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頼むからッ!!正しい言葉を使ってくれッ!!

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「だから!何度言ったら分かるんだよ!!」



歌舞伎町のド真ん中、猫が威嚇するような迫力の全く無い怒鳴り声が響き渡る。ナイスタイミングで恐竜が蒸気を噴射する時間と重なった。外国人観光客にパシャパシャとフラッシュで写真を撮られる。

「見知らぬ男女5:5でご飯を食べるのは呑み会とは言わねえんだよっ!!ちゃんと正しい言葉、使ってくれよっ!!合コンって言うんだよっ合!同!コ!ン!パっ!」

先程から力説している勉は本日、院への進級を決めた10人中8人が想像する典型的な大学生である。染めたばかりのアッシュブラウンの髪を振り回し、奥二重の眼を限界まで広げ、自身の前で悠々とスマホをいじっている先日、内定を決めた同級生である望に必死で訴える。

「えーでもお喋りしてお酒呑んでるんだから呑み会じゃーん」

悪気が無いためか、勉を煽っている事に望は全く気が付かない。長めの前髪を画面に垂らしスマホゲームに熱中する。心ここに在らずで答える望に、勉はムキーーになる5秒前の顔をする。

「おいこらっ!人と話す時はスマホいじるのやめなさい!!それに、あれは完全に合同コンパニーだッ!!!!男女が並んで順々に自己紹介をしていき、女性が料理を取り分けてくれた後に席を入れ替る!あれは紛うことなき合コンだあ!!」
「えーー」

取り上げられそうになるのを優雅に回避し、渋々スマホをスーツの内ポケットへしまう。先日、ミリタリーショップで購入したばかりのモッズコートのファー付きフードですっぽりと頭を覆い、シャーシャー煩い勉の声を遮断する。望はコートの両ポケットに手を突っ込み、貼らないタイプのカイロを握り締め、瞳を静かに閉じた。今、この時をもって話を聞く体勢が整えられたのである。

「ごらあっ!!瞑想してんじゃねえぞっ!?しかも今日のお通し1人3000円って何だ!!予約したのは一体誰なんだ!?完全にカモられてんじゃねえかっ!!ファミレスで何食食えると思ってんだ!富豪か!大富豪なのかお前は!?それで言うなら大貧民だよこちとらっ!!」
「えーー」
「それ俺らのせいだわ!ごめんねお兄ちゃん達!」

キャッチをしていたイカつめの兄さんが謝ると、次々にごめんねコールが歌舞伎町中を轟いた。看板の煌々としたネオンも相まって、何の祭りだと外国人観光客がインスタライブをし始める。

「もーうるさいっ!!お前も、えーじゃない!しかも今日のは酷かったぞ!何が飯塚先輩の送別呑み会だッ!飯塚の"に"の字も無かったじゃねえか!」

完全に駄々っ子のようになってしまった勉だが、今年で23歳になる。同い年の望は勉を宥めるように垂れ目を更に垂らし、先程よりもゆっくり話し出すが、それが余計に勉をイラつかせる。

「えーだって飯塚先輩今日の呑み会の前に、彼女出来ちゃったんだもーん」
「はい!早速間違えてますー!呑み会じゃありませーん!合同コンパニーですー残念でしたー!」
「えーだって合コンって言ったら絶対来ないじゃーん」
「俺は何時でも行ってやるぞっ!」
「いや!お前誰だよ!どっから湧いてきたんだよ!」

突然、酔っ払ったホストが望の肩を組み、飄々と話に入ってくる。某バトルアニメか?というほどのメリケンサック並にイカついシルバーリングを両指にはめ、ジャケットの裏地がスカルな風貌に、勉も望も紛うことなきホストを感じる。

「え?マジすか?line教えてくださーい」

望は自身のスマホをひょいっと取り出し、ホストのURLを読み取る。ヒカルさんねーと言う望も、それを聞いていた勉も改めて揺るぎないホストをヒカルに感じた。しかし、ペースを乱されまいと勉がすかさずツッコむ。

「何でお前も乗るんだよ!え?待って、待ってくれよ!俺が可笑しいの?え?え?お兄さんお兄さん!5:5の男女の食事会って合コンだよな?呑み会じゃないよなっ!?」

ホストの肩に掴み、縋るように揺さぶる。時折顔を出す裏地のスカルが哀れんだ顔で2人を見つめ、今時珍しい、スプレーでガッチガチに固められた、いわゆるトサカヘアーのハイトーン髪が揺さぶられた勢いでビヨンビヨン揺れていた。ネオンの光にハイトーンが透け、妖しげな色を放つ。

「や~め~て~これ高い服だから~伸びちゃうから~まだお金全部払ってないから~」
「なー教えてくれよー人生の先輩だろー」

因みに、ヒカルは上京したての19歳である。先輩はお前だアホである。

「俺は合コンでも呑み会でもどっちでも良いっ!!女とヤレればどっちでも」
「そんな身も蓋もない話してんじゃねえんだよ。こっちは真剣なんだよ」

ホスト、ヒカルの言葉に被せるようにして背景にゴゴゴを背負った勉の地を這うような低い声が響き、ヒッとヒカルから小さな悲鳴が漏れる。

「お嬢ちゃんお嬢ちゃんちょっとこっちおいでー」

どうしても納得のいかない勉は、2m程先に居た大きなプラカードを持ったピンクのメイド服を着た呼び込み営業中の女性を手招きしてわざわざ呼び寄せる。胸元に付けられたチューリップ型の名札にはやたら丸みを帯びた文字でめるると書かれていた。

「めるるちゃーん!男女5:5の食事会の正式名称はなーんだ?正解したら豪華商品があるよーさあー答えてごらーん」

半ば誘導尋問である。めるるは顎に人差し指をのせ、上目遣いで首を傾げて困ったようにう~んと唸っている。プロだ。歌舞伎町のド真ん中に可愛いのプロがいる。

「ん~合コンかな~」
「めるるちゃ~んっ!!」

勉の歓喜に満ちた声がよく響く。良かったね~と言うかのように周りにいたキャッチ達から生暖かい拍手が贈られる。因みに勉はずっとシラフである。

「でも~合コンって言うと可愛い子とか格好良い子はあんまり来ないから誘き寄せる時は~呑み会って言うのが常識だよ~逆にハーレムになりたい時はそこそこの子に合コンって言うのも常識なんだよ~」

めるる、可愛いのプロであり、深層心理のプロであった。

「め~るるちゃ~~ん」

すかさず勉の悲哀に満ちた声が響く。方々から、ぶはははとキャッチ達の笑い声が飛んでくる。最早、そこらのパントマイムよりも人が集まっているし、笑いもとっている。そろそろ投げ銭を集めても罰は当たらない程である。しかし当の本人は大真面目なのである。

「て言うか~何でお兄さんそんなに合コン嫌なの~?」
「そうだよなーめるるちゃーん?コイツ可笑しいよなー?」

めるるとヒカルが肩を組みながら直球の質問を投げかける。お前らもう友達なのか?と思いつい、明確な理由が思いつかない勉は出てくる言葉をポンポン言ってみる事にした。

「あからさまな感じが嫌だ、会費高いのも嫌だ、ご飯がたいして美味しくないのも嫌だ、酒弱いのに呑まなきゃいけないのも嫌だ、誰狙いとかいうのも失礼だから嫌だ、必死に話題探して話振らなきゃいけないのも嫌だ、全然喋んない望がモテてんのが嫌だ、望に合コンに誘われるのも嫌だ、望が誰かと楽しそうに話してるのも嫌だ、笑ってる望を誰かに見られるのも嫌だ、呑み会が合コンって分かってるのに望の誘いだと断れないのも嫌だ······」


おやおや、まあまあ。とでも言いたげな、めるるとヒカルがニヤリ顔で口に手を当て、どんどん下を向いてゆく勉の顔を覗き見る。



「それ、俺の事好きって言ってるんだぞ」

ずっと黙っていた望が、普段の大らかな雰囲気からは想像出来ないような鋭い視線を勉に向け、まるで一言一句聞き逃すなよとでも言い聞かせるように、低くどこまでも遠く響くような声で話し出す。

「さっきから言ってる言葉、全部俺の事好きだって言ってるぞ」
「···俺」
「俺はお前の事、ずっと好きだったぞ」
「俺は···」
「お前こそ正しい言葉を使えよ」
「俺···は···」
「俺に伝えたい言葉を使えよ」
「俺も···望が好きだ」



めるるとヒカル含め、周囲から祝福の拍手が響く。外国人観光客は正直なんのこっちゃだが、抱き合っている勉と望を見て、お得意の指笛を連発し、キャッチの兄さんの開いてるのか閉じてるのか分からない目頭はキラリと光る。お決まりのアニメで泣いちゃうタイプなのである。恐竜も蒸気の噴射を連発し祝福する。ほんの半刻の寸劇だが、さながらフラッシュモブのプロポーズである。



「だいたいっお前が彼女欲しいって言ったから····お前院生で俺働くしで離れるし諦めようと思って女紹介しまくってたのに·····ったく···正しい言葉使えよ」








ちゃんちゃん
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