9 / 173
第1章 転移、流されるままに
廟算しよう! 《彼を知り己を知れば百戦殆うからず》
しおりを挟む
勇気を出した第一声で地図を用意させた。
まずこの場所がどういう地形なのか。敵との位置関係など把握しない事には何も分からない。
兵が地図を準備している間、宵は廖班に別の質問を投げ掛ける。
「こちらの兵、馬、武具、兵器、兵糧の数は如何程でしょう?」
「さてな。正確な数字は分からぬ。兵に関しては5千弱はいるだろう。誰か、分かる者は宵に教えてやれ」
その廖班の言葉に宵は愕然とした。軍の指揮官たる将軍が、自軍の戦力を把握していないどころか、興味もなさそうだ。それも問題だが、下から報告を上げる情報統制がされていないという事は、軍として機能していないという事だ。これは壊滅的にまずい状況かもしれない。
宵はそう思っても口には出さず、誰かが戦力を把握している事を願い辺りの男達を見回す。
「兵はおよそ4千5百程。馬は5百。武具に関しては正確には分からぬが、剣や槍に関しては不足はしていない。ただ、矢が著しく少なく2千本程。兵器は今回は用意していない。そして兵糧に関してはあと10日分程かと」
把握していたのは宵の隣の李聞だった。まともな将校がいて宵は胸を撫で下ろす。しかし、将軍がそれを把握していないようでは負けて当然だ。
「ありがとうございます。李聞殿。ちなみに、敵の数は?」
「約2万」
「……なるほど……賊にしてはかなりの数ですね」
宵が引き攣った顔で呟くと、李聞は目を閉じて軽く頷いた。
ちょうどその時、兵の1人が部屋の端から机を持って宵の前に置いた。その上には地図が置いてあった。役目を果たした兵はすぐに幕舎から出て行った。
廖班はゆっくり立ち上がりその机の前にやって来て地図を覗き込む。周りに腰掛けていた許瞻や鎧を纏った男達も立ち上がり宵の周りに集まり地図を覗き込んだ。
「では、聞かせてもらおうか。宵殿」
廖班が不敵な笑みを浮かべ言った。
「まだです。まだ私の質問は終わっていません。……えっと、我が軍と敵軍の位置を教えてください」
「西が我が軍。東が賊共だ」
地図を指さして答えたのはやはり李聞だった。
宵は黙って頷く。もう他の将校が何も把握していない事は顔色を見てすぐに分かった。間違いなくこの軍は脆弱だ。
「敵軍2万は何部隊かに分かれていますか? それと、兵装が分かれば教えてください」
「いや、はっきりとは分かれていなかった。多少は固まりがあった気はするが、軍隊のような整然とした統率は取れてはいない。練度も低い。兵器も特になかった。武器は剣や槍、弓。所詮はゴロツキの集まりだが、我々はただ数に圧倒され続けた」
言いながら李聞は顔を片手で覆い首を横に振る。
「分かりました。では、こちらと敵の補給線は?」
「こちらは後方約20里 (約8km)足らずの場所に荒陽の小城がある。そこから武器も兵糧もすぐに補給出来る。ただ賊共は近隣の村々を襲って掻き集めた兵糧だけを頼りに勢いでここまで押して来たような連中だ。現在の兵糧がどれくらいかは分からぬが、安定した補給線はないはず」
「後方20里ですか……近いですね。それなら補給に時間は掛からない……か。ちなみに、この2本の川の幅と深さは?」
宵が気になったのは荒陽と野営地の間にある細い2本の川だ。この軍はその川の内の1本を背にして布陣している。
「どちらも半里 (約200m)程だろう。その川に挟まれた地も同じくらいの広さだ。川の深さは大人の腰程。兵馬が渡るのに舟はいらぬ」
李聞が答えると同時に、廖班が突然机を叩いた。
「もう良い!!」
その怒声に宵は身体を震わせた。
「貴様! 先程から情報を訊いてばかりで一向に策を立てぬではないか! やはり敵方の間者だな!? 我が軍の情報を訊き出し持ち帰ろうと言うのだろう!?」
いきなり怒鳴られた宵は一瞬言葉を失ったが、廖班の言葉を聴いて驚きよりも呆れが勝ってしまった。
「私は、廖班将軍に勝利をもたらす為にここにいます」
「何が勝利だ! 女狐め! もうたくさんだ! 誰かこの女を斬──」
「『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』」
「……何だと?」
宵が口にした言葉を聴いた廖班は怒りで吊り上がっていた眉を下ろし、振り上げかけた腕をピタリと止めた。
「私の尊敬する兵法家、孫武の兵法の一文です。戦に勝利する為には、まず敵と己を知る事。敵を知っていても己を知らなければ、勝つ事もあるでしょうが負ける事もあります。そして、敵も己も知らなければ、戦う度に必ず負けます。だから私はまず、敵と己の情報を訊いているのです」
宵は淡々と自分の行動の理由を説明した。ここまでハッキリと自信を持って人前で説明したのは初めてかもしれない。企業の面接では支離滅裂な自己アピールなどをしてきた宵にとって自分自身とても驚いていた。それと同時に、ハッキリ言い過ぎて廖班の怒りに油を注いだのではないかと更なる恐怖と不安が襲ってきた。
しかし、その説明に反論する者はおらず、廖班はバツが悪そうに顎髭を指で撫でた。
「これは頼もしい。続けてくれ、宵」
李聞に優しい言葉を掛けられ、身体を硬直させていた宵は大きく息を吐いた。宵の額からは滝のような汗がポロポロと床板に零れていた。
「敵とこちらの戦力、地形は分かりました。では、策を申し上げます」
周りからの視線が鋭く宵に突き刺さった。
まずこの場所がどういう地形なのか。敵との位置関係など把握しない事には何も分からない。
兵が地図を準備している間、宵は廖班に別の質問を投げ掛ける。
