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第98話
しおりを挟む「──それでは、よーい…スタート!」
副会長のその言葉と同時に、様々な獣耳や尻尾を身に着けた“動物”側の生徒達が一斉スタートした。
それもあってか出入口付近に生徒達が集中し、なかなかこの場から出ることが出来ない人が多い。
うち何名かの目敏い生徒達は、脇にある細い抜け道を通って学園内に散らばっていく。その中に、いつかの日に対峙した山吹色と台風の目がいた気がしたが……まぁ、俺の気の所為か。
「う~ん、壮観な光景だねぇ」
逃げ惑う“動物”を舞台上から眺め、ヘラヘラ笑いながら呟いた。
「あ、あそこにいるの颯クンと秋草クンだぁ~。ふ~ん、2人は“動物”だったのかぁ……大変そ~だ」
遠目からでも分かる特徴的な爽やかオーラと、狼のように研ぎ澄まされたオーラをそれぞれ纏った凸凹2人組を観察する。
やはり顔が良いからか。
人間壁が自らモーセのように割れ、あっという間に2人から出入口までの一本道が出来ていた。
颯クン達は少し申し訳無さそうにしながらも、生徒達からの好意を無駄にするような真似はせず、素早く道を駆け抜けて行く。
2人が通った後、まるで先程の一本道など無かったかのように再び人間壁が生成されていた。
そこに譲り合いの精神というものは存在しない。あるのは、最後まで生き残ってご褒美を貰いたいという欲望だけである。
徐々に壁は薄くなってきているが、未だ学園内に散らばれていない“動物”が多い。“飼い主”が放出されるまで、あと3分ちょっと。
こうなれば流石に“飼い主”のスタートを少し遅らせた方が良いだろう。…気は進まないが、副会長に相談するしかないか。
手慰みに赤色の腕輪を弄りながら、放送部部長と会話している副会長の所へと向かう。
あえて足音をたてて歩いた為、2人とも近付いてくる俺の存在に気が付いたようだ。こちらを認識すると、放送部部長はキラキラと眠たげな藍色の瞳を輝かせ、副会長は普段通りの笑顔を貼り付けた。
「水無月、何か用ですか?」
「会計さんどうしたの?」
「用が無ければさっさと何処か行け」と言外に言う副会長に気付いてない放送部部長は、何だろうと一心にこちらを見つめてくる。
「“飼い主”のスタートをもう少し後にできないかなぁ…って相談しに来たでありま~す!」
巫山戯た敬礼ポーズを取りながら、これまた巫山戯た言葉遣いで事の経緯を告げる。
これによって副会長が不機嫌になることは分かっていたが、俺は華織学園生徒会会計の水無月真琴なので敢えてやった。
案の定、初めの頃に向けられていたのと同じ、北風もびっくりな冷たい視線をもらったが気にしない。
「何故…と言いたいところですが、私も同様の事を思い彼と話していたので、それは大丈夫です。…そうですよね、紗霧さん」
「うん、今から全体放送するところだよ」
副会長から贈られる妙な圧を右から左にスルーし、マイペースに微笑いながら同意を示す。
「じゃあ、放送するね」
放送機器の電源を入れ、放送部部長はスゥ…と息を吸った。
ピン、ポン、パン、ポーン
『イッイェーイッ!!みんな楽しんでるー??放送部部長の紗霧くんからのお知らせでーす!“動物”のコたちでまだ会場から出れてないコたちにろーほー!!お優しい副会長さんと会計さんの図らいでー、なんとなんとッッ!!!“飼い主”のスタートがあと5分延びまーすッ!!この間にチャッチャッと出てってよー?…あーと、えーっと…そうそう!ただし!!その代わりに制限時間は30分延長という鬼畜仕様となっておりまーすwwwまぁ実況役の紗霧くんには関係ないからどーでも良いけどねーw“動物”側の諸君たち、精々頑張り給えよー。ってことで、放送部部長紗霧くんからの有り難いお言葉でしたー。おしまい!!』
ピン、ポン、パン、ポーン…
放送用マイクから口を離し、機器の電源を一旦切る。
俺達の方へと向き直ったその顔には、先程まで浮かんでいた愉快犯的な笑顔の破片すら見受けられない。
放送前と同じ、人畜無害な微笑みがあるだけである。
「よし、放送したよ。…あれ、副会長さんたちどうしたの?そんなあり得ないものを見るような顔をして……って、あぁー…またぼくやらかしたのか…」
「気を付けてるんだけどな…」と、しょんぼり落ち込んでしまった放送部部長を急いで慰める副会長という図を他人事で眺める。
“〇〇すると人が変わる”というような人間がこの世にはいるが、放送部部長はそれに該当するタイプの人間だ。
彼の場合、マイクの電源を入れて話し出すとそうなる。しかも、当の本人にはやってる間そうなっている自覚が無い。そのため終わった後、周囲の人間の反応から察することしかできないのだ。
本人の事を考えればカワイソウだと思うが、俺的には面白いのでそのままでいて欲しい。…まぁ、本音を言えばどうでもいいが。
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