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己を知らぬ大魔法使い

29、いつか知るこの世の理の話をしよう

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明度のみを持つグレースケール。

『白』『灰』『黒』

『白』が喪失した。

色みのない色の消失。それは多くの混乱を生み、人々の生活様式までをもガラリと変えてしまった。

王国所有の禁書庫の奥深く、そこには保護魔術が施され今にも崩れそうな羊皮紙がひっそりと眠る。掠れた文面、目を凝らし覗くと、禍々しい挿絵とともに『牛の乳は黄色く、塩は青く、そして雪は灰色に染まった』確かに旧王国文字で記されている。統一以前に使用されていたこの文字を読める者も、今では片手で数えられる程しかいない。必要がなくなったのだ。読み解くほどに、先刻、白と並び、かの者に近しい色までもが忽然と消えた事が窺える。

『白』とはなにか。

無彩色であり膨張色である白。彩りのない色が大きく見えるとは一体何なのか。果たして、その根源を考える者が当時に存在しただろうか。

はなから純な白は自然界には存在しない。

かの者は、最後の白は何故白いのか。人々が歓喜した日、そんな大事である筈の細事に疑問を抱く者は誰一人としていなかった。圧倒的に強く、当たり前に世界を救う存在、それが万人が望んで見た『理想的な白』だ。

そもそも最後の白がいくら完全に太陽光を反射させ、その身を白く主張しても、それを実際に白として認識出来るとは限らない。現に視力の良い単眼族でさえ、厳密に答えさせれば何割かは色が混ざって見えるという。

色に興味のない人間、お洒落が好きな人間、悲しみを抱えた人間、人生の絶頂を迎えた人間。心的状況だけでも当たり前のように見え方は大きく左右する。もとより『白』が同じ『白』に見える筈がないのだ。

しかし万人は白の中に確かにかの者の面影を見た。圧倒的な存在感。何物にも変えられない色。当然存在する色。

日々、視界の何処かに必ず白は存在した。

多くの人は『見守ってくれている』そう信じて疑わなかった。

やがて、白を見続けた人々はその大きな背中に慣れ、白に対する敬意を失った。明日も視界の何処かに必ず白がある。そんな事を考える思考すらない程に人々はかの者を手放し、平穏へと溶け込んでいった。

そして失って初めて気付いたのだ。

瞳は、肌は、唇は何色だったのか。本当は何色の髪をしていたのか。

どんな表情で戦火を見つめていたのか。

誰にも答えられない。

人類はイェルハルド=フォーラナーを見てはいなかった。

逆だったのだ。

全てが逆だった。

そして気付いた時には遅すぎた。

人類はイェルハルド=フォーラナーに感謝を伝えてはいなかった。

しかしその機会は二度と訪れない。

魔法の消失もさる事ながら、戦乱以降かの者を信仰し、崇め奉っていた数多の人々は『白』をその象徴にしていた。やがて一度に大きな拠り所を次々と無くし、枯渇した民衆はそれを渇望するあまり一部が暴徒と化し、王都を中心に急激に治安が悪化した。しかしそれを宥める者はもう現れない。兵と民衆の衝突は昼夜を問わず行われ、あちらこちらから怒号が鳴り響く。最後の白を保有地に持つワイトホープ王国は、その傾向が他国と比べて格段に高かった。

それは魔法を崇拝していた者たちにとっても例外ではない。

現代でいう、魔導士と呼ばれる者達である。

かの者が去って以降、大陸中から多くの者が白を求め、大陸東部の南に聳える魔塔へと押し寄せた。そして訪れた人々は絶句し、後に安堵した。

天より高い塔は、この世界唯一の白さを残したまま無惨にも崩れ去り、常人では踏み込めない程、歪な形の城へと変貌してしまった。自然界では到底存在しない白。太陽光を完全に反射した純白とも言えるその城は、王国の南にあるにも関わらず、異様な冷気に包まれる。背後に禍々しいナニカを抱えて。

それは、『最後の白』の片鱗であった。

同時に不思議な事が起こる。

最後の白を見て白の存在に安堵するも、次の瞬間には記憶から白が抜け落ちているのだ。故に、白の消失を認識する事だけで人々は数年の月日を費やした。そして、王国は一つの仮説を立てた。

『魔法を取り戻せば、白も、そしてかの者も取り戻せるのではないか』

その後、長い年月を経たのち、ようやく完成したのが、限りなく白に近い色『エクリュ』であり、光を全く反射しない黒の魔洞『セト・スクレイパー』だ。

魔法を失った者達の意地とも言えるその作品は、熱を吸収しその入り口の空気を歪ませる。

宮廷魔導師を含む多くの魔導士が在籍する、魔導を操る者達の巣穴。アンダーグラウンドシティー。通称『セト・スクレイパー』その名に劣らない穴熊の掻器と名付けられたその地下空間の規模は、建てられ半世紀が経った今なお、大陸最大級を誇っている。地下深く掘られた約525メートルの巣穴には、地下121階建ての洞が地中深くまで埋る。

セト・スクレイパー内、何層にもなる地下通路には、ギルドや宿屋、学校や商業施設まで、それら全ての施設が無数の通路で直結している。また洞の中には、東西南北それぞれの主要な区と王都とを繋ぐポータルゲートが存在し、その有用性から、災害時の緊急避難所にも指定されており、来年には新たに拡張され、スケートリンクがオープンする予定だ。

地下深くに構えた薄暗いある一角の研究室。探究心を持て余した、ある魔導士は考えてしまった。その思想が多くの混乱を生むとも知らず『自分の白をつくろう』それは大混乱の幕開けである。

『魔法』が消失した今なお、この世界には『エーテル』と呼ばれる『粒子』と『波』の性質をあわせ持った、目には見えない微少な物質やエネルギー体が無数に存在する。

それは空気中に漂い、常に人類は知らず吸い込み吐き出している。

目視できないほどの微細なエネルギー体、通称エーテルが無数に結びつき、目に見える物質へと変化する。それを更に時間を掛けて生命体にまでしてしまう奇跡のような力。それらをこの世界では『魔法』と呼んだ。

エーテルはかの者が去って以降『空気の上層』『魔塔のその先』を表す言葉として、新たな認識のもと用いられるようになった。また、近年では『かの者が支配する領域』『雲や月の輝く領域』という意味合いで使われる事も増えている。また一部では『光を伝え、運ぶ媒質』あるいは『天界を満たしている物質』とされ、かの者によって齎された大いなる力を意味する言葉として用いられる場合もある。

しかしそれらはあくまで英雄伝を聞き齧った熱烈な一般人の認識であり、魔導士のエーテルへの解釈は異なる。

実際は、火、水、風、土の四大元素に加え、不変の天上を構成する第五元素が加わった総称でしかなく、学術的には、万物に宿るエネルギー体、微少な物質の総称をエーテルとしている。

『エーテル』を操る概念は大まかに3種類存在する。

『魔法』『魔術』『魔導』

そして『かの者』が去って以降、大陸からは3つの内の1つ『魔法』が消えた。

戦乱以降、少数生き残った魔法使いは、魔法を行使する術を失った。それは詠唱であり記憶であり、想像力である。現在、王都で装備屋を営む元魔法使いはこう語る。

『 { 抜け落ちたんだよ、ポッカリと。思い出す思い出さないの問題じゃなくってよ。魔法で何が出来るかも、俺が何を出来なかったのかも、何も思い出せねぇんだ。ぶっちゃけ、何が分からないかも分からねぇんだよ。焦りが全然ねぇんだ。それで飯、食ってたのに。それに生涯掛けてたのに、焦りが全然ねぇんだよ、笑えるだろ?なぁ、命かけて魔法使いやってた俺はどこ行っちまったんだよっなぁっ!なぁぁっ!!はぁ、悪りぃ。最近、暮らす金がなくなってきてよぉ、やっと気付いたんだよ。俺が魔法使いだって。あぁ悪りぃ、魔法使いだったってよぉ。今は親方に拾ってもらって感謝してるよ、してるけどよぉ。なぁ、もぉ帰ってくんねぇか。俺もぉ思い出せねぇことぉ思い出したくねぇんだ、悪りぃな。お前のことは覚えてるぜ } 』

この世の『魔法』の概念は、『この世の理を犯す力』とされている。かの者の存在もあり、その認識は今なお根強く残っていた。またその能力は偶発的に発祥するとされ、なりたいと思ってなれるものではない。個人差はあるにせよ、それは現象そのものであり、夏が暑く冬が寒い事が当たり前のように、木になった林檎がいつか地面へと落ちる事が明白なように、疑う余地もなく人類に受け入れられてきた。自然現象とも言えてしまう、無を有にする力。その最たる存在が、かの者だったのだ。

そして圧倒的だった魔法が消え、未練の末に新たに生み出された概念が『魔術』と『魔導』だ。

『魔術』は、『人の心を歪める力』とされ、無を有に魅せる力とされる。その能力は、資質の片鱗を持った者が努力をした末に得られるものであり、常人はまず手を出そうとは思わない。

しかし、この世の理を学んだ果てに得られる能力にも関わらず、その扱いは奇術師や吟遊詩人などの流れ者と変わらない。また、魔術を行使する者の多くが、あぶれた私生児やアンダーグラウンドの住人の為『ヒュン』運に見放された者という不名誉な蔑称で呼ばれている。

一方『魔導』は、魔法と魔術を探求した中で生まれた力とされ『この世の理を利用する力』と言われている。この能力は資質の片鱗と運を持った者が鍛錬をする事で得られる力であり、同時にこの世の理を正しく理解し、魔術的な観点を含め、様々な視点からエーテルを扱える者のみがなれる事から、魔術を扱う者のほとんどが貴族層に絞られた。故に個体差はあれ、威力は魔法に劣るものの、習得しようとする者は後を絶えない。一部では、自身のステータスを誇示する手段になってしまっている面もある。現在では、無を様々な知識と技術で有にする力と定義付けられている。

『魔術』と『魔導』に共通して必要とされる資質というのは、望んだ形へと変換する才とは別に、エーテルを体内に取り込み留める核、通称『エーテルコア』をつくれるか否かに付随する。コアとは文字通り核心を指す。先輩風を吹かせたがる一部の魔導士は『生まれた時には既に体内の何処かにコアは存在し、それを認識できるかが重要』と宣う者も存在するが、学会では立証されておらず、なんの根拠もない主観的な考察にすぎない。

コアの大きさ、形、出現する場所は人それぞれ異なるが、エーテルコアを持つ者が出現直後を語ると『色を感じた』共通して『見た』ではなく『感じた』と表現する。また感じる色も人それぞれ異なり以後、自身の色となる場合が多い。不思議な事にどんなに複雑な色でも、自身の色ならば色名や配合比率までをも正確に言い当てられるという。そして更に共通する事が『世界が色鮮やかに感じる』という視覚的変化だ。中には急激な変化に、一時錯乱状態になる者も居るという。

また、エーテルコアを使いこなすには途方もない努力が必要とされ、挫折する者も少なくない。故に鍛錬し、使いこなすまでの過程をエーテルを扱う者の間では『シチュエーションシップ』お互いのメリットに応じて同じ時間を過ごすだけのカジュアルな関係、と皮肉めいた表現をした。そして、晴れてエーテルを自在に使いこなす事が出来た者を『エーテルベスティ』色と友になれた者と呼ぶ。

エーテル行使への認識は、国問わず大差はない。

とある名も無き魔導士見習いは考えた。なかなか上達しないシチュエーションシップ中、極度に集中力が削がれたのだ。

『 {そもそも、白が見えなくなる事などあり得ない。現に人類は黒を見ているのだから} 』

そこでまず辿り着いたのが、太陽を用いて白をつくる方法だ。結果は言わずもがな、多くの失明者を生み出す形となった。

しかし、失敗の中でも分かった事実がある。太陽を直視してはいけない事。実験前には必ず同意書と契約書を控えと共に捺印入で交わす事。手伝えば顔がハンサムになる、協力すれば10キロ痩せる、などとは冗談でも言わない事。そして、絶対に何が何でも管轄の魔導士にバレずに粛々と執り行う事。

セト・スクレイパー、14区域見習い魔導士支援センターには日々、某魔導士見習いに対しての王国と領地それぞれからの訴状や、被験者の保護者からの苦情が数週間に渡り絶えず届き続け、多くの職員を過労へと追いやった。

見えなくなった者は自身の視界に広がる世界を、灰色や茶寄りの色と表現した。中には具体的に『ザーっとした砂嵐のようなものに邪魔されている感じ』と例える者もいる。その被験者の中には、奇跡的に見えない中に白を見る者も複数現れ、『煙に覆われている感じ』や『濃霧』『雲の中にいる感じ』など、それぞれ独自の言葉で表現した。だがそれらは人類が求めている白ではなく、エクリュだという事が後に判明している。結果的に、自分なりの『白』に出会えた僅かな者も存在するが、そのリスクは計り知れない。

そして、探究心の果てに倫理観が欠如する場合は間々ある。

それは戦乱で痛い程学んだ筈のワイトホープ王国も例外では無かった。その悪影響は数十年経った今でも残り、当時の魔導士や科学者によって乱獲された数種の動植物は、現在でも王国の絶滅指定種として明示されており、違反した者には重い罰が下される。

しかし、皮肉にもその逸脱した弛まぬ努力が、多くの文化を生み出す形となった。






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