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第5ステージ わくわくストリーム
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全体練習では2人とも私達のペースに合わせてくれたので、その実力の全貌は分からなかったけど、
とにかくフォームが綺麗で、特に清水さんは背中にコップ並々入った水を置いてもこぼれないんじゃないかってぐらい。
2人ともほとんど呼吸が乱れていなかったのも凄い。
この後は軽く打ち合わせて、次の練習を決めるのがルーティーン。
さすがに1年間やってると大体のパターンはあって今日はあれかな。ってのがあるんだけど、
「あ、あのさ」
弱気な声が聞こえてきて、振り向くと
なんとしおりだった。
「わがまま・・・何だけどさ、スプリント練習・・・いいか?」
確かに今日はスプリントのローテじゃない感じなんだけど、
しおりらしくていいじゃないか
「うん!今日はスプリントいこー」
「ありがと!で、提案があってさ。3対3のスプリント勝負がしたい。
フミ、ミホ、私の1年練習してきたトレインと
アキ、清水さん、リューヌで。」
私達はこの1年、スプリントステージを想定した練習も重ねてきた。
もちろんスプリンター、うちで言うならしおり自身が最重要だけど、
もう一つステージを争う上で重要なのが私達アシスト陣。
自転車ロードレースは風との戦い。
40km以上のスピードで、生身で風を受けるため、
一番スピードが出る平坦でのスプリント勝負は特に風よけが重要になる。
スプリンターの脚を貯めて、貯めて、最後一番スピードが出る距離だけ
スプリントさせるため、私達がそれまで前をひいて風を受ける。それがトレイン。
単純にスプリント勝負での理想は一番前でスプリンターを放つことだから、
私達アシストの作る列車が一番早ければいい。
練習で私達最速の列車は、あきね→私→みほり→しおりの順番で放つことなのが分かったので
今年はそれで大会の平坦ステージに挑む予定だった。
私としても試してみたい。
「清水さん、リューヌちゃんもスプリントで大丈夫ですか?」
「うん大丈夫よ」「大丈夫です」
「しー、距離はどうする?」
「2kmで!」
「おっけー。じゃあゴールは都大会のゴールと同じここにしよっか。
アップがてら、ミーティングがてら、2km先まで行こー」
あきねとリューヌちゃん清水さんがどんな作戦で来るか分からないけど、
私達は1年間やってきたことをやるだけ、だよね。
「相手に応じてこっちもスピード変えたり、発射のタイミング変えたりは・・・」
「なしでいこうぜ!」
「うん」
「りょーかい」
もう作戦会議は必要なくなった。
「楽しんでこっか」
「もちろん!」
スタート地点に着く。
結構・・・わくわくする。
「相手チームのスリップストリームを利用するのはなしね?」
清水さんからの確認。
敵を風よけに使う。本当のレースでは絶対にすることだけど、
今回はあくまで列車での対決。
「はい。それでお願いします。
・・・それじゃあ準備はいい?」
「おす!」「うん!」
「はい!」「OKよ」「うん。」
「スタート!」
掛け声と同時に私はかなりの強度で踏み出す。
しおりの最終発射台を務めるみほりは体重が軽く一瞬の加速力に優れてるけど、
軽い身体が風に負け長くは持続しない。
とにかく私がどこまでいけるかにかかってる。
向こうの一人目はあきね。悪いけど、ここで差を開くしかない。
私達の列車の3番目しおりより、向こうの1番目あきねの方が後ろとなり、
完全にこっちの列車が一歩出たと思うけど、
そこからなかなか気配が遠のかない。
私の脚は快調。幸い風もほとんどなく、
かなり高い心拍数で回している。
でも私が思ってたより、全然差がついていないような、
肩越しに右後方を確認すると、
「・・・!」
あきねは身体を揺らしながら必死にダンシング(立ち漕ぎ)していた。
そして・・・
「・・・十分よ、ありがとね」
この風圧の中でも清水さんの綺麗な声がかすかに聞こえた。
あきねは右に退きスピードダウン。あっという間に私達5人から遠ざかっていく。
