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第75話

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 「行っていいのかな、多分まだダメなんだろうなー」などと思いながら、正面に立った秋草クンを改めて見た。
 彼は機嫌が悪そうに酷く顔をしかめ、何故か何も言わないままじっと俺の顔をにらみつけている。

 …俺は彼に何かしてしまったのだろうか?

 わけが分からないので、とりあえず普段通りヘラヘラと笑っておく。すると、余計に睨みが強くなった。しかも心做こころなしか、眼光も更に鋭くなった気がする。

 …せぬ。


「え~っとぉ…、秋草クン?何か俺に用ぉ?」

 困惑の色を程良く笑みに混ぜた表情をする。この前の失敗をかし、寮で丁度良い表情の浮かべ方の研究をしたのでかなりうまくいった。
 もしかしたら俳優とか向いているかもしれない。まぁ、どちらにせよならないけどな。興味無いし。


「ほら、虎狼」

 颯クンが話すようそっと促す。

「あ゛ー…その、お前大丈夫か?」

 出てきたのはそんな問い。首に手をやりながら、どこか気まずげな感情半分、心配な気持ち半分な顔をしていた。

 今まで話した事なかったのに、何故そんな問いをするのだろう。何故そんな顔で俺を見るのだろう。
 

「ん~…、えっとぉ…、“大丈夫か?”って何がぁ?」

「…その様子じゃ、お前はまだ知らねぇのか」  

「あれ?思ってた話題じゃないな…まぁいいか」

「颯クン、声に出しちゃってるよ~」

 さり気なく指摘してやると、「はっ!」とでも言うかのように両手で口を塞いだ。その表情は驚きに満ち溢れている。

 そのついでに、先程薄く張られた謎の緊張感が一瞬で掻き消えた。颯クンは緊張緩和剤なのかもしれない。


 その証拠に、あの秋草クンが眼光を緩め、颯クンを見て僅かに口角を上げた。その眼差しはまるで、ドラマでよく観る“子供を見守る保護者”のようだ。………は?

 見たものが到底信じられず、思わず秋草クンを二度見した。だが非常に残念なことに、俺の目の錯覚ではなさそうだ。
 彼は変わらず、ドラマの保護者がしそうな目をしていた。


 …噂で不良と名高い一匹狼は、どうやらオカンだったらしい。


 思わぬ新事実に、遠い目をしながらカラ笑いでもしようと思ったが、キャラに合わないので止めておいた。このキャラは意外と不便だな。特に大きな弊害や問題は無いので別にいいが。


「で、秋草クンは何が言いたかったのかなぁ?」

 そう呼びかけ、会話の話題を元に戻す。このままだと、何だったのか分からないまま過ごすことになる。それだと微妙に気になって気持ち悪いだろうからな。

「…………知らねぇなら、まだそのままでいろ」

「はぁぁあ?呼び止めといてそれはなくなぁい?」

 颯クン見守りを中止した秋草クンは数秒黙った後、俺から僅かに視線を逸らしながらそれだけを口にした。

 一体、何をそれほど言い淀む?

「もしかしてさぁ」 

 会長達の事?

 そう言いかけて口をつぐむ。
 会長達がここ1週間ロクに仕事をしていない事は、まだ生徒達には知られていないはずだ。学園は至って普段通りに回っているのだから……今は、まだ。

 もし何らかの理由で彼が知っていたとしても、ここで俺がわざわざ墓穴を掘るようなマネをしない方がいいだろう。

 そもそもたった今初めて話した相手だ。颯クンの友人だったとしても、長く会話に付き合う義理は無い。

「…うん、まぁいっかぁ~」

「は?」

「いやこっちの話ぃ~。…あ~、時間ないからぁ今度こそ行くねぇ。颯クン達まったねぇ~」 

「う、うん。水無月君、またね」

 有無を言わせない内にそう締めくくり、軽く手を振ってから目的地へと再び歩きだした。偶々たまたま通りかかった他の生徒にもついでに手を振ってやる。


 少ししたのちに、通り過ぎた背後から何やら複数の声がしてきたが、勿論聞こえていないふりをした。




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