74 / 173
第4章 真の軍師
真の軍師の姿
しおりを挟む
都会にいた頃には忘れていた草木の匂い。それは乱れた瀬崎宵の心を落ち着ける自然の生薬になっていた。
遠くに見える朧軍の砦も、そのさらに奥に見える景庸関も攻撃してくる気配はない。
真っ白な羽織を閻服の上から纏い、頭に白い鉢巻を巻いた宵は、櫓の上でその光景をぼうと眺めていた。
この白の衣装。これは閻帝国の喪服である。
現代日本において、葬式の際に着る喪服は黒であるが、古代中国では喪服は白であった。閻帝国も中華文明と酷似した文明である為、喪服に白が使われているのも不思議ではない。
陣中には宵と同じく白装束を着て廖班の喪に服した将兵達が活気なく動き回る。
廖班の葬儀を大々的に執り行ったお陰で、朧軍は閻軍が罠を仕掛けていると思い込み、士気の落ちた閻軍への攻撃を躊躇わせる事が出来た。
これぞ『死せる孔明、生ける仲達を走らす』ならぬ、『死せる廖班、生ける陸秀を躊躇わす』だ。
「こんな所に居たのですか。軍師殿」
不意に背後から声を掛けられ、宵はチラリと振り向く。
「姜美殿」
鎧兜をの上から白装束を纏った姜美は、宵の隣に来ると、宵が見ていた景色に目をやった。
「高い所は苦手だったのでは?」
「そうなんですけど、いつまでも苦手だからと言って避けていてはいけないですからね。高所から眺めた方が戦場の全貌が分かりますし」
宵は手に持った羽扇の羽根を優しく撫でながら言った。
その寂しげな様子を見た姜美は頬をポリポリと掻きながら少し思案するとニコリと笑った。
「それは良い心掛けですね。ところで、私の兵達は軍師殿が来てくれたお陰で皆喜んでおりました」
「え? 何故?」
「軍師殿のような若い女子が見れて男達には目の保養になりますし」
「そんな、私なんか……。姜美殿の方が美人なのに」
突然の賛辞に宵は頬を赤く染める。元の世界でも、男女問わず容姿を褒められる事は多々あったが、やはりこちらの世界で褒められるのも嬉しいものだ。
「ああ、それと、下にいた兵達が軍師殿の裙 (スカート)の中が見えたとか見えないとか言って騒いでいたので蹴り飛ばしておきました。櫓に昇られる際はお気を付けを」
「え!? み、見られた!?」
宵は咄嗟に左右の手で股と尻を押さえた。
その仕草を見た姜美は腹を抱えて笑う。
「今さらそんな事しても遅いですよ。まったく、軍師殿は可愛いですね」
「あの……姜美殿は何をしに来たんですか? わざわざ私をからかいに?」
ムッとして宵が聞くと、姜美はすぐに凛々しい顔に切り替えた。
「まさか、良い情報が入ったので報告に参りました」
「良い情報?」
「ええ。北の胡翻より費叡将軍配下の武将、陳軫将軍と馬寧将軍がそれぞれ1万の軍勢を率いてこちらに向かっております。私の先輩方です」
「本当ですか? それは心強い!」
宵は無意識に両手を胸の前でグッと握った。
「陳軫将軍も馬寧将軍も、兵法は知りませんが、この平和ボケした閻ではそれなりに用兵に長けた将軍達です。青陵や椻夏の武将達よりは頼りになるかと」
閻の中でも葛州は鳴国と朧国の国境に接する地。費叡直属の武将達は国家を守る為に、実際の戦闘こそ無いけれど、常に緊張感を持ち軍備を整え兵の調練に励んでいたのだろう。
兵法でも平時の備えの重要性を説いている。
“孫子”では『其の来たらざるを恃む無かれ、吾れの以てこれを待つ有るを恃め。其の攻めざるを恃む無かれ、吾、攻むべからざる所あるを恃むなり』とある。
また、“司馬法”では『天下安しといえども、戦いを忘るれば必ず危うし』とある。平時でも軍備は必要。軍備を疎かにする国は滅ぼしてくださいと言っているようなものなのだ。
「それから、軍師殿が呼び寄せた楽衛という者も明日にはこちらに着く見込みです」
「よーし! 私の計画通り」
「それにしても、あの廖班の死さえも見事に利用するとは。恐れ入りました」
「利用……だなんて、したくなかったけど、敵の攻撃を躊躇わせるには他に方法がありませんでした。敵の軍師が有能で、私の策の裏の裏を読んでくれたから成立しましたが、敵が単純なら逆に攻撃を誘い危険に晒されていました」
「でも、軍師殿は、敵の軍師が裏の裏を読むと確信していたのですよね? その采配のお陰で我々は士気の落ちた状態を攻撃されるのを免れた」
「まあ……」
宵はニヤけそうになる口元を羽扇でそっと隠す。
その様子を姜美は微笑みを浮かべて眺めてくる。
劉飛麗の話には一切触れない。
それは姜美なりの気遣いだろう。宵の心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれるかのように、姜美は宵にとにかく優しくしてくれる。傷心の今、こんなに優しくされたらキュンとしてしまう。今の宵は、無意識に優しさを求めているのかもしれない。