人間が最高速でスプリント出来る時間は10秒ほどと言われていて、
距離にすると200mぐらい。
実際私達はしおりを250過ぎぐらいから発射するイメージだし、
みほりにもほぼ最高速で思いっきりしおりを引っ張ってもらって、スムーズな加速に繋げたいので、
私は最低残り500mまでは仕事するつもりだった。
対して、清水さん達は最初の300mで1枚目のカードを使い切る作戦だったんだ。
残り1700m
清水さんに変わり全く差が広がらなくなる。
でも縮まりもしない。
清水さんは最高速をウリにしているわけじゃない。
その凄さは持続力。
残り1400m
清水さんに先頭が変わってから300mを経過。
まだリードは変わらないみたい。
私に出来ることは自分のペースで粘り続けるだけ。
エネルギーは使いまくってるけど、頭は凄く冷静で、
残り1100で橋をくぐる、一瞬のアップダウンがあるのを思い出した。
レースのアップダウンと比べれば、本当に些細なもので、
大会で主催者から渡される地図にもアップダウンとして書かれないようなもの。
でも、一瞬でも登りがあるとリズムが変わる。
清水さんはそこでもう一段上げてくる予感がした。
橋が視界に入ってくる。
あと100mでアップダウン。
どうする。
私達は練習で培った型で、この1年をぶつける。真っ向勝負。
相手に対応してリズムを変えたりしないと決めた。
でも、走りだしてみて、
直に「敵」というもののプレッシャーを感じて、
1年練習して創った最高のペース配分で最速を目指すんじゃなくて、
1年練習した私の脚で、勝負がしたくなった。
それも真っ向勝負だよね、みほりちゃん、しー。
ギアを一段重くする。
脚の回転(ケイデンス)は落とさない。
出力をあげて、
ほぼ一瞬の下りに入る。
登りは下りの勢いで一気に駆け上がり、
平坦に入る、この立ち上がり。
みほりちゃんに託すまでのリズムを決めるここで勝負をかけてダンシング。
あっという間に残り1kmを切る、
シッティング(通常のサドルに座った姿勢)に変えて、後はこのペースを維持、
粘るだけだけど、
正直やばい。
心拍数も多分限界水位で、頭は回んないけど、
もうペース配分は関係ないので、回すだけ。
脚ももちろん痛い。
残り800m
もう後ろを見てもしょうがないので、回す。
700
右後ろからの音が大きくなっている。
600
気づいたら横には清水さん
全国・・・
これが・・・全国レベル・・・
あぁ・・・前に・・・いかれる。
そう、思った時に
私は腰をあげていた。
もう限界のつもりだったんだけどな、
それは脳のあれなんだよね、甘えっていうか優しい嘘っていうのかな。
防衛本能だからしょうがない。
じゃあ今腰をあげてダンシングしてる私の身体は何本能で動いてるんだろ。
必死でもがいてなんとか清水さんの真横で
ラスト500m
私が右にずれると
腰をあげたみほりが抜いていく
清水さんは依然シッティングながら、
みほりからほとんど離されない。
本当に凄い
遠のいていく2機の列車
ほぼ直線とはいえ、惰性で自転車が勝手に動いている状態の私とのスピード差だと
さすがにゴールするとこまでは見えないんだけど、
私の視界内でリューヌちゃんが発射するのが見えた。
もちろん、しおりはまだみほりの後ろ。
スタート地点までの道程で、
リューヌちゃんが清水さんと念入りにスプリントを始める場所の相談をしていたので、
ミスではないと思う。
早駆け・・・
そして、さらーに遠のいていった
あー、心臓痛いなぁ。
頭痛いなぁ。
脚が重すぎるので、ギアを落としに落として、やっと回せる軽さになった。
サイクルコンピューターはつけてないけど多分10kmぐらいの速度で
回していると、2分以上経ってやっとゴールに着いた。
少し先で待ってる4人。
あ、先生もいる。
「どうだった・・・?」
聞く前に2人が寄ってくる
「勝ったぜぃ」
「勝った!」
「マジか!」
この瞬間がアシストの最高の瞬間。
実際のレースだと監督の無線と、ゴール前は直接レース実況の音声が聞こえるから、
ゴール前に結果分かるんだけどね。
ハイタッチ
「イエイ!」
「強かったわ。」
「はい!しおりさんのスプリントは凄かったです。」
2人もやってくる。
