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【第11話】 地下大迷宮 - 第10階層
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EX級ダンジョンに入り、1週間が経過した。
一条凪は、ダンジョンに入ってからというもの、安らぐ時間などひとときもなかった。いつ襲われるかもわからない環境下。そして何より、自らの危険よりも妹の海未の安否が気になる。俺が帰らないことで心配していないだろうか、両親を失い天涯孤独になってしまったと、悲しんでいないだろうか。海未を思うと胸が張り裂けさそうになる。
携帯食料は底を尽き、狼に似たD級モンスター、グレーハウンドの肉を食べて過ごしている。ストレスのせいか、味がしない。ボソボソとした肉の食感だけが口に広がり、強引に飲み込む。生き繋ぐだけならば問題ないのが救いだ。食料の問題は解決されたと言ってもいい。
短剣の熟練度も上がってきている。今では、グレーハウンドのようなD級モンスターであれば瞬殺だ。経験値が溜まってきたのか、身体の動きも洗練されてきている。
熟睡できていない上に、このストレス環境下で髪は潤いを失くし、肌もざらざらとしている。唇も切れて痛い。頬もこけ、目も落ち窪んでいる。が、不思議と身体はよく動き、成長を感じている。筋肉も付き始めている様に感じる。きっとこの先も、見た目が別人に変わり果てていくのだろう。直感でそう感じた。
たとえ、見た目が変わろうと関係ない。たとえ、四肢が千切れようと、必ずこのダンジョンから脱出する。必ず海未の元に帰る。そして、全ての元凶である烏龍をこの手で潰す。必ず。
復讐というモチベーションだけで生きている。
洞窟に似たダンジョンの階段を降りていく。足取りはそれほど重くはない。この一段一段降りていく階段。一歩一歩、出口に向かっていると思えば、一縷の希望であれ、すがることができる。
おそらく地下10階であろう新層に辿り着いた。
――スキル発動、<探知>
これまでフロアボスのような強力な敵はいなかった。が、どうやら階層にはボスが居るようだ。ボスが佇むような空間を探知できた。初めてのソロでのボス攻略。
――スキル発動、<探知>
より詳細の情報を得るために、<探知>を繰り返す。
ボスは、C級モンスター、オーガだ。しかも3体。
フロアボスの存在を確認した時に、真っ先に頭に浮かんだのは、倒したらどれほどの経験値を得られるのかという疑問だった。自分でも意外だ。不思議と恐れはなかった。
確実に成長している。この1週間の経験が自信に繋がっていると感じた。
それでも油断は禁物だ。
今まで、調子づいたハンターが、痛い目を見てきた光景を痛いほど目にした。自分がその二の舞にはならないように、今一度気を引き締めないといけない。
俺は変わらず最弱の一ツ星ハンター、『案内人』なのだから。
<探知>でフロアボスまでの最短ルートを洗い出す。この作業も慣れたものだ。忌み嫌ったこのスキルがなければ、この大迷宮で生き抜くことは難しかった。まさか、自分のスキルに感謝する日が来るなんて……
ボスとのバトル前に消耗する必要もないので、フロアボスへの最短ルートを進んだ。特に問題なくフロアボスの佇む部屋の前に到着した。
「ふぅ~……」
このEX級ダンジョンに入るまで、C級モンスター3体をソロで討伐することになるなんて微塵も思わなかった。ボスの扉の前に立っていると、緊張しているのか鼓動が耳で聞き取れるようだ。かつての自分であれば、この状況に絶望していたのかもしれない。だが今は、成長した自分がどれほど通用するのか楽しみですらある。
「……いくか」
扉を開けると、やはり3体のオーガが待ち構えていた。心臓がとび跳ねる。
オーガ。戦闘に秀でた人型モンスター。2mをゆうに超えるでっぷりと太った巨体。それでも鍛え抜かれた筋肉が脂肪の下から浮き出ている。人間の大人の頭をトマトの様に握り潰すほどの怪力を持っていると言われている。全身やや緑がかった皮膚に荒々しい入れ墨が強さを誇張している。
個体によって異なる装備をしている。脛当てや籠手、肩当て等、鋼鉄を身に纏っていて、少なからず知性が伺える。強奪したであろう大剣は、手入れがされておらず、知性とは裏腹に獰猛さを象徴している。
オーガたちはすぐに凪の存在に気づき、歯を剥き出しにしてこちらを見据えている。
