幽艶の恋心

沖町 ウタ

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第2章 陽光の喧騒

第1話 成長するお年頃? 1

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「ふぁ~……」
 制服姿のままベットの上にぺたんと座り、大きな欠伸をする幽霊。
 その様子を、驚愕した顔で橡は見つめていた。
 これまで無表情でうなづく程度の感情しか見せなかった幽霊が勝手にベットに入り、寝ていたと思えば眠そうに欠伸をして喋った。
 橡は何が起きたのかと寝起きの思考で考える。
 これは夢か? 意思疎通をしたいと言う思いが強すぎて夢を見ているのか?
 しかし、だとしても、ベットの中に入ってきて隣で寝ているなんて、そんな卑猥な夢を見るのか?
「ん~……? どうしたのくぬぎくん、顔色悪いよ?」
 目を見ひらいて幽霊を見ていると、幽霊は眠そうな眼で無防備に話しかけてくる。
 無表情で、どこか異質な存在だった彼女が、突如として感情を手にした途端、目の前の幽霊が、女一人の女子にしか見えない。
 これが夢だとしたら、俺はなんてふしだらな夢をみているんだ。
 橡はベットの上にいる幽霊に背を向け、机の柱を脛で思い切り蹴る。
 ガン! と音を立てて、脛に来た痛みにその場に蹲り悶える。
「ぬあぁああぁぁ……」
「何してるの!?」
 突如奇行に走る橡に、幽霊は驚いて目を覚まし、ベットから覗き込むように橡を見て慌てていた。
「夢じゃない……だと」
 橡は痛みに耐えながら呟くように言った。
「ねぼけてたの?」
「お前……急に……急に喋った……」
「へん?」
「昨日まで喋りもしなかったし、そんな表情もなかっただろ…」
 徐々に痛みが引いてきた橡は、蹲る体制から起き上がり、その場に座って幽霊と対峙する形で座り直す。膝は手で押さえたまま。
「え~しらな~い」
 幽霊は本当に知らないと言った顔で目を逸らすことなくそう答えた。
「知らないってお前……そんなことあるのか」
 自分の事なのにそんなことあるのかと思いながら問い掛けると、
「…………」
 幽霊は無言で橡を指差す。そして一言、淡々と言った。
「頭ばくはつしてる~」
「なっ!」
 女子にだらしない姿を指摘され、恥ずかしさで思わず顔が赤くなり、両手で無造作に跳ね上がった髪を抑える。
「寝起きなんだから仕方ないだろ!お前こそ……」
 言い返そうと思ったが、幽霊に寝癖はついていなかった。
「わたしは爆発しないよ! ほら!」
 幽霊は嬉しそうにそういうと、ベットから立ち上がり、橡の部屋で一番広い朝日のさす窓の前までぴょんっと跳んで移動すると、両手を項にあて、内側から長い髪を持ち上げ、バッと広げる。
 サラサラの真っ白な白銀の髪が朝日に照らされ、広がった髪はキラキラと光を反射しているようで、橡は思わず、その姿を見入っていた。
「ね? いつも通りでしょ?」
 ドヤ、と言いたげに誇らしそうに幽霊は言った。
「お、おお……」
 思わず見惚れたその姿に、橡は生返事をしていた。
「じゃあ、どこ遊びにいこっか!」
 そして一遍、満面の、子供の様な無邪気な表情で幽霊はそう言った。
 その無邪気な顔に橡は我を取り戻し、目の前の抱えていた大きな問題を振り払えると思い、慌てた様子で幽霊に尋ねる。
「そ、それより! 聞きたいことがたくさんあるんだが! 過去の記憶はあるのか!?」
 それは確信を迫る質問だった。
「きおく?」
 幽霊は小首を傾げ、目線を天井に向けて考える。
「ん~……おぼえてない」
 姿勢と視線を橡に戻すと、あどけない表情で幽霊は言った。
 橡は何か一つでもヒントとなる何かがないかと質問を続ける。
「何でもいい。名前は? 家族は? 知り合いは? 住んでた場所は? 見覚えのある景色は!?」
 責め立てるような質問攻めに、幽霊は困った表情をして、
「そ、そんなにいわれてもわかんないよ!」
 と、橡の質問を一喝した。
「……そうか」
 橡は肩を落とす。喋れば何かを解決出来るような気がしたが、過去の記憶がなければ、得られるヒントは特にない。
 橡は喋れる幽霊にばかりに目を向けていたが、喋れるようになったことが、どれだけ大変な事なのかを、まだ知る由はなかった。
 肩を落とした橡のことなどお構いなしに、幽霊は橡の腕を掴んで揺すりながらねだる様に言う。
「ねぇ~あそびにいこ~よ~!」
「遊ぼうって、俺まだ寝起きなんだが……」
「私お出かけしたい!」
「いやまて……色々待て。まだ頭がついていかないんだ……」
 状況の変化に頭を抑え、状況を整理しようと思考をめぐらせる。
 すると、幽霊から橡にとって信じられない言葉が飛んでくる。
「……くぬぎくんおバカなの?」
 悪気のないあどけない言い方で幽霊がそういうと、
「誰がバカだ!」
 と反射的に大声で答えていた。
「私わかんないことないもん! わたしのが頭いい!」
 両手を腰にあて、えへんと得意げに幽霊は言い切った。
「理解できてないだけだろ」
「できてるも~ん! くぬぎくんがおバカなだけだもん!」
「じゃあ俺がなんで悩んでるのか、お前には理解出来るのか?」
「かんたんだよ! くぬぎくんがおバカだから!」
「子供みたいなことをいうな! 代々お前一体なんさ――」
 カッとなった子供のような言い合いをしていると、力強く橡の部屋の扉が開いた。
「朝からうるさい! なに話してるの!?」
 扉が開くのと同時に母の怒鳴り声が聞こえる。
「あ、橡ママ! おはよう!」
 母の登場に、母の剣幕などお構いなしに元気に挨拶する幽霊。
 橡は目を泳がせながら、母が幽霊の挨拶に答えないのをすかさず察すると言い訳を考える。
「あ…えっと…いや…友達と通話を……」
「元気なのはいいけど、もう少し静かにしてよ……朝ごはん食べるの?」
「あ、ああ。もう起きるよ……」
「すぐできるから降りてきなよ」
「ああ……」
 ひとしきり注意をすると、呆れたようにそう言って扉を閉める母。
「朝ごはんだ~!」
 幽霊そういって嬉しそうに扉の方へと走り出そうとするが、橡は慌てて幽霊の手を掴む。
「まてまて! お前の分はない!」
「え~! なんで!?」
「お前幽霊だろうが……自覚してないのか?」
「ゆうれい……」
 その言葉を聞くと、急に大人しくなり俯いて何かを考えているような顔をする。
 その表情に少し申し訳なく感じる。がしかし、幽霊は直ぐに眉をきりっとさせ、橡の顔をバッと見ると、
「でも私朝ごはん食べたい!!」
 と納得したのかは分からないがそう答えた。
「いやだから……幽霊だから食べれないの」
「え~! やだやだ! お腹すいた~!」
「今まで一回も飯食ったことないだろ!」
「でも食べた~い!」
「無理だから諦めろ。……てか、少し大人しくしてくれよ……昨日まで大人しかっただろ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。俺の言う事聞いてくれたら後でかまってやるから……今はとりあえず落ち着いてくれ」
「ホント!? あとで遊んでくれるの!?」
 橡の言葉に、幽霊は目をキラキラと輝かせた。
 どれだけ遊びたいんだと思いながら、橡は諦め半分で答える。
「ああ。だから、今は落ち着け。わかったな?」
「うん! わかった!」
「……よし」
 なんとか落ち着かせることが出来ると、橡は自室を出る。
 階段を降り、洗面台で顔を洗ったり髪を整えたり朝の身支度を済ませると、寝巻のままリビングへと顔を出す。
 リビングには、父が食卓の定位置に座りコーヒーを飲みながらスマホを見ていた。
 橡が来ると視線を上げ、橡に視線を合わせ、
「おはよう」
 と小さく笑って言う。
「……はよ」
 それに対し、視線を合わせることも無く小さくそう返す。
「くぬぎパパおはよう!」
 元気よく挨拶する幽霊に、当然父は反応しないが、橡は余計なことはいうなという顔を幽霊に無言で向ける。その橡の合図に、幽霊が気付く様子はなかった。
 母が朝食の準備を早々に終え、3人……基い、4つある椅子の空いている椅子に幽霊が座り、人で食卓を囲む。
 朝食を食べながら、3人は談笑する。
「今日は久々の休日だ。皆でどっかいかないか?」
 父が早々にそんな提案を持ちかける。
「いいわね。橡、今日なんか用事ある?」
 母が乗り気に答えると、橡に問いかける。
「……ないけど」
 橡は目線も合わせずに答える。
「じゃあいいじゃない。たまにはお出かけしましょ。どこにいく?」
 母が問いかけると、父が答える。
「この前大型複合施設が隣町に出来ただろ? あそことか面白いんじゃないか?」
 隣町に出来た、様々な施設や映画館など、様々な最新の物が立ち並んでいるショッピングセンターのような場所。
 海外で有名な店まで入っていると、巷では話題になっていた。
 母はそこに行きたがっていたのか、嬉しそうに答える。
「いいわね~。友達と行こうと思ってたけどいく機会がなくて。そこにしましょ? 橡もいいわよね?」
 そう来るとは内心思いながら、母親の問いかけに橡は嫌そうに答える
「なんで俺まで……二人で行って来いよ」
「え~お父さんと二人はちょっと……」
 母が悪気もなさそうにそういうと、
「嫌なのか……?」
 父は何処かしょんぼりした顔で母に小さな声で聞く。
「嫌とかじゃなくて、家族で行きたいの」
 と、サラリと父の不安を消すようなことをいう。
 父も納得したのか、橡にいう。
「いいだろ橡。用事ないんだろ?」
 橡は一瞬黙ると、嫌そうな言い方で答える。
「ないけど……なんで母さんと父さんと行かなきゃならんのだ」
 と、否定的な意見を言うと、その言葉を軽くさえぎるかのように幽霊が答える。
「え~! いこ~よ! 楽しそうだよ~!」
「…………」
幽霊のその発言に横目で幽霊をみる橡。
「いいじゃない。食べ終わったら支度して出発よ! 決まり~!」
 そして橡の無言を肯定と受け取った母は、久々のお出かけだからか、テンション高くそう言った。
「……まったく……何も調べてないんだけど」
 ローテンションな返答を橡はするが否定はしない。
「そのお店って何処なの?」
 しかしそんな橡の反応を気にすることもなく幽霊が問い掛けてくる。
 幽霊の問いかけを代弁するように橡は口にする。
「何処に出来たんだっけ?」
 橡の問いかけに、母が答える。
「二つ隣の市かな? お父さん、車で40分ぐらいかな?」
「そうだなぁ。混んでるのを見こしたら1時間ぐらいかかりそうだな」
「だって」
 父の説明に母が加えるようにそういって橡に伝えた。
「めんどくせぇ……」
 ため息交じりにそういうと、父が橡に頼み込むように言う。
「たまには親孝行しろよ~。前3人で出掛けたのなんて3ヶ月ぐらい前だろ?」
 そんな父に、スマホを取り出し、視線を合わせることなく聞く。
「知らん。何時にいくんだよ」
そんな息子の態度に、当たり前のように母はそう答える。
「準備できたら行くから、食べ終わったら準備してね~」
「ん~……」
 橡は適当な生返事をし、みんなが朝食を終えると、各々が身支度を終えて車に乗り込んだ。
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