「あ!そういえば、最後リューヌちゃんがかなり早めにスプリントかけたとこまで
見えたんだけど、あれは・・・」
「あー、実はあれが私の距離なんです。」
「リューヌちゃんの距離・・・」
「ほとんど400mぐらいよね、あんな長くもがける子私も初めて見たわ。」
発射させた清水さんが感嘆しているけど、
見ていたってことは、発射させた後もある程度のスピード出して視界にとらえられる距離にいたってことで・・・
ほんと凄いや。
「残り300mぐらいで、私抜かれちゃったの・・・」
みほりがリードしていた距離は僅かなのでしょうがない。それまでの清水さんが凄かった。
「ミホから発射した時、ちょうど私とリューヌの間に自転車1台入るぐらいのビハインドだったと思う。
でもあんだけ長い距離からスプリントしてるから、まぁ余裕で差せると思ったんだ。
踏み始めてすぐ、やっぱり私のが速いって確信出来たし、ラスト100ではもう捉えたって感じだったかな。
自転車半分ぐらいの差まで詰めて、こっから100mはリューヌが先にかけた分速度差はもっと
広がると思ってたから。
でもそっから、しっぶとくて・・・!最後まで思いっきり踏まされた!
自転車4分の3ぐらいの差で勝ったかな。」
「でも今日の条件だから、最後までいい勝負できたんです!
私のスタイルだと風よけにされるだけです。」
リューヌちゃんの長くスプリント出来るっていう特徴は、清水さんも褒めるほど凄いことだけど、
自転車ロードレースのスプリント勝負において、それほどプラスにならない。
スリップストリーム(前の人を風よけ)に入っている間は段違いに脚を使わずに済んじゃうのがロードレース。
リューヌちゃんが残り400mでスプリントを開始したら、他のスプリンターはスリップストリームに入って
残り200mまで風よけにして発射すればいい。
今日は敵を風よけに使ってはいけないルールだったから、いい勝負になったってリューヌちゃんは言ってるんだと思う。
リューヌちゃんは加速力と最高速度が劣るので、普通の200mほどのスプリントではスプリンターに勝てない。
ただ、400mでスプリントかけても勝てない。
リューヌちゃんはレース経験が豊富だから、それを知ってパンチャーの道を選んだんだと思う、まだ高1なのに。
「今日のルールで私とリューヌ、タイマンで400mの勝負したら負けるかもなー。
でもリューヌの言う通り、レースのスプリントでリューヌと戦っても負けないと思う。」
でもさ・・・
「これって、もしかして・・・リューヌちゃんがしーの発射台になってくれるってこと?」
「あ、もちろんやりますよ!スプリントステージはしおりさんのアシストに回ります。
しおりさんのスプリントは本当に凄かったですから」
リューヌちゃんの能力は、アシストとしてはこの上ない。
長い間、しおりほどではないにしても、最高速で引き続けてくれる。
「・・・それなら、かなり形になると思うわ。
しおりのスプリント能力自体も全国レベルにあるから」
「え、本当ですか!?」
凄い嬉しいし、全国区の清水さんが言うのは本当に説得力がある。
「うん。都大会、関東大会を突破するだけの力があるのは間違いないわ。
全国で勝てるレベルって意味ではないけれど」
やっぱり全国区の厳しさも知ってるのが、清水さん。
その言葉をどう捉えたかとしおりを見ると
「ありがとうございます!」
おぉ流石スポーツマンって感じだ
「お礼言われるようなこと、言ってないわよ。そう感じただけのこと」
「いえ、しおりって呼んでくれて。主にそっちに、ありがとうございます」
ニコッと笑ってみせた
「ちち違う、わ!あれよ、リューヌちゃんに釣られて!」
動揺する清水さんを初めて見た
「そうだったんですかー。しおりでいいですよ。私もサヤって呼んでいいスか」
もう語尾が打ち解けてるけど
「は、早いわよ!」
かわいい。
早いってかわいい。打ち解けたらそう呼んでもらうつもりだったのかなって感じが。
「でもサヤさんのアシスト本当に凄かったです。
ずっとスリップストリームに入ってて思いました、
あんな綺麗なフォームの人、ヨーロッパにもそういないと思うんです!」
さり気なく、下の名前呼びに乗っかるリューヌちゃんやり手!
