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ちんポジしくって魔王に負けたら甘すぎる恋がはじまった話

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「何故だッ!?何故、貴様はッ·····私では全力を出すに価しないと言うことかぁあ”あ”!!」

地面が不自然に抉られ、崩れかけの古城には既に二つの生命しか存在していない。足元には、数刻前まで人間だったもの、魔物だったものが混ざり散らばり、赤と緑の禍々しい絨毯をつくった。地面を踏み込む程に、ぶちゅっぶちゅっと肉の花火が飛び散る。むずむず。それは、醜く身体に枷のように纏わり付いた。

「答えろぉぉおおお”お”お”お”」
「··············ッハァバァッハァ」

アダマンタイト製の鎧が鋭い光線に貫かれ、鮮やかな鮮血が一瞬で肌着の白を染め上げる。武装が剥がれ、軽くなった筈の身体は事実に反して酷く重い。節々が小刻みに震え、まるで笑壺に入ってしまったかのようだ。痛みなど既に感じない。残るのは、全身に渦巻く熱と執拗に付き纏う気持ち悪さだった。左腕は筋が既に切れ、飾りのようになってしまっている。むずむず。最早、相棒の大剣を杖にしないと地面に立ち上がるのもやっとだった。しかし、そんな絶体絶命の状態でさえ勇者、アルフレッド=アーダムは立ちはだかる最大の強敵を前に、底が抜けたような清々しい笑顔を浮かべていた。

「ははっ···はっ·······ッハッハァァアアア”ア”ア”ア”ア”ッ!! 」

目の前には、悠々とまるでそこに地面があうかのように宙を立つ漢。その光景は、嫌でも瞬時に脳裏に焼き付く。何故ならば、その漢は途方もなく強く、そして見惚れるほどに美しかったから。

陶器のような何処か冷たさを宿す端正な顔立ちとは裏腹に、目の前に浮かび上がる漢は、閃くインディゴの瞳を闘志に染め、表情には迸る熱が帯びている。濃紺の髪は方々燃え散る火花によって、宝石のような輝きを放った。その明媚な美しさとは似つかわしくない、劈くような大喝は、容易に魔王のそれを思い起こさせる。その半身に魔族の血を宿したばかりに、世俗に悪の根源と呼ばれ忌み嫌われた男。神にさえ見放された。魔王、バウスゴール=ダンメルフ。

惨劇が広がる中、二人の表情は何処か晴れやかで、自らの生死をかけた争いを、心の底から噛み締めている節さえ感じる。

「·····私は楽しいんだ、楽しいんだよ。アルフレッド=アーダム·····久方なんだこんなに楽しい事はっ!」
「···············ッ····(私だってっ)」
「貴様は違うのか、この血の滾りを貴様は楽しいとは言わないのか·····勇者アーダムよっ」
「···············ッ····(違うんだ、魔王ダンメルフっ、私だって楽しくて仕方が無いんだ)」

刹那、アルフレッドの傷は綺麗に消え去り、今までの事が全て幻だったかのように呼吸が楽になる。しかし、心労は消える事なく着実にその身を蝕んでいた。

「塩梅をみる小賢しい戦いはしてくれるなよ」
「··············ッ····(違うっ、私は全力なんだっ)」
「私を失望させるな、勇者アーダム!片膝上げろ、肉片に成り下がるまで私の前に立ちはだかれ!その度、貴様を生き返らせよう」
「··············ッ····(違うんだ違うんだよっ、ダンメルフ!!)」

魔王を撃つ、今日というこの日の為に各国と同盟を結び、七年という途方もない時間をかけ旅を続けてきた。師との別れ、友との出会い、祖国の裏切り。怒涛のように押し寄せる困難にも折れず立ち向かい、気が付けば勇者などと呼ばれるようになってしまった。一歩ずつ着実に、歩みを続ける中、疑心も生まれるようになっていた。本当に争わなければならないのか?種族で理解し合う事は出来ないのか?愛国、ブライゼル連合王国は小国ながら魔族を滅ぼす為につくられたと言っても過言ではない。アルフレッドは人類の存亡をその身に託されたのだ。

