかしいとは思いました。私を無償で逃がすなんて。一体どういうつもりですか?」
水音は両手の拳をバキバキと鳴らした。
光希も靴の爪先をトントンと階段で鳴らした。
「そうね、まあ教えてあげましょうか。澄川カンナに負けたあなたがどれ程の強さの体術使いか見たいのよね。それだけ」
水音が凶悪な笑みを浮かべた。薄明かりにその顔が不気味に揺らめいた。
「いいでしょう。相手になりますよ。あなた達2人を倒せばどちらにせよここから抜け出せる。そして青幻様の下へ帰れるのですからね」
蜂須賀は構えた。
「帰れるといいわね」
地下牢には人を殴る音。人を蹴る音が数度響いた。しかしその音は地上の誰の耳にも届かない。
暗い地下牢での密かな出来事。
真実を知る鵜籠は奥でその光景を見ていたが懐にしまった札束の封筒を撫でていた。
真実は闇へと葬られることとなった。
カンナは上体を起こした。
そして辺りを見回すと医師の御影と栄枝がこちらを見ていた。
窓の外は真っ暗だった。意識を失ってから何時間か経ったのだろう。
カンナはバツの悪そうな顔で御影を見た。
「悪いけどカンナちゃん、栄枝先生にも診てもらったわ。倒れてしまう程具合が悪いなら仕方ないわよね」
御影は少し怒ったような口調でカンナに言った。
「……すみません。まさか、こんなに悪くなるとは」
カンナは俯いて言った。
「いいか、澄川カンナ。俺は『氣 』というものの知識はあるが実際に使えるわけではないので詳しくは分からん。ただ、氣を操る者は氣に依存する傾向がある。もともと人間は氣を感じずに生きている。故にそれが普通だ。しかし、長く氣を体内で感じ続けた人間はその氣が感じられないだけで違和感と不安を覚える。それを過剰に意識してしまい脳が病と錯覚してしまう。それが今のお前の状態だ」
栄枝は詳しくカンナの病状について説明してくれた。
「それじゃあ私、病気というわけではないんですね! 良かった」
「良くはない」
カンナが呑気な事を口にすると間髪入れずに栄枝が否定してきた。
「このまま鼓動穴を塞いだままでいるとお前はお前自身の脳によって殺されるかもしれん。体術の稽古などまるで出来ん」
栄枝は難しい顔をして言った。
「そんな……それじゃあ私は氣を戻さないといけないんですか?」
「薬を投与しながらなら氣を喪失した違和感は誤魔化すことが出来る。しかしその薬は劇薬だ。そのまま一生氣を使えなくなる上寿命も間違いなく縮む」
栄枝は眉間に皺を寄せたまま言った。
「それじゃあ意味がありません……私に氣を抑えたまま体術を極める方法はないんでしょうか?」
「そこまでは分からん。俺は氣を使えんからな。氣を使える奴に聴いてみたらどうだ?」
「栄枝先生、この学園に氣を使う人って……」
「1人だけいる」
「誰ですか?」
「神髪正統流槍術の使い手、序列1位、神髪瞬花 だ」
カンナはその名を聞いた時、学園に来た頃に瞬花の氣を探った時の恐怖を思い出した。確かにあの悍ましい強大な氣を持つ者なら氣をコントロールする事が出来てもおかしくはない。
「神髪さん……栄枝先生は会ったことがありますか?」
カンナは久壽居の言っていた『神髪瞬花は存在しない』という仮説を思い出した。
「ああ。俺は医者だからな。御影と共に神髪の体調などを定期的に診ている。不思議に体調をまったく崩さない頑丈な女の子だ。この学園の師範なら皆会っているはずだ。生徒はなかなか会う機会がないだろうがな」
「そうですか……」
神髪瞬花はやはり存在しているようだ。そしてかなりの特別扱いなのだろう。
カンナは天井を見上げて途方に暮れた。
「まあ神髪は宛にするだけ無駄だ。俺が言ってるのは学園の者ではなく、外部の者。1番良い方法は同じ篝気功掌使いに鍛えてもらうことなのだがな」
カンナは天井を見上げたまま、意見をくれた栄枝の方は見なかった。
「もうこの世に私以外の篝気功掌使いは……いません」
篝気功掌の使い手は父とその教え子達だけだった。もともと絶滅寸前だった武術だったのだ。それも我羅道邪の率いる武装集団に殲滅された。もうこの世に篝気功掌の使い手はカンナしかいない。
カンナは震える唇を噛み締めた。
「そうか……」
栄枝もその話は初めて聞いたのかそれ以上は何も言わなかった。
代わりに御影が口を開いた。
「だったら尚更、あなたは死と隣り合わせの修行はしてはいけないわよ! あなたが死んでしまっては篝気功掌は途絶えてしまうんでしょ?」
カンナは御影の言葉に目を閉じた。篝気功掌を自分の代で途絶えさせたくはない。父は篝気功掌を広めようと道場を開いていたのだ。父の願いは篝気功掌を広めること。カンナは父と母の事を思い出しまた俯いた。
「お父さん……お母さん……私どうしたらいいの?」
カンナは胸に秘めていた想いが溢れ出し目からは涙が溢れてきた。
「カンナちゃん……」
御影は啜り泣くカンナの隣に来て肩に手を当ててそっと抱き寄せてくれた。
「カンナちゃん、焦ることはないわよ。必ずいい方法が見つかるはずだわ。私も協力してあげるから。ね、泣かないで」
御影の言葉にカンナは頷いた。しかし涙は止まらなかった。両親の事を想って泣く涙は見せたくなかった。父と母がその姿を見たらきっと叱られる。だから泣かないようにしていたのに……
「ここにいる生徒は皆同じだ。肉親をなくした奴ばかりだ。お前のような奴も珍しくはない。しかし皆落ちこぼれてるのは最初だけだった。ここで新たな繋がりを見付けてそれぞれが悲しみを乗り越えていく。お前は特にここに来てから辛かっただろう。よく耐えてきた。辛ければ仲間に頼れ。我々よりも親しき友が、お前にも出来ただろう」
カンナは栄枝の強くて優しい言葉に声も出ずただただ頷いた。
「カンナー!!」
突然医務室の扉が勢い良く開いた。
カンナは自分の名を呼び部屋の中に入って来た人を見て涙を零している目を見開いた。
「つかさ……!!」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿カンナ!!」
つかさは目を潤ませそして怒りながらカンナに近付き両肩に手を置いた。
「つかさ……ごめん」
「ごめんじゃないよ!! 何で無茶するの!? 大丈夫じゃないじゃないの!? 心配したんだよ!? さっき蔦浜君が……あっ」
つかさは口を抑えて言葉を止めた。
「蔦浜君……?」
「澄川。倒れているお前をここに運んで来たのは蔦浜だ」
栄枝が言った。
「蔦浜君には俺の名前は出すなって言われてたんだ。カンナが嫌がるかもしれないからって。だから聞かなかったことにして」
つかさは両手を合わせてカンナに頼んだ。
「何で……私が嫌がるって……?」
カンナは涙を拭いながら首をかしげた。
「とにかく! もう無茶はしないでよ! 辛かったら言ってよ! 私はあなたの友達なんだから!!」
つかさは真剣な眼差しでカンナを見つめて言った。
「ありがとう! つかさ」
カンナは笑顔を見せた。生まれて初めて友達にこんなに真剣に怒られて心配された。
「何があったのか、話して」
つかさがカンナのベッドに腰を下ろし無茶をした理由を尋ねた。
カンナは全てをつかさに話すことを決めた。
カンナから氣を止めた状態での体術の稽古をした事を聞いたつかさは悲しそうな顔をした。
そしてカンナの顔を見つめ口を開いた。
「私には専門的なことは分からない。でも1つだけ言いたい」
「なに?」
「氣を止めるのはやめて! 身体に負担がかかるんでしょ? それも命に関わるような」
つかさはカンナから目を逸らさずじっと見つめたま言った。
「でも……他にいい方法が……」
「カンナはそんなに弱くないよ! 例え氣が使える状態だったとしても気持ちが強ければ氣に頼らない! この間の青幻の部下の蜂須賀って男も氣を使わずに倒したんでしょ? もし、氣に頼りそうになったら私がカンナを止めてあげる! ずっとそばにいてあげる! だから氣を戻して!」
つかさは必死に訴えた。
つかさに言われると不思議に今まで張り詰めていたものがすっと消えていくような気がした。
「わかった。ありがとう、つかさ。私つかさとなら頑張れる気がする。だからもう心配しないで」
今日は本当に辛かった。授業中につかさを見た時、凄く愛おしく感じた。自分はつかさが好きなのだ。そう改めて思った。
「あの……栄枝先生。お願いします」
カンナはつかさの言葉で目が覚めたようにすっきりとした顔をしていた。そして自分の左胸を右手で示し栄枝の顔を見た。
「いい友達がいるじゃないか。澄川。ところで俺に頼らなくても自分で鼓動穴は付けるのではないのか?」
栄枝が鍼を準備しながら言った。
「えっと……自分でやるのは……その……痛いので」
カンナの本音につかさが思わず笑うと栄枝も御影も連られて笑い声を上げた。
一方その頃、学園の地下に続く階段に2つの影があった。
その階段の先には罪人を閉じ込めておく牢しかない。
周防水音と篁光希は静かに階段を降りて行った。
辺りは真っ暗で他に人影はなく地下に続く石の階段もひんやりとした感じが肌に伝わってきそうだ。
水音と光希が牢のある空間に到着すると椅子に座っていた牢番の男が2人に気付き立ち上がった。
地下牢は蝋燭の僅かな灯のみで薄暗い。その蝋燭の灯も隙間風で今にも消えてしまいそうだ。
「どーもー! お疲れ様です! 鵜籠さん」
「こんな時間にこんな所へ生徒が、何の用だ?」