「もう・・・、今はしおりを褒めてるとこだったんだから。
リューヌちゃんからして、しおりのスプリントはどう?」
これも気になる。
「私は自転車を楽しくやれればいいと思って、何も考えないでただ自転車部のある高校に入学したんですけど、
ジャクショウって聞いたので、まさかこんなレベルとは思いませんでした。
私のいたカテゴリー、ベルギー国内の地域のチームなら、エーススプリンターだと思います!」
「それ、分かるわ。
私も弱小校って聞いて、ちょっと調べたんだけど、しおりは去年の都大会の平坦ステージで5位に入ってたわね、
それもとんでもなく下手なポジションから地脚だけで順位を上げて。
当時自転車歴1ヶ月なんだからしょうがないんだけどね。
あなた達が今年は全国出場を目指してるって聞いて、彼女のスプリント能力を伸ばして平坦に特化してるなら・・・
と思ったら、ちゃんと伸びていて、良い部、良いチームだと思った。
それに私は・・・」
清水さんが私を見る
「あなたにも・・・」
今度はみほりを見る
「あなたにも・・・」
そして・・・
向こうからゴールに到着したあきねを見て
「あの娘にも、もう既に良い部分を見つけたから・・・
ちょっとわくわくしてるの。」
どうだったの?
と駆け寄るあきねを見てか、
5人全員笑った。
とにかくフォームが綺麗で、特に清水さんは背中にコップ並々入った水を置いてもこぼれないんじゃないかってぐらい。
2人ともほとんど呼吸が乱れていなかったのも凄い。
この後は軽く打ち合わせて、次の練習を決めるのがルーティーン。
さすがに1年間やってると大体のパターンはあって今日はあれかな。ってのがあるんだけど、
「あ、あのさ」
弱気な声が聞こえてきて、振り向くと
なんとしおりだった。
「わがまま・・・何だけどさ、スプリント練習・・・いいか?」
確かに今日はスプリントのローテじゃない感じなんだけど、
しおりらしくていいじゃないか
「うん!今日はスプリントいこー」
「ありがと!で、提案があってさ。3対3のスプリント勝負がしたい。
フミ、ミホ、私の1年練習してきたトレインと
アキ、清水さん、リューヌで。」
私達はこの1年、スプリントステージを想定した練習も重ねてきた。
もちろんスプリンター、うちで言うならしおり自身が最重要だけど、
もう一つステージを争う上で重要なのが私達アシスト陣。
自転車ロードレースは風との戦い。
40km以上のスピードで、生身で風を受けるため、
一番スピードが出る平坦でのスプリント勝負は特に風よけが重要になる。
スプリンターの脚を貯めて、貯めて、最後一番スピードが出る距離だけ
スプリントさせるため、私達がそれまで前をひいて風を受ける。それがトレイン。
単純にスプリント勝負での理想は一番前でスプリンターを放つことだから、
私達アシストの作る列車が一番早ければいい。
練習で私達最速の列車は、あきね→私→みほり→しおりの順番で放つことなのが分かったので
今年はそれで大会の平坦ステージに挑む予定だった。
私としても試してみたい。
「清水さん、リューヌちゃんもスプリントで大丈夫ですか?」
「うん大丈夫よ」「大丈夫です」
「しー、距離はどうする?」
「2kmで!」
「おっけー。じゃあゴールは都大会のゴールと同じここにしよっか。
アップがてら、ミーティングがてら、2km先まで行こー」
あきねとリューヌちゃん清水さんがどんな作戦で来るか分からないけど、
私達は1年間やってきたことをやるだけ、だよね。
「相手に応じてこっちもスピード変えたり、発射のタイミング変えたりは・・・」
「なしでいこうぜ!」
「うん」
「りょーかい」
もう作戦会議は必要なくなった。
「楽しんでこっか」
「もちろん!」
スタート地点に着く。
結構・・・わくわくする。
「相手チームのスリップストリームを利用するのはなしね?」
清水さんからの確認。
敵を風よけに使う。本当のレースでは絶対にすることだけど、
今回はあくまで列車での対決。
「はい。それでお願いします。
・・・それじゃあ準備はいい?」
「おす!」「うん!」
「はい!」「OKよ」「うん。」
「スタート!」
掛け声と同時に私はかなりの強度で踏み出す。
しおりの最終発射台を務めるみほりは体重が軽く一瞬の加速力に優れてるけど、
軽い身体が風に負け長くは持続しない。
とにかく私がどこまでいけるかにかかってる。
向こうの一人目はあきね。悪いけど、ここで差を開くしかない。
私達の列車の3番目しおりより、向こうの1番目あきねの方が後ろとなり、
完全にこっちの列車が一歩出たと思うけど、
そこからなかなか気配が遠のかない。
私の脚は快調。幸い風もほとんどなく、
かなり高い心拍数で回している。
でも私が思ってたより、全然差がついていないような、
肩越しに右後方を確認すると、
「・・・!」
あきねは身体を揺らしながら必死にダンシング(立ち漕ぎ)していた。
そして・・・
「・・・十分よ、ありがとね」
この風圧の中でも清水さんの綺麗な声がかすかに聞こえた。
あきねは右に退きスピードダウン。あっという間に私達5人から遠ざかっていく。
人間が最高速でスプリント出来る時間は10秒ほどと言われていて、
距離にすると200mぐらい。
実際私達はしおりを250過ぎぐらいから発射するイメージだし、
みほりにもほぼ最高速で思いっきりしおりを引っ張ってもらって、スムーズな加速に繋げたいので、
私は最低残り500mまでは仕事するつもりだった。
対して、清水さん達は最初の300mで1枚目のカードを使い切る作戦だったんだ。
残り1700m
清水さんに変わり全く差が広がらなくなる。
でも縮まりもしない。
清水さんは最高速をウリにしているわけじゃない。
その凄さは持続力。
残り1400m
清水さんに先頭が変わってから300mを経過。
まだリードは変わらないみたい。
私に出来ることは自分のペースで粘り続けるだけ。
エネルギーは使いまくってるけど、頭は凄く冷静で、
残り1100で橋をくぐる、一瞬のアップダウンがあるのを思い出した。
レースのアップダウンと比べれば、本当に些細なもので、
大会で主催者から渡される地図にもアップダウンとして書かれないようなもの。
でも、一瞬でも登りがあるとリズムが変わる。
清水さんはそこでもう一段上げてくる予感がした。
橋が視界に入ってくる。
あと100mでアップダウン。
どうする。
私達は練習で培った型で、この1年をぶつける。真っ向勝負。
相手に対応してリズムを変えたりしないと決めた。
でも、走りだしてみて、
直に「敵」というもののプレッシャーを感じて、
1年練習して創った最高のペース配分で最速を目指すんじゃなくて、
1年練習した私の脚で、勝負がしたくなった。
それも真っ向勝負だよね、みほりちゃん、しー。
ギアを一段重くする。
脚の回転(ケイデンス)は落とさない。
出力をあげて、
ほぼ一瞬の下りに入る。
登りは下りの勢いで一気に駆け上がり、
平坦に入る、この立ち上がり。
みほりちゃんに託すまでのリズムを決めるここで勝負をかけてダンシング。
あっという間に残り1kmを切る、
