激レア職業のハズレ持ち、現代ダンジョンを無双するー地図しか作れない無能と罵られ、最難関の大迷宮に捨てられたけど、ソロで攻略できるから問題ない

安田 渉

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【第27話】保護

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 高尾山、A級ダンジョン。
 ひとつ分の山の質量が、そのまま塔になったかのような巨大なダンジョン。
 直径10kmにも及ぶ乳白色の石を延々と積み重ねて作られたかのようにそびえ立つ。バベルの塔を想起させる人知を超えた建造物。

 そんなダンジョンに潜り込んで一週間が経過した、第一陣の黄昏騎士団トワイライトギルド一行は、24階層に到達していた。
 ダンジョン内部に潜むモンスターはC、D級が多く。バトルの難易度としてはそこまで高くはない。

 だが、問題はダンジョンの広さにある。

 迷路のように入り組んだダンジョン。
 上へと続く階段を、早く見つけるためには、100名がひと塊になるよりも、分散して道を探した方が効率的である。
 この1週間、10パーティを超える100名の黄昏騎士団ギルドメンバーが、散り散りとなって攻略に挑んでいる。1階層進む毎に手分けして探索し、ダンジョン内部の地図を作成している。
 そのため、どうしても時間が掛かり、攻略は難航していた。

 重く硬い鉄の鎧に身を包んだ『守護者ガーディアン』の男が、焚き火の前で休んでいる。
 ダンジョンに入ってからというもの、時間感覚がない。いつモンスターに襲われるかもわからない危険な環境。身につけた重装備は長距離の移動には不向きで、他のメンバーと比較しても疲労困憊していた。
 パーティメンバーは交代で睡眠をとっている。
 いつまで、この地獄が続くのかと、途方もない旅路に思いを馳せて、精神を蝕んでいる。
 食料も残りわずか。応援が来るのがいつになるかもわからない。緊張状態が続いている。

 まだ若く少年のような面影がある青年は虚ろな目をして、吸い込まれそうな小さな炎を見つめていた。

 すると、炎が風で揺れた。
 生き物の気配。

 何かいるのか......?
 ハッと顔を上げあたりを見渡す。
 乳白色の石を削って出来たようなダンジョンは暗く、飲み込みこまれそうな闇に包まれている。
 ごくりと生唾を飲み込み、立ち上がり、剣と盾を構える。

 何かに見られているような視線を感じる。
 嫌な汗が背中を伝い、緊張が走った。

 シュー......シュー......と、音を立てて無数の影が忍び寄ってくるのを視認。

「起きろおおぉぉ! 大蛇だ!!」

 C級モンスター、大蛇。
 雪のような白い鱗に覆われた蛇のようなモンスター。人間を丸呑みできるほどに大きく、毒を持ち、音もなく獲物に近寄ってくる。戦闘時は凶暴性が高い。

 『守護者』の怒号に眠っていたパーティはすぐに目を覚まし、臨戦態勢に入る。が、音もなく近寄ってきた無数の大蛇にパーティは囲まれており、逃げ場はない。

 一斉に飛びかかられたら終わる......パーティ全員の脳裏に過ぎる死の囁き。
 意を決し、大蛇に向かって踏み出そうとした。
 その時。

 体制を立て直したパーティと大蛇の間に、僅かな緊張が走ったその時、大蛇の後方から紅蓮の炎が渦となって巻き起こった。

「妾の憤怒の劫火で地獄へと帰るがいい!! 地を這う者共よ!!」

 幼い少女の甲高い叫び声が聞こえた。「あーっはっは」と笑いながら紅蓮の炎を撒き散らすその姿は、まるで地獄の番人。悪魔のようだった。
 突然の奇襲に大蛇が動揺し、キョロキョロとあたりを見渡し状況を把握しようとしている。

――スキル発動、<疾走>!

 半数の大蛇が炎に包まれる中、その炎を切り裂くように、緋色と漆黒の閃光が、大蛇の群れの中心に割って入った。

「アクア、奇襲だと言っただろう。叫んでどうする」

 漆黒のコートに身を包んだ暗殺者のような風貌の男が「はぁ」と嘆息する。

――スキル発動、<一閃>!

 スキル発動と同時に周囲の大蛇が真っ二つに斬り裂かれ鮮血の雨が降る。
 凪は、パーティとなった神崎のスキルを<鑑定>し、スキル<疾走>と<一閃>を獲得していた。
 呼吸のあった二人の攻撃により、大蛇の群れは一掃された。

「大丈夫か?」

 神崎は心配するように大蛇に囲まれていたパーティに話しかける。

「助かりました……あの、あなたたちは?」
「応援に来た第二陣だ」
「え、第二陣? いくらなんでも到着が早すぎる気が……」
「ここまで来るのに8時間はかかったな」
「ええ!? たった、8時間……ですか?」

 『守護者』の青年は、驚愕し目を丸くしている。信じられない。
 地図は共有してあったとしても、19階までだったはず。それをこんなに早く第一陣に追いつくなんて。何者なんだ。
 状況を整理できず、困惑しているパーティ一行に構わず、凪は用件を伝える。

「あなた方、パーティを俺のパーティに加えます」
「それってどういう……」

 質問を返されると同時に、凪は自分の後ろを指差した。指が指し示したところには、後続の30名を超えるハンターがいた。
 凪は、ここまで来る間の道中で、<感知>できた迷子のハンターを保護していたのだ。

「道に迷ったハンターを保護しています。パーティへの参加に同意いただければ、俺のスキルでダンジョンの地図を共有します」
「え、地図を? わ、わかりました……同意します」

 疑問を募らせながらも言われるがまま同意し、青年は凪の差し出す手を握り返した。

――スキル発動、<視覚共有>

 一度は自分を追放した黄昏騎士団に自身のスキルを全て共有するのはリスクが伴う。凪は自身が感知しているダンジョンの地図と、上へと続く階段への最短ルートに情報を制限して、視界を共有した。

「え! なんだこれ! 視界に地図が表示されたぞ!」
「それが、俺のスキルです」

 凪の<視覚共有>は、自分と同じパーティに属するメンバーに限り、<ナビゲーション>で形成された視界を共有することが出来る。発動条件は、パーティへの参加同意と身体的な接触。
 大蛇に囲まれていたパーティ一行のそれぞれと握手を交わし、<視覚共有>を行った。

 凪は、更にこっそりと<鑑定>も発動する。パーティメンバーに対して<鑑定>を行なうことで対象の獲得できる。<ナビゲーション>によるスキル獲得のアナウンスは煩わしいのでオフに設定してある。これまでにパーティに加えたメンバーのスキルは既に獲得しており、凪の保有するスキルの数は50を超えた。
 これまで、攻撃スキルがないと嘆いたのが冗談のように、大量のスキルをあっさりと獲得することが出来た。まだ全てのスキルをちゃんとは確認できていない。落ち着いたゆっくりと試していきたいと思う。

「俺のスキルでダンジョンの地図と、上への階への最短ルートを共有しました。視界に表示されるのが少し煩わしいかもしれませんが、慣れてもらえると」
「こんな凄いスキル……あなたは一体……」

 凪は反射的に自分の名前を言おうとしたが、口を紡いだ。
 悪い噂で有名な自分の名前を名乗ることに抵抗を感じる。それに元古巣だ。
 パーティ全体に動揺が走ることが想像できるし、説明をするのも面倒だ。
 まだ黙っていた方がいいだろう。

「今は先を急ぎます。ちょっとまずいことが起きていますので」

 質問には回答せずに言葉を濁した。ただ、まずいことが起こっているのは事実だ。
 とにかく今は一人でも多くのハンターを保護しなければならない。

■■■

 時を同じくして、凪たち一行のように、迷子のパーティを保護している者がいた。
 死臭の漂う、並々ならない雰囲気を放つ、全身黒マントの面々。

「あ、あの、たすかりました……」
「危ないところでしたねぇ~キレイな身体に傷が付くところでしたぁ」
「え? いえ、そんな、綺麗なんて」

 黒いウインドブレーカーコートに身を包んだ黄泉川 久遠よみかわ くおんの言葉に、少しだけ顔を赤らめる魔術師のような風貌の女性がカタカタと震えている。周りには跡形もなく無残な肉片と化したモンスターの死骸が転がっている。圧倒的で、残虐な所業に、怯えてはいるものの。命を助けてもらった感謝の念が入り混じり感情が混線してる。