「さ、楽衛殿が来る前に一度軍議しましょう! 次で景庸関を取り戻しますよ!」
「御意!」
宵が元気良く羽扇を櫓の天井へと掲げると、姜美は礼儀正しく拱手した。
♢
隣の陣営の李聞達を交えた軍議を終え、1人部屋に戻る途中、兵士と商人のような男が走って近付いて来た。
「軍師殿!」
「あ! 甘晋殿!」
商人風の男は、朧国に潜り込ませている間諜の甘晋だった。姜美の兵士に付き添われて宵の元までやって来たようだ。
「今度はこちらの陣営にいらっしゃったのですね。李聞殿の陣営にいらっしゃらなかったので」
「あ、ごめんなさい。ころころと居場所を変えて……」
「いえ。それは構いません。ところで、廖班将軍は本当に亡くなられたのですね。朧軍は廖班将軍がまだ生きていると思い込んで攻撃を躊躇っています。まさか、これは軍師殿の策では?」
「ご明察です。わざと廖班将軍の葬儀を大々的に行ない、廖班将軍が亡くなった事を殊更に見せ付けました。そしたら案の定、敵は躊躇い攻撃せずこちらの出方を窺っている……それより、清華ちゃんは? まだ連絡は取れないのですか?」
宵の問に甘晋は苦い顔をした。
「はい……残念ながら。今日も歩曄からの密書だけです」
「そうですか……」
宵は甘晋から差し出された小さく折り畳まれた絹の切れ端を受け取り中を改めた。
「え!? マジで!?」
「まじ?」
その衝撃的な内容に、思わず元の世界の言葉を漏らしてしまった宵。甘晋は眉間に皺を寄せて首を傾げている。
「あ、すみません。あの……清華ちゃんは無事みたいです! 甘晋殿」
「おお! 誠ですか! それは良かった」
宵の言葉に甘晋は笑顔を見せた。
歩曄の密書にはこう書かれていた。
『我、景庸関にて清華の姿を視る。清華、朧軍女軍師に従う。朧軍二人の軍師二手に別れる。女軍師は景庸関に留まり、男軍師は洪州へ周殷と共に赴任す。景庸関には陸秀、徐畢が残留す』
密書の内容を甘晋にも読み聞かせた。
甘晋が清華の所在を歩曄から直接聞いていなかったのは、甘晋と歩曄が当初の取り決め通り一言も言葉を交わさずに密書の受け渡しをしていたからだろう。
2人は宵の見立て通り、間諜の仕事を完璧にこなしているようだ。
しかも、歩曄の入手した内容はかなり重要な事だ。清華の安否も判明し、2人の軍師が景庸関と南の洪州に別れた事も分かった。洪州に大都督の周殷と軍師の1人が移ったという事は、本格的に洪州を獲りに来たという事だろう。
「甘晋殿、貴重な情報を届けて頂きありがとうございます。歩曄殿との密書の受け渡しには敵の警戒などはありませんか?」
「今のところ私の方では問題ありません」
「分かりました。では、歩曄殿への返書を書きますので兵舎で休んでいてください」
「御意。私も清華の無事が知れて良かったです。では、後ほど」
甘晋は拱手すると、付き添いの兵士と共に兵舎の方へと歩いて行った。
清華の無事が確認出来たのは嬉しかった。
しかし、密書を寄越さない理由が気になる。清華が裏切るとは考えられない。かなり監視が厳しいのか。それに、軍師の1人が女だというのも驚きだった。自分と同じ女軍師。
会ってみたい。
そんな事を考えながら、宵は自室へと戻った。
部屋に戻ると、筵の丸い座布団に座り一息つく。
李聞の陣営から引っ越したばかりでまだ荷物は行李に入ったままだ。
行李を見て、不意に宵は劉飛麗に言われた事を思い出した。
「そうだ。飛麗さんに行李の中を見てって言われてたんだ」
すぐに劉飛麗の荷物の入った行李を探し出しその蓋を開けた。
「あ……」
行李の中には小さな紺色の四角い帽子、いわゆる綸巾が入っていた。
そしてその傍らには折り畳まれた絹の切れ端が1枚。宵はその切れ端を取り出し開いてみるとそれは手紙だった。
『宵ちゃん。きっとこれを読んでいるという事は、あたしは貴女のそばにはいないのね。馬鹿なあたしを許してね。手作りで下手くそかもしれないけど、軍師の帽子を作ってみたわ。良かったら使って。あたしは貴女が元の世界に帰るその日まで、ずっと味方だからね。頑張って。──劉飛麗』
宵は唇を噛み締めた。
いつの間に用意していたのだろう。手紙の内容からすると劉飛麗は初めから自分が捕まって宵の元を離れる事を予想していたようだ。
劉飛麗には敵わない。
彼女は兵法こそ知らないが、その先を見通す力はまさに軍師。
宵は綸巾を頭に乗せ、顎紐を締め、羽扇を握り締めた。
その宵の姿は、三国志の天才軍師、諸葛孔明そのものだった。
