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魂を震わせる愛

空ぶる荷解き

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その後、無駄な紆余曲折を経て、就活の辛さが増すのと比例したかのように、本当は禁止されている別のアカウントを同時進行で攻略する行為を俺は繰り返していた。当時、捨てアドレスを何個作ってしまったのか、今となっては知る術がない。

俺は狂っていたのだ。

この頃になると最早、過去のアナログ大学生の姿は記憶の彼方にぼんやりと消えかけていた。オープニングの音を口ずさみながら、繰り返されるしょっぱい日々は、俺が仮内定をいただけるまで続いた。

しかし、ある程度の場数を踏み、違和感を抱く。

アガペーの源愛が、他の攻略対象に幾度となく陥れられるのだ。それは一見関係ないと思われる、他の攻略対象がヒロインと恋に落ちている時にでも適用された。エロスの天使弓矢からは徹底的に存在を無にされ、フィリアの聖友誠からは取り付く島も無いほどに恨まれ、ルダスの百目鬼研心からは陰湿な虐めを受ける。

しかし、源愛のアガペーに準ずる愛は、無条件であり万物に差別なく降り注がれる。同時にアガペーには見返りを求める概念がない。慈愛とも受け取れるそれは、他者の幸福を祈る心から生まれ、その慈しみが世界を構成する基盤となり、万物の価値を高める無償の愛となる。何度読んでも難解な源愛のプロフィールは、当時の俺を混沌へと陥れた。

無条件かつ無償の愛の名の元、自分の事になるとアガペーはまるでバグでも起きたかのように、どんな理不尽な事でも全て受け入れてしまう。その奇行はどのイベントでも行使され、時には目の前で犯人が自供を始めているのにも関わらず「僕がやりました」と言ってしまう程だった。最早バグと言うしか説明がつかない。でなければただのヤヴァイ奴だ。

すかさず攻略本兼妹に縋るが「無償の愛だからね」肝心なところでまるで役に立たなかった。

選択していなくても不幸なのだ。当のアガペールートを選んでプレイすると、一瞬のスナックタイムで目を離そうものなら画面は絵に描いたような地獄絵図と化している。その受難はゲーム初心者の俺には到底太刀打ち出来なかった。本当に本気でお手上げだったのだ。

乙女ゲームに現実のような苦難は需要がないのではと思う俺に対し、世論はそうではないようで『当事者ではないからどうでも良い』『見てる分には可哀想で可愛い』『もっと不幸になって欲しい』などとレビューを見て俺は騒然とした。

ある時はあらぬ噂が原因で壮絶ないじめを受け、またある時は事故で物語の軸であるバスケを辞めてしまい、攻略対象にも関わらず早々にストーリーからリタイアする。最早アガペーのモチーフではなく、災厄を擬人化したと言っても過言ではないだろう。

容姿の華やかさに反して、幸が薄い。それが俺だ。もう一度いうがそれが俺なのだ。

展開されるイベントは無慈悲だった。微かに残る薄い幸を探り当てるように、災厄級の試練は雪崩の如く源愛へと襲いかかる。止めを知らないその災難は、まるで駄々を捏ねた子供のように見え、源愛に気に入られようとしている節さえ伺えた。曰く、源愛だけが他の攻略対象とはストーリーの趣旨が異なるらしい。アガペーの愛の元、源愛はゲーム内での引っ掻き回し役を担っているようだ。あれだけ尊敬していた運営のプレイヤー贔屓が、今となっては憎たらしくて堪らない。

『万物を受け入れ惜しみない愛を与え続る、最上の愛を持ちながら、数奇な運命を辿る男』キャッチコピーだけで察せる幸の薄さ。一瞬、神か何かかとも見間違えてしまう程の壮大な言葉達。それがアガペーである源愛なのだ。そして諄いようだが俺なのだ。

『数奇な運命』とは言葉を変えれば『自爆を約束された』とも言える。何をしても不幸、何もしなくても不幸。ネタバレもくそもない。不幸でない道を探す方が難しいだろう。全く残念でしかない。

それは『今日も災厄背負ってる?』『いいや今日はピヨってる』なんて言葉がハッシュタグのトレンド入りする程だった。

キャラクター人気最下位の源愛は、その境遇にも関わらず特殊層からは絶大な人気を獲得していた。その要因は、中性的で守ってあげたくなるような容姿も過分に影響しているだろう。

プロフィール画面に描かれた姿は、ミルクティー色の明るい髪に、毛先だけがカール掛かったボブ。前髪の合間から憂いを隠し切れない、若干垂れ目で溝の深い二重から覗かせる淡褐色の瞳が、物欲しそうに見え、途端に見た者の庇護欲を煽る。そして儚げな憂いを一層演出する、すだれ睫毛と左目の涙ぼくろが源愛最大のチャームポイントだ。不穏な雰囲気を漂わせるキャラデザも抜かりなく、明るい髪に隠れた頸には、ピースマークを反転させたような不吉な痣が生まれた時から刻まれている。

その駄々漏れる儚さは、持っていない筈の俺の母性を擽った。それはきっと主人公であるヒロインにも例外では無いのだろう。日本人では到底有り得ない様相、しかし源愛は正真正銘の日本国籍を持つ日本人。羨ましい限りのご都合日本人だ。

設定上の性格はおっとりして、包容力とある。そうだよね。それ以上の言葉は全く思い付かない。しかし当事者になってしまった俺からすれば、そんな言葉で片付けて良い物ではない。アガペーにおいて、一番厄介なのが源愛の性格なのだ。

とにかく放っておけない。見ていると心配で堪らなくなり、構いたい欲を刺激される。しかしどんなに心配しても、源愛の事を想っても、決して『特別』にはなれない。意図せず万物の『構いたい』を『強烈な嫉妬』と『底知れない憎悪』へと変えてしまう。それが源愛には理解できない。そして全てを受け入れる。

俺は他のゲームなど当然知らないが、源愛は基本的に喋らないキャラクターだった。素人目でも攻略対象として到底成り立つとは思えなかったが、源愛はゲーム序盤、微笑むだけでストーリーが進んでゆく。全く喋らないのだ。プレイヤーは、向けられる微笑みの絶妙な機微を察しながら攻略しなければならない。そのチャットゲームにおいて規格外とも言える性格は、後に学院で多くの学生から好感と反感を呼ぶ。

クラス内の対立は次第に学院中の分裂を生み、沢山の人間の青春を奪ってゆく。しかし渦中の中にいる筈の源愛は静観の姿勢を崩さない。誰にでも手を差し伸べるが、絶対に誰かを選ばない。その内、好意が悪意に変わり、悪意が好意に変わる。それでも、源愛は変わらない。善人や悪人の区分が無い源愛は、その後も新たな火種をポンポンと量産してゆく。攻略対象である事が疑問に思える程に、素知らぬ顔で受難をばら撒き続ける。

恋と青春のアフロディア16+は剣も魔法も存在しない世界観だが、そのある種の禍々しさは魔王のそれを彷彿とさせた。正に厄災の権化。天変地異の申し子。

至極当然、源愛は悪だと思うだろう。俺も最初はそう思った。しかし不本意にも源愛になり、本編以前の記憶がある今なら分かる。それこそが、運営の考える『数奇な運命』なのだ。と思いたい。

擁護になるが、あくまで源愛は微笑んでいるだけなのだ。何もしていない。本当に神経が波立つくらい何もしない。周囲が、善し悪し関係なく察して動いているだけでしかない。故に厄介がすぎる。

そして源愛の性格は結局、最後まで変わる事がなかった。最後まで。

冤罪で逮捕されても微笑み、家を放火されても微笑み、家族を奪われた時でさえも微笑みを崩さない。

何よりも悍ましいのは、それが決して作り笑いではないという事だ。源愛は心の底から微笑んでいる。

涙さえ流さずに。


前世で残念ぎみな男が、別の世界で残念な男になってしまった。

他者から見れば大差無いだろうが、当事者の俺にとっては死活問題だ。何故よりにもよって源愛なのか。外面が良くても、イケメンで超不幸な人生か、ブサイクで不幸ぎみな人生か選べるとしたら、俺は迷う事なく後者を選ぶ。いくら何でもそこまで単細胞ではない。

人が選べないなら、建物や落ちている石ころでも良かった。それくらいには、避けたいキャラクターがアガペーの源愛なのだ。




「愛」

布団に深く潜り、青ざめながらぶつぶつと呟いていた俺に対し、ふさえが布団を摩りながら優しく呟く。今、視線を合わせてしまったら俺はどんな顔を見せてしまうんだろうか。もう心配させたくないと思うが、それを伝えたところで余計心配させてしまうだけだろう。

「愛」

静かに顔を覗かせる。すると数刻前と変わらない笑顔がそこにはあった。

「もうすぐ、友誠くん来るってよ」

「···ゆう、せ···い·····?」

なんて事ない言葉が、急に悪魔の囁きのように聞こえた。ゾクりと背筋に悪寒が走った。会いたくない。思わずそう叫びそうになった。


何故なら、友誠の人生を狂わせたのは他でもない俺なのだから。





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