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第3.5章 異世界転移の謎1

もう1つの竹簡

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 ~東京~

 急に倒れた貴船桜史きふねおうし厳島光世いつくしまみつよは、救急車で都内の病院へと緊急搬送された。運び込まれたのは、瀬崎宵せざきよいが搬送されていた病院だ。
 倒れた2人に付き添った教授の司馬勘助しばかんすけは、2人のスマートフォンからそれぞれの両親に連絡を取ったが、桜史も光世も地方の出身で、両親が東京に到着するのは早くとも日付が変わる頃だと言われた。
 その為、2人の両親が到着するまでの間、司馬が桜史と光代のそばに付いている事になった。

 2人の病室。パイプ椅子に座った司馬は、丸眼鏡を片手で外すと、もう片方の手で顔を覆い深い溜息をついた。
 桜史も光世も検査の結果、特に身体に異常はない。医者にはただ眠っているだけだと言われた。まさに、瀬崎宵せざきよいと同じ状況だ。
 こうなってくると、3人の卒倒の原因は、瀬崎潤一郎せざきじゅんいちろうの遺した竹簡にあるとしか思えない。
 司馬は棚の上に置いた、研究室から咄嗟に持って来たくだんの竹簡を横目で見る。
 すると、病室の扉がガラリと背後で開かれた。

「司馬先生!」

 入って来たのは青白い顔をした瀬崎宵の母、都子みやこだった。息を切らし、額には玉のような汗が滲んでいる。
 司馬はすぐに眼鏡を掛けて立ち上がった。

「都子さん。宵さんは?」

「見付かりません……今、夫が警察の方に事情を話しているところです。私は……光世ちゃんと貴船君が倒れたって聞いて……2人共、確か一人暮らしだったからご両親に連絡も取れてないだろうし……連絡取れたとしてもすぐに来られないんじゃないかって……」

 オロオロと狼狽える都子の肩に司馬は優しく手を置く。

「落ち着いて都子さん。2人の両親には連絡済みで、今日の深夜か明日早朝にはこちらに来られると。それと、貴船君も厳島さんも身体に異常はない。命に別状はないですよ」

「そう……ですか。それは良かった……。あの、2人が倒れたのって、やっぱり、宵と関係あるんでしょうか?」

 都子の質問に司馬は腕を組んでうーむと唸る。

「宵さん……というより、その竹簡が怪しいと思っています」

 司馬は棚の上の竹簡を指さして言う。

「それは……お父さんの?」

「ええ。大学で調べました。貴船君と厳島さんも手伝ってくれましてね」

「お手数お掛けしました……」

 都子が頭を下げるのを司馬は手で制した。

「それで一応解読は出来ました。しかし、内容は瀬崎教授の創作した国々の話でした」

「え……!?  小説って事??  それが宵が倒れたのと関係あるんですか??」

「その内容からでは関係があるとは思えませんでした。ですが、厳島さんがその文章を音読した途端、厳島さんと貴船君は意識を失って倒れたのです」

「え!?  声に出して読んだら倒れた!?  どういう事ですか!?  何か仕掛けが!?」

「そこまでは分かりません。見る限り、何の変哲もないただの竹簡。音読する事で身体に変化が起きるのかとも思いましたが、解読中に何度も音読していた私が何ともないので音読が鍵というわけではなさそうです」

