上 下
7 / 173
第1章 転移、流されるままに

私は軍師です!

しおりを挟む
 木製の木箱のような小さな檻。そこに瀬崎宵せざきよいは両手を麻縄で縛られたまま閉じ込められた。
 牢屋というよりは、簡易な造りのケージのような檻だ。天井は低く立ち上がることは出来ない。広さも畳一畳もない程狭い。
 見張りは兵士が1人だけ。その兵士は檻のそばに座り込みだらけている。
 何とかしてここから逃げ出さなくては。宵はそれだけを考えていた。しかし、まずは両手を縛っている麻縄を解かなければならないが、近くに道具になりそうな物は落ちてない。どう考えても自分の力ではどうしようもない。

「あんたさ、何処から来たの?」

 不意に見張りの兵士が話し掛けてきた。

「あ、えっと……私、ここに来るまでの記憶がなくて……何も覚えてないんです」

「そうなんだ。可哀想に。で、俺達に捕まっちまったってわけか。あんたいくつよ?」

 見張りの兵士は相変わらず気だるそうに座り込んだまま質問を投げ掛けてくる。特別宵に興味があるようなわけでもなさそうだ。余程暇なのだろう。

「22です」

「本当か?  同い歳だ!」

 宵の年齢を聞くと、見張りの兵士は一変、興味深そうに檻の中を覗き込んできた。そして、被っていた兜を脱いだ。

「俺は鍾桂しょうけい。君は?  歳を覚えてるなら名前も覚えてるんじゃない?」

「瀬崎……宵」

「セザキ……ヨイ?  変わった名前だね」

「宵って呼んでください。この後も話す事があれば……ですけど」

 やはり日本人の名前はこの世界では珍しいらしい。一応名乗ったが、宵は見張りの兵士に名前など名乗って何の意味があるのか、と少し投げやりになっていた。

「宵か。宜しくな!  ……って言っても、今ここでお喋りする相手くらいにしかならないけど」

「あ……はい。宜しくお願いします」

 鍾桂しょうけいはどうやらまだ話しかけて来る気満々のようだ。

「君さ、よく見ると可愛い顔してるね。髪型と服装は珍しいけど似合ってるよ。……胸は……まあ……うん……けど俺は小さくても構わないよ」

 真正面からのセクハラ発言にムッとしつつも、宵はこの状況に活路を見出していた。

鍾桂しょうけいさん。廖班りょうはん将軍は賊と戦ってるみたいだけど、優勢なんですか?」

「え?  何でそんな事聞くの?」

「ここに入れられる前に陣営の兵士達を見て来ましたが、皆疲れ切った様子で活気がありませんでした。廖班りょうはん将軍やその他の将校さん達も苛立っていたようですし……もしかして、劣勢なのではないでしょうか?」

 鍾桂しょうけいは目をぱちくりしばたかせて宵の目を見た。

「よく見てるんだね。自分がどんな処遇になるか分からないって時に……」

「あ……いや、その……つい」

「いや、怒ってるんじゃないよ。感心してるんだ。君の言う通り、賊と戦っているが劣勢だ」

 宵の睨んだ通り、鍾桂しょうけいは宵に心を許してきている。この状況を逃したらもう助かるチャンスは訪れないだろう。

鍾桂しょうけいさん、捕虜の身でこんな事訊くのはおかしいとは思うのですが、その賊との交戦の詳細を教えて頂けませんか?」

「は?  な、何でそんな事??  さすがに捕虜に詳細な情報は教えられないよ。やっぱり君、敵の間者なの?」

 鍾桂しょうけいの疑問は当然。宵は続けて口を開く。

「私は……あ、軍師志望の就活生です」

「軍師……?  就活生??」

 鍾桂しょうけいは眉間に皺を寄せ首を捻る。

「……えっと、つまり、仕官先を探してる兵法学者です。私には兵法の知識があります。私をこの軍の参謀に使って頂ければ、必ずや廖班りょうはん将軍を勝利に導いてご覧にいれましょう」

 鍾桂しょうけいは眉間に皺を寄せたまま額を指でトントンと叩き思考を巡らせている。

「待ってくれ。君は確か記憶がないって」

「確かに、あの森に何故いたのか、記憶はありません。自分が何処から来た人間なのかも。でも、自分の名前、そして、何をすべき人間だったのかは覚えていました。よく分かりませんが、こうして廖班りょうはん将軍の陣営に連れて来られたのも何かの縁。どうか私の話を信じて頂けないでしょうか?」

