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記憶を持たぬ大魔法使い

17、そろそろ手に水掻きが出来そうな話をしよう

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「俺さー何回も溺れてさー気付いちゃったんだよねー」

芝の上で零した独り言が青空に溶けていく。

「湖の中にも色々いるっしょーっ?」

風のざわめきが、まるで返事をしてくれているようだ。シーツの切れ端で湿った髪をまとめると水面に写った姿が何処ぞのマダムに見えた。外見に伴わない幼稚な俺が顔を出し、小賢しい悪巧みがはじまった。

「って事はさー筏作らなくても良かったんじゃね?これ、湖どう渡る問題解決したんじゃね!?」

よしっ!!

「運んでもらおっ」

見上げた青空に絵空事が無限に浮かぶ。イルカショーを想像すると無駄にワクワクした。出来れば、白イルカのようなぽわわんとした子が良い。これで水の上もスススーーイッだ。

「どう協力して貰うか、それが問題だ」

この世は錬金術だ。対価が魂なんて言われたらどうしようなんて思いつつ、森から取ってきた枝に裂いたシーツと木の実を括り付け、力任せに湖へ放り込む。

「まぁ分かってるんだけどねー」

プカプカと水面を漂う実を視線で追う。当然、釣れる訳はない。

「こんなんで釣れたらフィクションなんだよなー」

頭では分かっている。分かっているがっ俺の怠惰がどうしても楽な方を選びたがる。心の中の葛藤が手の震えに変わり、水面を不規則に揺らした。

「あと、5分経ったら行くからっ!!」

ろくな時間なんて分かりもしないのに言い訳を並べる。

「あぁ~風呂入る前に行けば良かった~~水冷たいんだろうな~」

本当それだ。自分へのツッコミが止まらない。

「あ"あ"あ"ああぁぁっ」

なかばヤケで湖に飛び込む。飛沫が空に煌めき、声にならない叫びが湖の中へと消えていく。ぼやける視界の中、水を掻き分け5度目の潜水でようやく底に辿り着いた。空気で膨れる頬。まとめきれなかった髪が水中を漂う。

透明度が高く、何処までも先が見える湖の中。底に沈む岩場には、ゴツゴツとした多色の鉱物が所々顕になっている。エメラルドやアメジスト、アクアマリン。何処か既視感のある煌めきが日の光を浴び、更に新しい色をつくりだす。視界に入るどれもが幻想的で、思わず目を奪われた。

水を蹴る度に水草がふわりと揺らめく。やはりそこには無数の剥製が台座と共に乱雑に並べられていた。揺らめくように水中を漂う簡易時計。見ると、既に天井の破片は赤の橙の刻になろうとしていた。黄みの橙までに小屋を発てれば上々じゃないだろうか。我ながら、段々と時間の感覚も掴めてきた気がする。

身体が浮上しないよう、水草を掴みながら辺りを見渡し前へと進んだ。嘴が鋭いペンギンの剥製『躍動:裏の黄緑から裏の紫 好物:クラムの枝』しっぽが異様に長いネズミの剥製『躍動:裏の青から表の黄 好物:露草の結晶』

どこを見渡しても、俺の逸る気持ちを無視したかのように、目に入るそのどれもが小型の生物だった。

申し訳ないが、運んで貰うには力不足な気がしてならない。量で攻めるかとも考えたが、頭上を浮かんだ多勢に運ばれる自分のシュールな姿に、即その案は消え失せた。

「········!···」

次第に口から空気が漏れ始める。息が苦しくなり、一度水面に上がると小屋の反対側に辿り着いていた。自分では物凄く遠くまで泳いでいたつもりだったが、どうやらそうではなかったようだ。自分の根っこの臆病さに乾いた笑いが零れ、雫と共に滴り落ちる。

その後も数度潜ってみたが、泳ぐ魚と仲良くなるばかりで、なんの収穫も獲られなかった。指の皮膚がよぼよぼにふやけ始め、いよいよ諦めかけた時、それは岩陰の奥に隠れるようにしてそこに居た。

俺の身体と同じ白銀をもつ大きな馬。正面から見るとつぶらな赤い瞳に目が奪われた。この子はアルビノなのだろうか。水に晒されすぎて充血しているだけの可能性もあるが。

『躍動:表の赤みの橙から裏の青 好物:姫君の臓』

「···う"わぁ、ガプッ」

恐ろしいものを見てしまい、思わず声が漏れる。泡になった空気が、薄情に俺を置いてゆらゆらと浮上していく。すくんだ足が水中を漂った。一人焦る俺をよそに、間もなく動き出すであろう今はモノでしかない肉食の大馬は、水中でただ優雅に鬣を揺らめかせるだけだった。

「 (まるで) 」

『美しいものは恐ろしい』を体現しているその様相。

「 (毒だ) 」

時を告げるように、小刻みに震え始めた大馬。すると合図の如く長細い黒目が横から縦に変わり、岩場で高らかに蹄を鳴らしたかと思うと、今にも襲いかからんとする勢いでこちら見つめ続ける。

『ヒヒィーン』

最早、瞬きをする猶予さえない。今更逃ても背後を取られて終わるだけだろう。多少なり覚悟はしていたが、やはり大口を開けて迫ってくる姿は、俺の知っている馬とは似ても似つかず、とても恐ろしく様相だった。

「······ッ···ガハッ」

噛み付かれた衝撃で悲鳴の混ざった息が漏れ、途端に腹部が鈍い圧に襲われた。剥き出しの犬歯が恐怖を煽り、暴れもがく俺にまとわりつく。水中を漂う赤が泳ぐ魚達の視界を覆い隠した。

「ん"ぐっ」

不幸中の幸いと言うべきか、運良く犬歯と狼歯の間に胴が挟まり助かった。いや、言葉を正せば今は助かっているだけに過ぎないのだが。

「お、い離せっよ、ごらっ」

ガプガプと口内に水が入り込む。手当り次第に暴れてみるも、貧弱な身体に軟弱な精神で足掻いたところで余興にさえならない。蹴ろうとも殴ろうとも空気が逃げ、余計に苦しくなるだけだった。

「死、因馬はな、いっわ」

俺のではないが、持ち前の美貌も剥製の前ではなんの効力もなさない。次噛み付かれれば、コイツは確実に俺の臓を狙ってくるだろう。数刻前、脳裏に浮かんだ光景を思い出し益々焦る。

そうはさせまいと、身体を丸め上顎にしがみつき、鼻梁に圧をかけながら大馬の鼻を塞ぐ。水中生物とはいえ、呼吸が全く必要ない生物などどの世にも存在しない。

「いっい、きがっ」

顎に生えた透明な髭を思い切り引っ張り、水面に浮上するよう舵を取る。互いに限界は近かった。暴れる大馬は水を掻き分け、パクパクと口を動かし、しがみつく俺をなんとか引きはがそうともがいている。日光で煌めき、激しく揺れる水面が、浮上と共にそれは綺麗な飛沫を散りばめる。

「ブハッ」

俺の身体が待ってましたと言わんばかりに、新鮮な空気を求め、体内の血液を巡らせる。

「苦しいかっ腕、離して欲しいかっ!?だったら俺の話を聞くかっ聞けると誓えるかっ!?」

我ながら理不尽な事を言っているとは思う。開いた瞳孔そのままに、目下の暴れる大馬に問いただす。鼻孔が微かに動く様は、迷子になってしまった子供のように幼く見えた。

『ブルッ』

こうして、俺の人生初めての乱闘は無事、白星で終わったのだった。

「機嫌が良い時に俺を森まで運んで欲しいんだよー。帰えりも迎えに来てくれると嬉しいんだけど。どうだろうか?」

数刻前のいざこざが嘘のように、しばしの沈黙で辺りが静まる。どうやら大馬は俺を離す気がないようだ。覗く黒目が縦長から横長になっている。肉食と草食の違いだろうか?

「どっこらしょ」と親父臭い掛け声と共に上半身を起こすと、上顎が肘置きのようになり、なんとも収まりが良い。実を言ってしまえば、床穴に嵌っていた時のような謎の安心感さえ感じた。正にジャストフィットだ。

なんとなく求められている気がして、水を弾く短毛をあやすように繰り返し撫で上げた。

「········対価はなんかの臓だ」

『なんか』としか言えなかった。俺にはまだ生き物を狩る覚悟がない。情けないが、出来れば肉屋で買える範囲のもので罷りたい。

「取り敢えず、そこの孤島まで行ってくんない?今日もこの後、森に行きたいんだ。いや、実は一回懲りたんだけどさー、でもやっぱり、また行こうと思うんだ。きっとお前の土産も持って帰るよ」

こんな時でも俺は自分に言い訳をしたいのか、はたまた言い聞かせたいのか。

「あぁ強くなりたい」

水面の中心を掻き分けるように進んでいく大馬と俺。まるで船首像にでもなった気分だ。泳ぐと云うよりも、水の流れそのものになったように、ただ進んでいく様子は、改めてこの生物が馬のようで馬ではないのだと実感させた。

「ちょっと待っててくれ、すぐ戻る」

孤島に上陸すると、ようやく後回しにしていた大事に目を向ける。

「アゴヨワッ」

アゴヨワはどうなっただろうか。辺りを見渡すが、居た筈の場所に見知った獣の姿はなかった。一体何処に居るのだろうか。そこには微かに土煙を被った台座だけが、ポツンと残されているだけだった。俺の大きな影が台座を覆う。

「········赤に紫に青、きいろに好きな葉っぱ」

あぁ。

「·······色が、減って···る」

途端にドロドロとした拭いきれない後悔が押し寄せる。吐き気を伴うそれは、俺の呼吸を塞ぐには充分すぎる重荷だった。

「····はぁ、はぁ、ア·····ゴヨワー!アゴ、ヨワー!?」

何処を探しても見当たらない。だからこそ、自ずと場所が絞られた。

「アゴヨワ!ごめんっ」

空に向かって思い切り叫ぶ。狭くて広い空間。届けたい奴に俺の声が届いていない筈がなかった。

『··········』

「本当にっ本当にごめん!·····でも、俺アゴヨワが一緒に行ってくれて嬉しかった!本当に、心強かったんだっ訳わかんない世界の訳わかんない場所で·····なのにっ一緒に着いてきてくれて·····気持っち悪ぃー鳥に襲われて、なんもかんも訳わかんなくて。お前にとっても俺は訳わかんない奴でっ·······なのに····」

『··········』

「あ"ぁ~っ!!」

言いたい事など一つしかない。

『··········』

「ありっあっ」

久しぶりに出した腹から出した声はしゃがれ、なんともおぼつかない。

『··········』

「つまりっあれだ!本当にまじで!ありがとうっ!!」

『········ッフ····』

「絶対、お前の耳治すから······出来れ、ばっ、時間もっ!····いっ行ってきますっ!」

『··········』

「あっ帰ってきますからね!俺の事忘れないでねっ!」

押し付けがましくて申し訳ないが、これが今の精一杯だった。再びカピカピに乾いた服に袖を通し、元来た道を辿る。水辺で待っていてくれた大馬が、顎が外れそうになるくらい大口を開けて俺を見上げる。

「え?普通に背中に乗せてくれれば良いんだけど。ほら、服の替えもないし?」

すっかり丸くなった大馬は、微動だにせず湖に漂い俺を待っていた。

「なんか、舌が座布団に見えてきたんだけど······」







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