「オオオオオォォォォオオオォオオォオ!!」
D級モンスター、グレーハウンドとは比べ物にならない威圧。怒りに満ちた覇気が、襲う。
勝算はある。
右手には全てを燃やし尽くすような劫火の如き龍の短剣。
そして、左手には前のフロアで手に入れた新しいA級武器、ヒュドラの短剣。全体を薄紫の鱗で型どられ、水蛇を想起させる。研ぎ澄まされた刃は、面妖な淡青。
ダガーを持った両方の拳をオーガに向けて突きつける。
ここまでの道中、小さめの盾を片手に持つか迷ったが、両手にダガーを持つ双剣のスタイルにすることを選んだ。ただでさえ攻撃力が低いこの職業。攻撃に特化することで補わざるを得ない。その代わり、防御はA級装備とフットワークに頼ることにした。
飛び掛かってくるオーガの攻撃をひらりと躱し、相手の懐に入り込む。そして、空いた腹めがけ真紅のダガーを振り抜く。その瞬間、ダガーに魔力を込めると、切っ先から炎があがった。ここまでは、慣れた動作だ。スピードだけならグレーハウンドの方が上。
炎に驚いたオーガは、態勢を立て直すために少し引いた。脇の切り傷からは血が流れているが、致命傷には到らない。まだ先は長そうだ。攻撃を喰らってもオーガの勢いは変わらない。
武器の熟練度が上がってから気づいたことがある。
ハイクラスの武器には魔力を込めることで、その武器の本来の力が使えるようになるようだ。ハンターになってからの2年間。欠かさず<探知>を行ってきたきたことで、俺の魔力量はそれなりに上がっていたのが幸いした。真紅のダガーは魔力を込めることで炎を生み出すことができる。効果としては、攻撃力UP、火傷のようだ。
ここまで、想定通り。
攻撃力のない俺にとって、長期戦は想定内だ。
両手のダガーを握り直し、双剣に魔力を込める。
すると、真紅のダガーが炎を纏い、薄紫のダガーは、刃が淡青から濃い菫色に変わり、どす黒い瘴気を放ち始めた。
態勢を立て直したオーガが、今度は3体同時に向かってくる。
最前線のオーガは、右手の炎を警戒しているのか、左側から突進してくる。
向かってくるオーガに対して、こちらも駆け出す。
振り下ろす大剣を躱し、2体の間に潜り込むことに成功。薄紫のダガーで1体目の左足を斬り裂き、そのままの勢いで回転しながら続く2体目のオーガ右足も斬り裂いた。そして、正面から突進の勢いそのまま、大剣を突いてくる3体目のオーガ。寸でのところで、身を捩り大剣を躱し、すれ違いざま肩口に薄紫のダガーを突き立てた。
一瞬の出来事にオーガたちは混乱し、雄叫びを上げている。
ヒュドラの短剣。魔力を込めることで、刃に猛毒を宿す。
斬り裂かれた傷口に猛毒を付与し、グレーハウンドであれば、ものの数秒で動けなくなり、5分も経たずに絶命する。オーガに効果が出ることは未知数だったが、斬り裂いた傷口は黒く淀み、傷口の周りの血管が黒く浮き上がっている。効いている。
(あとは、時間との戦いだ)
最初から俺の狙いは、毒を付与することだった。攻撃力の低い自分がオーガを両断することは難しい。オーガが毒で息絶えるのが先か、自分の体力が尽きるのが先か。これはそういう勝負だ。
何か示し合わせたのか、オーガが連携してくる。やはり少なからず知恵は働くようだ。1体正面に立ち、退路を塞ぐと同時に、残り2体が俺の両端に立った。一瞬にして囲まれてしまった。
今の自分の実力であれば、たとえC級モンスターでさえ、タイマンであれば造作もなく倒せそうだ。しかし、今回は3体。じりじりと3体のオーガが間を詰めてくる。このまま囲まれ続けるとマズい。意を決して正面のオーガに向かって駆ける。
が、正面のオーガが大剣の切っ先を横手に防御の姿勢をとった。
「!?」
そのまま突っ込み、囲いから脱出すればよかったものの、想定外のオーガの対応に対して、踏み込む足に一瞬の迷いが生じた。次の瞬間、片方のオーガが俺の右足に掴みかかってきた。脛あたりを掴んだオーガの怪力がそのまま握り潰そうとしてくる。
「グオオオォオォオ!!」
「痛ッーー!!」
幸い、A級装備の脛当てのおかげで握り潰されはしないものの、残り2体が血眼になって迫ってくる。瞬間、感じる死の匂いに、先程までの冷静さは吹き飛び、ガチガチと歯が鳴った。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ
向かってくるオーガの大剣に怯える自分の姿が映る。
死ねない……こんなところで、死ねない!!!!
