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第5章 葛州攻防戦
炎の陣営、姜美 対 徐畢
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馬が交差する。
槍と偃月刀がぶつかる。
周りからは兵達の喊声。その中には悲鳴も混じっている。
姜美はすでに馬上で20合近く徐畢と打ち合っている。お互いの身体には刃は届かず、ただ姜美の細い両腕には痺れるような感覚が残る。
周囲が炎に包まれているせいで身体から吹き出る汗の量が尋常ではない。息が苦しい。
だが、一方の徐畢は汗こそかいているようだが姜美ほど疲労も苦痛も感じている様子はなく楽しそうにニヤリと微笑んでいる。
「閻兵はやはり弱いな。何十年も平和というぬるま湯に浸かり、すっかり戦いを忘れている。軍師がいくら智謀を奮おうが、所詮兵が弱ければ何も変わらぬ」
「ほざけ! 我々が軍師の足を引っ張っているとでも言うのか?」
「そうだ! 無能な閻帝の犬共が! 民を顧みぬ国家が長く続くと思うなよ!」
「何だと!! 侵略者の分際で偉そうな……私は国を、故郷を守るだけよ!!」
「姜美! お前も分かっていよう。閻帝国という国家の悪行を」
「なっ……」
姜美は今までの威勢のいい受け応えを初めて詰まらせた。
「宰相・董炎は民からむしり取った税で私腹を肥やし、無能な閻帝は董炎の傀儡、政に興味を持たぬ。そんな腐敗した朝廷を何故支える? 国を守る? 本当に守っているつもりか? 国とは民だ! 民の人命を顧みずに国を守るとは片腹痛い! まさに思考の停止した者しか居ない事が伺い知れる!」
「黙れ!!」
姜美は叫ぶが徐畢は話をやめない。
「姜美! お前は他の閻の武将達とは違う。聡明で武勇にも優れている」
「何が言いたい」
「閻ではなく朧へ降れ。さすればお前は将軍となれる。お前の能力を低く見ている閻の軍も長くは続かんぞ。今投降すれば朧国にて昇進出来よう。お前はまだ若い。俺よりも優れた将軍になれる」
姜美は槍を構えたまま徐畢を睨み付ける。
同時に徐畢の誘いの意味を考えた。確かに閻帝国は徐畢の言う通り、朝廷の腐敗が甚だしい。その事は姜美自身も分かっている。だが、閻の人間のほとんどは国が異常である事に気付く術もなく、ただ国から定期的に支給される食料を受け取り、国から指示された仕事をし、国が要求する多額の税を納めて安穏と生きている。人々がその現状を甘んじて受け入れているのは、暮らしが貧しく辛くとも国に従っていればどんな人間でも人として生きる事が出来るからだ。
姜美は徐畢を睨み付けたまま口を開く。
「例え……そうだとしても、世話になった費叡将軍や公孫艾殿、そして、友である軍師殿を裏切れるものか!!」
「義理堅い武人よ。気に入った。ならばこの俺の偃月刀で武人らしく華々しい死をくれてやろう!」
馬腹を蹴り、再び徐畢が馬を駆けさせた。
姜美も馬を駆けさせる。
偃月刀が風を斬る高い音が聴こえる。
火の粉が視界に飛散する。
気付けばもう間近に火の手が迫っていた。
「やぁぁぁ!!!」
姜美の雄叫びと共に馬が交差。
刹那だけぶつかる槍と偃月刀。
その衝撃は再び姜美の両腕を痺れさせる。
膂力では勝てない。
すれ違い、お互い馬首を返すと徐畢が掛け声を上げ向かって来る。
周りは火。
いつの間にか周りにいた兵達は敵も味方もいなくなっていた。完全に炎が姜美と徐畢だけを取り囲んだ。
それを確認した時、姜美は死を覚悟した。
木が焼ける臭い。熱と息苦しさで今にも倒れそうだ。
目の前に迫る徐畢。偃月刀を振りかぶっている。
姜美は槍を低く構え徐畢の腹を狙う。
だが、火の粉と煙が姜美の視界を遮った。
一瞬、ほんの一瞬その姜美は目を瞑った。
再び目を開けた時には目の前に偃月刀の刃。
咄嗟に身体を仰け反らせるが遅かった。
偃月刀は姜美の左胸を鎧ごと袈裟斬りにし、真っ赤な血飛沫を夜空に舞わせた。
すれ違って行く徐畢。
熱い。
その熱さが炎の熱さなのか、裂傷がそう感じさせるのか分からない。
ただ、姜美は歯を食いしばり馬から落ちまいと必死に手綱を引いた。
馬は急に手綱を強く引かれた事に驚き竿立ちになった。
姜美はそれでもなお、手綱を握り、槍を握り締める。胸の傷を押さえる事すら出来ず馬の鞍や身体には血が零れている。
「徐畢……」
満身創痍で敵将を探す姜美。
すぐに徐畢は視界に映る。もうこちらへ止めを刺しに駆けて来ていた。
「覚悟!」
徐畢が叫ぶ。
姜美は意識を保ちながら、何とか暴れる馬を宥めた。
だが、またしても徐畢の偃月刀の刃はすでに姜美を捉えていた。今度は首を刎ねる軌道。
咄嗟に身体を屈め右手の槍を突き出した。
「ぐうっ……」
鎧と肉を突き刺す感触。と同時に低い呻き声が聞こえた。
馬はすれ違わずその場に留まった。
顔を上げると徐畢が姜美を見下ろしている。
右手の槍は徐畢の左腹を貫いていた。
急所は外している。
姜美は槍から手を離すと、腰の剣を抜く。その動きで左胸の傷口から血が噴き出し激痛が走る。だが姜美は徐畢の首ヘと迷う事なく振り下ろす。
「徐畢……討ち取っ──」
しかし、姜美の剣は徐畢の左手に捕まれピタリと止められてしまった。
素手で剣を止めているせいで、徐畢の左手から姜美の銀色に光る剣を血が伝う。
剣を押そうが引こうがビクともしない。
「女……だったのか」
破損した鎧の間から零れた真っ赤に染まった膨らみを見た徐畢は静かに呟いた。
「おかしいですか?」
「いや」
そう話している間も剣はピクリとも動かない。
「死ぬ前に、話を聞いてくれないか」
徐畢はまた静かに言う。
「馬鹿な。そんな余裕が私にあるように見えますか?」
「まあ聞け。閻帝国の話だ」
同意などしていないのに、徐畢は淡々と話を進めていく。
「閻帝国は近々崩壊する。それは我々が攻めなかった場合も同じだ」
「何を言い出すかと思えば」
「我々の侵攻は閻帝国崩壊を早めて民を救う為。我々が攻めずして自然に崩壊を始めれば民は救われない。だから朧国は戦を仕掛けた」
「そんな話、誰が信じるものか」
「信じなくとも構わぬ。朧国は閻帝国を侵略して領土を広げたいなどとは露ほども思ってはおらぬ。広すぎる領土は統治が容易ではない。我々の目的はあくまでも閻の民を救う事」
「そうだと言うなら、武力行使などせずに話し合いで……うっ……」
胸の激痛と熱さで目眩が姜美を襲う。
もはや徐畢の言葉に反論する力も残っていない。
「話し合いが通じればこんな事にはなっていない。……さて、そろそろ限界のようだな」
「私は……死なぬ……貴方を倒すまでは……」
荒い呼吸。しかし、肺に入るのは業火に焼かれた灼熱の空気と焦げ臭い煙。
咳き込む度に胸の傷口から血が噴き出す。
ついに姜美は剣を離し馬の首に凭れた。
手から滑り落ちた剣は地面に突き刺さった。
斬られて死ぬのか、息が出来なくて死ぬのか、はたまた焼け死ぬのか……。
「朧軍にもお前達と同様に若い女の軍師がいる。異国から来たという不思議な女だ。その者は友を探していると言っていた。もしかしたらその探している友は閻にいるかもしれぬ」
「何故……そんな事を……私に……さっさと……斬ってくれ……苦しくて……もう……」
「お前達が景庸関を取り戻し、朧の女軍師を捕らえる事があれば、どうか丁重に扱い、友を探してやって欲しい」
「……友を……それは……貴方の……役目……」