「こちらの兵、馬、武具、兵器、兵糧の数は如何程でしょう?」
「さてな。正確な数字は分からぬ。兵に関しては5千弱はいるだろう。誰か、分かる者は宵に教えてやれ」
その廖班の言葉に宵は愕然とした。軍の指揮官たる将軍が、自軍の戦力を把握していないどころか、興味もなさそうだ。それも問題だが、下から報告を上げる情報統制がされていないという事は、軍として機能していないという事だ。これは壊滅的にまずい状況かもしれない。
宵はそう思っても口には出さず、誰かが戦力を把握している事を願い辺りの男達を見回す。
「兵はおよそ4千5百程。馬は5百。武具に関しては正確には分からぬが、剣や槍に関しては不足はしていない。ただ、矢が著しく少なく2千本程。兵器は今回は用意していない。そして兵糧に関してはあと10日分程かと」
把握していたのは宵の隣の李聞だった。まともな将校がいて宵は胸を撫で下ろす。しかし、将軍がそれを把握していないようでは負けて当然だ。
「ありがとうございます。李聞殿。ちなみに、敵の数は?」
「約2万」
「……なるほど……賊にしてはかなりの数ですね」
宵が引き攣った顔で呟くと、李聞は目を閉じて軽く頷いた。
ちょうどその時、兵の1人が部屋の端から机を持って宵の前に置いた。その上には地図が置いてあった。役目を果たした兵はすぐに幕舎から出て行った。
廖班はゆっくり立ち上がりその机の前にやって来て地図を覗き込む。周りに腰掛けていた許瞻や鎧を纏った男達も立ち上がり宵の周りに集まり地図を覗き込んだ。
「では、聞かせてもらおうか。宵殿」
廖班が不敵な笑みを浮かべ言った。
「まだです。まだ私の質問は終わっていません。……えっと、我が軍と敵軍の位置を教えてください」
「西が我が軍。東が賊共だ」
地図を指さして答えたのはやはり李聞だった。
宵は黙って頷く。もう他の将校が何も把握していない事は顔色を見てすぐに分かった。間違いなくこの軍は脆弱だ。
「敵軍2万は何部隊かに分かれていますか? それと、兵装が分かれば教えてください」
「いや、はっきりとは分かれていなかった。多少は固まりがあった気はするが、軍隊のような整然とした統率は取れてはいない。練度も低い。兵器も特になかった。武器は剣や槍、弓。所詮はゴロツキの集まりだが、我々はただ数に圧倒され続けた」
言いながら李聞は顔を片手で覆い首を横に振る。
「分かりました。では、こちらと敵の補給線は?」
「こちらは後方約20里 (約8km)足らずの場所に荒陽の小城がある。そこから武器も兵糧もすぐに補給出来る。ただ賊共は近隣の村々を襲って掻き集めた兵糧だけを頼りに勢いでここまで押して来たような連中だ。現在の兵糧がどれくらいかは分からぬが、安定した補給線はないはず」
「後方20里ですか……近いですね。それなら補給に時間は掛からない……か。ちなみに、この2本の川の幅と深さは?」
宵が気になったのは荒陽と野営地の間にある細い2本の川だ。この軍はその川の内の1本を背にして布陣している。
「どちらも半里 (約200m)程だろう。その川に挟まれた地も同じくらいの広さだ。川の深さは大人の腰程。兵馬が渡るのに舟はいらぬ」
李聞が答えると同時に、廖班が突然机を叩いた。
「もう良い!!」
その怒声に宵は身体を震わせた。
「貴様! 先程から情報を訊いてばかりで一向に策を立てぬではないか! やはり敵方の間者だな!? 我が軍の情報を訊き出し持ち帰ろうと言うのだろう!?」
いきなり怒鳴られた宵は一瞬言葉を失ったが、廖班の言葉を聴いて驚きよりも呆れが勝ってしまった。
「私は、廖班将軍に勝利をもたらす為にここにいます」
「何が勝利だ! 女狐め! もうたくさんだ! 誰かこの女を斬──」
「『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』」
「……何だと?」
宵が口にした言葉を聴いた廖班は怒りで吊り上がっていた眉を下ろし、振り上げかけた腕をピタリと止めた。
「私の尊敬する兵法家、孫武の兵法の一文です。戦に勝利する為には、まず敵と己を知る事。敵を知っていても己を知らなければ、勝つ事もあるでしょうが負ける事もあります。そして、敵も己も知らなければ、戦う度に必ず負けます。だから私はまず、敵と己の情報を訊いているのです」
宵は淡々と自分の行動の理由を説明した。ここまでハッキリと自信を持って人前で説明したのは初めてかもしれない。企業の面接では支離滅裂な自己アピールなどをしてきた宵にとって自分自身とても驚いていた。それと同時に、ハッキリ言い過ぎて廖班の怒りに油を注いだのではないかと更なる恐怖と不安が襲ってきた。
しかし、その説明に反論する者はおらず、廖班はバツが悪そうに顎髭を指で撫でた。
「これは頼もしい。続けてくれ、宵」
李聞に優しい言葉を掛けられ、身体を硬直させていた宵は大きく息を吐いた。宵の額からは滝のような汗がポロポロと床板に零れていた。
「敵とこちらの戦力、地形は分かりました。では、策を申し上げます」
周りからの視線が鋭く宵に突き刺さった。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成!
理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」
これが翔の望んだ力だった。
スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!?
ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる