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Level2

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「噂では聞いてたけどほんとにいるとはな」
「は、はは……」

赤い髪の、少し強面の男。
アカウント名はアドラー。種族はエルフ。
オフラインで潜っていた時にお気に入りだったところだと言われて連れてこられたのは、町の様子が傍観できるカフェテラスだ。

そしてアインスたちはとても注目されている。
一部は疎ましそうに見ていたりもする。
少しでも早くログアウトしたい気分だ。
今アインスの目の前にボタンがあれば即座に押しているだろう。

「それで、アインスのスキル!詳しく知りたいんだけど!」
「え…ど、どうもこうも…自分のステータス見ればわかると思いますけど」
「やっぱこういうのは本人の口から聞くもんじゃねえの?」

といいつつアドラーは素早くステータスを開く。
オフラインで潜っていたといってもこれまでの戦闘、只者ではないことはわかっている。
少なくともレベル70以上のはずだが今だけは初期値…つまりレベル1になっていた。

「うお、すげ、ほんとにレベル1になってら」
「す、すみません…私のスキルのせいで…」
「いやいや、こういうの運だろ?気にすんなって」

優しい言葉をくれるくらいなら早くログアウトしたいものだ、と思い続けている。
ともあれアインスの固有スキルは特異なものだった。

【レベル1】
アインスがいるフィールド上のすべての存在、物体、魔法をレベル1にまで落とす。
たとえ大魔法を使おうともレベル1状態の大魔法となり、効果によっては通常魔法よりも弱いものとなっていまう。
しかしそれは本人にも適用されており、いくら経験値をもらおうとも、レベルを強制的に上げる道具を使ったとしてもレベル1のままにさせられる。

「なるほど、だから装備も初期装備なんだな
そりゃ自分で狩りにいけないからそうなるよな」
「も、もういいですか…ログアウトしたいんですけど…」
「なんか用事あるのか?」
「………はい」

アドラーはアインスの嘘を信じ込み、そっか、とあっさりとした返事をした。

「そうだ、倉庫の肥やしになってた装備やるよ
使わないなら売ってもいい」
「え!?な、なんでそんなことしてくれるんですか!?」
「だってフレンドだし」

ポーン、とプレゼントが到着した音が聞こえる。
初めて聞いた音にどきどきしながらも開くと高性能装備が飛び出してきた。

「イージスの盾…!!?オフラインでこれを作ったんですか!!?」
「案の定レベル1だけどな
けどそこらの盾よりはよっぽど耐久力が上がるし、鬼種族なら武器同時持ちできるだろ?
盾ともう一つ武器持ってた方が何かと自衛はできるぞ」

イージスの盾は玄人の登竜門であり、そこそこのレベルの者であれば持っているのが当たり前の武器だが、その素材を回収するクエストはマルチ専用。
つまりオフラインで潜り続け、単騎で膨大な素材を一人きりで集めきったというのだ。
それなりにゲーム内通貨(マニー)を積めば買える素材ではあるがこれもオンライン専用。

生粋のゲーマーをアインスは初めて見た。

「ありがとう…ございます…」
「じゃあ引き留めて悪かったな
明日もここで9時までなら待ってるから、いつでもクエストに誘ってくれよな」
「………………ん?」

けげんな顔をすればアドラーはきょとんとする。
普通、これまで培ったレベルを強制的に1に下げられ、嫌だと思うはずなのに、一緒にクエストに行こうとまで言ってくる。

「正気…ですか?」
「正気もなにも…フレンドだけして何もしないっつーのも変だろ」
「それは普通の人だけで、私は、……拒絶するはずなのに…」

俯いたまま、もらった盾をぎゅっと握る。
アドラーは話し始めるが顔を上げられない。

「つうか、俺は純粋にゲーム楽しみたいだけだし
レベルもそこそこだし
………ていうか、【レベル1】が実装されてるってことは、これまでの敵レベル1で倒せるってことじゃね?」

「でも……」

「まぁまぁ!とりあえず俺の腕磨きに付き合うと思って!な!」

久しぶりのクエストのはずなのに、心が躍らない。
レベルが一向に上がらない絶望感が体を支配していた。
そして今も集められている視線が恐ろしい。

「………今日は、もう降ります…
助けてくれてありがとうございました…」


ゆっくりとボタンを押して穏便にログアウトが完了した。



学校に行けばクラスメイトの女子は逃げるように教室からでた。
こういう態度の時は決まって吹一 大賀(すいいち たいが)の機嫌が悪い。
一子は友達に朝の挨拶をして教室に入った。
確かに横目で見る限り、かなり機嫌が悪そうだ。

舌打ちを連発している。
噂ではアルバイトをしているようだし、そこで嫌なことがあったのだろう。
触らぬ神に祟りなし。スルーして席に着いた。

ともあれ、携帯とリンクしているPsycheterのデータを見る。
アインス、種族鬼、レベル1とステータスが羅列している中にフレンド数1と明記されていた。
慌てて公開プロフィール情報を設定し直し、フレンド数を隠した。

(そもそも、こんなスキルの私に構うっていうのも変な話だ…巷ではわざと体力をぎりぎりに残した上で卑猥な写真を撮る輩もいるって言うし
それと同じ類だ…きっと…)

けれど、唯一のSSR武器であるイージスの盾を見てはそんなことないのではないかと思ったりする。
それに今までゼロだったフレンド数が1と出ているのも少しだけ嬉しい。

恐らく一子もやろうと思えばオフラインで潜っていたはずだ。
けれどもしつこくオンラインでログインしていたのはこうして誰かとするゲームを楽しみたいという気持ちがどこかにあったのだろう。

アドラーの公開プロフィールを見る。

アカウント名:アドラー
性別:男
種族:エルフ
得意武器:弓と格闘
所持マニー:34211802
フレンド数:4
ログイン日数:201日
所属団:なし
ひとこと:オフライン勢
基本単騎、フレンド許可は身内のみ。

単騎で潜り続けると所持マニーがどえらいことになることは分かった。
それから金羊毛騎士団とも関わっていないことも。

少しだけなら、関わっても良いのかもしれない。
そんな期待をしていた。

「朝礼はじめるぞー」

担任の声で生徒たちは続々とクラスに入り席に着く。一子はいたって普通の様子を貫いた。
フレンドが1になっただけで浮ついているなんて、正直恥ずかしい。


いつものように学校が終わり、図書室でする課題もいつもより早く終わった。
というか分からないところはさっさと飛ばしてしまった、というのが要因だろう。

「ただいまー」

無人の家に帰り、手を洗い、米を研ぎ、食器を洗ってそれからPsycheterを起動した。
ヘッドセットをあてがうとゆっくりと視界が広がる。
Psycheterのポータルサイトに無事入れたようだ。
ここから街を選ぶのだが…
アドラーは来ているのかわからない。
相手が学生なのか社会人なのかすらも聞いていなかった。
ここからログイン状態がわかればいいのに、と思いながら昨日と同じ街を選択した。

ログイン日数が更新されてボーナスアイテムを受け取る。
そして足早に、人目を避けるように建物の隙間に隠れる。

(早めにログインできたから…今日は街に人が少ないな…)

ともあれユーザーがまばらであることはアインスにとっては良いこと。
安心してステータス画面を開いて装備設定をした。
アドラーからもらった盾を装備すると、腕にイージスの盾が現れる。

(かっこいい…)

見れば見るほどデザインが細かく、どころどころ花のような模様のアクセントがとてもおしゃれだ。
Psycheterの武器デザイン担当者は天才だなと心の中で褒め称える。

初期装備のままは恥ずかしいが、それでも素直に嬉しさを感じた。

(ところでこの属性-無-って何かな…初めて見たけど)

Psycheterの戦闘システムの中で属性が搭載されている。
火炎、樹木、清水、大地の4種類だ。
火炎は樹木に強く、樹木は大地に強く、大地は清水に強く、清水は火炎に強い。
それぞれ優劣があり、ほとんどの武器や装備、または固有スキルにまでついていることが多い。
だがこの無属性はアインスは知らなかった。
ただ属性がついていないなら何も表記されることはない。
それなのにわざわざ無と表記しているのは何か理由があるのだろうか。

せっかくログインして、昨晩のカフェの近くにいるのだからダメ元で連絡してみることに。
アインスはもたついた手つきでフレンドチャットを開いた。

「えーと…書き出しはなんてすればいいんだろう…」

あれこれと考え、結局チャットではなく通知文のような文面となってしまった。

はじめまして、昨日フレンドにしてもらったアインスです。
お忙しい時間でしたら申し訳ありません。

頂いた盾の件で、少し疑問に思ったことがあるのですが、教えてもらっていいでしょうか?
時間のあるときに返信してもらって大丈夫です。
よろしくお願いします。

「……固い…」

流石にこれは無いな、と自虐する。
しかし相手が年上だとすればこの程度がいいのかもしれない。
思い切って送った。
そして初めてフレンドにチャットを送る、初心者ミッションもクリアした。

手元に1000マニーが来て受け取る。

(…会ったとき、なんて呼べば良いかな…アドラーくん?アドラー…さん?)

そんな小さな事を考えることだけで時間を潰していると、わざわざ路地裏に来たのは屈強なアバターのユーザーだった。
胸に金羊毛のマークがある。

「あ…」
「こいよ」
「い、嫌です」
「いいから来いっつってんだろ!」

無理やり腕を引っ張られるが、お互いにレベル1の鬼種族。
攻撃力は同等なのでアインスも対抗することができていた。
だがその団員が上位の装備をつけていた為、あえなく道のど真ん中に放り投げられる。

「うっ…」
「フレンドができたんだってな」
「っ!!」

手を容赦なく踏みにじってきたのは金羊毛騎士団団長…つまりギルドを創設し、アインスを毛嫌いしている張本人。
ヴァルトラムだ。

白髪に冷徹な赤の目。
似たような赤い色でもアドラーとは全く違う色に見えた。

いちいち装備にイメージカラーの赤と金を施しており目に痛い。
自尊心の塊はアインスをひたすら見下して、蹴りつけた。

「っ!」

「どうせすぐ見放されるくせにな
この雑魚!ブス!クソアマ!!」

蹴られても非戦闘区域のためダメージは入らない。
しかしサンドバッグそのものだ。

「ちょうどいいムシャクシャしてんだ」
「やっ!やめて!!」
「黙れ!!どうせ俺に勝てないくせに!!」

鬼の角を掴んでそのまま引きずられていく。
その様子を周りは笑いながら見ているだけだった。
360度どこを向いてみ笑い声に囲まれてアインスは泣き出す。
それでも助けてくれる者などいるはずもない。
笑い声が、アインスを逃げられないという思考にさせた。

フィールドまで引きずられ、まるで公開処刑だ。
めそめそしているアインスの頭に剣を投げる。
咄嗟にイージスの盾を出してそれを防いだ。

「…は?
なんだそれ、イージス?
セックスでもして恵んでもらったのか?」
「ち、違うっ!!」
「いちいちウゼーんだよ!!」
「っ!」

蹴り飛ばされる。
間違いなく体力は減ったが半分削られただけだ。

ヴァルトラムは忌々しくアインスを眺める。

「ウゼーウゼーウゼー!!
なにもかもレベル1にしやがって!!
いいから俺に負けてろ!!
さっさと消えろ!!」

またPKされる。
ヴァルトラムが出てきて死なないことはない。
そもそもこれはヴァルトラムの逆恨みで始まったことだ。
アインスは必死に盾で己を庇いながらそれに耐えていた。

「この負け犬が!!」

大振りに剣を振り上げた。
そこが狙い目だと言わんばかりに赤い閃光が飛び出してきた。

ヴァルトラムはそれと共に遠くへ転がる。

「ギルドでたった1人をPKして何が楽しいんだテメー!!」
「ぐっ、う!!
なんだテメーは!!!」
「うるせぇ!!ゲームで楽しめない奴のほうが負け犬だ!!」

ヴァルトラムの髪を掴み、地面に下敷きにしている。
わざわざアインスを助けようとするのはアドラーくらいしかいない。

「あのロン毛野郎!」
「レベル1殺してから加勢に行くぞ!!」

騎士団員の矛先がまずアインスに向いた瞬間、アドラーがやってきた方向から爆発が起こる。
予期していない攻撃にレベル1の団員は成すすべなく集団ログアウトをさせられた。

「て、テメェ何しやがった!!」
「爆破アイテムも知らねーイキリ野郎に俺が負けるわけねーだろ!!!」

アドラーはヴァルトラムごと空中に跳ぶ。
空の彼方まで上昇し、そして重力に任せて、帰還システムを利用して地上へ真っ逆さま。

重量、攻撃力、スキル【跳躍-火炎-】を利用したアドラーの攻撃はヴァルトラムの体力ゲージを5本消費させる。
凄まじい轟音と衝撃にフィールドのテクスチャがポリゴン化するほど。
アインスは盾でなんとか持ちこたえたものの、盾が無かったら今頃ここにはいなかったはずだ。

「く…クソッタレ野郎…!」
「まだ生きてんのかお前
もういっちょいっとくか?」
「ざっけん……なっ!!?」

また跳び上がる。

「テメー!!金羊毛騎士団のヴァルトラムを知らねーのか!!?」
「俺の公開プロフィール見てねーのか?オフライン勢だっつってんだろ!!」

ヴァルトラムを地上に向けて投げつける。
そしてアドラーは強化を重ねる。

「Buff:Leg!!
HP吸血強化転換!
エルフ専用:神速!」

空から降る隕石のようにアドラーはヴァルトラムの真上に降り注ぐ。
明確な殺意を持った攻撃というのはこういうものを指すのかとある意味恐怖した。

テクスチャが剥がれ、世界が一瞬モザイクになるほど。
火柱が高く昇り、このフィールドのみならずサーバーが焦げた。
文字通りの灼熱で天気情報がバグにより「溶岩地帯」と表記されたのを見逃さなかった。

「こ…こわ……」

炎と煙晴れて、そこにいたのは自身の体力も削られたアドラーだ。

「あ…アドラーさん…」
「全く!PKっつーのも、やになるよな!
ほら!やるから回復しろ!」
「あっはい」

今回は素直に回復薬を飲む。
するとアドラーは足元から徐々にアバターを形成出来なくなっていた。

「えっ!?それっ!?」
「あー、BAN食らったかな…これやると運営から怒られるんだよな…ふっつーにサーバー落ちるらしい
多分2日くらいログインできねーけど、チャットはできるから
さっきのやつ返信しとくぜ
じゃあな!」
「ファッ!!?」

普通のログアウトとは違って、ピタリとアバターは固まり、そのまま蜃気楼のように消えていった。
【跳躍-火炎-】がどれほど凶悪な性能であるのか、アインスは身をもって実感する。

そして空に運営からのメッセージが出てきた。

エラーコード:X03により草原サーバー:3はこれから一時シャットダウンを行います。
草原サーバー:3にいるユーザーはこれから5分以内で別サーバーに移動するかログアウトを実行してください。
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