「死んでたまるかあああっっぁぁぁっぁああ!!!」
頭の血が沸騰するくらいに熱くなるのを感じる。俺は両手の短剣を足を掴むオーガの腕に突き立てた。
「おおおお!!離せ!離せ!離せ!離せ!離せ!死ね!死ねぇぇええええ!!」
「グガァアアァ」
真紅のダガーに全開の魔力を注ぎ込みに大火の如く炎を撒き散らし、薄紫のダガーからは、どす黒い瘴気が視界を覆った。がむしゃらに何度も突き刺した。短剣を刺し、すぐに抜く。また刺し、今度を捩じ切る。切っ先をズブズブと引き抜く度にオーガの腕からは鮮血が飛び散り、握力が徐々に失われていく。
迫りくる2体のオーガが大剣を振り下ろした瞬間、辛くもその場を脱出。脱出の勢いそのまま、薄紫のダガーで2体の足に切り傷を追加した。
「はぁっはぁっ……いまのは、ヤバかったぞ……」
掴まれていた右足が繋がっていることを確認した。骨は折れていないようだが、踏み込むと鈍い痛みが走る。まだ、戦える。大丈夫だ。まだ、いける。
片腕を失ったオーガは毒が回ったのかピクリとも動かなくなった。やれる。
先程まで勢いを増し続けた真紅のダガーの炎が弱まり始めた。すると、どっと疲れが押し寄せる。どうやら魔力を消費しすぎたようだ。ハイクラスの武器は強大な威力を発揮するが、相応の魔力を消費する。
これはA級武器、一ツ星ハンターの俺程度が扱いきれるものでもなく、力を乱発すればすぐに魔力が枯渇するのは目に見えていた。先程、パニックに陥った際に気が動転して殆どの魔力を吸い取られたようだった。
(やばい……目が霞んでくる……)
ふらつく足に力を込めると、鈍い痛みが走る。もうめちゃくちゃだ。
予定は変更。これ以上の長期戦は難しい。オーガに頸動脈があるかは知らないが、ヒュドラの毒を首筋の太い血管にぶち込むしかない。
真紅のダガーをしまい、薄紫のダガーを構える。狙うは、大剣を振り下ろしたその一瞬。振り下ろした勢いで頭が下がったその首に、ダガーを突き立てるぞ。
呼吸を整え、オーガに身を向ける。2体のオーガは、俺を挟むように位置どった。束の間の静寂。と、次の瞬間、肩口から出血していたオーガが膝を着いた。今しかない! 俺はもう一方のオーガに向かって突進した。
「オオオオオオ」
オーガの渾身の一撃、を受け流し、首筋に魔力を全力で込めた濃紫の刃を突き立てる。オーガの表情が険しく歪むが、すぐに白目を剥いた。殺った!!
