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52.癒しの歌姫
しおりを挟むフレルデントでは、いつも穏やかな祈りの歌が響いていた。
その歌は、朝、昼、夜の他、歌い手が歌いたい時に、歌いたいだけ歌われる。
フレルデントの民は、この歌を誰が歌っているのか知っていたが、誰も何も言わなかった。
彼らにとってこの歌はいつまでも聴いていたいものであり、誰かの発した一言で、歌い手が歌うのを止めてしまう事を危惧していたのだ。
歌い手は一度、
「私がいつも歌っていたら、うるさくはないですか?」
と聞いた事があったが、それには誰もが首を横に振った。
「構わないから、君が歌いたい時に、歌いたいだけ歌うといい」
国の最高権力者であるフレルデント王にそう言われ、歌い手――アリアは安堵し、頷いた。
「ねぇ、坊……。毎日毎日、あの子は自分が何をしているのか、まだ理解していないのだろうねぇ」
アリアは今、ロザリンドの館の薬草園で歌っていた。
ロザリンドが冗談交じりに、植物は歌を聴かせると良い方向に成長すると言ったのを、素直な彼女は信じたのだ。
それからアリアは薬草園で歌うようになったのだが、ロザリンドの言葉の通り、質の良い薬草が育つようになった。
リカルドとロザリンドは、お茶をしながら歌うアリアを眺めていた。
「えぇ、そうですね。ただ毎日歌い、祈っているだけだと思っているようですね。でも、質の良い薬草が育った事は、とても喜んでいましたよ」
アリアの歌の効果は、植物への影響だけではなかった。
彼女の歌はフレルデントの空気を浄化し、この地を守る結界の力を増幅させているのだ。
そして何より、人々の心に癒しを与えていた。
彼女の歌声を聞くだけで、心も体も休まるのだ。
「あとは、自分自身の魔力の増幅……自分の魔力量がずいぶん増えている事にも、気づいていないんだろうね」
「えぇ、多分」
「薬草の知識も増えた。ポーションの調合も、すっかりお手の物さ。今では全部あの子に作ってもらっているよ。魔法の方も、しっかり覚えたよ。攻撃系も覚えたが、防御と回復系の呪文がお気に入りのようだね。全く、私の愛弟子は、すごい逸材だったよ。お前と一緒さ」
「ありがとうございます」
「ウクブレストは……あんな逸材を傷つけ、手放した事になるね」
ロザリンドの言葉に、えぇ、とリカルドは頷いた。
だけど、そのおかげでリカルドは彼女を結ばれる事ができたのだ。
「そのウクブレストですが、フレルデントを狙っているのだという手紙を送りつけてきましたよ」
「へぇ……」
「降伏する機会を与えてやろうと書いてありました。近いうちに、ディスタルに会う事になるでしょう。アリアに言うと心配するから、黙っていた方がいいかと思うのですが、どう思われますか?」
リカルドの問いに、ロザリンドは考え込んだ。
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戦争になるかもしれないというだけで、かなり思い悩んでいたというのに、リカルドがディスタルに会う事になったとなると、どれだけ心配するか、眼に浮かぶようだった。
「でも、隠していてもバレた時に、あの子は傷つくんじゃないかい? それに……アリアはアリアなりに必死に自分にできる事を探していた。正直に話してやる方がいいと思うがね」
「確かに、そうですね」
リカルドは頷き、どのタイミングで彼女に知らせようかと考える。
リカルドも父親であるライルも、ウクブレストに降伏するつもりはなかったが、ディスタルとの会見後に戦争が始まる確率は、かなり高かった。
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