もちろん、見た目だけではない。宵の心は今までの仮初の軍師などではなく、今この瞬間、真の軍師へと成長した。それは、皮肉にも劉飛麗という大切な存在を隔てた事がもたらした心の変化。
「お姉ちゃん、ありがとう。私、お姉ちゃんみたいに、いつも冷静で先を見透せるようになる。そして朧軍を倒して、閻を平和にしてから元の世界に帰る。1人でも頑張るから」
ふと、何かに気付いたように、宵は腰紐に提げていた巾着袋から祖父の形見の竹簡を取り出し中を開く。
「……やっぱり……」
歯抜けになっていた文章の一部が浮かび上がっていた。
それは、宵に足りないものの4つ目の部分。
“自立”
宵は黙って頷くと竹簡を閉じた。
「頑張るから……」
静かに宵はそう呟いた。
遠くに見える朧軍の砦も、そのさらに奥に見える景庸関も攻撃してくる気配はない。
真っ白な羽織を閻服の上から纏い、頭に白い鉢巻を巻いた宵は、櫓の上でその光景をぼうと眺めていた。
この白の衣装。これは閻帝国の喪服である。
現代日本において、葬式の際に着る喪服は黒であるが、古代中国では喪服は白であった。閻帝国も中華文明と酷似した文明である為、喪服に白が使われているのも不思議ではない。
陣中には宵と同じく白装束を着て廖班の喪に服した将兵達が活気なく動き回る。
廖班の葬儀を大々的に執り行ったお陰で、朧軍は閻軍が罠を仕掛けていると思い込み、士気の落ちた閻軍への攻撃を躊躇わせる事が出来た。
これぞ『死せる孔明、生ける仲達を走らす』ならぬ、『死せる廖班、生ける陸秀を躊躇わす』だ。
「こんな所に居たのですか。軍師殿」
不意に背後から声を掛けられ、宵はチラリと振り向く。
「姜美殿」
鎧兜をの上から白装束を纏った姜美は、宵の隣に来ると、宵が見ていた景色に目をやった。
「高い所は苦手だったのでは?」
「そうなんですけど、いつまでも苦手だからと言って避けていてはいけないですからね。高所から眺めた方が戦場の全貌が分かりますし」
宵は手に持った羽扇の羽根を優しく撫でながら言った。
その寂しげな様子を見た姜美は頬をポリポリと掻きながら少し思案するとニコリと笑った。
「それは良い心掛けですね。ところで、私の兵達は軍師殿が来てくれたお陰で皆喜んでおりました」
「え? 何故?」
「軍師殿のような若い女子が見れて男達には目の保養になりますし」
「そんな、私なんか……。姜美殿の方が美人なのに」
突然の賛辞に宵は頬を赤く染める。元の世界でも、男女問わず容姿を褒められる事は多々あったが、やはりこちらの世界で褒められるのも嬉しいものだ。
「ああ、それと、下にいた兵達が軍師殿の裙 (スカート)の中が見えたとか見えないとか言って騒いでいたので蹴り飛ばしておきました。櫓に昇られる際はお気を付けを」
「え!? み、見られた!?」
宵は咄嗟に左右の手で股と尻を押さえた。
その仕草を見た姜美は腹を抱えて笑う。
「今さらそんな事しても遅いですよ。まったく、軍師殿は可愛いですね」
「あの……姜美殿は何をしに来たんですか? わざわざ私をからかいに?」
ムッとして宵が聞くと、姜美はすぐに凛々しい顔に切り替えた。
「まさか、良い情報が入ったので報告に参りました」
「良い情報?」
「ええ。北の胡翻より費叡将軍配下の武将、陳軫将軍と馬寧将軍がそれぞれ1万の軍勢を率いてこちらに向かっております。私の先輩方です」
「本当ですか? それは心強い!」
宵は無意識に両手を胸の前でグッと握った。
「陳軫将軍も馬寧将軍も、兵法は知りませんが、この平和ボケした閻ではそれなりに用兵に長けた将軍達です。青陵や椻夏の武将達よりは頼りになるかと」
閻の中でも葛州は鳴国と朧国の国境に接する地。費叡直属の武将達は国家を守る為に、実際の戦闘こそ無いけれど、常に緊張感を持ち軍備を整え兵の調練に励んでいたのだろう。
兵法でも平時の備えの重要性を説いている。
“孫子”では『其の来たらざるを恃む無かれ、吾れの以てこれを待つ有るを恃め。其の攻めざるを恃む無かれ、吾、攻むべからざる所あるを恃むなり』とある。
また、“司馬法”では『天下安しといえども、戦いを忘るれば必ず危うし』とある。平時でも軍備は必要。軍備を疎かにする国は滅ぼしてくださいと言っているようなものなのだ。
「それから、軍師殿が呼び寄せた楽衛という者も明日にはこちらに着く見込みです」
「よーし! 私の計画通り」
「それにしても、あの廖班の死さえも見事に利用するとは。恐れ入りました」
「利用……だなんて、したくなかったけど、敵の攻撃を躊躇わせるには他に方法がありませんでした。敵の軍師が有能で、私の策の裏の裏を読んでくれたから成立しましたが、敵が単純なら逆に攻撃を誘い危険に晒されていました」
