3 / 12
初恋を知った魔法使いは世界を崩壊させる
魔法使いは“特別な”魔法をかけました
しおりを挟む「ねぇシンデレラ、君の名前は何かな?」
手を離した後、バジェスはシンデレラに尋ねた。
破り捨ててしまったシナリオには書かれていなかった、彼女の真名を知りたいと、そう思ったから。
自己を持ってしまった最強のNPCを止められる者は誰1人としていない。現実は、本来の物語とどんどんかけ離れてゆく。
「私の本当の名前はレーラよ。…とは言っても、お義母様とお義姉様は私をシンデレラって言うのだけれど」
シンデレラ改め、レーラは少し寂しそうに微笑んだ。
「レーラ、レーラ、レーラ…」
バジェスは、確かめるかのように何度も何度もその名前を舌の上で転がす。それはまるで、大好きなお菓子を貰った幼子のようだった。
「うん、君はレーラか…。いい名前だね。僕は好きだな」
レーラはそれを聞いて、ぱぁっと、顔を輝かせた。
「私も私のレーラって名前が好きなの!お父様とお母さまが考えてつけてくれた特別な名前なのよ!!」
「ふふっ、そうか。それは素晴らしいね」
「そうでしょう?」
先程までの可哀想な儚さはどこへやら。
邪気のない、満面の笑みをこれでもかというぐらいに浮かべ、己の名前が心底誇らしいのだと、大切なものなのだと、彼女の纏う雰囲気がそう雄弁に告げている。
「そういえば、何故レーラは1人でボロボロのドレスを着て夜の庭に座り込んでいたの?」
全く他意なんて感じさせない声音や表情をして、少し低い位置にあるレーラの顔を覗き込みながら、不思議そうに聞く。
もしここに彼へシナリオを授けた者が居たのなら、「何純粋な疑問ですって顔してんだよ!お前は知ってるだろうが!!」と思ったことだろう。まぁ、もしそうだった場合、バジェスのしようとしていることは無に還り、物語は元のシナリオ通りに進むのだろうが。
「あぁ…あのね、今夜はお城で舞踏会が開かれてるの。私ね、きらきらしたお城の舞踏会に1度でもいいから行ってみたかったから、今夜をすごく楽しみにしてたのよ。お義母様は私の分は用意してくれないから、お母さまの形見のドレスを自分で直したりしてね、頑張って準備してたの。でも…」
そこまで言うと、レーラは声音を暗くさせた。ボロボロになった桃色のドレスの裾を掴み、顔を隠すように俯く。
「さっきね、お義姉様達にドレスを破かれちゃったんだ。手がうっかり滑ったって言って。そしてそのまま置いていかれちゃった」
あははは、と無理に声を明るくさせて笑い、暗い空気を変えるためなのか、おちゃらけた口調をして軽く告げる。
「レーラ」
それを咎めるかのように、バジェスは名前を呼ぶ。
「あぁ、ごめんね。暗い気持ちにさせちゃったよね。私は大丈夫だよ。そもそも、私が舞踏会に行ってもきっと浮いちゃってただろうし、行けなくて正解だったっていうか…」
「レーラ」
バジェスの纏う雰囲気が変わり、先程よりも強い語調で名前を呼ばれる。レーラは自虐していた口をつぐんだ。
「無理に笑わなくていい。舞踏会、本当は行きたかったんだろ?キレイなドレスを着て、少しだけでもきらきらとしたあの中の一員になってみたかったんだろ?なのに頑張って準備したドレスを破かれ、嘲笑われ、挙げ句の果てに屋敷に1人置いてかれ。それでも君はアイツらを責めない。なぁレーラ、ちゃんと理不尽を怒れ、悲しいなら泣け。僕がこれからはずっと受け止めてあげるから。…自分の気持ちに嘘をつくな」
その瞬間、澄んだ蒼い瞳が歪んで溶けた。ぼやけたバジェスの姿だけを映しながら、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちていく。
レーラは、本当は王子さまなんてどうでも良かった。ただ、自分のいるところとは違う、きらきらとしたあの場所の中に入りたかったのだ。王子さまはその為の口実だった。だって、そこにいる人達は皆、とても幸せそうに笑っていたから。だから、あの場所に行けば、お母さまが生きていた頃のように戻れると思ったのだ。
でも、それも今この瞬間にどうでも良くなった。
“レーラのことを思って言葉を尽くしてくれる人がいる”
たったそれだけのことに、悲鳴をあげていた心が救われた気がしたから。
「ふふっ、ありがとうバジェス。なんだかとても久しぶりに心が温かい…。まるで魔法のようね」
零れる涙を指で拭いながら、レーラは優しく微笑んだ。
「だって、僕は凄い魔法使いだからね!さぁレーラ、僕と2人で一緒にここを出よう!」
軽くウインクをしてそう言ったかと思うと、パチンッと音高らかに指を鳴らした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した
Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。
【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】
階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、
屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話
_________________________________
【登場人物】
・アオイ
昨日初彼氏ができた。
初デートの後、そのまま監禁される。
面食い。
・ヒナタ
アオイの彼氏。
お金持ちでイケメン。
アオイを自身の屋敷に監禁する。
・カイト
泥棒。
ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。
アオイに協力する。
_________________________________
【あらすじ】
彼氏との初デートを楽しんだアオイ。
彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。
目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。
色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。
だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。
ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。
果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!?
_________________________________
7話くらいで終わらせます。
短いです。
途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる