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卑怯な理

召喚せし者

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「父さんも母さんも、ありがとう」

部屋の端には、まだ若干の怒りと過分な諦めを覗かせる文義とふさえ。

何も言わないで見守ってくれた。殺気は放っていたけど。

エネルギーを使い果たしへにゃりと笑顔を向ける文義が途端、コピー用紙に化けた。吹けば何処かへ飛んでいってしまいそうな頼りなく大きな塊を、般若の面を捨てきれないふさえが支える。

ふさえは自身のこめかみを揉み続け、何か言いたげな視線を俺へと向けた。そんな両者へと緩やかに手を振り、俺は捻られても何も感じなかった己に浸る。

すると、病室内が一気に温度を取り戻した。

「お待たせっ!!愛っ!!」

「遅えよっ······は?」

「この子は愛くんのお友達なーのーねー?」

全く予想もしていなかった光景に、俺は若干口端を引き攣らせる。

なんてもん連れて来たんだ、悲鳴になれなかった響動めきを噛み潰し、俺は懸命に飲み込んだ。

ゼェハァと息を切らした友誠。看護婦のお姉様に首根っこを掴まれ、引きずられるように病室へと入ってきたその様は囚われた未確認生物のようで、何故かどこかの未来でモルモットになった俺を彷彿とさせた。

咄嗟の出来事に、回避方法を考える余裕などなかった。目の前には既に囚われヘッドロックを決められた友誠と俺の脳内補正で友誠の6倍はデカく見える看護婦のお姉様が立っている。

「あっ····あの····これは········?」

いっそ他人のフリをしてしまおうか。

点滴の滴る音が聞こえそうなくらいの奇妙な静けさ。既の距離には、能面のような笑顔が一歩二歩と無遠慮に俺へと路程を詰める。友誠のトレーナーを握り締めた手は、不機嫌を撒き散らすように血管をピキピキと蠢かせ、周囲の恐怖を煽った。

救いを求め辺りを見渡すと、猫も杓子も露骨に視線を泳がせ、声を掛ければ脱兎の勢いでしっぽをまいた大人ども。一人、逆鱗に触れてしまった俺は、恐怖のあまり鷲掴んだ鳩尾を数度叩き、命からがら自身を蘇生させた。友誠の母が風馬牛なのは当然として、愛ブーストの掛かった文義とふさえでさえ、看護婦のお姉様へ俺を贄として差し出そうとしている信じ難い現状に直面し、俺はそっと自身の噛ませ犬な宿命を呪った。

「俺、何もやってないのに」

蚊の鳴くような声は、誰にも届かずゆらゆらと浮遊する。小の虫を殺して大の虫を助ける様な大人どもに囲まれた友誠も俺も、きっとどんどんジャリジャリ将来グレてゆくだろう。

俺死ぬのかもしれない、無意識に川を探すが何処にもない。

「あっあ····あの·····?」


デッドエンドだ。


「分かっているわよね?愛くーん?」

「はっはい······!」


全然分からない。いや分かりたくない。あれ、そもそも分かるってどういう意味だっけ。

「つーぎーはー?」

「あっありません!!」

「よろしい」

バーサーカーの去り際、引き戸の端から再び視線が合った。

「♡つ♡ぎ♡は♡」

バクバクと跳ね続ける臓はあまりにも素直だ。連動したように大きく見開いた俺の視界は、この世界で最も恐ろしいものを捉えて離さない。口がきけなくなる程の恐怖は、不本意に友誠の脇腹を擽った。

強制力だっ強制力、騒がしい脳内では都合の良い補正が繰り返されていた。

言葉を発さずとも何を言っているかが分かってしまった。奇しくも俺は生まれて初めて空気というものを読んだのだ。

「絶対!!絶対にありません!!」

本能で答えていた。

「天変地異だっ何してんだよっ友誠っ。めっちゃ怖かった。本当怖かった。あのお姉さんこの階の担当なのかな?お前なんか聞いてる?夜の見回りあのお姉さんだったらどうしようっ俺絶対ちびるわ。なあ聞いてる?どうしよう友誠?」

思考を放り投げたせいか、ギュルギュルと速度を上げた言葉が俺の口から零れ落ちる。

「あははっははははははははっ」

「おいっ笑い事じゃねえんだよっ!」

「はははっ···さっきのナースがセクシーエキサイトハンサムレディか?」

「っんなわけねえだろうがっ!」

「あはははははっ」

「それにっ!セクシーダイナマイトハンサムレディっ!だっ!」

「あはははははっ···腹痛っえ···ははははははっ」

「あっお前っこれっ!氷アイスじゃねえじゃんかっ!」

「ははっ···えっあっごめん」

「あ」

「え!?これも駄目なのかよっ」

渡された袋を乱雑と弄ると、チョコミックスアイスが5つ入っていた。

通常運転に戻った友誠を見つめ、俺は満足げに鼻を鳴らした。友誠の様な脳筋は、取り敢えず走らせとけば万事解決すると教育番組で言っていた気もしなくもない。

本来の聖友誠は、くさい気遣いが出来るナイスガイなのだ。

大人が食べるには少し甘すぎるそれを、友誠の母と文義、ふさえにそれぞれ渡す。

無心で頬張る俺と友誠に放り出されたビニール袋が、パチパチと寂しげに鳴いた。草臥れたカフスを捲った文義は、利き手ではない方の手を器用に操り、溶けかけたアイスを頬張った。

「もうあのお姉さん連れて来ないって誓うんなら許す」

「おっおおっ」

皇学院に進学しないと決めた今となっては、切れる縁かもしれない。ゲームの筋からすると、友誠にはその方がきっと良いだろう。ただ、そばにいる間はこのガキ大将のような笑顔を可能な限り見せて欲しいと思った。

「また、ごめんって言ったら絶交だからな」

「おおっ!」



聖友誠はあの瞬間、源愛の名前を呼ぶことしか出来なかった己を責めた。ボールを触ると運動場で吹っ飛んだ源愛が脳裏に浮かぶようになってしまった。靴紐を結ぶ度、手が震えるようになってしまった。源愛を見る度、己が脚を壊したと責任を感じるようになってしまった。


頭から血を流し、脚がありえない方向にひん曲がった源愛の光景は、幼い聖友誠にとって一生忘れられないトラウマになった。そして幾つ年を超えても、真っ青の源愛が担架で運ばれる悪夢は昼夜を問わず聖友誠を苦しめた。

病室、傷だらけで寝込む源愛を見て、金輪際バスケをしないと誓ってしまった。


全部忘れろ。全部。全部。全部。


でないと、友誠は俺を一番に優先してしまう。


世界一、宇宙一、嘘が上手い人間になってしまう。


聖友誠のプロフィール画面の笑顔は偽物だ。

友誠はゲーム内、誰よりもバスケに興味がないんだ。

「甘っいな、これ」

俺が言った言葉が、合っているのかはまだ分からない。



これは、ゲームじゃなく現実なのだから。







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