鵜籠と呼ばれた男は顔色が悪く目の下にクマがありとても具合が悪そうだった。そしてなにより不気味だった。
「ちょっとお願いがありましてですね~これ」
水音は鵜籠に近付き札束の入った封筒を渡した。
鵜籠はその封筒の中をすぐに確認すると水音の顔を見た。
「お前達2人だけか?」
「はい!」
水音は笑顔で答えた。
光希は自分の長いツインテールを指で弄っていて2人の会話にまったく興味がないようだ。
「何が望みだ?」
鵜籠は水音から受け取った札束の入った封筒を懐にしまいながら訊いた。
「何もしなくていいです。ただ私達がすることを黙って見逃してくださるだけでいいです」
水音が要望を告げると鵜籠は何も言わず、椅子の隣にある机の上に牢の鍵を置いた。そして部屋のさらに奥へと消えていった。
「さてと! あなたですよね? カンナに負けた敵の人」
水音は鵜籠が置いていった鍵を手に取るとにやにやしながら目の前の牢の前にしゃがみ込み、中の男に話し掛けた。
「汚い方々がいるもんですね、この学園には」
牢に閉じ込められている蜂須賀は賄賂の受け渡しを見て呆れたように溜息をついた。
「汚いってさぁ、私のことですか?ふふふ。ムカつくねーこの人、カンナに負けたくせに。ねー光希」
「そうですね」
水音は笑いながら光希に同意を求めた。
光希はいつも通り短く淡々と返事をした。
「何か用ですか? 何も訊かれず、何もされず、一体何なんですかね。ここの生活もいい加減飽きましたよ」
「おい捕虜! 私が訊いたことだけ答えろ」
勝手にぺらぺらと話し出す蜂須賀に水音は笑顔で罵声を浴びせた。
蜂須賀は口を閉じ上の方を見た。
「あなたを倒した澄川カンナって女、強かった?」
「あぁ、あの子ですか。強かったですよ。それが何か?」
「あいつ憎い? 殺したい? 私達に力を貸してくれない?」
水音は笑顔だったがどこか引き攣っていた。
蜂須賀はまた溜息をついた。
「愚かですね。憎しみは良い結果を生まない。ましてや他人の憎しみの為に手を貸すなど以ての外。お断りしますよ」
「ふーん。そう。そういう感じかぁ。じゃあいいわ。鍵開けといてあげるから勝手に逃げれば? あなた多分学園の人達に忘れられてるわよ。いてもいなくても同じだし、可哀想だから逃がしてあげるわ」
水音は牢の鍵を開けた。そして鉄格子の扉を開いた。
「いいんですか? もし私を逃がしたことがバレたらあなた達タダでは済まないのではないですか? まあ逃げていいのなら逃げますがね。ここにいても仕方ないですからね」
水音は腕を組み牢から出て来る蜂須賀を見ていた。
光希は相変わらず2人に興味を示さず自分のツインテールを指で巻いたりして遊んでいた。
「逃げるなら今のうちよ。どうせ学園の見張りは手薄なんだから。あ、学園の外には帝都軍の兵士が配備されてるから気を付けてね」
「帝都軍? 何故そんなものがこの島に?」
蜂須賀は振り返り水音の方を見た。
振り返りながら蜂須賀は何かの違和感を感じた。
「どうしたの?」
水音が首をかしげて訊いた。
「さっきまでここにいたもう1人の女の子はどこへ?」
蜂須賀は違和感の正体に気付いていた。
そして蜂須賀は背後に気配を感じて地上へ続く階段の方を見た。
いつの間にか光希が階段の途中にいて壁に背中をもたれかけて立っていた。
蜂須賀は咄嗟に背後の水音から離れた。
「おかしいとは思いました。私を無償で逃がすなんて。一体どういうつもりですか?」
水音は両手の拳をバキバキと鳴らした。
光希も靴の爪先をトントンと階段で鳴らした。
「そうね、まあ教えてあげましょうか。澄川カンナに負けたあなたがどれ程の強さの体術使いか見たいのよね。それだけ」
水音が凶悪な笑みを浮かべた。薄明かりにその顔が不気味に揺らめいた。
「いいでしょう。相手になりますよ。あなた達2人を倒せばどちらにせよここから抜け出せる。そして青幻様の下へ帰れるのですからね」
蜂須賀は構えた。
「帰れるといいわね」
地下牢には人を殴る音。人を蹴る音が数度響いた。しかしその音は地上の誰の耳にも届かない。
暗い地下牢での密かな出来事。
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20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ――
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【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
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