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卑怯な理
被らざる者よ
しおりを挟むヒロインが最上階を目指し、手すりに煌びやかな装飾が施された階段を駆け上がる。
仰々しい扉を開けた先には、ベンチで昼寝をしている聖友誠がいた。乱れる呼吸の中、ヒロインが大声で叫ぶ。
『先輩がっ聖先輩がっうちの部にはどうしても必要なんですっ』
華奢な体型からは想像出来ない、ソプラノのよく通った甲声が曇り空を突き抜け、寝たふりをしていた聖友誠の元まで届いた。
気だるげな態度を崩さない聖友誠は、中等部でクラブチームを辞め、高等部1年の夏には学院のバスケ部を辞めていた。その時、ヒロインは捕らえた。日に照らされ輝くその琥珀色の瞳に滲む、過分な諦めと微かな葛藤を。
故障をしたわけでもない聖友誠が何故突然、部活を辞めてしまったのか。ジュニア時代ギフテッドと呼ばれ、U18にも選ばれた逸材。将来有望と言われていた聖友誠の中に見えた微かに葛藤を頼りに、ヒロインは立ち上がる。
皇学院のバスケ部や、聖友誠の過去を懸命に調べ上げたヒロインは、やがて一つの仮説へと辿り着く。
本当はバスケをやりたいのではないのか。
ヒロインは部の為、また聖友誠自身の為に、再びプレーヤーとして復帰させようと奮起した。
何度も何度も根気よく説得を続けるヒロイン。朝練の前には聖友誠の自宅まで迎えに行き、昼休みには聖友誠の好物の菓子パンを持って教室や屋上へ足繁く通い、放課後には保健室まで甲斐甲斐しく迎えに行く。その内、最初は鬱陶しがっていた聖友誠もぽつりぽつりと会話に応えるようになり、ゆっくりとヒロインに心を開いてゆく。そして遂に自身の過去をヒロインへと打ち明けたのだ。
自身が源愛に怪我をさせてしまいバスケを取り上げてしまった事。幼少交わした『ずっと一緒にいる』という約束で源愛から離れられない事。源愛に残ってしまった傷を見る度に罪悪が積もり、どうしようもなく苦しい事。そして源愛を苦しめているのは自分の筈なのに、深い憎しみを抱いてしまっている事。
ヒロインは、源愛に涙ながらに説得をする。
『聖友誠の前から消えて欲しい』
その後、源愛はヒロインの言葉を受け入れ「新しい夢が出来た」短い言葉を残し、静かに部室から立ち去ってゆく。高校も自主退学し、完全に聖友誠の前から姿を消した。
ヒロインの献身的なサポートの甲斐もあり、聖友誠は部活にキャプテンとして復帰すると、それまでのブランクをものともしないプレイで念願のインターハイ優勝を掴み取る。卒業間近、晴れてヒロインと結ばれた聖友誠は、大学進学後プロリーグチームへの所属を決める。海外遠征へ向かう空港の搭乗口前、影で支えてくれたヒロインへの感謝の言葉と共に、熱の籠もったプロポーズがおくられた。
一緒にアメリカへ着いて来てくれないか、その言葉と共に指輪と搭乗券を手渡されたヒロインは、涙ながらに頷く。二人は得体の知れない花が舞い散る中、飛行機へと乗り込み華々しいスタートを切った。晴れてハッピーエンド。
デッドエンドではラブゲージが足りず、部活復帰の説得に失敗したヒロインは、源愛にも部活を辞める事を断られてしまう。そして聖友誠が居ない部は、士気が上がり切らないままにインターハイの準決勝で敗退してしまった。
涙ながらに反省会をする中、源愛に関する偽造された過去の診断書がどこからか見つかる。そして学院中から私刑の名の下に聖友誠を追い込んだ源愛への壮絶な制裁が始まる。その魔の手は家族にも及び、深夜何者かに自宅を放火されてしまう。消防も救急も警察も対応してくれない火災は、学院の生徒が引き起こした事件だった。ただ、燃え続けるさまを見届けた源愛は一人精神を病み、学院から忽然と姿を消した。
ヒロインは『もっと早く源愛の嘘を見破られたら』深い後悔を胸に、聖友誠の無念の為、源愛を見つけ出す。
その後、ヒロインは不登校になった聖友誠に書類に書かれた真実を伝える。
聖友誠は運命の如く源愛を恨み、バスケとかつての友との完全な決別を誓う。幼少出会った緑道に源愛を呼び出すと、刹那で刺殺すのだ。見守っていたヒロインが聖友誠へと涙ながらに駆け寄ると、何を血迷ったかヒロインまでをも刺殺す。聖友誠は赤く染まった二人の背に抱きしめ、最後には壊れた笑みを浮かべながら、思い出の品を燃やし泣き叫ぶ。
「いや俺、関係なくね??」
なし崩しに巻き込まれる源愛。それはどのルートを辿ろうが決して避けられない。
「俺、本当何もやってないよね??」
散々だ。散々すぎる。
頭を抱えた俺を怪訝な表情で見つめる文義とふさえは、互いの手を握り合い、何も話せなかった。乱れるミルクブラウンの髪が蛍光灯の白に薄ら照らされ、明度を上げる。何度見ても見慣れないその色は、やさしく俺の頬を擽った。まつ毛さえも染め上げる控えめの色。黒い前世のそれとは違い、俺の視界を邪魔する事は決してない。
グッドでもバッドでも、俺もとい源愛は結局、学院を辞める。エンディングの回想になっていたがその後も源愛は、陰湿な学院生に住所を特定されたり、画像や家族の情報がばら撒かれ十数年苦しんだ後に完全に社会的に抹殺されたりする。金とコネと暇で有り余っている学校だ。金持ちの道楽としては、さぞ手頃な暇潰しになったのだろう。中流家庭の源家にはひとたまりもない事案だ。
思い出せば、思い出すほどに血の気が引いてゆく。この中では当然ハッピーエンドしか選択肢はないが、そのハッピーはヒロインからの視点であって、決して俺を掬い上げてくれる類のものではない。しかしこれから数年、ただの怪我一つで友誠を闇堕ちさせる選択肢など、ありえない。
前世同様、刺されるのだって避けたい。あの痛みは強烈だ。友誠も親のコネで罪自体は揉み消されはするが、精神異常の準犯罪者になってしまう。ましてや関係のない源家を巻き込んでしまう事は、絶対に避けなければならない。
結論は出ていた。俺は絶対に皇学院には進学しない。どうせ辞めるのだ、ならば初めから進学しなければ良い。攻略対象が4人でも3人でも大差はないだろう。おまけにここは腐っても乙女ゲームの世界だ。文義の言葉を借りれば、色男などその辺を歩けば、うじゃうじゃ湧いてくるだろう。
友誠を救えれば良い。結局は俺が悪かった訳だし。
俺は顔も分からないヒロインに好かれたいわけではない。強制力で無理矢理出会わされる可能性はあるが、本編が始まるまであと数年。幸いまだ対策を立てる時間がある。友誠以外の攻略対象とも出会っていない事がせねてもの救いだ。
現在進行形で困らせている友誠だけ救えれば、残りは勝手に各々で上手いことやってくれるだろう。その後は早々にフェードアウトして、俺は気ままな学生生活を謳歌しよう。しばらく出来なくなってしまうが、やはりバスケは辞めたくない。ドマイナーだがそのままストリートバスケに転向してしまうのもありか。
最大の懸念は、皇学院が俺の家から電車で二駅の距離にあるという事と、自由にカスタム出来るヒロインの容姿だ。鈍い俺では学院に通い始めてもきっと、誰がヒロインかイベントが始まるまで特定できないと思う。最悪は、出会った後、強制力で好きだと思い込まされてしまう事だ。
いっそ、思い切って遠くへ越すか。いや、今の家は持ち家だ。家族に相談してしまったら早々に手放して一緒に来てしまうだろう。俺だけ全寮制の地方の学校へ通うか。男子校だったら安全かもしれない。
グルグルと思考を巡らせると、少し未来が明るくなった気がした。
「あぁぁぁ」
数刻、遂に選択する時がきた。
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