ハッピーストリーム

黒川あきと

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第8ステージ 始まる?前哨戦始まる!

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清水さんとリューヌちゃんが入部して、僅か2日目にあきねが
マネージャーへの転向を希望したのは、
都大会までのあと1ヶ月、レギュラー5人で質を高めた練習をして欲しいという願いだった。
あきねも先頭交代に加わってた40kmの長距離練習は、5人になり速度を上げ、
みほりちゃんが前に出るのもギリギリというところまできていた。

清水さんが教えてくれた「全国レベル」のスピードに対応すべく、
更に速い速度での10kmの練習。

全国での位置の取り合い、激しく密集する集団に対応するため、
わざと草むらを走ったり、
プロテクターをつけて体をぶつけあいながら走ったり、ハンドリングテクニックを養う練習も加えた。

練習後の家での自主練メニューとして、
レベルの高い体幹トレーニングをそれぞれこなすこととなった。

あれから2週間経ち、今日は4月21日(木)
都大会の始まる5月7日(土)まであと2週間ほど。
私達は練習前、部室に集まって雑誌を読んでいた。

今日発売の自転車雑誌「ラブバイク!」5月号は高校女子の特集。
先生が取材に対応した回である。
自転車部宛てに7部届いていたので一斉に読み始めた。

「高校女子自転車界が揺らいだ!今年は2強ではなく3強!昨日の友は今日の敵!」
やっぱり清水さんのことが大見出しだった。

そして
「清水 沙弥の転校先は創部2年目!チーム力は!?」
当然の見出しだなーって思う。
記事を読むと、私達が出場ギリギリの5人で去年の大会に出場したことや、
都大会で完走が2人だったことなど去年のリザルトが調べられている。
優勝候補が何故こんなチームに。っていう論調。
そして顧問の先生に取材をって流れ、
さぁ先生何て答えたんだろ

次のページをめくると
「都大会、関東大会全ステージ獲ります。最強チームとして
 堂々と全国に乗り込みます」

・・・
読み進めると、
「先生が自信に漲っているのも納得である。去年の成績からいくと、個人TTと山岳ステージは
 清水で総ナメに出来る。では、スプリントは。と思うところだろう、
 しかしそこは、ベルギーからの新戦力に期待出来る。
 彼女はパンチャーだが、本場ヨーロッパから来た彼女のポテンシャルはスプリントでも
 通用する可能性が高く、いや、先生の発言から通用するとみているのであろう。
 平坦スプリントはもちろん、ある程度の登りがあるステージでもこなしてしまうと予想出来る。
 この2枚看板がいれば、関東までの全ステージ制覇を目標にも掲げるのも無理はないが、
 やはり全ステージとなると、桜音高校以外の全ての高校が敵になるわけで、
 伏兵のアタックを潰さなければならないし、鉄壁のチーム力が不可欠。
 去年の創部メンバー、いわゆる生え抜き組3人のアシスト力が鍵になるだろう。」
と私達の記事は締めくくられていた。

無言で雑誌から顔を上げる。
先に読み終わっていた清水さんと、みほりがこちらに気づいて目が合う。
とりあえず皆が読み終わるのを無言で待つ。

しおりが顔をあげ、あきねも顔をあげる。
皆無言で、最後のリューヌちゃんを待つ。

私はこの間、無言タイムが解けたら何言おうかと考えていたけど、
なんだろ、
まず、

先生何言ってんのっ!?

清水さんが来るってだけで、関東までは間違いなく優勝候補筆頭で、
物凄い警戒されることはわかっていたけど、
これじゃ他のチームに喧嘩売っちゃってんじゃん!

結果としての全国出場は当然も当然で、横綱相撲っていうか、全勝という、
完膚なきまでに勝つっていう宣言。
ディフェンディングチャンピオンでもないのに、
「一丸になってでも、うちらを止めてみろよ!かかってこいよ!」って
高校女子の自転車選手で読まない人はいないこの特集で言っちゃった。

非常にまずい。

そして、リューヌちゃんも読み終わったようで顔を上げる。

開口一番は清水さんで
「ちょっと先生と話してきますね」
怒気を含まずに綺麗な声で言ってるのが、なんか逆にやばい感じする。

「ま、待って!」
私自身としては、先生マジ何言ってんの!ってくだりを今すぐやりたいけど、
部長用の考えが咄嗟に浮かんだ。

「ま、まずは練習行きましょ!
 都大会まで時間もないですし。
 先生はこっちから会いに行かなくても河川敷に来てくれるじゃないですか。」

「んー・・・それもそうね。 
 今すぐ話したかったけど」
それもそうねで終わって欲しかったな~

「今日も美味しいサコッシュあるからね~」
あきねは補給食(サコッシュ)を作って持ってきてくれる。
今日はなんだろうな~。シンプルなはちみつ漬け系なんでも超好きなんだよな~。桃が良いな~。

しおりとリューヌちゃんの唾を飲む音が聞こえ、
みほりが楽しみ~と言いながら部室を出て行く。

清水さんも少し微笑んだ。

先生から教わった、まず走ろうぜ。で今日も行きます河川敷へ。

・・・

ちょうど長距離練習を終え、あきねのサコッシュを食べ至福のひととき。
といっても、身体が冷えないうちに即、次の練習だけどね。

今日はスプリント練習!と思っていると、

「見つけたぁ!お前らが桜音高だなっ!」
その声に振り向くと、

5人の女子高生、5台のロードバイク。
声を出した娘が一歩前に出てる。
骨格は少しがっしりしてるけど、かなり絞れてるのがジャージ越しに分かる。
ヘルメットをしていても跳ねた髪の毛が分かりやすい。
うん、
東京では皆知ってると思う選手、渋谷 夏鈴(しぶや かりん)豊洲女学園3年生(としまじょがくえん)。
総合成績で去年の都大会2位、関東大会3位、全国大会26位の選手。
今年、清水さんがいなければ、間違いなく都大会の優勝候補筆頭だった。
豊女こと豊洲女学園自体、都大会の過去3年、総合優勝、2位、2位とリザルトを残してる東京の名門。
 
「よくもうちらを挑発してくれたなぁ!」

うん、十中八九あの雑誌の件だ。

「あれは」
清水さんが言おうとしたのを、部長の私が制す、
いや、制そうとしたのを、更にしおりに制された。

「挑発っていう意図はなかったんですけど、
 私達は都大会全ステージ勝利を目標にやっていきます。
 あなたは、豊洲女学園の渋谷さんですよね?」

「ってその目標が立派な挑発なんだよぉ!
 去年全国26位のアタシが優勝候補筆頭だからって、
 全国4位を擁するあんた達は余裕ぶっかましてんだろうけど、
 
 東京舐めんなよ! 

 ・・・っと、まだ名乗ってなかったね。
 アタシは豊洲女学園のエース 渋谷 夏鈴。
 そしてこの子達4人はうちのレギュラーメンバー」

去年都大会ステージ4勝(6ステージ中)と大暴れした豊洲女学園。
しかもレギュラーメンバーは4人も残ってる。
去年のイメージが鮮明に残ってるので、私は5人を見て「強そう」以外の感想が出ない。

しおりは「ひるむ」って言葉をお母さんのお腹に忘れてきているので、
「東京舐めんなよ!って言いに来たんですか?」
なんかバトルモノのトーンになってる。

「それももちろんある。
 面と向かってそちらの清水沙弥さんに、言ってやりたかった。
 全国ではいつも集団の前にいて、まともに見たこともなかったから。」

渋谷さんはおもむろに清水さんに近づくと、
全身を舐め回すように見ている。
一通り観察を終えると
「なるほどねー」

思わせぶりなリアクション。
渋谷さんぐらいになると、清水さんの仕上がりが分かるんだと思う。

少し離れ、もう一度清水さんの全身を見ながら

「ってか、あんた、世界で4番目ぐらいに可愛いんじゃない?」

なんかぶっこんできたーーーー!

「色々姿を見る機会はあったけど、こう直にまじまじと見ると、やっぱ綺麗だわ。
 色こんな白いんだね。」

なんの感想を発表してんのこの人。

清水さんがリアクションに困りまくり、何も喋れずにいると、

「じゃあ、3番はダレなんスか!?」
分けわかんない喧嘩腰でしおりが入ってくる。

「は?アタシに決まってんじゃん」

割とやべぇ人じゃん。

「よくサヤさん間近で見て、そんなこと言えますね。
 渋谷さんもかなりイイ線いってるのは確かだけどさ」

しおりの言う通り、渋谷さんは清水さんとタイプが違うけど、容姿は凄く良い。
ってか、しおりにタイプが近い。2人は男の子っぽいかっこよさを備えてる感じ。
ただ、あんたらなんの話してんのってだけ言いたい。

「ちなみに2位はベィビーメロゥのボーカル、ミュー様」

ベィビーメロゥは、日本の女性3人組メロゥダンスユニット。
メロゥがなんのことなのかは、私にはわからない。

「・・・分かる。」

この2人気ぃ合うなぁ。

「1位は言うまでもないから・・・いいとして。
 ってかさ、
 とりあえず言いたいことは言えたんだけど、
 アンタさっきから前に出てきて何なの?部長なの?」

「私は2年の橋本 詩織。部長はこっち」

「あ、はい。部長の神城 史香です。」

「じゃあ部長さんに提案。
 せっかくの機会だしさ、ちょっと、やんない?」

「え、何をですか?」

「察し悪いなぁ~!
 野良試合に決まってんじゃん!」

いやマジか!野良試合って!そういう世界観なんだ。
「えっと・・・軽い勝負みたいなことですか?」

「んーまぁそんなとこ。どう?」

「ノりましたその勝負!」

「ちょ、しー!」
もう、勝手にノっちゃう。性格的にもうこの2人止めらんないんだけど。

「話が早くて助かるよ!