「……じゃあ……一体……」

「ただ、1つ気になる事が書かれていました」

「気になる事?  何ですか、それは?」

「その竹簡には続きがあるようなのです。もしかしたら、その続きの竹簡に何か手掛かりがあるかもしれません」

「続き……その、続きの竹簡て何処に……あ! うち!?」

「あるとしたら、そうでしょうな」

「なら、すぐにその竹簡を探しに行きましょう!」

 逸る都子を司馬は手で制した。

「そうしたいのですが、私は2人を親御さんが来るまで看ていないといけませんので……」

 眠っている桜史と光世の方を見て司馬が言うと、都子は突然自分の鞄をガサゴソと漁り始め、そして中から1つの鍵を取り出した。

「2人は私が看ています。司馬先生はうちに行って、その竹簡を探して来て頂けますか?」

 目の前に差し出された瀬崎家の鍵はガタガタと震えていた。

「良いのですか?  都子さんは1人で大丈夫ですか?  もともと貴女は身体が丈夫な方ではない。宵さんの失踪の件もありますし、心身共にキツイでしょう」

 都子の身体の弱さを知る司馬は、気遣いの言葉を掛けたが、都子は首を横に振った。

「大丈夫……私は大丈夫です。今は一刻も早く宵が何処に行ってしまったのか突き止めなくちゃ……。光世ちゃんも貴船君も、このまま眠らせておくわけにはいかないです」

「……しかし」

「それに、竹簡の事は司馬先生が一番詳しいじゃないですか。お父さんの部屋には山のように竹簡があります。私が1人で探してもどれなのか見当もつかない。なら、司馬先生に探してもらった方が早いです。ご面倒でなければ……」

 目を潤ませながら、都子は縋るように司馬に言った。
 司馬は決心して都子の差し出した鍵を受け取る。

「分かりました。では、私がお宅に伺い竹簡を探して来ます。すみませんが2人をお願いします」

「はい。うちは……まだ覚えてらっしゃいますよね?  お父さんの部屋の押し入れに、研究に使ってたものは全て入ってます」

「若い頃に何度も通わせてもらいましたからね。押し入れですね。分かりました。くれぐれも無理しないように」

 言いながら司馬は棚の上の竹簡を手に取った。

「はい。先生、よろしくお願いします」

 頭を下げた都子に、司馬は右手を上げて応じ病室を後にした。

 ♢

 ~瀬崎宅~

 空は橙色に染まり、司馬の足もとに長い影を作っていた。
 タクシーを降りた司馬は家の前の黒い小さな鉄製の門を開け、急ぎ足で玄関の前まで来ると、都子から預かった鍵で扉を開け中に入った。

 懐かしい景色と匂い。司馬が講師時代に足繁く通った恩師の家。都子もまだ20代だった。
 だが、今は懐かしさに浸っている場合ではない。
 司馬は迷う事なく1つの部屋の襖を開けた。

「……瀬崎教授……」

 部屋の端の仏壇で、この世で最も世話になった偉大な歴史学者、瀬崎潤一郎の遺影が司馬を見て微笑んでいた。
 瀬崎潤一郎が亡くなってから、瀬崎家まで線香をあげに来た事はない。この笑顔を見たのは葬儀の時に遺影で見たのが最後だった。
 司馬は遺影の飾ってある仏壇の前の座布団に正座した。

「瀬崎教授……ご無沙汰しております。……あれから、ご挨拶に来れずに申し訳ございません。どうしても、貴方の死と向き合うのが怖くて……」

 遺影に頭を下げながら、司馬は静かに涙を流した。
 涙を袖で拭い、仏壇に置いてあった線香にマッチで火を点けて香炉にさした。
 そして、おりんを鳴らし、手を合わせる。

「瀬崎教授。今、宵さんもその友達も、皆大変な事になっています。どうか教えてください。宵さん達を助ける方法を」

 そう司馬が語り掛けた時だった。
 脇の襖からガタッと何かが落ちる物音が聞こえた。都子が言っていた押し入れだ。
 不審に思いながらも、司馬は物音のした押し入れの前に立つと、1つ呼吸を置きその襖を開けた。

「これは……」

 そこにあったのは、大量の竹簡や本。かつて瀬崎潤一郎が研究に使用した歴史の資料だった。
 その資料の山から、1巻の竹簡が転がり落ちていた。
 司馬は迷わずその竹簡を拾い上げ、中を改めた。
 漢文で文章が認められているが、この竹簡の文字は瀬崎潤一郎の筆跡ではなかった。

「……まさか、そんな……」

 竹簡の内容を見た司馬は絶句した。
 その内容は、俄には信じられないようなものだったのだ。

「……ここに書いてある事が事実なら、宵さん達は別の世界にいると言う事なんですね……瀬崎教授」

 自分1人しかいない部屋で、司馬はそう呟いた。
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