上 下
52 / 80

52.癒しの歌姫

しおりを挟む


 フレルデントでは、いつも穏やかな祈りの歌が響いていた。
 その歌は、朝、昼、夜の他、歌い手が歌いたい時に、歌いたいだけ歌われる。
 フレルデントの民は、この歌を誰が歌っているのか知っていたが、誰も何も言わなかった。
 彼らにとってこの歌はいつまでも聴いていたいものであり、誰かの発した一言で、歌い手が歌うのを止めてしまう事を危惧していたのだ。
 歌い手は一度、

「私がいつも歌っていたら、うるさくはないですか?」

 と聞いた事があったが、それには誰もが首を横に振った。

「構わないから、君が歌いたい時に、歌いたいだけ歌うといい」

 国の最高権力者であるフレルデント王にそう言われ、歌い手――アリアは安堵し、頷いた。

「ねぇ、坊……。毎日毎日、あの子は自分が何をしているのか、まだ理解していないのだろうねぇ」

 アリアは今、ロザリンドの館の薬草園で歌っていた。
 ロザリンドが冗談交じりに、植物は歌を聴かせると良い方向に成長すると言ったのを、素直な彼女は信じたのだ。
 それからアリアは薬草園で歌うようになったのだが、ロザリンドの言葉の通り、質の良い薬草が育つようになった。
 リカルドとロザリンドは、お茶をしながら歌うアリアを眺めていた。

「えぇ、そうですね。ただ毎日歌い、祈っているだけだと思っているようですね。でも、質の良い薬草が育った事は、とても喜んでいましたよ」

 アリアの歌の効果は、植物への影響だけではなかった。
 彼女の歌はフレルデントの空気を浄化し、この地を守る結界の力を増幅させているのだ。
 そして何より、人々の心に癒しを与えていた。
 彼女の歌声を聞くだけで、心も体も休まるのだ。

「あとは、自分自身の魔力の増幅……自分の魔力量がずいぶん増えている事にも、気づいていないんだろうね」
「えぇ、多分」
「薬草の知識も増えた。ポーションの調合も、すっかりお手の物さ。今では全部あの子に作ってもらっているよ。魔法の方も、しっかり覚えたよ。攻撃系も覚えたが、防御と回復系の呪文がお気に入りのようだね。全く、私の愛弟子は、すごい逸材だったよ。お前と一緒さ」
「ありがとうございます」
「ウクブレストは……あんな逸材を傷つけ、手放した事になるね」

 ロザリンドの言葉に、えぇ、とリカルドは頷いた。
 だけど、そのおかげでリカルドは彼女を結ばれる事ができたのだ。

「そのウクブレストですが、フレルデントを狙っているのだという手紙を送りつけてきましたよ」
「へぇ……」
「降伏する機会を与えてやろうと書いてありました。近いうちに、ディスタルに会う事になるでしょう。アリアに言うと心配するから、黙っていた方がいいかと思うのですが、どう思われますか?」

 リカルドの問いに、ロザリンドは考え込んだ。
 アリアは大人しく心優しい娘だ。
 戦争になるかもしれないというだけで、かなり思い悩んでいたというのに、リカルドがディスタルに会う事になったとなると、どれだけ心配するか、眼に浮かぶようだった。

「でも、隠していてもバレた時に、あの子は傷つくんじゃないかい? それに……アリアはアリアなりに必死に自分にできる事を探していた。正直に話してやる方がいいと思うがね」
「確かに、そうですね」

 リカルドは頷き、どのタイミングで彼女に知らせようかと考える。
 リカルドも父親であるライルも、ウクブレストに降伏するつもりはなかったが、ディスタルとの会見後に戦争が始まる確率は、かなり高かった。 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

王命って何ですか?

まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実に、傍聴席で見守る貴族達は息を飲む。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

処理中です...