「そんな事言われてもなぁ……俺の一存で決められるわけないし、そもそも女を使うなんて聞いた事ない。廖班りょうはん将軍にそう言われたんじゃないの?  まあ、俺の嫁にならしてやってもいいけど」

「なら、上官を呼んで来てください。直接お話します」

 ここで引き下がるわけにはいかない。宵は就活の面接の時には見せた事のないような必死さで冗談を挟む鍾桂しょうけいに迫った。

「駄目だよ。上の人間がそんな話信じるわけないし、助かる為に言ってる嘘だとしか思えない。俺がそんな事報告に行ったら『捕虜の戯言に惑わされるような牢番はいらん!』って首を刎ねられる」

「そんな……戯言だなんて……酷い」

 宵は俯いた。ただ、鍾桂しょうけいの言い分は分かる。自分が逆の立場だったとしても確かに捕虜の戯言に耳を傾けない。
 元の世界の就活と同じように、この世界でも何も出来ないのか。瀬崎宵は何て無力な存在なのだ。
 宵が絶望して牢の格子に頭をもたれ掛けた時だった。

「宵と言ったな。其方、今言ったことに嘘偽りはないな?」

 その声は先程廖班りょうはんの幕舎で聞いた男の声だった。宵は顔を上げ、その声の主を見る。

「兵法の知識で我が軍を勝利に導く。嘘偽りはないな?」

「はい。勿論です」

 宵が答えると鍾桂しょうけいは慌てて立ち上がり槍を肘に挟んで男に拱手した。

「李聞《りぶん》殿!  い、いつからこちらに!?」

 そうだ。この男は廖班りょうはんの幕舎にいた李聞りぶんという人物だ。宵の竹簡を調べていた男だ。

「その女が名を名乗った時からだ」

「も、申し訳ございません!  捕虜と世間話など……!」

 鍾桂しょうけいは今度は膝を突き、額を地面に付けて必死に謝罪を始めた。鍾桂しょうけいの行いは牢番としては職務怠慢に当たるだろう。ただ、これくらいで罰を与えられると、それをさせてしまった宵自身後味が悪い。
 だが、その心配は杞憂に終わった。

「それは良い。お陰でこの者から情報が得られた。兵法を知っているとは心強い。丁度我が軍には兵法を知る者が一人もおらぬ。ただの武力自慢だけ。それ故に数で勝る賊軍如きに連敗している。宵よ、もし命を繋ぎたければ、我が軍をこの窮地から救ってみせよ」

 これは奇跡か。面接すら受けさせてもらえなかった企業に、人事部長自らが宵の能力に興味を持ち試しに使ってくれると言うではないか。

「はい……!  はい!  必ずや廖班りょうはん将軍に勝利を!」

 宵は一先ずすぐには殺されなくなった事に一安心して息を吐く。

「ただし、其方は手枷を付けたまま献策してもらう。当たり前だ。まだ敵の間者という疑いは解けてはおらぬ」

「……え?」

 予想外の対応に宵はまた顔を上げて李聞りぶんを見る。

「そして、その策を廖班りょうはん将軍に吟味して頂き使うか否かの判断を仰ぐ。それで作戦が実行され、我が軍が勝利すれば其方を解放するように働きかけよう。だが、失敗すれば」

「……失敗……すれば?」

 宵は唾を飲んだ。

「即刻斬首だ」

 青ざめた宵の顔を、鍾桂しょうけいが不憫そうに見つめた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

女尊男卑 ~女性ばかりが強いこの世界で、持たざる男が天を穿つ~

イノセス
ファンタジー
手から炎を出すパイロキネシス。一瞬で長距離を移動するテレポート。人や物の記憶を読むサイコメトリー。 そんな超能力と呼ばれる能力を、誰しも1つだけ授かった現代。その日本の片田舎に、主人公は転生しました。 転生してすぐに、この世界の異常さに驚きます。それは、女性ばかりが強力な超能力を授かり、男性は性能も威力も弱かったからです。 男の子として生まれた主人公も、授かった超能力は最低最弱と呼ばれる物でした。 しかし、彼は諦めません。最弱の能力と呼ばれようと、何とか使いこなそうと努力します。努力して工夫して、時に負けて、彼は己の能力をひたすら磨き続けます。 全ては、この世界の異常を直すため。 彼は己の限界すら突破して、この世界の壁を貫くため、今日も盾を回し続けます。 ※小説家になろう にも投稿しています。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...