「約束しろ! 姜美!」
徐畢は瀕死の姜美の肩に手を置いて言う。
「私が……生きていれば……」
ほとんど意識のない姜美が言葉を返すと、徐畢は腹に突き刺さっていた槍を引き抜き投げ捨てた。そして姜美の身体を馬から抱え上げると自分の馬に乗せ、姜美を炎から守るように大きな背中を盾にした。
「はぁぁぁ!!!」
雄叫びを上げた徐畢は左手で姜美を押さえたまま、目の前の炎に向かい右手の偃月刀を下から振り上げた。
すると、ほんの一瞬炎の壁が真っ二つに割れた。その隙間を徐畢は間髪入れず駆け抜けた。
通り抜けると同時にまた炎の割れ目は閉じた。
「徐畢だ!!」
駆け抜けた先には数十人の閻兵。
周りの数名は徐畢の姿を見るやいなや躊躇うことなく槍を突き出す。5本もの槍が徐畢の身体を貫いた。
槍が届かないように太い両腕を盾にしたお陰で前に座っていた姜美は無事だ。
「待て! 姜美様がいるぞ! 槍を引け!」
ようやく姜美の存在に気付いた閻兵は徐畢から槍を引き抜いた。
「手を貸せ! まだ助かる」
徐畢はそばの閻兵を呼ぶと姜美をゆっくりと引き渡した。
「姜美様! 姜美様!」
胸から血を流し気を失っている姜美に閻兵達は集まる。
「姜美殿ー!!」
遅れて駆け付けたのは邵山から奇襲を仕掛けていた成虎だった。
「姜美殿は無事か!?」
「微かに息があります!」
「よし! すぐに安全な場所で手当を!」
次々と集まって来た閻兵を見た徐畢はずっと握り締めていた偃月刀をゴトンと落とした。
「敵将……?」
成虎が馬上で静かに姜美を見ていた徐畢に近付く。
とても穏やかな表情をしていた。
「一体……何があった?」
その時、突然徐畢の巨体は馬から落ちた。
成虎は地面に伏した徐畢を確認しようと馬を降りた。兵達も徐畢の周りに集まって来る。だが、すぐ背後から炎が迫っていたので成虎は兵達を下がらせた。
徐畢の身体はあっという間に炎に呑まれ、そして見えなくなった。
槍と偃月刀がぶつかる。
周りからは兵達の喊声。その中には悲鳴も混じっている。
姜美はすでに馬上で20合近く徐畢と打ち合っている。お互いの身体には刃は届かず、ただ姜美の細い両腕には痺れるような感覚が残る。
周囲が炎に包まれているせいで身体から吹き出る汗の量が尋常ではない。息が苦しい。
だが、一方の徐畢は汗こそかいているようだが姜美ほど疲労も苦痛も感じている様子はなく楽しそうにニヤリと微笑んでいる。
「閻兵はやはり弱いな。何十年も平和というぬるま湯に浸かり、すっかり戦いを忘れている。軍師がいくら智謀を奮おうが、所詮兵が弱ければ何も変わらぬ」
「ほざけ! 我々が軍師の足を引っ張っているとでも言うのか?」
「そうだ! 無能な閻帝の犬共が! 民を顧みぬ国家が長く続くと思うなよ!」
「何だと!! 侵略者の分際で偉そうな……私は国を、故郷を守るだけよ!!」
「姜美! お前も分かっていよう。閻帝国という国家の悪行を」
「なっ……」
姜美は今までの威勢のいい受け応えを初めて詰まらせた。
「宰相・董炎は民からむしり取った税で私腹を肥やし、無能な閻帝は董炎の傀儡、政に興味を持たぬ。そんな腐敗した朝廷を何故支える? 国を守る? 本当に守っているつもりか? 国とは民だ! 民の人命を顧みずに国を守るとは片腹痛い! まさに思考の停止した者しか居ない事が伺い知れる!」
「黙れ!!」
姜美は叫ぶが徐畢は話をやめない。
「姜美! お前は他の閻の武将達とは違う。聡明で武勇にも優れている」
「何が言いたい」
「閻ではなく朧へ降れ。さすればお前は将軍となれる。お前の能力を低く見ている閻の軍も長くは続かんぞ。今投降すれば朧国にて昇進出来よう。お前はまだ若い。俺よりも優れた将軍になれる」