シッティング(通常のサドルに座った姿勢)に変えて、後はこのペースを維持、
粘るだけだけど、
正直やばい。
心拍数も多分限界水位で、頭は回んないけど、
もうペース配分は関係ないので、回すだけ。
脚ももちろん痛い。
残り800m
もう後ろを見てもしょうがないので、回す。
700
右後ろからの音が大きくなっている。
600
気づいたら横には清水さん
全国・・・
これが・・・全国レベル・・・
あぁ・・・前に・・・いかれる。
そう、思った時に
私は腰をあげていた。
もう限界のつもりだったんだけどな、
それは脳のあれなんだよね、甘えっていうか優しい嘘っていうのかな。
防衛本能だからしょうがない。
じゃあ今腰をあげてダンシングしてる私の身体は何本能で動いてるんだろ。
必死でもがいてなんとか清水さんの真横で
ラスト500m
私が右にずれると
腰をあげたみほりが抜いていく
清水さんは依然シッティングながら、
みほりからほとんど離されない。
本当に凄い
遠のいていく2機の列車
ほぼ直線とはいえ、惰性で自転車が勝手に動いている状態の私とのスピード差だと
さすがにゴールするとこまでは見えないんだけど、
私の視界内でリューヌちゃんが発射するのが見えた。
もちろん、しおりはまだみほりの後ろ。
スタート地点までの道程で、
リューヌちゃんが清水さんと念入りにスプリントを始める場所の相談をしていたので、
ミスではないと思う。
早駆け・・・
そして、さらーに遠のいていった
あー、心臓痛いなぁ。
頭痛いなぁ。
脚が重すぎるので、ギアを落としに落として、やっと回せる軽さになった。
サイクルコンピューターはつけてないけど多分10kmぐらいの速度で
回していると、2分以上経ってやっとゴールに着いた。
少し先で待ってる4人。
あ、先生もいる。
「どうだった・・・?」
聞く前に2人が寄ってくる
「勝ったぜぃ」
「勝った!」
「マジか!」
この瞬間がアシストの最高の瞬間。
実際のレースだと監督の無線と、ゴール前は直接レース実況の音声が聞こえるから、
ゴール前に結果分かるんだけどね。
ハイタッチ
「イエイ!」
「強かったわ。」
「はい!しおりさんのスプリントは凄かったです。」
2人もやってくる。
「あ!そういえば、最後リューヌちゃんがかなり早めにスプリントかけたとこまで
見えたんだけど、あれは・・・」
「あー、実はあれが私の距離なんです。」
「リューヌちゃんの距離・・・」
「ほとんど400mぐらいよね、あんな長くもがける子私も初めて見たわ。」
発射させた清水さんが感嘆しているけど、
見ていたってことは、発射させた後もある程度のスピード出して視界にとらえられる距離にいたってことで・・・
ほんと凄いや。
「残り300mぐらいで、私抜かれちゃったの・・・」
みほりがリードしていた距離は僅かなのでしょうがない。それまでの清水さんが凄かった。
「ミホから発射した時、ちょうど私とリューヌの間に自転車1台入るぐらいのビハインドだったと思う。
でもあんだけ長い距離からスプリントしてるから、まぁ余裕で差せると思ったんだ。
踏み始めてすぐ、やっぱり私のが速いって確信出来たし、ラスト100ではもう捉えたって感じだったかな。
自転車半分ぐらいの差まで詰めて、こっから100mはリューヌが先にかけた分速度差はもっと
広がると思ってたから。
でもそっから、しっぶとくて・・・!最後まで思いっきり踏まされた!
自転車4分の3ぐらいの差で勝ったかな。」
「でも今日の条件だから、最後までいい勝負できたんです!
