上 下
39 / 173
第3章 陰の軍師

葛州が本気出す!!

しおりを挟む
 廖班りょうはんの放った斥候が戻って来たのは明け方過ぎだったらしい。
 1人眠りに就いていた宵は、突然兵士に叩き起されたので、寝ぼけ眼を擦りながら着替えを済ませると、兵士の案内のもと城内の一室へと通された。部屋からは祖父の形見の竹簡だけを持って来た。劉飛麗りゅうひれいがいない今、竹簡を管理してくれる信頼出来る人がいないからだ。

 部屋には既に、廖班、許瞻きょせん李聞りぶん楽衛がくえい戴進たいしん張雄ちょうゆう安恢あんかいが集結していた。廖班を見るように2列に分かれ整列している。
 他に宵の知らない将校がいるが、恐らく成虎せいこ龐勝ほうしょうだろう。張雄と安恢がその2人の後ろに肩を竦めて立っている事からそう推察出来る。昨日、成虎と龐勝が兵を連れて帰還したのは見たが、顔が分かる距離で見たのは初めてだ。
 龐勝は張雄達より貫禄のある面持ちで、顔に刻まれた皺の感じから李聞と同世代のように見える。反対に成虎はこの中で最も歳下の廖班よりも若く、なんなら宵よりも若そうな青年だ。ただ、そこに若さ故の未熟さはまるで感じられず、意思の強い眼差しを輝かせている。
 見渡す限り、皆明け方だというのにしっかりと鎧兜を付けている。その辺は流石に軍人だ。

「よし、軍師も来た事だ。早速情報を共有しよう」

 宵が戴進の後ろにそっと並んだのを見て、廖班が軍議の開始を宣言した。
 廖班が李聞へと顔を向けると、李聞は一歩前へ出て斥候からの情報を話し始めた。

「先程戻った斥候からの情報によると……と、その前に、宵。お前はそこじゃない。軍師は俺よりも前だ」

 李聞に指摘され、ペコペコと他の将校に頭を下げながら宵は李聞の前に立った。
 皆の視線が宵に集まる。
 特に張雄の視線は親の仇でも見るかのように鋭く宵を突き刺している。その視線の理由に宵は心当たりがあったが、目を合わせないように、優しい李聞の顔を見た。

「すみません、李聞殿。続けてください」

 李聞は頷き、また話を始めた。

「目下、ろう軍は景庸関けいようかんに5万の軍を滞在させているようだが、如何せん5万もの大軍は景庸関の収容人数を大きく上回る。故に今は兵の大半が外に野営を敷設している状態だ」

 宵は李聞の報告を一言一句逃さないように眉間に皺を寄せて必死に聴き取る。この後、廖班に新たな策を提案しなければならないからだ。それが軍師の仕事。こういう時にメモ帳の1つでもあればいいのだが、この世界にそのような手頃な紙はない。手にはまっさらな竹簡を持っているが、これをメモ帳代わりには使いたくない。

「さらに、奴らは景庸関の西4里 (1.6km)の地点で、5千程の兵に砦を建設させ始めたらしい。琳山りんざん邵山しょうざんから大量の木材を切り倒し運んでいるとの報告があった。敵は恐らく、景庸関とその新設の砦を拠点にこちらを攻撃して来るものと見受けられる。武具や兵糧も続々と景庸関に運び込まれているとの事だ」

 李聞の報告に将校達は一様に動揺している。
 戦に耐性のない将校達は、敵がどんな行動をしようが全てが初めての経験故に、どう対処したらいいのか検討もつかないだろう。だが、それは宵とて同じ事。むしろ、戦というもの自体、軍人である彼らよりは明らかにド素人だ。

「皆落ち着け。こちらは決して不利ではない。葛州各郡から軍を出すと、先刻、葛州刺史、費叡ひえい将軍から連絡があった。総勢20万の友軍だ」

 その報告には、先程まで不安でザワついていた将校達も安堵して笑みを零した。

「そして、かねてより話があった大都督、呂郭書りょかくしょ将軍が80万の軍を率いて一月ひとつきのちに葛州に到着し指揮を執られる」

「20万と80万。総勢100万の大勢力か! これは頼もしい!  これで賊国家など、恐るるに足りん!」

 張雄が嬉しそうに言うと、他の将校達も笑みを浮かべ頷いた。

「浮かれるな、諸君。80万の軍勢が到着するのは一月後。それまでは20万の葛州兵のみで戦わねばならん。“1日しか敵を防げなかった”という醜態は二度と晒せぬぞ」

 浮かれる将校達に李聞が厳しく諭すと、皆すぐさま襟を正した。

「李聞の言う通りだ。張雄、安恢。同じ過ちは許されん。浮かれるのは敵将の首を持って来てからにしろ」

 廖班が珍しくまともな事を言ったので、宵はほんの少しだけ感心した。

「いいか、諸君!  大都督が到着するまでは、総指揮権は葛州刺史である費叡将軍にある!  我々高柴の軍は、各郡の兵と連携して朧軍を叩き潰す事になる!  ここに費叡将軍からのご指示がある」