姜美は槍を構えたまま徐畢を睨み付ける。
同時に徐畢の誘いの意味を考えた。確かに閻帝国は徐畢の言う通り、朝廷の腐敗が甚だしい。その事は姜美自身も分かっている。だが、閻の人間のほとんどは国が異常である事に気付く術もなく、ただ国から定期的に支給される食料を受け取り、国から指示された仕事をし、国が要求する多額の税を納めて安穏と生きている。人々がその現状を甘んじて受け入れているのは、暮らしが貧しく辛くとも国に従っていればどんな人間でも人として生きる事が出来るからだ。
姜美は徐畢を睨み付けたまま口を開く。
「例え……そうだとしても、世話になった費叡将軍や公孫艾殿、そして、友である軍師殿を裏切れるものか!!」
「義理堅い武人よ。気に入った。ならばこの俺の偃月刀で武人らしく華々しい死をくれてやろう!」
馬腹を蹴り、再び徐畢が馬を駆けさせた。
姜美も馬を駆けさせる。
偃月刀が風を斬る高い音が聴こえる。
火の粉が視界に飛散する。
気付けばもう間近に火の手が迫っていた。
「やぁぁぁ!!!」
姜美の雄叫びと共に馬が交差。
刹那だけぶつかる槍と偃月刀。
その衝撃は再び姜美の両腕を痺れさせる。
膂力では勝てない。
すれ違い、お互い馬首を返すと徐畢が掛け声を上げ向かって来る。
周りは火。
いつの間にか周りにいた兵達は敵も味方もいなくなっていた。完全に炎が姜美と徐畢だけを取り囲んだ。
それを確認した時、姜美は死を覚悟した。
木が焼ける臭い。熱と息苦しさで今にも倒れそうだ。
目の前に迫る徐畢。偃月刀を振りかぶっている。
姜美は槍を低く構え徐畢の腹を狙う。
だが、火の粉と煙が姜美の視界を遮った。
一瞬、ほんの一瞬その姜美は目を瞑った。
再び目を開けた時には目の前に偃月刀の刃。
咄嗟に身体を仰け反らせるが遅かった。
偃月刀は姜美の左胸を鎧ごと袈裟斬りにし、真っ赤な血飛沫を夜空に舞わせた。
すれ違って行く徐畢。
熱い。
その熱さが炎の熱さなのか、裂傷がそう感じさせるのか分からない。
ただ、姜美は歯を食いしばり馬から落ちまいと必死に手綱を引いた。
馬は急に手綱を強く引かれた事に驚き竿立ちになった。
姜美はそれでもなお、手綱を握り、槍を握り締める。胸の傷を押さえる事すら出来ず馬の鞍や身体には血が零れている。
「徐畢……」
満身創痍で敵将を探す姜美。
すぐに徐畢は視界に映る。もうこちらへ止めを刺しに駆けて来ていた。
「覚悟!」
徐畢が叫ぶ。
姜美は意識を保ちながら、何とか暴れる馬を宥めた。
だが、またしても徐畢の偃月刀の刃はすでに姜美を捉えていた。今度は首を刎ねる軌道。
咄嗟に身体を屈め右手の槍を突き出した。
「ぐうっ……」
鎧と肉を突き刺す感触。と同時に低い呻き声が聞こえた。
馬はすれ違わずその場に留まった。
顔を上げると徐畢が姜美を見下ろしている。
右手の槍は徐畢の左腹を貫いていた。
急所は外している。
姜美は槍から手を離すと、腰の剣を抜く。その動きで左胸の傷口から血が噴き出し激痛が走る。だが姜美は徐畢の首ヘと迷う事なく振り下ろす。
「徐畢……討ち取っ──」
しかし、姜美の剣は徐畢の左手に捕まれピタリと止められてしまった。
素手で剣を止めているせいで、徐畢の左手から姜美の銀色に光る剣を血が伝う。
剣を押そうが引こうがビクともしない。
「女……だったのか」
破損した鎧の間から零れた真っ赤に染まった膨らみを見た徐畢は静かに呟いた。
「おかしいですか?」
「いや」
そう話している間も剣はピクリとも動かない。
「死ぬ前に、話を聞いてくれないか」
徐畢はまた静かに言う。
「馬鹿な。そんな余裕が私にあるように見えますか?」
「まあ聞け。閻帝国の話だ」
同意などしていないのに、徐畢は淡々と話を進めていく。