すぐにダガーを引き抜き、片膝を着くもう一体のオーガにとどめを刺した。
「――――終わった……」
満身創痍。安堵からアドレナリンが切れたのが、すぐに右足に激痛が走った。ちくしょう。でもやったぞ。初めてのC級モンスター討伐。俺はまた強くなった。やった。
途切れそうになる意識を辛うじて繋ぎ止めるように、オーガ3体を倒した経験値を獲得する。全身が白い光に包まれる。
――クラスアップ、『探索家』
無機質な機械音に似た音声が俺の頭に響いた。
こうして俺は、一ツ星ハンター『案内人』から二ツ星ハンター『探索家』へクラスアップしたのだった。
一条凪は、ダンジョンに入ってからというもの、安らぐ時間などひとときもなかった。いつ襲われるかもわからない環境下。そして何より、自らの危険よりも妹の海未の安否が気になる。俺が帰らないことで心配していないだろうか、両親を失い天涯孤独になってしまったと、悲しんでいないだろうか。海未を思うと胸が張り裂けさそうになる。
携帯食料は底を尽き、狼に似たD級モンスター、グレーハウンドの肉を食べて過ごしている。ストレスのせいか、味がしない。ボソボソとした肉の食感だけが口に広がり、強引に飲み込む。生き繋ぐだけならば問題ないのが救いだ。食料の問題は解決されたと言ってもいい。
短剣の熟練度も上がってきている。今では、グレーハウンドのようなD級モンスターであれば瞬殺だ。経験値が溜まってきたのか、身体の動きも洗練されてきている。
熟睡できていない上に、このストレス環境下で髪は潤いを失くし、肌もざらざらとしている。唇も切れて痛い。頬もこけ、目も落ち窪んでいる。が、不思議と身体はよく動き、成長を感じている。筋肉も付き始めている様に感じる。きっとこの先も、見た目が別人に変わり果てていくのだろう。直感でそう感じた。
たとえ、見た目が変わろうと関係ない。たとえ、四肢が千切れようと、必ずこのダンジョンから脱出する。必ず海未の元に帰る。そして、全ての元凶である烏龍をこの手で潰す。必ず。
復讐というモチベーションだけで生きている。
洞窟に似たダンジョンの階段を降りていく。足取りはそれほど重くはない。この一段一段降りていく階段。一歩一歩、出口に向かっていると思えば、一縷の希望であれ、すがることができる。
おそらく地下10階であろう新層に辿り着いた。
――スキル発動、<探知>
これまでフロアボスのような強力な敵はいなかった。が、どうやら階層にはボスが居るようだ。ボスが佇むような空間を探知できた。初めてのソロでのボス攻略。
――スキル発動、<探知>
より詳細の情報を得るために、<探知>を繰り返す。
ボスは、C級モンスター、オーガだ。しかも3体。
フロアボスの存在を確認した時に、真っ先に頭に浮かんだのは、倒したらどれほどの経験値を得られるのかという疑問だった。自分でも意外だ。不思議と恐れはなかった。
確実に成長している。この1週間の経験が自信に繋がっていると感じた。
それでも油断は禁物だ。
今まで、調子づいたハンターが、痛い目を見てきた光景を痛いほど目にした。自分がその二の舞にはならないように、今一度気を引き締めないといけない。
俺は変わらず最弱の一ツ星ハンター、『案内人』なのだから。
<探知>でフロアボスまでの最短ルートを洗い出す。この作業も慣れたものだ。忌み嫌ったこのスキルがなければ、この大迷宮で生き抜くことは難しかった。まさか、自分のスキルに感謝する日が来るなんて……
ボスとのバトル前に消耗する必要もないので、フロアボスへの最短ルートを進んだ。特に問題なくフロアボスの佇む部屋の前に到着した。
「ふぅ~……」
このEX級ダンジョンに入るまで、C級モンスター3体をソロで討伐することになるなんて微塵も思わなかった。ボスの扉の前に立っていると、緊張しているのか鼓動が耳で聞き取れるようだ。かつての自分であれば、この状況に絶望していたのかもしれない。だが今は、成長した自分がどれほど通用するのか楽しみですらある。
「……いくか」
扉を開けると、やはり3体のオーガが待ち構えていた。心臓がとび跳ねる。
オーガ。戦闘に秀でた人型モンスター。2mをゆうに超えるでっぷりと太った巨体。それでも鍛え抜かれた筋肉が脂肪の下から浮き出ている。人間の大人の頭をトマトの様に握り潰すほどの怪力を持っていると言われている。全身やや緑がかった皮膚に荒々しい入れ墨が強さを誇張している。
個体によって異なる装備をしている。脛当てや籠手、肩当て等、鋼鉄を身に纏っていて、少なからず知性が伺える。強奪したであろう大剣は、手入れがされておらず、知性とは裏腹に獰猛さを象徴している。
オーガたちはすぐに凪の存在に気づき、歯を剥き出しにしてこちらを見据えている。
「オオオオオォォォォオオオォオオォオ!!」
D級モンスター、グレーハウンドとは比べ物にならない威圧。怒りに満ちた覇気が、襲う。
勝算はある。
右手には全てを燃やし尽くすような劫火の如き龍の短剣。
そして、左手には前のフロアで手に入れた新しいA級武器、ヒュドラの短剣。全体を薄紫の鱗で型どられ、水蛇を想起させる。研ぎ澄まされた刃は、面妖な淡青。
ダガーを持った両方の拳をオーガに向けて突きつける。
ここまでの道中、小さめの盾を片手に持つか迷ったが、両手にダガーを持つ双剣のスタイルにすることを選んだ。ただでさえ攻撃力が低いこの職業。攻撃に特化することで補わざるを得ない。その代わり、防御はA級装備とフットワークに頼ることにした。
飛び掛かってくるオーガの攻撃をひらりと躱し、相手の懐に入り込む。そして、空いた腹めがけ真紅のダガーを振り抜く。その瞬間、ダガーに魔力を込めると、切っ先から炎があがった。ここまでは、慣れた動作だ。スピードだけならグレーハウンドの方が上。
炎に驚いたオーガは、態勢を立て直すために少し引いた。脇の切り傷からは血が流れているが、致命傷には到らない。まだ先は長そうだ。攻撃を喰らってもオーガの勢いは変わらない。
武器の熟練度が上がってから気づいたことがある。
ハイクラスの武器には魔力を込めることで、その武器の本来の力が使えるようになるようだ。ハンターになってからの2年間。欠かさず<探知>を行ってきたきたことで、俺の魔力量はそれなりに上がっていたのが幸いした。真紅のダガーは魔力を込めることで炎を生み出すことができる。効果としては、攻撃力UP、火傷のようだ。
ここまで、想定通り。
攻撃力のない俺にとって、長期戦は想定内だ。
両手のダガーを握り直し、双剣に魔力を込める。
すると、真紅のダガーが炎を纏い、薄紫のダガーは、刃が淡青から濃い菫色に変わり、どす黒い瘴気を放ち始めた。
態勢を立て直したオーガが、今度は3体同時に向かってくる。
最前線のオーガは、右手の炎を警戒しているのか、左側から突進してくる。
向かってくるオーガに対して、こちらも駆け出す。
振り下ろす大剣を躱し、2体の間に潜り込むことに成功。薄紫のダガーで1体目の左足を斬り裂き、そのままの勢いで回転しながら続く2体目のオーガ右足も斬り裂いた。そして、正面から突進の勢いそのまま、大剣を突いてくる3体目のオーガ。寸でのところで、身を捩り大剣を躱し、すれ違いざま肩口に薄紫のダガーを突き立てた。
一瞬の出来事にオーガたちは混乱し、雄叫びを上げている。
ヒュドラの短剣。魔力を込めることで、刃に猛毒を宿す。
斬り裂かれた傷口に猛毒を付与し、グレーハウンドであれば、ものの数秒で動けなくなり、5分も経たずに絶命する。オーガに効果が出ることは未知数だったが、斬り裂いた傷口は黒く淀み、傷口の周りの血管が黒く浮き上がっている。効いている。
(あとは、時間との戦いだ)
最初から俺の狙いは、毒を付与することだった。攻撃力の低い自分がオーガを両断することは難しい。オーガが毒で息絶えるのが先か、自分の体力が尽きるのが先か。これはそういう勝負だ。
何か示し合わせたのか、オーガが連携してくる。やはり少なからず知恵は働くようだ。1体正面に立ち、退路を塞ぐと同時に、残り2体が俺の両端に立った。一瞬にして囲まれてしまった。
今の自分の実力であれば、たとえC級モンスターでさえ、タイマンであれば造作もなく倒せそうだ。しかし、今回は3体。じりじりと3体のオーガが間を詰めてくる。このまま囲まれ続けるとマズい。意を決して正面のオーガに向かって駆ける。
が、正面のオーガが大剣の切っ先を横手に防御の姿勢をとった。
「!?」
そのまま突っ込み、囲いから脱出すればよかったものの、想定外のオーガの対応に対して、踏み込む足に一瞬の迷いが生じた。次の瞬間、片方のオーガが俺の右足に掴みかかってきた。脛あたりを掴んだオーガの怪力がそのまま握り潰そうとしてくる。
「グオオオォオォオ!!」
「痛ッーー!!」
幸い、A級装備の脛当てのおかげで握り潰されはしないものの、残り2体が血眼になって迫ってくる。瞬間、感じる死の匂いに、先程までの冷静さは吹き飛び、ガチガチと歯が鳴った。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ
向かってくるオーガの大剣に怯える自分の姿が映る。
死ねない……こんなところで、死ねない!!!!
