宵の兵法~兵法オタク女子大生が中華風異世界で軍師として働きます~

あくがりたる

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第1.5章 兵法ゼミの仲間達

意識不明

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 東京。
 ここは都内の大学病院の一室。
 椅子に座った2人の男女が、深刻な顔をしてベッドの横で俯いている。

 ベッドには深い眠りに就いている女。
 瀬崎宵せざきよい
 ベッドの横の男女は宵の両親だ。
 昨夕、自宅の祖父の仏壇のある部屋で倒れていた宵を母が発見し救急車を呼んだ。
 神戸に出張中の父に連絡を取ると、父は仕事を切り上げすぐに東京へ戻って来た。
 医者の話によると、宵の身体に特に異常は診られず、就活のストレス等による過労が原因ではないかとの事だ。
 じきに目を覚ますと言われたが、宵が目を覚ます様子はない。

「この病院のMRIは優秀だ。安心していい。脳に異常がなくて良かった」

 医療機器のサービスエンジニアをしている宵の父は母を励まそうとぎこちない笑顔を作って言った。

「そうね……異常は……ないのよね」

 異常がないのに目を覚まさない。それ自体が異常である事を2人は解っていたが、敢えて口には出さなかった。

 その時、コンコンと、病室の扉がノックされた。

「失礼します」

 病室に入って来たのは、男女が1人ずつ。貴船桜史きふねおうし厳島光世いつくしまみつよ。2人は宵の大学のゼミの仲間達だった。光世の腕には花束が抱えられている。

「わざわざ来てくれてありがとうね。お父さん、宵のゼミの友達よ。貴船君と厳島さん。何度か家に遊びに来てくれたの」

 母は微笑みながら見舞いに来た2人の若者の名を父に紹介した。

「いつも宵が世話になってます」

 父は不安を打ち消すように無理矢理笑顔を作った。

「いえ、お世話になってるのはこちらの方です……あの、宵さんの容態は?」

 茶色い髪の綺麗な女の子、厳島光世が言った。

「大丈夫。ただの過労だって。就活で疲れちゃったみたい」

「そっか……病気とかじゃないんだ、良かった~」

 光世がホッと胸を撫で下す。

「宵、就活凄く苦戦してたから……。ね、貴船君」

 光世が一言も話さない桜史に話を振る。しかし、桜史は何も答えず、ベッドで眠ったままの宵の顔を見ていた。
 端正な顔立ちの桜史は、見た目こそ良いが、無口でマイペースなところがあるので、いつも光世が気を遣って話を振る。いつもなら会話が上手いこと続くのだが、今日に限っては桜史は宵ばかり気にしており会話に参加する気がなさそうだ。

 桜史のせいで会話の流れが止まってしまったので、光世が持って来たお見舞いの花束を宵の母に渡した。

「ありがとう。2人はもう進路決まったんでしょ?  宵が言ってたわ」

「はい。私は旅行代理店に。貴船君はもっと兵法の研究がしたいから~って大学院に行くんです」

 光世が自分と桜史の進路を簡単に説明した。桜史は宵の両親の顔を見て申し訳なさそうな顔で小さく頷いた。

「そうなんだ。宵も大学院に行きたいって言ってたでしょ?」

「ああ……そうですね。宵は私達の中で一番兵法好きだったからきっともっと勉強したかったんだと思います」

 また光世が答えた。光世は宵と同じアイスクリーム屋でバイトをする程仲が良い。頭も良くてコミュニケーション能力も高く、社会では重宝される人材だろう。

「そうなんだ。宵も大学院に行かせてあげたかったけど、中々ね~」

 宵の母が言うと、無口な宵の父は苦笑いを浮かべた。
 談笑が続く中、桜史はずっと宵の顔を見ている。何も喋らず、ただ宵が目を覚ますのを待ち望んでいるかのようだ。

「あ……ごめんね、皆。せっかく来てもらったのに、宵まだ起きないみたい」

 宵の母が言うと光世と桜史は顔を見合せた。

「そうですね。それじゃあ、ずっといるのも悪いので、私達はこの辺で。また来ますね」

 光世は笑顔で言うと、2人は一礼して部屋を出た。

「あ!  ちょっと待って」

 扉を閉めようとした2人を宵の母が呼び止めた。
 何事かと立ち止まった2人に、宵の母は古びた竹簡を差し出した。それは本来の巻物のていを成しておらず竹片の1本1本がバラバラになっていた。その竹片はおよそ30~40本程あり、その全てにビッシリと文字が書かれている。

「これは?」

 竹簡を受け取った光世が首を傾げる。

「宵が倒れてた部屋に散らばってたの。何だか漢字ばっかりで何て書いてあるか分からなくて。読める?」

 宵の母に言われ、光世は適当に取った1本の竹片を見た。横から桜史も覗き込む。

「漢文だ。それに凄い文量……宵ならすぐ読めちゃうんだろうけど……私達でも読めない事はないですが、意味を読解して繋ぎ合わせるとなるとちょっと時間掛かります」

 光世が言うと、無口だった桜史が宵の母の顔を見て口を開いた。

「これが、部屋に散らばって・・・・・いたんですか?」

「ええそうよ、桜史君。就活のストレスでカッとなって壊しちゃったのかしら……?」

「それは有り得ません。宵さんは史料を誰よりも大切にする人でした。それはもう、いつも何かしらの竹簡を持ち歩く位には。いくらカッとなって物に当たったとしても、竹簡を壊すような事絶対にしません」

 桜史が全力で宵をフォローすると、宵の母は何度か軽く頷いたが、眉間に皺を寄せていた。

「……そうよね……宵はそんな子じゃないわよね……ましてや、宵のお祖父じいちゃんが書いたものなら尚更……」

「……宵のお祖父ちゃんて……瀬崎教授が!?」

 宵の母の言葉に2人は声を揃えて驚いた。宵の母は首肯した。

 宵の祖父、瀬崎潤一郎せざきじゅんいちろう春秋学院大学しゅんじゅうがくいんだいがくの名誉教授。春学しゅんがくの歴史学部の生徒がその名を知らない筈はない。

「そっか!  瀬崎教授が書いたものならただの竹簡とは違いますね。それが宵の周りに散らばってたとなると謎が深い……貴船君、読める?」

 光世は桜史に竹簡を数本渡した。
 桜史は黙って数秒眺めるとすぐに口を開く。

「中国史には関係なさそうだ。遺書……とも違う……かな。“閻王朝えんおうちょう”がどうのと書いてある。架空の王朝……瀬崎教授の創作の何かか……いや、駄目だ。断片的過ぎて解らない」

「そうだよね……でも、一瞬でそこまで分かるなんてさすが~」

 光世は音の出ない拍手をして桜史を賞賛すると、桜史の手から竹簡を回収した。

「竹簡の修復なら司馬教授が専門だからお願いしたら一発だね。おばさん、ウチの大学で解読して来ますのでお借りしてもいいですか?」

「もちろんよ、厳島さん。元々お願いするつもりで持って来てたんだから……宜しくお願いします」

 宵の母は快く瀬崎潤一郎の竹簡を光世と桜史に託した。

「俺からも宜しく頼むよ」

 ずっと黙ってた宵の父も扉の所に来て言った。

「はい!  では、失礼します」

 桜史と光世は話しながら廊下を歩いて行った。

 3人になった部屋で父は大きな溜息をつく。

「宵。目を覚ましてくれよ。お前が就活でそんなに思い詰めていたなんて……知らなかった」

 不意に宵の父が呟く。その肩に母が手を置いた。

「私も、もう少し宵の相談に乗ってあげれば良かった……」

 弱々しく言った母を今度は父が肩に手を回した。
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