7 / 23
魂を震わせる愛
居ない僕
しおりを挟む「愛か···」
呪いの言葉だ。
「愛···俺は、源愛···か·······」
独り言を吐いた筈が思ったよりも声が大きくなってしまった。俺の言葉に文義とふさえは、まるでシンクロでもしたように目を丸くし、同じような声音を吐いた。
「どうした?」
「愛?」
目覚めた我が子が己を疑っているのだから不信がっても無理はない。
俺に寄り添う二人はいつまでもやわらかい笑みを崩さなかった。静寂の中、不意に途方もない懐かしさに襲われる。それは色んな感情が混ざり合った複雑な表情。遠い昔に浴びたような複雑すぎて真意を読み取れない、親が子だけに見せる表情だ。途端、喜怒哀楽を更に十二等分したような、言葉では表わし得ないぐにゃぐにゃとした感情が俺を襲う。
この二人が俺の父と母なのだ。しかし思ってみても、脳内に殴り書きした言葉は綺麗に滑り落ちてゆく。親と呼ぶ事など躊躇ってしまうような俺と年の近い目の前の二人は、考え込むように顔を見合わせ、やがて子守唄を歌うように俺へと語り掛けた。
「そうよ、私たちの愛よ」
「大切な家族だよ」
瞬間、俺の中で何かが溢れ、僕の記憶が拒絶を示す。
家族。あまりにも擽ったい言葉だ。精神年齢が急激に上がったせいか、なんとも言えないこそばゆさを感じる。
俺が家族取っちゃったみたいじゃんかよ、上擦っていた舌が乾いた口内を撫でた。
家族と呼ばせてもらうには、俺はこの家族を傷付けすぎた。何故なら目の前の二人を疲弊させているのは間違いなく俺なのだから。身体をひっくり返して見せれば、二度とその言葉を言っては貰えないのだろう。
「確かにな」
もっと早く己の存在に気が付けば、生まれた時から俺の自我があれば、父も母も祖父も祖母も愛犬の花丸も、うましかな友誠だってみんな傷付かなくて済んだのかもしれない。しかし思考を改めれば、今度は今まで源愛を生きてきたあの憎たらしい僕を傷つける。自分でそんな事を思って、また小さな心が酷く傷付いた。
「お前の言う通り俺は楽しようとしてるだけだったよ」
まるで全てがチグハグだ。
「愛」
「ご、めんな···さい······」
僕が俺になってしまってごめんなさい、言葉にならない嗚咽を漏らし俺は布団をきつく握り締めた。
「いとし」
俺が僕でいられなくなってしまってごめんなさい、脳裏に繰り返される言葉に導かれ、俺は深く頭を下げた。
向けられる熱が小さな身体に宿り全く引かない。思考とは裏腹に、心は途方もないあたたかさに包まれた。贋にも思えるそれは、先刻まで呪いのように感じていた言葉でさえ、一瞬であたたかいものにしてしまう。これこそが源愛の呪いなのだろうかと、また都合のいい解釈が巡る。何が何だか分からない。だが、今の思考が自分でも呆れるくらい現金だという事だけは分かった。
いよいよ僕に本気のタコ殴りをされるぞ、俺は絡み付く痰を飲み込み覚悟した。
数刻の空白ののち、歪む視界の先へと俺の精一杯の微笑みを返す。源愛として。
こんな気持ちになってしまったのは、目の前の二人が、記憶の中の完璧な父と母では無いから。そんな言い訳を俺の中に残る僕にした。
目の前の父が無造作に伸びてしまった髭の存在も忘れ、俺より少し濃い淡禍色の瞳を充血させているから。シワクチャになったスーツで俺と僕の元まで来てくれたから。
目の前の母が化粧も忘れ髪を乱したまま、いつかの朝と同じ服を着ているから。体面も忘れ、物凄く怒ってくれたから。
何も取り繕っていない父と母。俺と僕の記憶には存在しない源文義と源ふさえ。とても人間臭い表情し、当たり前に感情があり我が子を案じている。今まで僕に悟らせなかっただけで、喜びも悲しみも当然感じているだろう。色んな事を感じ思ってもなお、源愛を最優先にしてくれる両親という存在。
源愛を拒絶したい俺。僕が俺になってしまった事実。元の世界に戻りたい俺。他人が他人ではない事実。僕の記憶。俺の記憶。いつ途切れるか分からない未来。出逢いたくない攻略対象。記憶にないヒロイン。
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「ぼ、くの大切な家族」
目の前の二人はちゃんと温かさを持って生きている。薄れてしまっていた現実味が俺の中で段々とその輪郭を濃くし、再び姿を表そうとしていた。
俺と僕が拒絶する源愛は、己を犠牲にしてこの世界を照らそうとしたのだろうか。無限にして無償の愛を示そうとしたのだろうか。だとしたら。
「傲慢だ」
布団の中に埋もれた濁声は誰にも届かず消えてゆく。ここはゲームの世界であってゲームの世界ではない。非現実的な現実を前に、俺は上半身に蔓延る痛みをきつく抱き締めた。
「ごめ、ん····」
文義の瞳下、寄れて薄くなってしまったコンシーラーを俺は親指の腹でそっと拭い去った。突然の我が子の奇行に驚いたのか、文義は何も言わず睫毛を瞬かせ口端を硬く引き結ぶ。その横でふさえは俺の小さな指先を凝視した。
俺の指の腹にこびり付いたクレヨンのような密度の高い肌色。その疲労と偽りを孕んだ色は、乙女ゲームでは数秒にも満たない塵に等しい要素だ。しかしこのこびりつきは、何年も疲労が蓄積された文義の結果でもある。
脳を慰める様に臓器一杯に深い新規呼吸を一つする。源家ほぼ総出で苦虫を噛む中、気にもとめなかった出来事が実際に起こる事だと、俺は早々に証明してしまった。
「ちょっとっ!!!!」
同室の患者の夕飯が片付けられてゆく中、俺はふさえのチュニックへと丁寧に親指を擦り付けた。
「愛も文義さんもあたしはウェッティじゃないのよっ!!」
分厚いカーテンの先から、吹き出した様な音が聞こえた。
「目の前に箱ティッシュあるでしょ!?折角戦隊モノの買ってきたんだからっ!!」
「鼻水だらけの赤レンジャーなんて嫌だな~ぼくぅ~」
どうなるのか分かりきっているのに全くの正論を溢す文義。案の定、振り上げられた四角柱は蛍光灯を味方につけ、その身に宿るホログラムをギラギラと輝かせた。刹那、その光源は多彩を放ち奥義へとメタモルフォーゼする。非力な俺と文義は名も無い敵戦闘兵の様な、吹き飛ばされる前提の表情をした。
「角はやめてよふさえちゃーん」
もう、絶対に傷付けたくない。
「父さん、母さんごめんなさい·····」
みんな解放したい。
俺は、スマホを掴むように不自然に保っていた掌をギュッと握り締めた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる