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第6章 閻帝国

清華、劉飛麗を頼る

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 鍾桂しょうけい劉飛麗りゅうひれいという女の話をすると、血相を変えた清華せいかは鍾桂に光世を託し、走っていってしまった。
 普段は冷静で滅多に取り乱したりしない清華だったので、光世を置き去りにしてまでその人物に会いに行ってしまった事には驚きを隠せなかった。

「劉飛麗って?」

 2人きりになった光世と鍾桂。同様に困惑している鍾桂に光世は訊いた。

「劉飛麗は、宵の下女。美人で優しくて仕事が出来て頭が良くて……宵と劉さんは姉妹みたいに仲が良さそうだったな。……あと、胸がデカかった」

 鍾桂の視線が光世の胸に刺さったので、何となく光世は右手で胸を隠す。

「そんな人が居たのね。で?  劉飛麗って人と清華ちゃんはどういう関係なの?  清華ちゃんも下女だから下女仲間?」

「俺も詳しくは知らないけど多分そうだと思う」

「そう。ありがとう。私は清華ちゃんを追いかけるから。さよなら」

「いや、ちょっと待ってよ!  光世!」

 鍾桂の制止に構うことなく、光世は清華の走っていった方へと駆け出した。
 鍾桂は慌てて光世の後を追って来た。

 ♢

 廖班りょうはんが死んだという事は、清華が朧国ろうこくに居た時に既に知っていた。しかし、その死が劉飛麗によるものだとは清華は知らなかった。
 劉飛麗は廖班を直接殺したわけではないが、殺そうとした事で結果的に廖班は死んだ。その罪で宵の下女の職を解かれ、牢に幽閉されている。
 鍾桂はそう説明していた。
 あの優しかった劉飛麗が、そんな事をする程廖班に恨みを抱いていたなどと、清華は夢にも思わなかった。
 清華自身、廖班に殴られるのが怖くて逆らう事もしなかったので、何度か身体の関係になってしまった。廖班の顔や身体が嫌いというわけではなかったが、その卑しい性格は虫唾が走る程に嫌いで、いつも殴りたいと思っていたし、さっさと戦に出て死ねばいいと思った事もある。
 廖班に与えられた快楽は清華にとって悪夢でしかない。好きでもない男との交合。その最悪な経験は、いくら後から自分の手で慰めても消える事はない。
 廖班は、清華にとっても穢らわしく、憎い存在だった。
 だが、殺そうと思った事は一度もない。

 劉飛麗は、廖班を殺そうと思い、そして実行しようとまでした。
 何かの間違いではないか。本当に清華の知る優しい劉飛麗なのか。

 清華は、陣営の撤収作業をしている兵士達の合間を抜け、必死に走って劉飛麗のいる幕舎を探した。

 だが、ほとんどの幕舎はすでに片付けられていて、まだ立っている幕舎の中を片っ端から覗いても劉飛麗の姿は見付からなかった。

「そこのお前。何をしている!」

 声を掛けられた清華が振り向くと、見た事のある将校が立っていた。

「えっと……貴方は……楽衛がくえい殿?」

 その男は校尉の楽衛。話した事はないが、顔くらいは知っている。楽衛は、己の名前を知っている清華の顔を見ると思い出したように頷いた。

「軍師殿の下女で朧の間諜をしていた清華だな」

「はい」

「何を慌てているんだ?  探し物か?」

「あ、あの、劉飛麗さんは何処にいますか?」

「劉飛麗か。訳あって牢に入っていたが、陣営を撤収するので牢からは出した。荒陽こうように連行するらしい。太守の廖英りょうえい将軍の命令でな」

「そんな……!」

「まだここを出てはいない筈だ。李聞殿のところにいると思う」

 そう言って楽衛は北の方を指さした。

「ありがとうございます」

 拱手もそこそこに、清華は北の方へと走った。


 ♢

 李聞の幕舎も撤収作業が進められていた。
 その近くには数人の男達が集まっていた。
 その中に、桃色の閻服を来た劉飛麗の姿があった。
 手首を縄で縛られ、兵士に引かれている。

「劉さん!」

 清華が叫ぶと、劉飛麗は驚いた顔をして清華を見た。

「清華……」

「劉さん劉さん劉さん……!」

 清華は名前を連呼しながら劉飛麗の身体に抱きついた。

「生きて戻ったのは知ってたけど、最後に顔が見られて良かったわ」

 優しい声、そして相変わらず美しい容姿をしているが、どこかやつれて見えた。

「劉さん、何で捕まってるんですか!?  劉さんは悪くないです!  悪いのは廖班です!」

「こら!  離れろ下女!」

 そばに居た軍監の許瞻きょせんが怒鳴ったが、その隣の李聞が手で制した。

「悪いのは廖班だけど、私も悪い事をしたから。ごめんね、清華」

 清華はブンブンと首を横に振る。

「行かせない!  劉さんは宵様の下女なんだから、宵様を支えてあげなくちゃ……!」

 たわわな胸に顔を埋める清華の頭を劉飛麗は縛られた手で優しく撫でた。

「あたしはもう、下女ではないのよ。ただの罪人。宵様には謝罪とお別れはしたし、罰を受ける覚悟は出来ているから」

 いつになく弱々しい笑みを浮かべて見せる劉飛麗。
 しかし、清華は首を振り劉飛麗に抱きついたまま離れない。

「宵様、今きっと凄く悩んでます。とても、とても悩んでます。だから、宵様を支えて欲しいんです。私じゃ……何も出来ないから……」

「清華。宵様は大丈夫よ。もう以前のような弱い女の子じゃない」

「……え?」

「宵様は、あたしの支えがなくても大丈夫。お1人で解決出来る、立派な人に成られたわ。それに、あたしを改心させ、ちゃんと罰を受けるように言ってくれたのよ。あたしより、凄いのよ、宵様は」

「嫌です……貴女を連れて行かせたら、あたし、宵様に顔向け出来ない……」

「大丈夫だから。貴女がそんなでは駄目でしょ?  今の宵様の下女は貴女なんだから、清華」

 諭されるように、清華は頷いた。

「もう良いか。連れて行け」

 許瞻が言うと、劉飛麗の手首に繋がった縄を持った兵士が歩き出した。

「劉さん……!」

 引き離される清華。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだった。

宵ちゃん・・・・を、頼んだわよ」

「はい!!!」

 大きな声で返事をし、頭を下げた。

 何故涙が止まらないのだろう。
 劉飛麗は兵士の乗る馬に乗せられ、ゆっくりと歩き出す。
 一度も振り返らず、劉飛麗は陣営から出て行った。
 許瞻や他の兵士達は劉飛麗の乗る馬が見えなくなると散開していった。

「劉飛麗の言う通りだ。宵は成長している」

 1人になった清華に、李聞は優しく言葉を掛けた。
 清華は袖で涙を拭いながらコクリと頷く。

「清華ちゃん」

 突然、光世が鍾桂と共に現れた。どうやら2人共一部始終を陰から見守っていたらしい。

「今生の別れじゃないんだ。また会えるよ」

 気を遣ってくれた鍾桂の言葉に清華はニコリと微笑む。

「分かってますよ。だからお別れの言葉は言いませんでした」

 宵の為にと言ったが、本当は自分も離れたくないと思っていた事を鍾桂には見破られていたようだ。

「さあ、そろそろ行くぞ。今日は40里 (16km)は南下したい」

 李聞が言うと、鍾桂が「御意」と返事をした。

「私、決めました」

 不意に光世は言った。

 清華と鍾桂、そして李聞の視線が、光世へと集まった。
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