私のスタイルだと風よけにされるだけです。」
リューヌちゃんの長くスプリント出来るっていう特徴は、清水さんも褒めるほど凄いことだけど、
自転車ロードレースのスプリント勝負において、それほどプラスにならない。
スリップストリーム(前の人を風よけ)に入っている間は段違いに脚を使わずに済んじゃうのがロードレース。
リューヌちゃんが残り400mでスプリントを開始したら、他のスプリンターはスリップストリームに入って
残り200mまで風よけにして発射すればいい。
今日は敵を風よけに使ってはいけないルールだったから、いい勝負になったってリューヌちゃんは言ってるんだと思う。
リューヌちゃんは加速力と最高速度が劣るので、普通の200mほどのスプリントではスプリンターに勝てない。
ただ、400mでスプリントかけても勝てない。
リューヌちゃんはレース経験が豊富だから、それを知ってパンチャーの道を選んだんだと思う、まだ高1なのに。
「今日のルールで私とリューヌ、タイマンで400mの勝負したら負けるかもなー。
でもリューヌの言う通り、レースのスプリントでリューヌと戦っても負けないと思う。」
でもさ・・・
「これって、もしかして・・・リューヌちゃんがしーの発射台になってくれるってこと?」
「あ、もちろんやりますよ!スプリントステージはしおりさんのアシストに回ります。
しおりさんのスプリントは本当に凄かったですから」
リューヌちゃんの能力は、アシストとしてはこの上ない。
長い間、しおりほどではないにしても、最高速で引き続けてくれる。
「・・・それなら、かなり形になると思うわ。
しおりのスプリント能力自体も全国レベルにあるから」
「え、本当ですか!?」
凄い嬉しいし、全国区の清水さんが言うのは本当に説得力がある。
「うん。都大会、関東大会を突破するだけの力があるのは間違いないわ。
全国で勝てるレベルって意味ではないけれど」
やっぱり全国区の厳しさも知ってるのが、清水さん。
その言葉をどう捉えたかとしおりを見ると
「ありがとうございます!」
おぉ流石スポーツマンって感じだ
「お礼言われるようなこと、言ってないわよ。そう感じただけのこと」
「いえ、しおりって呼んでくれて。主にそっちに、ありがとうございます」
ニコッと笑ってみせた
「ちち違う、わ!あれよ、リューヌちゃんに釣られて!」
動揺する清水さんを初めて見た
「そうだったんですかー。しおりでいいですよ。私もサヤって呼んでいいスか」
もう語尾が打ち解けてるけど
「は、早いわよ!」
かわいい。
早いってかわいい。打ち解けたらそう呼んでもらうつもりだったのかなって感じが。
「でもサヤさんのアシスト本当に凄かったです。
ずっとスリップストリームに入ってて思いました、
あんな綺麗なフォームの人、ヨーロッパにもそういないと思うんです!」
さり気なく、下の名前呼びに乗っかるリューヌちゃんやり手!
「もう・・・、今はしおりを褒めてるとこだったんだから。
リューヌちゃんからして、しおりのスプリントはどう?」
これも気になる。
「私は自転車を楽しくやれればいいと思って、何も考えないでただ自転車部のある高校に入学したんですけど、
ジャクショウって聞いたので、まさかこんなレベルとは思いませんでした。
私のいたカテゴリー、ベルギー国内の地域のチームなら、エーススプリンターだと思います!」
「それ、分かるわ。
私も弱小校って聞いて、ちょっと調べたんだけど、しおりは去年の都大会の平坦ステージで5位に入ってたわね、
それもとんでもなく下手なポジションから地脚だけで順位を上げて。
当時自転車歴1ヶ月なんだからしょうがないんだけどね。
あなた達が今年は全国出場を目指してるって聞いて、彼女のスプリント能力を伸ばして平坦に特化してるなら・・・
と思ったら、ちゃんと伸びていて、良い部、良いチームだと思った。
それに私は・・・」
清水さんが私を見る
「あなたにも・・・」
今度はみほりを見る
「あなたにも・・・」
そして・・・
向こうからゴールに到着したあきねを見て
「あの娘にも、もう既に良い部分を見つけたから・・・
ちょっとわくわくしてるの。」
どうだったの?
と駆け寄るあきねを見てか、
5人全員笑った。
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そんな関係のあたしたち。
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「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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