 意気揚々と話し始めた廖班は机の上に置いてあった竹簡を取り上げて開いた。
 将校達は廖班に注目する。

「『各郡は呂大都督到着前に、その軍を以て一気呵成に朧軍へ攻勢を掛け、敵の砦の完成を阻止し、然る後、景庸関を奪還せよ。先鋒は高柴の廖班に命ずる。青稜せいりょう太守・“韓允かんいんは廖班を後方より支援出来るよう待機せよ』」

 得意気に読み上げると、廖班は宵を見てニヤリと笑った。何故嬉しそうなのか、廖班の考えは宵にはすぐに理解出来た。

「費叡将軍が俺に先鋒を命じた!  これはまたとない好機!  手柄を我がものに出来る絶好の機会だ!」

 宵の予想通り、廖班は自身の手柄の事だけを考えていた。せっかく感心したのに……と、宵は廖班にバレないようにこっそりと溜息をついた。

「俺は敵の砦を粉砕し、景庸関を奪還する。さすれば俺の将軍位も上がり、俸禄も増える。そして、正式に高柴の太守に任命されるだろう!」

 廖班は笑いを堪えられずに1人で笑っている。それを喜ぶのは、元からいた廖班配下の将校達だけ。ただ、心から廖班と共に喜んでいるのは張雄ただ1人に見えた。
 李聞に至っては無表情で廖班の馬鹿笑いをただ静観している。もちろん、宵にも喜びという感情は皆無だ。

「李聞、成虎、龐勝、其方らは共に来い。2万の兵を率いて出撃する!  他に、俺と共に手柄を上げたい者はおるか!?」

「廖班将軍!  この張雄が参ります!  先の戦闘での汚名を返上する機会を頂きたい!」

 真っ先に廖班の問に応じたのは張雄だった。それに続いて安恢も名乗りを上げる。

「よし、然らば、張雄!  お前を連れて行く。今度はしくじるなよ!」

「感謝致します!」

 張雄は嬉しそうに拱手して深々と頭を下げた。

「安恢よ。お前は此度は楽衛と共に城を守れ。城の防衛も大事な仕事だ」

「御意!」

 安恢は特に反論する事もなく、楽衛と共に拱手して頭を下げた。

「戴進は引き続き兵站を担当せよ!」

「心得ました」

 戴進が頭を下げると、廖班は宵の方を見た。

「高柴には宵も残す。まあ、ここが攻められる事はないとは思うが、万が一の時は安恢、楽衛は、宵の助言を良く聞き、3名で力を合わせ城を守れ」

「御意」と頭を下げて答えたが、宵はすぐに廖班の顔を見る。

「あの、廖班将軍。今回、費叡将軍から何か特別な策は授かっているのでしょうか?」

「そんなものはない。我が軍は2万。青稜の軍は1万。敵の建設中の砦には5千程しかおらぬ。兵力では我々がまさっているのだ。どうして負ける事があろうか?」

 もはや清々しい程に愚かな考えを口にする廖班に宵はコホンと1つ咳をすると、静かに口を開く。

「兵法にはこうあります『勝兵はず勝ちてしかる後に戦い、敗兵は先ず戦いてしかる後に、勝を求む』」

 宵が孫子の兵法をそらんじると、決まって場は静寂に包まれる。自分が主役になっているような感覚が心地よい。
 続けて宵は口を開く。

「いくら兵力でこちらが勝っていようとも、策もなしに戦場に出るのは危険です。こちらが必ず勝てる算段を立ててから敵を攻撃するのが定石。勝利する軍は、事前準備をしっかり整え、反対に、負ける軍は出撃した後、敵を前にしてからどう攻めるか考えるのです」

「だが、敵はたったの5千だぞ?  負けると言うなら、負ける根拠を言え!」

 兵力にばかり気を取られる強気な廖班は、腰に佩いた剣の柄を握り締め反論する。

「敵が無防備に敵地の真ん中で砦の建築などするでしょうか?  必ず何かしらの小細工をしている筈です。例えば……その砦を建てている辺りの地形は、どうなっていますか?」

「岩山の間を通る巴谷道はこくどうという道が高柴から東の景庸関まで続いている。その北には呼亭こていの森がある」

 宵と廖班のやり取りを静観していた李聞が答えた。

「隘路と森……なるほど。伏兵を置くには持ってこいですね」

「伏兵だと!?」

 予想もしていなかったのか、廖班は“伏兵”という言葉に目を見開いた。

「ええ。例えこちらが2万の兵でも、不意を突かれれば、少数の敵に壊滅させられる事も有り得ます。廖班将軍、どこを通るおつもりでした?」

「巴谷道だ。東に向かうにはそこが近道なのだ……宵!!  然らばどうすれば良い!?  敵と戦う前に壊滅したのでは後世の笑いものだ!!」

 焦りを浮かべる廖班。しかし、宵は人差し指で唇を触り冷静に頭の中で兵法を現在の状況と照らし合わせ最適解を導き出す。

「では、僭越ながら申し上げます」

 宵は拱手して深々と頭を下げた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...