「でも、軍師殿は、敵の軍師が裏の裏を読むと確信していたのですよね? その采配のお陰で我々は士気の落ちた状態を攻撃されるのを免れた」
「まあ……」
宵はニヤけそうになる口元を羽扇でそっと隠す。
その様子を姜美は微笑みを浮かべて眺めてくる。
劉飛麗の話には一切触れない。
それは姜美なりの気遣いだろう。宵の心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれるかのように、姜美は宵にとにかく優しくしてくれる。傷心の今、こんなに優しくされたらキュンとしてしまう。今の宵は、無意識に優しさを求めているのかもしれない。
「さ、楽衛殿が来る前に一度軍議しましょう! 次で景庸関を取り戻しますよ!」
「御意!」
宵が元気良く羽扇を櫓の天井へと掲げると、姜美は礼儀正しく拱手した。
♢
隣の陣営の李聞達を交えた軍議を終え、1人部屋に戻る途中、兵士と商人のような男が走って近付いて来た。
「軍師殿!」
「あ! 甘晋殿!」
商人風の男は、朧国に潜り込ませている間諜の甘晋だった。姜美の兵士に付き添われて宵の元までやって来たようだ。
「今度はこちらの陣営にいらっしゃったのですね。李聞殿の陣営にいらっしゃらなかったので」
「あ、ごめんなさい。ころころと居場所を変えて……」
「いえ。それは構いません。ところで、廖班将軍は本当に亡くなられたのですね。朧軍は廖班将軍がまだ生きていると思い込んで攻撃を躊躇っています。まさか、これは軍師殿の策では?」
「ご明察です。わざと廖班将軍の葬儀を大々的に行ない、廖班将軍が亡くなった事を殊更に見せ付けました。そしたら案の定、敵は躊躇い攻撃せずこちらの出方を窺っている……それより、清華ちゃんは? まだ連絡は取れないのですか?」
宵の問に甘晋は苦い顔をした。
「はい……残念ながら。今日も歩曄からの密書だけです」
「そうですか……」
宵は甘晋から差し出された小さく折り畳まれた絹の切れ端を受け取り中を改めた。
「え!? マジで!?」
「まじ?」
その衝撃的な内容に、思わず元の世界の言葉を漏らしてしまった宵。甘晋は眉間に皺を寄せて首を傾げている。
「あ、すみません。あの……清華ちゃんは無事みたいです! 甘晋殿」
「おお! 誠ですか! それは良かった」
宵の言葉に甘晋は笑顔を見せた。
歩曄の密書にはこう書かれていた。
『我、景庸関にて清華の姿を視る。清華、朧軍女軍師に従う。朧軍二人の軍師二手に別れる。女軍師は景庸関に留まり、男軍師は洪州へ周殷と共に赴任す。景庸関には陸秀、徐畢が残留す』
密書の内容を甘晋にも読み聞かせた。
甘晋が清華の所在を歩曄から直接聞いていなかったのは、甘晋と歩曄が当初の取り決め通り一言も言葉を交わさずに密書の受け渡しをしていたからだろう。
2人は宵の見立て通り、間諜の仕事を完璧にこなしているようだ。
しかも、歩曄の入手した内容はかなり重要な事だ。清華の安否も判明し、2人の軍師が景庸関と南の洪州に別れた事も分かった。洪州に大都督の周殷と軍師の1人が移ったという事は、本格的に洪州を獲りに来たという事だろう。
「甘晋殿、貴重な情報を届けて頂きありがとうございます。歩曄殿との密書の受け渡しには敵の警戒などはありませんか?」
「今のところ私の方では問題ありません」
「分かりました。では、歩曄殿への返書を書きますので兵舎で休んでいてください」
「御意。私も清華の無事が知れて良かったです。では、後ほど」
甘晋は拱手すると、付き添いの兵士と共に兵舎の方へと歩いて行った。
清華の無事が確認出来たのは嬉しかった。
しかし、密書を寄越さない理由が気になる。清華が裏切るとは考えられない。かなり監視が厳しいのか。それに、軍師の1人が女だというのも驚きだった。自分と同じ女軍師。
会ってみたい。
そんな事を考えながら、宵は自室へと戻った。
部屋に戻ると、筵の丸い座布団に座り一息つく。
李聞の陣営から引っ越したばかりでまだ荷物は行李に入ったままだ。
行李を見て、不意に宵は劉飛麗に言われた事を思い出した。
「そうだ。飛麗さんに行李の中を見てって言われてたんだ」
すぐに劉飛麗の荷物の入った行李を探し出しその蓋を開けた。
「あ……」
行李の中には小さな紺色の四角い帽子、いわゆる綸巾が入っていた。
そしてその傍らには折り畳まれた絹の切れ端が1枚。宵はその切れ端を取り出し開いてみるとそれは手紙だった。
『宵ちゃん。きっとこれを読んでいるという事は、あたしは貴女のそばにはいないのね。馬鹿なあたしを許してね。手作りで下手くそかもしれないけど、軍師の帽子を作ってみたわ。良かったら使って。あたしは貴女が元の世界に帰るその日まで、ずっと味方だからね。頑張って。──劉飛麗』