悲しみと喜びを目まぐるしく繰り返し、アルフレッド=アーダムは今、この地に立っている。

「魔王ぉぉお”お”······ダンメルフッ!!········ハァ、ハアァ、貴殿と対峙出来たこと、我人生の誇りとさせて頂こう!!」
「戯言を抜かすなぁあ”あ”貴様はまだ本気を出してなどいないッ」
「····ッハァ、バァッ、」
「こんなものでは無いはずだ····」
「······ハァ、バァッ、ハァ」
「············戦え、勇者アーダム」

大剣がカキンッカキンッと風の刃を弾く。空気がある限り生み出されるそれは、急所を避けながら日に焼けた小麦色の肌を斬り付け、着実に血を抜いてゆく。遂に決心をするアルフレッド。死角を狙うそれを、磨滅を伴いながら相棒である大剣に無数に纏わせ、大きな旋風の刃を生み出す。柄を力強く握り締めた両腕はミシミシと肉と骨に悲鳴を上げさせ、鮮血を飛ばした。目眩を伴う最初で最後の一振りは地上にある、ありとあらゆるものを巻き込みながら、空をも切り裂く。それは、気魂しい音を立て結界を纏ったバウスゴールの濃紺まで届いた。油断の先にある、一髪に魔力が宿る毛先の束を瞬きの間に、スパッと刈り落とす。キラキラと輝きを放ち舞い散ってゆくそれは、優雅に夕陽と馴染み、恨めしそうに消失した。

「ハアッ······ッハァ···バァッハッ」

魔法を呼吸をするように自在に操るバウスゴールと違い、アルフレッドは大剣を泥臭く振り回す事しか脳がなかった。計算も企みも無いその太刀筋は魔王をも翻弄し、この数刻で知らぬうちに称賛さえ与えていた。しかし幾ら強い勇者と言えど、所詮人間。むずむず。一瞬で傷を治癒する魔王とは違い、幾度治そうとも、たちまちアルフレッドはボロ切れのように成り果ててしまう。魔王の魔力ならば既に地面で、すり身になってしまった肉片の再生などわけもないだろう。それほどの戦力差でアルフレッドは一人立ち続けていた。とっくに覚悟など出来ている、恥を忍んで負け惜しみを言うならば、万全な状態で戦えなかった事だろうか。アルフレッドは静かにギチりと苦虫を噛んだ。

「ッハァハア····最早、悔いなどないっ」
「何を言っている、立ち上がれ。こんな幕引きなど許されぬぞ」

瞬きをする感覚で再び治癒魔法が発動される。優しい光がアルフレッドを包み込み、浸る間も無く傷を治してゆく。しかしそれもある一点を除いて。全てを振り払うように、限界を疾うに越した自身の身体を強く抱きしめ、地を見つめる。そして首を静かに横に振った。むずむず。その表情からは既に晴れやかさは感じられない。

「·······貴殿の治癒では駄目なんだっ」
「何を····言っているっ」
「駄目なんだ魔王ダンメルフ······」

謀っているのかと一瞬疑念したバウスゴールだったが、視線が絡む琥珀の目に悪巧の色など微塵もなく、ただ強い覚悟を感じるだけだった。しかし、それが魔王の激昂をふつふつと誘う。  

「なっなんだと···!?エリクサーをも容易に生み出せる私の魔力でさえも治せぬ病に罹っていると言うのか貴様は」
「···············」
「言え勇者アーダム!」
「···············」
「そんなっ···そんな状態で私の前に生きて立ち続けたと言うのかっ··········」

義心を抱きながら、アルフレッドのステータスを表示させる。精神の乱れのせいか、その文字は酷く歪んでいた。しかしそれも、ある男文字を視界に捉えた瞬間、バウスゴールは大きく目を見開く。思わず自身の中心をギュッと押さえてしまった。


『!!チンポジ違和感MAX!!』


すると突如、忌わしい魔法陣が光を放ちアルフレッドの足元に浮かび上がる。反射的に大剣の柄で踏ん張り、思い切り宙に飛び上がった。しかしそれも既で間に合わず、地面に派手に転がったアルフレッドは全てとの決別を覚悟する。そして強く瞼を瞑り、最後の願いを乞うた。

『死にたくないっ死にたくないっ!!』
『あぁこんな気持ち悪さを感じたまま死にたくない』
『もっと、もっとダンメルフと戦いたいっ』
『出会う場所さえ違えば、きっと掛け替えのない友になっていただろう。もっともっとっ』

しかし待てど暮らせど、一向に身が弾ける気配はない。アルフレッドは恐々片目を開けると、そこには予想に反し、驚愕の表情を浮かべながら艶やかな履き物を泥に汚し、地面に立ち尽くしていたバウスゴールの姿があった。意図せぬ所で、今この瞬間にも開心術式パシフィメンストにより、アルフレッドの思考が毒々とバウスゴールの脳内に流れ込んでくる。

「なっなんだとっ············」

『旅を続けながらの筋力強化に基礎体力の向上。HPも倍以上に上げてきた。食生活にも気をつけ、疫病も大怪我さえももねじ伏せた。今日だってポーションも毒消しも用意し、最高秘薬のエルクサーまでも王から直々に下賜して頂いたのに。補助魔法も限界まで掛けてもらっていた。なのにっそれらのカラ瓶は既に地面に散らばり、キラキラとその身を主張している。誰がっ誰が、予想出来ようかっ如何なる怪我や病をも治すポーションも、人命をも蘇らせるエリクサーでさえも········』

「私は悔いなどない!!!! 『 ちんポジ に効かないなんてッッ!!!!』」
「許さぬぞ!!勇者アーダムッ!!!!」
「貴殿との一騎打に最早一遍の悔いもないッ!!!!『ちんポジ に微塵も効かないなんてッッ!!!!』」

逆上を含むバウスゴールの叫びはアルフレッドに届く事はなかった。度重なる想定外の出来事に、バウスゴールの精神は派手に乱れ、膨大な魔力が暴走する。それは、目が眩むような光源となり一瞬で辺りを包み込んだ。アルフレッドの心は既にボロボロだった。死を望んでいるわけではない。ただ、少しばかりの休息を。目が覚めた時、一体どんな景色が広がっているのだろうか。悲劇か喜劇か、期待にも似た感情を抱く鼓動を落ち着かせ、アルフレッドは目の前の漢に静かに微笑み、瞳を閉じた。

その日、歴史上から魔王並び勇者の消失が認定された。
その日、沢山の生類が涙を流した。
その日、人類は魔族からの開放を宣言された。
その日、新たな友情が生まれた。




㋗㋲㋷㋨㋠㋩㋹


強い光に呼び寄せられるように目を覚ます。突然、視界を覆う眩しい日光にアルフレッドは堪らず眉間を中心に寄せた。夢の中にいるような、不思議な浮遊感が全身をゆったりと襲う。傷の痛みは跡形も無く消え去り、身体を襲っていた不調は綺麗に拭い去られていた。いつ眠りについたのかもよく分からない状態で、窓の外の小鳥が呑気に囀っている。空が一切見えないその景色は、自身が深い森の中にいる事を悟らせた。太陽の香りを含んだ布団がなんとも心地よく、ふわふわと再び優しい眠りに誘おうとする。

「起きたのか、アーダム」

柔らかい声が微かに響いた。何処か聞き覚えのある声に導かれるように視線を送る。しかし、そのあたたかい気持ちも一瞬で疑心に駆られた。アルフレッドは、なんの冗談かと我を疑う。目の前には、いつの日か死闘を交えた魔王、バウスゴール=ダンメルフ。その姿があったのだ。

「···········っ····」

アルフレッドに構う事なく優雅に茶を啜り、ロッキングチェアをしならせながら小難しそうな本を読む姿は、どこぞの貴夫人のようにも見える。アンティークの家具に囲まれ、生成りのシルクシャツを身に纏う。金色の留め具で髪を結ったその姿は、簡素な様相にも関わらず、絵画の登場人物のようにも感じさせた。なんとも優美で隙だらけの姿に、勇者も思わず拍子抜けしてしまう。

「貴様は既に勇者ではない。ただの小僧。アルフレッド=アーダムだ。そして私もただの百人斬りの美丈夫。バウスゴール=ダンメルフとなったのだ」

百人斬りの美丈夫·····。顔を見る限り本心で言っているらしい。ならば、そっとしておこう。アルフレッドは布団で口元を隠し、静かに笑いを堪える。あたりを見渡すと部屋中にバウスゴールの魔力がキラキラと漂っている。しかし、それは以前に感じたような殺伐としたものではない。目の前の男は本の文字を追いながらも、気配だけはこちらを気遣っているようだった。

「私は···死んだのか?·····此処は黄泉というやつなのか」
「貴様は···思った以上に·····その···戯け者なのだな······」

自身の事を棚に上げたバウスゴールが、同情を含んだ視線をベッドの先へ送る。言葉の歯切れの悪いところを見る限り、気を使っているのだろう。しかし、慣れていないせいか降ってくる言葉はやけに辛辣だ。起きたばかりで喉の渇いたアルフレッドから、カサついた笑い声が福々と漏れた。

「ははっ······」
「何が可笑しい、アーダムっ死者がこれほど鮮明に会話を出来るわけが無かろうっ·····それに私が己の魔力に破滅するわけがないだろうが······貴様が散々踏み潰した奴らもとっくに働きに出ているぞ········しかし歴史上ではっ歴史上では·····私たちは死んださ」

何処かチューニングのズレ、冗談の通じないバウスゴールに対し、小さな嘘もついた経験がないのだろうと確信する。そして、アルフレッドは静かに疑念をぶつけた。

「····何故、私を生かした」
「·········」
「貴殿ならば虫を潰すのと大差無いだろう、何故わざわざ生かしたんだ」
「·········」
「捕虜にするにしても今のこの状況は可笑しい」
「··············友、なり、ぃと」
「ん?」
「私と友になりたいと言ったのは貴様では無いかッ!!」

思ってもみなかった言葉に、反射的にがばっと半身を持ち上げバウスゴールとの距離を詰める。しかし、それも分厚い本によって防がれた。「イテテッ」赤く染まった鼻先を摩りながらも、アルフレッドの琥珀は爛々としている。

「何故、それを貴殿が知っている??」

そう、厳密に言えば、アルフレッドは言葉を発してはいなかったのだ。目の前の美丈夫はギコギコとロッキングチェアを揺らし、バツが悪そうにわざと派手な音を立てながら茶をズズッと啜っている。ティーカップがガチャガチャと音を立てソーサーに置かれた。なんとなく嫌な予感が元勇者を掠める。幾千の戦乱を潜り抜けてきた漢のカンがアルフレッドの脳内に警報を鳴らした。

「··············開心術を使った」

数刻の沈黙の後、遠慮と同情を含んだ言葉がボソッと呟かれる。瞬く間に目玉がこぼれ落ちそうになる程、目を大きく見開くアルフレッド。墓場まで持って行こうとしていた秘事をいとも簡単に暴かれ、湯気が出そうな勢いで、見る見る内に顔が深紅に染まってゆく。

「貴殿はっ·····貴殿は知ってしまったのか?··········」

ボフンと布団に顔を突っ伏し、モゴモゴと話す元勇者。布団には二点のシミが静かに出来てゆく。幼少ぶりに涙を流れた自身の余りある羞恥に、顔を上げるタイミングを完全に見失ってしまった。本をパタリと閉じ、バウスゴールはその様子を欠伸を噛み殺しながらも口を真一文字に結び、静かに慰めた。

「ふはぁぁぁぁ」

どのくらいの時間が経ったのだろうか。部屋にはオレンジ色の光が窓から立ち込める。等に布団の上の羞恥ジミは消え去り、代わりに涎の小さなシミをつくっていた。そのまま、可笑しな姿勢で眠ってしまったアルフレッド。首を摩りながら呑気に起き上がるも、忘れかけていたある過分な羞恥が再び元勇者を襲う。目を離せぬ先には、インディゴの魔力の粒が布団の上でキラキラと綺麗な文字を作っていた。


『ベストポジションを見つけよ』


「ダンメルフ殿おおぉぉぉ」

その狂騒は、うとうとと眠りかけていたバウスゴールを叩き起こした。バサりと分厚い本が床へ落ち、ロッキングチェアが限界まで仰反らせる。たちまち騒がしくなった室内に、何事かと動物たちが窓を覗き込み、どこか楽しげに騒動を見守った。

「貴様は精神の鍛錬をしろ」
「····ダンメルフ殿」
「そして私と勝負しろっ」
「········ダンメルフ殿」
「肌着を着ないで服を着ると鍛錬には良いらしいぞ」
「············ダンメルフ殿」

まだ、ほんのりあたたかい茶を手渡される。しかし受け取った瞬間、ボコボコと沸騰し始め、視界が湯気で覆われた。「まだ調整が難しい」苦笑いを浮かべながらバウスゴールはふーふーと息を吹き込む。その様子に、ティーカップの色鮮やかなパンジーの絵柄が香りを飛ばそうと楽しそうに咲いていた。カモミールの優しい香りが鼻を掠め、自然と顔が綻ぶ。心情を察したように、バウスゴールは人差し指を宙に向け、『私にだって不得意な事はある』インディゴの文字をベッドの上に浮かび上がらせた。

「アルフレッドと呼んでくれないか?貴殿は···私と友になってくれるのだろう」
「アルフレッド······」
「億劫だったらアルでも構わない」
「アル···では、貴様にも私の名を呼ぶ事を許そう」
「ふふっ·····ありがとう、バウスゴール殿」




㋩㋹㋨㋠㋩㋹


「アル····またなのか」
「···············」
「アル····」

今し方、王都から帰ったバウスゴールの前には、むすっとしながらテーブルに項垂れるアルフレッドの姿があった。本好きが功じ、王立図書館で数日前から司書として勤め始めたバウスゴールは、ぶーらぶらと土産のクッキーをチラつかせる。最早、甘味探しのついでに働いていると言っても過言ではない。そもそも働く必要など微塵もないのだが、アルフレッドが登録しているギルドから近いという理由だけで甲斐甲斐しくも元魔王様はそこへ通い続けていた。

「···············」

機嫌を悪そうにしながらも、視線はそれにまんまと釣られ、琥珀色の瞳を右往左往させる。この頃になるとバウスゴールはアルフレッド限定で、開心術式パシフィメンストを無意識に発動させてしまうようになっていた。自身の魔力の制御など容易かったバウスゴールにとって、それは笑うしかない現象で、自身の欲が体現させたそれに苦笑いを浮かべながらその元凶を優しく見つめる。

「ほら、クッキー食べな」

依然、機嫌を悪そうにしながらも、何処か嬉しそうに口に突っ込まれたクッキーを頬張る甘味限定の食いしん坊。詰め込みすぎて頬が膨れ上がり、福々としたリスのようになっている。

「·····ありがとう『美味しい』」
「良かったね」
「あーん『好きバウくん』」

甘えたようにクッキーを差し出し返す。しかし、それは受け取られる事はなかった。クッキーを通り過ぎた手は、アルフレッドの頬に付いた甘みまで到達する。柔らかい指の腹でこそぎ取ると、バウスゴールは見せ付けるようにゆっくりと口まで運び舐めとった。そして、チュッとあからさまな音を立て微笑む。それは今、頬張っているクッキーよりも遥かに甘い。その甘美な表情に、アルフレッドは砂糖菓子のような妄想を抱いてしまい、頬を桃色に染めながら目を泳がせる。

「美味しいね?」
「ゔうっ『ずるい格好良すぎる』」
「今日はどうしたの?」

毎日バウスゴールの帰宅後、おこなわれる甘いひと時。夕食前にお腹いっぱいになってしまうと分かってはいても、甘え、甘やかしで二人はどうしてもこの日課をやめられなくなっていた。

「一日どうしていいか分からなくて、今日だって受付のマルカに何回怒られたと思う?『まだ働きはじめて二週間の女の子に注意散漫って怒られたんだ·····顔すっごい怖いし。ギルド長も見て見ぬフリするし·····』」
「················」
「バウくん、もう俺は駄目だ。どうしようもない奴なんだ俺は。『甘やかされたいっバウくんにでろっでろに甘やかされたいー』」
「················」
「俺の平穏はもう戻ってこない『バウくんこっち来てぎゅーしてよー』」
「················」
「神はいつまでたっても見失ったままの俺を見放してしまったんだ『もうやだ。言ってたらまた気になってきた。んん、くすぐったいよー』」

クッキーをサクリッサクリッと齧りながら呟くアルフレッド。眉を八の字に下げ、その表情には悲哀さえ感じられるが、本音は駄々漏れ、止まらない。しかもそれらしい言葉を使ってはいるが、理由はアレなのだ。バウスゴールはグーを強く握り締めながら必死に口元を隠し、肩を揺らさぬよう耐えていた。

「·············ッグフゥ·····」
「バウくーーーんッ!!」

たまの休日、アルフレッドはバウスゴール本人に閉心術を習っている。しかし、そもそも魔力量もあまり無く、魔法自体も得意でないアルフレッドが格上の開心術に抗える筈も無く、事後報告のように本心を読まれる日々を過ごしていた。

「アルフレッド」

芝居がかった声色でアルフレッドの前に跪き、両腕を広げるバウスゴール。図書館の読み聞かせで子供たちに読んだ物語を真似たそれは、簡単にアルフレッドの頬を更に染め、言う事を聞かせる。唸りながらも目の前の誘惑に抗えず、ぼふんと胸に飛び込んだ。バウスゴールは腕の中で大人しく口角に付いたクッキー粕を、ぺろりと舐めとり媚態を示す。

「··········っ···『こんな魔王ずるすぎるっ』」
「元だよアル。それにもうアルのバウスゴール=ダンメルフなんだよ」

味を占めた大袈裟な芝居は、そう簡単に閉演される事はない。

「アルの魔王様にならなっても良いけどね」
「··········っ···『ずるいずるいっ』」
「全部脱いじゃえば良いんじゃない?」
「··········っ···『あああぁぁ』」
「どうする?」
「··········っ···『ゔゔうぅぅ』」

わざと甘い誘惑を含ませ主導権を握らせるバウスゴール。腕の中にはぐるぐると自身と格闘するも、既に答えを出しているアルフレッドがいた。この時には違和感など等に消えていたが、勿論バウスゴールがそれを教える筈もない。

「教えて?」
「······『っずるい大好き』」
「アル?」
「······手伝ってくれるなら『あぁ好き大好きすぎておかしくなりそう』」

バウスゴールの膝の上でトップスのタイを外してゆく。その手は微かに震え、期待が過分に込められていた。

「いいよ」
「······バウくん、お風呂湧いてる『はやくっはやくはやく』」


ザブーーーーーーン
湯の量が一気に上がり、突然の転移に驚いた大波が床に溢れ流れてゆく。濡れた二人の服が湯の中で絡み合い、堪らず唇が重なり合った。互いを貪り合うような口ずけに、体温が一気に上がる。アルフレッドの思考をぼーっとさせる元凶は甘味の残る口内を掻き回し、粘度の高い唾液が湯を混ぜ合わせた。口内の甘味を味わう度に、ぴちゃぴちゃと淫らな水音が浴室に響く。それは二人を更なる快感に急かした。

「んっ···ふ········んん『すきバウくんだいすき』」
「相変わらず、背中弱いね」
「っん·······んふぅ·····んんー『きもちいあまいバウくん』」

急所をスーっと撫で上げられ、揶揄うようにそっと囁かれる。腰が自然と逃げようとするも、背後の湯を岩のように固められ早々に逃げ場を失った。大きな手に優しく濡れたビターショコラの髪をかき上げられ、湯が伝染したように長い指先から滴り落ちる。喉の奥が一瞬一瞬を味わうようにぎゅびりと鳴った。服から透ける白い肌がアルフレッドの脳を酷く酔わせる。執拗に触れてこない焦らすような所作に、無意識にバウスゴールの服に手をかけていた。

「ああッ·······ッ···だめぇえ『これじゃないっ』」

しかし、なんの前触れもなく湯がスライムのように緩んだ後孔に入り込む。突然の温かい質量に、ふるふると震えながらバウスゴールに非難の視線を送る。しかし意思とは反し、力無く結ばれた口からは甘い声が漏れ続けた。既に知り尽くされたアルフレッド急所はスライムにさえ簡単に暴かれ、力の入らなくなった脚が羞恥に構わず段々と開いてゆく。

「·····ふぁ、んんっ······じゅ、ん···び自分で、できるよぉ『バウくんがいぃ』」
「じゃあ、見せて?」
「·········ッ···んんー『バウくんにやってほしいのにぃ』」

バウスゴールの言葉を合図にスライムは消えるも、体内に残った湯はアルフレッドの腰を簡単に揺らした。期待していたものとは違う言葉に、身を黙しながらゆっくりと自身の中指を咥え込む。ゆっくり抜き差しを繰り返すものの、やはりそれは、アルフレッドの欲しいものではない。服が肌に張り付き動きを制限するも、腰がもどかしさに耐えられず派手にふるふると揺れ、身体の内側が自身を拒否するように、指をぐにぐにと押し返した。

「····バウくん『ほしいよぉ』」
「もっと見せて?」
「うぅん『バウくんがいいのにぃ』」

いつまで待っても欲しい言葉がもらえない。堪らず視線を送るも、そこには意地の悪い顔しかなかった。無理矢理、指を増やし根元まで咥え込む。ぐちゅぐちゅと中を広げるように動かし、欲しい快楽を待ち望んだ。火照りが止まらぬ後孔を誘うようにバウスゴールに見せつけるも変わらぬ微笑みしか返ってこない。余りの切なさにおかしくなりそうで、アルフレッドは涙を我慢できず下を向く。

「気持ち良さそうだね」
「······バぁ、ウくぅん『バウくんじゃなきゃやなのにぃ』」
「ん?」

狙っていたかのようなタイミングで、インディゴの瞳がギラりと輝く。それは上品な容姿からは想像出来ない程、野蛮な雄の目をしていた。まるで視線だけで犯そうとしてくるそれは、琥珀と絡んだ瞬間、アルフレッドを悶えさせ、自身の指がバウスゴールのそれに思えて仕方がなかった。錯覚のような快楽が全身を襲う。大きく跳ね上がった反動でジャブンと湯が周囲に飛び散り、甘い熱を撒き散らす。触ってもいないアルフレッドの陰茎からは、どくどくと飢えた粘液が溢れだし、湯を通じてバウスゴールの身体に纏わり付いた。それは浴室の照明を浴び、下品なテカリを放つと二人の欲心を誘う。

「ばぁ····ッ····ああッ『イキたくないのにっ』」
「見られてただけでイッたの?」

抑えきれなくなった欲望を叶えようと、自身に入れていたふやけた指でバスタブに力一杯捉まり、催促するようにバウスゴールの陰茎に擦り付ける。そこには最早、羞恥や建前は存在しない。ただただ目の前の魔王様が欲しくて堪らなくなっていた。

「····よんっ、ぇるっ、くせ···にぃ·····『はやくはやくぅぅ』」
「うん」

バウスゴールの瞬きと共に、肌に張り付いた服が酸を浴びたように溶けてゆく。ヒクヒクと音が聞こえてきそうな程に駄々を捏ねたアルフレッドの後孔は、鋭い熱を捉えた瞬間、ぶるりと震え咥え込もうと画策する。荒い息を噛み締めたバウスゴールに、悶える腰骨を押さえ込まれる。待ちに待ったそれは、ぐちゅりと淫乱な音を立て、湯と共にゆっくりと潜り込んできた。

「ばあっ····ぅう、うゔ····『うれしいすき』」

湯よりも遥かに熱い雄心を放出させながら、粘膜を押し除けバウスゴールが奥へ奥へと突き進む。ぐぢゅぐぢゅと粘膜の壁と肉欲が幾度も擦り合わされ、脳の芯までをも刺激した。急所の背中を同時にわさわさと擽られ、震えを伴う過分な快感がアルフレッドの全身を襲う。余りの甘さに意図せず、ぬぷぷっと追の先走りが放出される。体内は待ち望んでいた愛欲でギチギチと限界まで埋め尽くされた。愛しい苦しさを逃すように、赤く染まった唇をバウスゴールのキメの細かい首筋に吸い付ける。

「あっ····あぁ、ばあぁ·······『バウくんきもちいぃぃ』」
「どっちのが気持ち良い?」
「バウくん···にぃ、きぃ·····まっ、って、ああッ『いじわるぅ』」

繋がったまま、湯気で湿った唇を重ね、舌をも繋げる。それは甘さという毒にも似た刺激を与え、バウスゴールをギラりと煽った。服の破片が湯を優雅に泳ぐ。臀部を大きな手で押さえ込まれ、ぐにぐにと最奥をほじくられると、繋がった口内から悶えの息が漏れた。ピチピチと腹部を跳ねるアルフレッドの鈴口からは、糖度の高い先走りが吐き出され続ける。過分な快楽が鈍い痛みを携え、赤を更に赤く染め上げた。抜き差しが繰り返される度、律動が大きな波となりバスタブの湯を冷ます。しかし二人の体温は上がり続け、のぼせるほどの快楽を叩き付けた。

「見て?アルのせいでお湯がこんなになっちゃったよ?」
「ごっ···めん、ぁなっ·····さあ、いいぃ『バウくんのせいでしょ!!』」
「ふふっ」

湯に白濁が混ざり込み、ぷかぷかとマーブル模様をつくる。バウスゴールはそれを楽しそうに掬い上げ、掌に付いた子種をでろりと舐めとり、愛おしそうに「甘い」と呟いた。それは、いとも簡単にアルフレッドを更なる放出を促す。水気の多い粘液がビクビクと波打つ陰茎から溢れ出し、瞬く間にバスタブに馴染んだ。それは減った筈の質量をかさ増しし、更に湯を濁してゆく。キュッキュッと力の入ったアルフレッドの爪先がバスタブの底を擦り上げ、服の破片が花弁のように浴室に散らばり続けた。

「こんなにしちゃってごめんね?アルフレッド」
「ばぁ·····うぅくっん·····ばあ、くぅ、んば·····うっ、くんッ·····」
「ん?」
「きっ、きも、ぢぃ·····っい·····イく、イッて、っる·····ばぁ、ううっ」
「一緒にいこうか?」

ガポンッ
突きの衝撃でバスタブの栓が抜け、湯気を巻き込みながらゴポゴポと湯が流れてゆく。突き上げられる度に肉がぶつかり、愛欲で塗れた飛沫を舞い上げた。それはまるで、合図のようにバウスゴールを締め上げ、苦しそうに唸らせる。甘苦に溺れる視界で捉えたインディゴは、眉間に深いシワを寄せ、まるでまだ絶頂を迎えたくないと言っているようだった。その瞬間、全身にピリピリと電流が流れ、伝染したように二人の痙攣を誘う。最奥に感じていた圧が突如、途方もない熱を持ち、体積をもってアルフレッドの体内を埋め尽くした。

「ああっ、ばうくぅん好き···ッ······っす、きいぃ······」
「······アルフレッド」
「ひぐぅ······っ、あうっ·······あっ·······うぅッ!」

数度、奥深くまで腰を叩き付け、己を出し尽くしたバウスゴールが荒い息の中、絞り出すように愛しい名を呼ぶ。その吐息はなんとも匂い立ち、アルフレッドの体内を尚もきゅうきゅうと締め付ける。数刻で甘味の限界を超えた二人はその余韻を噛みしめ、再び熱の引かぬ唇を重ねた。

「はぁ·····ぁ····ばぁう、くぅ、ん····でいっ、ぱいぃ········」
「アル·······『アルフレッド愛してる』」
「············ッ!!」


初めてバウスゴールの本心を聞いたアルフレッド。苦手な魔法を克服できる日も近いのかもしれない。







ちゃんちゃん
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英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

【完結】あなたに撫でられたい~イケメンDomと初めてのPLAY~

金色葵
BL
創作BL Dom/Subユニバース 自分がSubなことを受けれられない受け入れたくない受けが、イケメンDomに出会い甘やかされてメロメロになる話 短編 約13,000字予定 人物設定が「好きになったイケメンは、とてつもなくハイスペックでとんでもなくドジっ子でした」と同じですが、全く違う時間軸なのでこちらだけで読めます。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

同室者の怖い彼と、僕は恋人同士になりました

すいかちゃん
BL
高校に入学した有村浩也は、強面の猪熊健吾と寮の同室になる。見た目の怖さにビクビクしていた浩也だが、健吾の意外な一面を知る。 だが、いきなり健吾にキスをされ・・・?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

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