「死んでたまるかあああっっぁぁぁっぁああ!!!」
頭の血が沸騰するくらいに熱くなるのを感じる。俺は両手の短剣を足を掴むオーガの腕に突き立てた。
「おおおお!!離せ!離せ!離せ!離せ!離せ!死ね!死ねぇぇええええ!!」
「グガァアアァ」
真紅のダガーに全開の魔力を注ぎ込みに大火の如く炎を撒き散らし、薄紫のダガーからは、どす黒い瘴気が視界を覆った。がむしゃらに何度も突き刺した。短剣を刺し、すぐに抜く。また刺し、今度を捩じ切る。切っ先をズブズブと引き抜く度にオーガの腕からは鮮血が飛び散り、握力が徐々に失われていく。
迫りくる2体のオーガが大剣を振り下ろした瞬間、辛くもその場を脱出。脱出の勢いそのまま、薄紫のダガーで2体の足に切り傷を追加した。
「はぁっはぁっ……いまのは、ヤバかったぞ……」
掴まれていた右足が繋がっていることを確認した。骨は折れていないようだが、踏み込むと鈍い痛みが走る。まだ、戦える。大丈夫だ。まだ、いける。
片腕を失ったオーガは毒が回ったのかピクリとも動かなくなった。やれる。
先程まで勢いを増し続けた真紅のダガーの炎が弱まり始めた。すると、どっと疲れが押し寄せる。どうやら魔力を消費しすぎたようだ。ハイクラスの武器は強大な威力を発揮するが、相応の魔力を消費する。
これはA級武器、一ツ星ハンターの俺程度が扱いきれるものでもなく、力を乱発すればすぐに魔力が枯渇するのは目に見えていた。先程、パニックに陥った際に気が動転して殆どの魔力を吸い取られたようだった。
(やばい……目が霞んでくる……)
ふらつく足に力を込めると、鈍い痛みが走る。もうめちゃくちゃだ。
予定は変更。これ以上の長期戦は難しい。オーガに頸動脈があるかは知らないが、ヒュドラの毒を首筋の太い血管にぶち込むしかない。
真紅のダガーをしまい、薄紫のダガーを構える。狙うは、大剣を振り下ろしたその一瞬。振り下ろした勢いで頭が下がったその首に、ダガーを突き立てるぞ。
呼吸を整え、オーガに身を向ける。2体のオーガは、俺を挟むように位置どった。束の間の静寂。と、次の瞬間、肩口から出血していたオーガが膝を着いた。今しかない! 俺はもう一方のオーガに向かって突進した。
「オオオオオオ」
オーガの渾身の一撃、を受け流し、首筋に魔力を全力で込めた濃紫の刃を突き立てる。オーガの表情が険しく歪むが、すぐに白目を剥いた。殺った!!
すぐにダガーを引き抜き、片膝を着くもう一体のオーガにとどめを刺した。
「――――終わった……」
満身創痍。安堵からアドレナリンが切れたのが、すぐに右足に激痛が走った。ちくしょう。でもやったぞ。初めてのC級モンスター討伐。俺はまた強くなった。やった。
途切れそうになる意識を辛うじて繋ぎ止めるように、オーガ3体を倒した経験値を獲得する。全身が白い光に包まれる。
――クラスアップ、『探索家』
無機質な機械音に似た音声が俺の頭に響いた。
こうして俺は、一ツ星ハンター『案内人』から二ツ星ハンター『探索家』へクラスアップしたのだった。
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ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
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