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魂を震わせる愛

居ない僕

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「愛か···」



呪いの言葉だ。

「愛···俺は、源愛···か·······」

独り言を吐いた筈が思ったよりも声が大きくなってしまった。俺の言葉に文義とふさえは、まるでシンクロでもしたように目を丸くし、同じような声音を吐いた。

「どうした?」

「愛?」

目覚めた我が子が己を疑っているのだから不信がっても無理はない。

俺に寄り添う二人はいつまでもやわらかい笑みを崩さなかった。静寂の中、不意に途方もない懐かしさに襲われる。それは色んな感情が混ざり合った複雑な表情。遠い昔に浴びたような複雑すぎて真意を読み取れない、親が子だけに見せる表情だ。途端、喜怒哀楽を更に十二等分したような、言葉では表わし得ないぐにゃぐにゃとした感情が俺を襲う。

この二人が俺の父と母なのだ。しかし思ってみても、脳内に殴り書きした言葉は綺麗に滑り落ちてゆく。親と呼ぶ事など躊躇ってしまうような俺と年の近い目の前の二人は、考え込むように顔を見合わせ、やがて子守唄を歌うように俺へと語り掛けた。

「そうよ、私たちの愛よ」

「大切な家族だよ」

瞬間、俺の中で何かが溢れ、僕の記憶が拒絶を示す。

家族。あまりにも擽ったい言葉だ。精神年齢が急激に上がったせいか、なんとも言えないこそばゆさを感じる。

俺が家族取っちゃったみたいじゃんかよ、上擦っていた舌が乾いた口内を撫でた。

家族と呼ばせてもらうには、俺はこの家族を傷付けすぎた。何故なら目の前の二人を疲弊させているのは間違いなく俺なのだから。身体をひっくり返して見せれば、二度とその言葉を言っては貰えないのだろう。

「確かにな」

もっと早く己の存在に気が付けば、生まれた時から俺の自我があれば、父も母も祖父も祖母も愛犬の花丸も、うましかな友誠だってみんな傷付かなくて済んだのかもしれない。しかし思考を改めれば、今度は今まで源愛を生きてきたあの憎たらしい僕を傷つける。自分でそんな事を思って、また小さな心が酷く傷付いた。

「お前の言う通り俺は楽しようとしてるだけだったよ」

まるで全てがチグハグだ。



「愛」

「ご、めんな···さい······」

僕が俺になってしまってごめんなさい、言葉にならない嗚咽を漏らし俺は布団をきつく握り締めた。

「いとし」

俺が僕でいられなくなってしまってごめんなさい、脳裏に繰り返される言葉に導かれ、俺は深く頭を下げた。

向けられる熱が小さな身体に宿り全く引かない。思考とは裏腹に、心は途方もないあたたかさに包まれた。贋にも思えるそれは、先刻まで呪いのように感じていた言葉でさえ、一瞬であたたかいものにしてしまう。これこそが源愛の呪いなのだろうかと、また都合のいい解釈が巡る。何が何だか分からない。だが、今の思考が自分でも呆れるくらい現金だという事だけは分かった。

いよいよ僕に本気のタコ殴りをされるぞ、俺は絡み付く痰を飲み込み覚悟した。

数刻の空白ののち、歪む視界の先へと俺の精一杯の微笑みを返す。源愛として。

こんな気持ちになってしまったのは、目の前の二人が、記憶の中の完璧な父と母では無いから。そんな言い訳を俺の中に残る僕にした。

目の前の父が無造作に伸びてしまった髭の存在も忘れ、俺より少し濃い淡禍色の瞳を充血させているから。シワクチャになったスーツで俺と僕の元まで来てくれたから。

目の前の母が化粧も忘れ髪を乱したまま、いつかの朝と同じ服を着ているから。体面も忘れ、物凄く怒ってくれたから。

何も取り繕っていない父と母。俺と僕の記憶には存在しない源文義と源ふさえ。とても人間臭い表情し、当たり前に感情があり我が子を案じている。今まで僕に悟らせなかっただけで、喜びも悲しみも当然感じているだろう。色んな事を感じ思ってもなお、源愛を最優先にしてくれる両親という存在。

源愛を拒絶したい俺。僕が俺になってしまった事実。元の世界に戻りたい俺。他人が他人ではない事実。僕の記憶。俺の記憶。いつ途切れるか分からない未来。出逢いたくない攻略対象。記憶にないヒロイン。

もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

「ぼ、くの大切な家族」

目の前の二人はちゃんと温かさを持って生きている。薄れてしまっていた現実味が俺の中で段々とその輪郭を濃くし、再び姿を表そうとしていた。

俺と僕が拒絶する源愛は、己を犠牲にしてこの世界を照らそうとしたのだろうか。無限にして無償の愛を示そうとしたのだろうか。だとしたら。

「傲慢だ」

布団の中に埋もれた濁声は誰にも届かず消えてゆく。ここはゲームの世界であってゲームの世界ではない。非現実的な現実を前に、俺は上半身に蔓延る痛みをきつく抱き締めた。

「ごめ、ん····」

文義の瞳下、寄れて薄くなってしまったコンシーラーを俺は親指の腹でそっと拭い去った。突然の我が子の奇行に驚いたのか、文義は何も言わず睫毛を瞬かせ口端を硬く引き結ぶ。その横でふさえは俺の小さな指先を凝視した。

俺の指の腹にこびり付いたクレヨンのような密度の高い肌色。その疲労と偽りを孕んだ色は、乙女ゲームでは数秒にも満たない塵に等しい要素だ。しかしこのこびりつきは、何年も疲労が蓄積された文義の結果でもある。

脳を慰める様に臓器一杯に深い新規呼吸を一つする。源家ほぼ総出で苦虫を噛む中、気にもとめなかった出来事が実際に起こる事だと、俺は早々に証明してしまった。

「ちょっとっ!!!!」

同室の患者の夕飯が片付けられてゆく中、俺はふさえのチュニックへと丁寧に親指を擦り付けた。

「愛も文義さんもあたしはウェッティじゃないのよっ!!」

分厚いカーテンの先から、吹き出した様な音が聞こえた。

「目の前に箱ティッシュあるでしょ!?折角戦隊モノの買ってきたんだからっ!!」

「鼻水だらけの赤レンジャーなんて嫌だな~ぼくぅ~」

どうなるのか分かりきっているのに全くの正論を溢す文義。案の定、振り上げられた四角柱は蛍光灯を味方につけ、その身に宿るホログラムをギラギラと輝かせた。刹那、その光源は多彩を放ち奥義へとメタモルフォーゼする。非力な俺と文義は名も無い敵戦闘兵の様な、吹き飛ばされる前提の表情をした。

「角はやめてよふさえちゃーん」



もう、絶対に傷付けたくない。


「父さん、母さんごめんなさい·····」


みんな解放したい。


俺は、スマホを掴むように不自然に保っていた掌をギュッと握り締めた。







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