宵は唇を噛み締めた。
いつの間に用意していたのだろう。手紙の内容からすると劉飛麗は初めから自分が捕まって宵の元を離れる事を予想していたようだ。
劉飛麗には敵わない。
彼女は兵法こそ知らないが、その先を見通す力はまさに軍師。
宵は綸巾を頭に乗せ、顎紐を締め、羽扇を握り締めた。
その宵の姿は、三国志の天才軍師、諸葛孔明そのものだった。
もちろん、見た目だけではない。宵の心は今までの仮初の軍師などではなく、今この瞬間、真の軍師へと成長した。それは、皮肉にも劉飛麗という大切な存在を隔てた事がもたらした心の変化。
「お姉ちゃん、ありがとう。私、お姉ちゃんみたいに、いつも冷静で先を見透せるようになる。そして朧軍を倒して、閻を平和にしてから元の世界に帰る。1人でも頑張るから」
ふと、何かに気付いたように、宵は腰紐に提げていた巾着袋から祖父の形見の竹簡を取り出し中を開く。
「……やっぱり……」
歯抜けになっていた文章の一部が浮かび上がっていた。
それは、宵に足りないものの4つ目の部分。
“自立”
宵は黙って頷くと竹簡を閉じた。
「頑張るから……」
静かに宵はそう呟いた。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~
トベ・イツキ
キャラ文芸
三国志×学園群像劇!
平凡な少年・リュービは高校に入学する。
彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。
しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。
妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。
学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!
このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。
今後の予定
第一章 黄巾の乱編
第二章 反トータク連合編
第三章 群雄割拠編
第四章 カント決戦編
第五章 赤壁大戦編
第六章 西校舎攻略編←今ココ
第七章 リュービ会長編
第八章 最終章
作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
異世界転移の……説明なし!
サイカ
ファンタジー
神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。
仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。
しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。
落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして…………
聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。
ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。
召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。
私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。
ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない!
教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない!
森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。
※小説家になろうでも投稿しています。
異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ
トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!?
自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。
果たして雅は独りで生きていけるのか!?
実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる