序列学園

あくがりたる

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虎狼の章

第46話 久壽居の帰還

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 すっかり山の木々は紅葉していた。
 青幻せいげんの手の者が島に侵入して2日後。序列3位の久壽居朱雀くすいすざくが大陸側の軍隊100人を従えて帰還してきた。
 浪臥村ろうがそんには袖岡そでおか太刀川たちかわの両師範の部隊が守備に付いていた。その他の地点も各師範の隊が守備に付く厳戒態勢がしかれており、その間授業は行われなかった。
 
「すっかり秋の装いですな。割天風かつてんぷう総帥」
 
 割天風の執務室で久壽居はどっしりと構え椅子に腰掛けていた。
 
「つい最近まで残暑が厳しかったが、ようやく過ごしやすくなった」
 
 久壽居は正午過ぎに学園に到着してからというもの割天風と昔話に花を咲かせていた。
 久壽居の帰還まで結局青幻に動きはなかった。
 
「ああそうだ。帝都軍の100人を借りられたのでこの島の守備に使ってください。宝生ほうしょう将軍が宜しくと仰っていました」
 
「おお、それは助かるのぉ。有難く使わせてもらおう。まりか。兵を師範部隊と全て入れ替えろ。兵の部隊編成は任せる。師範及び生徒達は全て帰還じゃ」
 
「畏まりました」
 
 割天風の背後に控えていた畦地あぜちまりかは笑顔で答え部屋を出ようとした。
 
「畦地、今はお前が側近なのか」
 
「えぇ、あかねリリアは私がクビにしました」
 
 久壽居に呼び止められたまりかは笑顔で答えると部屋から出て行った。
 
「まったく、あいつの笑顔は相変わらず怖いですな。総帥」
 
 割天風は静かに笑った。
 
「それより総帥。私がいない間に澄川すみかわカンナという生徒が入学して来たと聞きました。しかも序列11位での入学だとか」
 
 久壽居は真剣な目付きで割天風に言った。
 
「今は序列10位じゃ」
 
「そのような待遇の生徒は今までに例を見ませんでした。一体何故澄川カンナを特別扱いしているのです? 神髪瞬花かみがみしゅんかと同じですか?」
 
 割天風は黙った。そして口を開けた。
 
「久壽居よ。お前はこのまま軍に正式に入隊するのか?」
 
 久壽居の質問には答えず新たに質問をして来たが久壽居は頷いた。
 
「なるほど、私がここから出て行くのなら教える必要はないということですね。ええ、私は軍に入隊し将校として生きて行こうと考えています」
 
「物分りが良いのぉ。そうか。入隊したら今後とも学園を贔屓にな」
 
「それは勿論です。総帥並びに師範の方々は私の恩師ですから。それでですね総帥、1つお聞きしたいのですが」
 
 割天風は眉を動かした。
 
「澄川カンナは何処にいます?」
 
 割天風はゆっくりと立ち上がった。そして窓のそばへ行き外を眺め始めた。
 
「体特の寮にいるのではないかのぉ」
 
「体特ですか。懐かしい響きですね。私の後輩に当たるというわけですか」
 
「会いに行くつもりか?」
 
 割天風は久壽居を見ずに言った。
 
「教えていただけないのなら実際に会って自分の目で確かめて来ますよ。特別待遇の生徒には興味が湧きますからね。それに久しぶりの体特寮を見に行きたいですし」
 
「久壽居。澄川カンナの入学を何処で知った」

響音ことねに会いましてな」

 久壽居は立ち上がると窓の外を眺めたままの割天風に一礼し部屋を出て行った。
 割天風はまだ外を眺めたまま顎の髭を撫でていた。



 体特寮の自室に澄川カンナはいた。
 学園守備の任務中だが部屋で待機が許されているので休憩中は部屋に戻り布団に横になっていた。
 同室の周防水音すおうみお篁光希たかむらみつきも部屋にいた。
 水音も光希もカンナそっちのけで楽しそうに話している。いつもの光景だ。
 カンナはあまりこの空間が好きではなかった。話しかけても2人は返事を返すだけですぐに顔を背けてしまう。
 カンナはこれまで諦めずずっと会話に混ざろうと話しかけ続けたが現在に至るまでしっかりと会話をしてくれたことがない。
 何故嫌われているのか?
 当初は多綺響音たきことねの策略でカンナと関わらないように指示されていたのだと思っていた。実際響音と和解してからはカンナを避けていた生徒も徐々に話し掛けてくるようになった。
 しかし水音と光希は頑なにカンナと関わろうとしない。
 ここまで来るともう諦めたくもなってくる。カンナは自分が嫌われる理由が分からなかった。祝詩歩ほうりしほはカンナをカンナの父である澄川孝顕こうけんの事で嫌っていたと言った。それなら納得がいった。嫌いならその理由を教えてほしい。そう思った。カンナは2人と仲良くなりたいのだ。
 カンナが横になりそんな事を考えていると玄関の扉をノックする音が聴こえた。
 
「カンナちゃーん、水音ちゃーん、光希ちゃーん、舞冬まふゆだよー!!」

 カンナはすぐさま身体を起こした。
 玄関に最初に向かったのは水音だった。水音が扉を開けると柊舞冬ひいらぎまふゆが嬉しそうに立っていた。
 
「おお! カンナちゃん! カンナちゃんてその青いリボンいつも付けてるけどお気に入りなの?」
 
 舞冬が興味深そうに尋ね、部屋に上がりカンナに近付いてきた。
 
「あ、これですか……お気に入りです。それと母の形見なので」

 カンナは髪を結んでいる青いリボンを触りながら答えた。
 
「そうなのね。凄く可愛いよね! 似合ってるよ!」
 
「ありがとうございます!柊さん!」

 カンナが嬉しそうに言った。
 舞冬がまだカンナと話そうとしているのを見兼ねて水音が口を挟んだ。
 
「舞冬さん、何か用があって来たんじゃないんですか? この厳戒態勢の中、まさか澄川さんに会いにに来ただけじゃないでしょうし」
 
「あぁ! そうそう! 久壽居さんが帰って来て帝都軍の100人を島の守備に配備するから私達の守備任務は本日で終了になったよ!」
 
 舞冬が嬉しそうに3人に説明した。
 
「え! 久壽居さんが!? やったー!! 助かったーー! これでこの張り詰めた緊張感から解放されるのねー!」
 
 水音は嬉しそうにガッツポーズをしていた。光希も水音に飛びついて喜んでいる。
 
「久壽居さんが帰ってきてるの!?」

 カンナは任務からの解放よりも久壽居の帰還に興味をそそられた。
 
「うん、でも今はまだ総帥とお話してるよ。あ、あと多分すぐ帰っちゃうと思う。あの人忙しいみたいだから」
 
「そう……」

 カンナは肩を落とした。
 
「澄川さん、どうしてがっかりしてるんですか? 久壽居さんに会いたかったんですか?」
 
 水音がカンナの様子を見て珍しく質問してきた。
 
「うん。久壽居さんの体術を見たかったの」
 
「澄川さんて男好おとこずきですよねー。この前も斑鳩いかるがさんといい感じだったし、蔦浜つたはまさんとも仲良さそうだし」
 
 水音が軽蔑の目でカンナを見て言った。
 
「え!? べ、別にそういう気持ちはないから、私は。単に私より強い体術使いの人の動きを見て……」
 
「じゃあこの前斑鳩さんに呼び出された時、どこでなにしてたんですか? やましい事がないなら答えられますよね? 澄川さん」
 
 水音は不敵な笑みを浮かべた。
 
「え……っと……それは……」

 カンナは水音から目を逸らし必死に言い訳を考えた。光希も冷たい目でカンナを見ている。やましい事などなかった……とは言えないかもしれない。斑鳩に抱き締められた。しかしあれは不可抗力だ。それに本当の事は言わない方が良いだろう。そんな事を考えているうちに結局適当な言い訳が思いつかなかった。
 
「うわぁ……澄川さん抜けがけなんてずるいです。凄く見損ないました。ねー光希」
 
「ショックです」
 
 水音と光希はカンナを蔑むような目で見てきた。
 
「私達、いえ、この学園のほとんどの女の子達は斑鳩さんに憧れているんです。それなのにあなただけ……どんな汚い手を使ったんですか? まぁ澄川さんは歳上で序列も上なので私達は逆らえませんが、卑怯な事はやめてください」

 カンナは言葉を失った。何もかも濡れ衣だった。抜けがけ、ずるい、汚い手、卑怯。そんな事を言われる筋合いはない。カンナは怒りよりも悲しくなった。
 
「違うって……私はそんなことしてない……」
 
「ちょっとお! 水音ちゃん! 光希ちゃん! やめなさい!!」

 カンナが震える声で弁解をしようとすると突然黙って聞いていた舞冬が大きな声を出した。
 水音も光希もビクッと身体を震わせて舞冬の方をみた。
 
「2人ともいくら何でも言い過ぎでしょ!? カンナちゃんは違うって言ってるよ? カンナちゃんも違うならちゃんと理由を説明しないと」
 
「違うのは本当。でも、その……詳しくは話せない事情があるの。だから私を信じてもらうしか‥‥」

 斑鳩に体特を頼むと言われた。などと今言えるものか。それに斑鳩が何者かから監視されている事も言わない方が良い。
 
「うんうん、分かりました。舞冬さん。ちゃんと理由を話せない人を信用出来ますか? 出来ませんよね。その事情ってのが何かは知りませんが、澄川さんが斑鳩さんと夜に2人きりで会い、そして私達に話せないことをしたというのは事実です。もう私も光希も澄川さんとお話したくありません」
 
 水音は真顔で淡々と言い放った。
 
「カンナちゃん、ああ言われてるよ? いいの?」
 
 舞冬の気遣いの言葉にカンナは力なく答えた。
 
「もう……それでいいです」

 舞冬はカンナを見つめた。
 
「あー怖い怖い! この女ほんと最低ー! 行こう光希!」
 
 水音と光希は2人で部屋から出て行ってしまった。
 部屋にはカンナと舞冬が残された。
 
「カンナちゃん、私はカンナちゃんのこと信じてるから、その話せない事情もきっと複雑なんだよね。私で良ければ聞くよ?」
 
「柊さん、どうしてあなたは私を信じられるんですか?」

 カンナは俯いたまま舞冬に尋ねた。
 
「馬鹿だなカンナちゃん! 私と君は友達だからだよ! それ以外に理由はいらないんだよ!」
 
「柊さん……! ありがとうございます!」

 カンナは思わず舞冬を抱き締めた。
 舞冬は突然の事に思わず顔を赤らめた。
 
「か、カンナちゃん……とても……いい匂いだ」
 
「え?」
 
 舞冬の変態発言に一瞬カンナは固まった。
 
「もぉ! こんな時にまで」

 しかし、これも舞冬だと思い笑いが込み上げてきた。舞冬も連られて笑っていた。

 いつか誤解が解ければ。そしたら水音とも光希とも仲良くなれるはずだ。
 カンナは少し変わっているがそんな舞冬が大好きになっていた。 
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