「閻帝国は近々崩壊する。それは我々が攻めなかった場合も同じだ」
「何を言い出すかと思えば」
「我々の侵攻は閻帝国崩壊を早めて民を救う為。我々が攻めずして自然に崩壊を始めれば民は救われない。だから朧国は戦を仕掛けた」
「そんな話、誰が信じるものか」
「信じなくとも構わぬ。朧国は閻帝国を侵略して領土を広げたいなどとは露ほども思ってはおらぬ。広すぎる領土は統治が容易ではない。我々の目的はあくまでも閻の民を救う事」
「そうだと言うなら、武力行使などせずに話し合いで……うっ……」
胸の激痛と熱さで目眩が姜美を襲う。
もはや徐畢の言葉に反論する力も残っていない。
「話し合いが通じればこんな事にはなっていない。……さて、そろそろ限界のようだな」
「私は……死なぬ……貴方を倒すまでは……」
荒い呼吸。しかし、肺に入るのは業火に焼かれた灼熱の空気と焦げ臭い煙。
咳き込む度に胸の傷口から血が噴き出す。
ついに姜美は剣を離し馬の首に凭れた。
手から滑り落ちた剣は地面に突き刺さった。
斬られて死ぬのか、息が出来なくて死ぬのか、はたまた焼け死ぬのか……。
「朧軍にもお前達と同様に若い女の軍師がいる。異国から来たという不思議な女だ。その者は友を探していると言っていた。もしかしたらその探している友は閻にいるかもしれぬ」
「何故……そんな事を……私に……さっさと……斬ってくれ……苦しくて……もう……」
「お前達が景庸関を取り戻し、朧の女軍師を捕らえる事があれば、どうか丁重に扱い、友を探してやって欲しい」
「……友を……それは……貴方の……役目……」
「約束しろ! 姜美!」
徐畢は瀕死の姜美の肩に手を置いて言う。
「私が……生きていれば……」
ほとんど意識のない姜美が言葉を返すと、徐畢は腹に突き刺さっていた槍を引き抜き投げ捨てた。そして姜美の身体を馬から抱え上げると自分の馬に乗せ、姜美を炎から守るように大きな背中を盾にした。
「はぁぁぁ!!!」
雄叫びを上げた徐畢は左手で姜美を押さえたまま、目の前の炎に向かい右手の偃月刀を下から振り上げた。
すると、ほんの一瞬炎の壁が真っ二つに割れた。その隙間を徐畢は間髪入れず駆け抜けた。
通り抜けると同時にまた炎の割れ目は閉じた。
「徐畢だ!!」
駆け抜けた先には数十人の閻兵。
周りの数名は徐畢の姿を見るやいなや躊躇うことなく槍を突き出す。5本もの槍が徐畢の身体を貫いた。
槍が届かないように太い両腕を盾にしたお陰で前に座っていた姜美は無事だ。
「待て! 姜美様がいるぞ! 槍を引け!」
ようやく姜美の存在に気付いた閻兵は徐畢から槍を引き抜いた。
「手を貸せ! まだ助かる」
徐畢はそばの閻兵を呼ぶと姜美をゆっくりと引き渡した。
「姜美様! 姜美様!」
胸から血を流し気を失っている姜美に閻兵達は集まる。
「姜美殿ー!!」
遅れて駆け付けたのは邵山から奇襲を仕掛けていた成虎だった。
「姜美殿は無事か!?」
「微かに息があります!」
「よし! すぐに安全な場所で手当を!」
次々と集まって来た閻兵を見た徐畢はずっと握り締めていた偃月刀をゴトンと落とした。
「敵将……?」
成虎が馬上で静かに姜美を見ていた徐畢に近付く。
とても穏やかな表情をしていた。
「一体……何があった?」
その時、突然徐畢の巨体は馬から落ちた。
成虎は地面に伏した徐畢を確認しようと馬を降りた。兵達も徐畢の周りに集まって来る。だが、すぐ背後から炎が迫っていたので成虎は兵達を下がらせた。
徐畢の身体はあっという間に炎に呑まれ、そして見えなくなった。
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