上 下
37 / 80

37.悪女

しおりを挟む


「王様と王妃様は、あの娘を、アリア・ファインズを、とても可愛がってらっしゃいましたね。それは、あの娘がディスタル様の婚約者だったからですか?」
「そんな事はない。まぁ、確かにあの娘は、こちらが望んで婚約者にしたから、それなりの対応はしていたが」

 嘘だった。
 ヨハンもヘレナも、本当はアリアを娘にできる日を楽しみにしていた。

「そうですか? でも、私にはとても可愛がっていたように見えたのです。だから、私の事も、可愛がってはいただけません?」
「例えば、どんなふうに?」

 この娘は、ただ僻んでいるだけなのだろうか?
 だが、何かとてつもない事を、企んでいるような気もする。

「私は今、ファインズの娘のせいで、大変迷惑をしておりますの」
「迷惑? どういう事だ?」

 ヨハンが問うと、スザンヌは深いため息をつき、言った。
 大袈裟な演技をしているようにも見える。

「私があの娘に、毒を盛ったのではないかという噂がありますの。大変、迷惑をしております」

 ヨハンは顔には出さなかったが、息子の婚約者であるこの娘に、内心苛立った。
 実際に毒を盛ったくせに何を言っているのだと思いながら、ヨハンはスザンヌの話を聞く。

「噂のせいで、私はとても傷つきました。だから、噂の元を罰してほしいのです。王であるあなたになら、それができるはずです」
「遠回しに言うな。お前は私に、どうせよと、言うのだ」

 ため息をついてそう言うと、はい、と頷いたスザンヌは、信じられないような事を口にした。

「では、ファインズ公爵から爵位を剥奪し、家族共々国外追放とし、ファインズの屋敷を、私たちマッコール男爵家にいただけませんか?」
「お、お前は、何を言っているのだ! そんな事ができるはずないだろう!」

 この娘は、やはり頭がおかしいと思った。
 嫌悪感を顕にしてスザンヌを見ると、彼女は、ニタリ、と不気味な笑みを浮かべた。

「そう言えば、今日はお妃様は、どうされたのですか?」
「と、突然、何なのだ。妻は、今日は体調が悪く、部屋で休んでいる」
「あら、どうなされたのかしら?」

 スザンヌは首を傾げると、開いた胸元から小さな瓶を取り出して、ちらつかせる。
 スザンヌがアリアに毒を盛った事を知っているヨハンは、その小さな瓶の中に毒が入っているのではないかと連想した。
 その時、

「国王陛下! お妃様が、突然胸を押さえて苦しまれてっ!」

 と叫びながら、妃の侍女が部屋に飛び込んで来た。
 すぐに向かうと伝えると、侍女は再び妃の部屋へと戻っていく。

「おい……もしかして、ヘレナに何かしたのか?」
「さぁ、どうでしょう?」

 ニタリと笑ったまま、スザンヌは首を傾げる。

「おい、ディスタル、お前、自分の母親がどうなってもいいのか?」
「父上が、スザンヌの願いを叶えてくれれば、大事には至らないのではないでしょうか?」
「なん、だと?」

 ヨハンは耳を疑った。
 今のこの息子の発言は、自分の婚約者が母親に何かをした事を肯定しているも同然の発言だったからだ。

「それに、父上だって、婚約破棄の事では、ファインズとは気まずいのではありませんか? あちらもこちらに対し、思うところもあるでしょうし、これを機に距離を置かれてはどうでしょうか?」
「これを飲めば、すぐに落ち着かれると思いますわ」
「ディスタル……貴様っ……」

 妃の命と親友を天秤にかけられ、ウクブレスト王は妃を選び取った。
 心の中で何度も親友である、エランド・ファインズに謝りながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

痛みは教えてくれない

河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。 マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。 別サイトにも掲載しております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

聖人な婚約者は、困っている女性達を側室にするようです。人助けは結構ですが、私は嫌なので婚約破棄してください

香木あかり
恋愛
私の婚約者であるフィリップ・シルゲンは、聖人と称されるほど優しく親切で慈悲深いお方です。 ある日、フィリップは五人の女性を引き連れてこう言いました。 「彼女達は、様々な理由で自分の家で暮らせなくなった娘達でね。落ち着くまで僕の家で居候しているんだ」 「でも、もうすぐ僕は君と結婚するだろう?だから、彼女達を正式に側室として迎え入れようと思うんだ。君にも伝えておこうと思ってね」 いくら聖人のように優しいからって、困っている女性を側室に置きまくるのは……どう考えてもおかしいでしょう? え?おかしいって思っているのは、私だけなのですか? 周囲の人が彼の行動を絶賛しても、私には受け入れられません。 何としても逃げ出さなくては。 入籍まであと一ヶ月。それまでに婚約破棄してみせましょう! ※ゆる設定、コメディ色強めです ※複数サイトで掲載中

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

処理中です...