 んじゃあ、五家谷(ごかや)カモン!」

5人の中で一番背が高く、がっちりしている娘が前に出た。
確か去年、3年生エーススプリンターの最終アシスト、いわゆる発射台を務めてたはず、
間違いなくスプリンター。
じゃあこっちは超ノリ気なしおりを出せばいいのかな。
と思ってたら、

「相手はもちろん、そこのベルギーっ娘!
 パンチャーだけど、スプリントでも通用しちゃうなんて舐めたこと書いてたわね!」

「ええー!いや、違うんです!だってうちの・・」

「バカ!リューヌ!弱気になるな。受けて立ってやろうぜ!」

「しおりさん・・・」

リューヌちゃんが泣きつくのはもっともで、今「うちのスプリンターはしおりさんです」
って言おうとしてたと思う。
しおりは戦いに飢えてるはずだし、あのままリューヌちゃんの言葉待ってれば戦えたのに、
勘違いしてぶった切っちゃった。

「ルールはシンプルでいいよね?
 こっから1km先行って、2人でスタート。
 先にゴールしたほうが勝ち。」

聞くまでもなく、相手のスリップストリームを使うのはアリで、
スプリント対決になるはず。
「リューヌちゃん、もちろん嫌なら、嫌って言っていいんだよ」

「・・・いえ、せっかくの機会なのでやります!」

勇ましい。毎週末レースっていうベルギーから来たリューヌちゃん、
その実戦感覚を保っていてもらいたいし、本当にいい機会だよね。
最初豊女がカチコミに来た時はビックリしたけど。今時カチコミて。

「リューヌちゃん、頑張って!」
「やったれ!」「頑張ってね!」「サコッシュまだあるからね!」「やるからには勝ちを目指して!」

「はい!」


「五家谷、天狗になってるこいつらを教育してやりなさい。」

「おっす。」

こうして2人は、走っていった。

多分、雑談とかはなかったんだと思う。
ウォーミングアップも兼ねて結構なペースで1km先までいって、
すぐにスタートを切ったのかな。
渋谷さんもさっきまでとは違って特に何も話さず、
集中したまま待っている私達の視界に、すぐに2人は飛び込んできた。

前にリューヌちゃん、後ろにぴったりくっつく五家谷さん。
残り400mは切ってるけど、リューヌちゃんは自分の距離ではスプリントしてない。
やっぱりスリップストリームに入られるだけなので、こういう勝負では使えない。

風を受けるディスアドバンテージを失くすため、スピードはかなり抑えてある。
勝負はおそらく残り200m辺り。
緩いペースから一気にマックスまで上げてスプリント。後はノンストップ。

残り200mちょっと残したところで、
五家谷さんが先に腰をあげる。
リューヌちゃんも後ろを見るでなく、ほぼおなじタイミングで腰をあげた。
五家谷さんはリューヌちゃんの横に出て、もう風を受けている。
ガチンコのスプリント。

初速は五家谷さんに部があり、差はあっという間に自転車半分を切り、
残り100m、真横に並ぶ2人、
約10秒の決着はあっという間だった。

勢いは衰えず自転車4分の3ほど、五家谷さんが出たところでゴール。
右手を軽くあげてみせた。


その日の帰り道のこと、
渋谷夏鈴は上機嫌だった。

「いやぁ、まず前哨戦勝利ッ!
 うちらもこっから全勝目指すよ!」

「おー!って言いたいとこだけど、
 本当にあのベルギーっ娘がスプリントエースなのか?
 私にはあの一番突っかかってきた奴が、ガタイ的にも性格的にも・・・」

「・・・知ってるよ。
 橋本詩織がスプリントエースだろうね。
 去年の都大会から目つけてんだから、絶対そう。」

「え、じゃあ今日のスプリント勝負って・・・」

「発射台勝負ってことになるわね。
 いいじゃん!
 とっておきは、本番までとっておかなきゃ面白くないもん!」

「向こうは、五家谷をスプリントエースだと思ってるだろうし、
 こっちは有利な展開で本番に行けるわけだ。
 カチコミじゃー!とか言って、何だかんだよく考えてんじゃん」

「別に考えてないよ。成り行き。
 ま、でも結果分かったことは、和田っち次第でトレイン勝負はうちらの勝ちってこと。」

「言われなくても分かってる!発射台勝負でうちが勝ったんだから、
 そりゃその前の私がちゃんと仕事するだけだわ。まー調子良いし、大丈夫と思って」

「ほんと、清水沙弥が東京に来てくれて都大会から超楽しみになったわ!
 全勝宣言までしてくれて、超やぶってやりたい気になったし!
 
 じゃ、トレインは和田パイセンお墨付きで大丈夫らしいから、
 橋本詩織とのスプリント勝負は頼んだわよ、スーパールーキー」

「ここで私にフるんですか!プレッシャーが・・・」

「あ!?」

「いえ、は、はいっす!」
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