「オトモダチになっていただけませんかぁ?」

 言葉の意味がわからずに、きょとんとしたまま。彼女の後ろに立つ何者かに首筋を噛まれ、鮮血が吹き出す。意味がわからないまま、表情が強張っていき、何もかも理解できないまま絶叫だけがダンジョンにこだました。

「きゃあああぁぁぁぁあーーーッ!!」

 あちらこちらで悲鳴が鳴り響く。自分だけでなく、他のパーティメンバーも一斉に噛まれた。噛まれた首筋は噛み千切られることはなかった。噛まれていると、ただ、力が抜けていく感覚に見舞われる。しばらくすると、立っていることもままならなくなり、横たわってしまった。動けない。

「大丈夫ですよぉ。安心してくださいネ。ボクが生まれ変わらせてあげますからぁ」

 そう甘く囁く蒼白の顔をした少年が、ニタっと狂気的な笑みを浮かべる。

「アア……アア……」

 身体に力が入らずに横たわる視界に入ったのは、ゾンビのように立ち上がるパーティメンバーだった。

「え……佐々木さん?」

 自分の名前を呼ばれたことに反応したのか、佐々木と呼ばれる男が、こちらを向いた。生気を失い、この一瞬でゲッソリと痩せ細ってしまっている。目の焦点は合っておらず、生きているのか、死んでいるのかもわからない。
 ただ、動いている。

「アアッ! アアアァァ!!」

 言葉にならないうめきのような声を漏らしながら、噛みつこうと、こちらに向かってくる。

「ヒィッ! キャアアーーッ!」
「ああ、ダメですよ」

 灰色の髪をした少年が、そういうと、別の黒マントが佐々木を抑え、ステンレス製のカプセルを額に押し当てた。すると半分に割れたカプセルから呪符が現れる。真っ黒な呪符に蛍光イエローの文字が浮かび上がると、血に飢えた獣のように迫ってきた、佐々木だった何かが大人しくなった。

「アナタ、まだ生気を吸い取りきれてないみたいですネ。汚れた魂が残っているから亡骸に襲われそうになるんですよぉ。すぐに解放してあげますからネ」

 血のように赤い瞳が優しい慈悲に満ち溢れている。

「ぎゃあああああぁぁぁぁ!!」

 頭をポンポンと撫でて、背を向けて立ち去ると、待っていましたと言わんばかりに黒マントの軍勢が押し寄せてきた。深くかぶったフードの奥から蛍光イエローの輝きが放たれている。

「オトモダチになりましょう」

 押し潰されるように生きた者に群がる。
 動く死体。
 生気に飢えた、空っぽの身体が。空の魄が。
 魂を求めている。
 魂を求め動く死体。キョンシーの軍団。

 キョンシーに噛まれた者は、生気を吸われ、生気を求めて動く死体となる。
 額の呪符によって、久遠の意思を感じ取れるようになる。

「このダンジョンは、いいですネ。沢山の汚れた魂から解放できそうだ。ボクがキレイな魄にしてあるヨ」

 そう呟く久遠は、いくつもの細かい針が束になった一本のハンコ注射を取り出し、自身の胸に突き刺す。注射器の中の青い液体がみるみる内に減っていき、久遠の身体に注入される。

「アヒャハハハアアァ~……みんな、大変な思いをしてきたんだねぇ……まだ、まだまだ、ボクは、沢山、オトモダチをぉおお!! ……アヒャアアァ~~」

 瞳孔が開き、大きく見開いた瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。そして、天を仰ぎながら呟き続ける。「つらかったねぇ」「くるしかったねぇ」と。
 それは、まるで呪いのように。

 悦に浸っているのか、うっとりとした表情は恍惚に満ち溢れている。
 すると、一匹のねずみが久遠の肩にキュッキュッと乗ってきた。ねずみの額には小さな呪符が付いている。

「アア……小さいオトモダチ。次のオトモダチ候補を見つけたんですネ。ウウゥゥ……すぐに行きますよ」

 だらんと力の抜けた体勢になって、ずるずると歩みを進める。
 久遠の後ろに、先程のパーティ一行も『オトモダチ』に加わっている。

 死を司る軍勢がダンジョンを上へ、上へと、進んでいく。
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