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5.失った声
しおりを挟む「ねぇ、アリア。しばらくの間、この国を離れて、フレルデントの私の家に来ない?」
姉のサリーナがそう言ったのは、アリアが目覚めて五日目の事だった。
この五日間でアリアは普段通りの生活ができるまで回復をしていたが、喉の痛みと声だけは回復していなかった。
「今のあなたは、この国に居たら辛い事を思い出してしまうと思うの……。だから、気分転換と静養を兼ねて、フレルデントに行きましょう? 森と湖に囲まれた、とても静かで綺麗な所なのよ。こことは比べ物にならないくらい空気も綺麗だし、アリアの喉にも良いと思うの」
「わぁ、アリア姉様、そうすればいいよ! 僕も賛成だよ! そのうち、僕も遊びに行かせてもらうから、先に行って待っていて」
姉の申し出にアリアが迷っていると、両親と弟のクリスが先に賛成し、アリアの背中を押してくれた。
アリアたちが住んでいるウクブレスト王国の王都オルダーヌから隣国のフレルデント王国までは、早馬で丸一日、馬車での移動なら丸二日はかかる距離だった。
今回の移動は病み上がりのアリアの体調を考えて、途中にある町や村で休みながらの移動の予定だった。
「アリア、フレルデントでなら、あなたの喉もきっと良くなるわ。声も取り戻せるはずだから……」
サリーナの言葉に、アリアは唇の動きだけで、ありがとうと礼を言った。
声が出なくなった原因については、生死の境をさまよって目覚めた日に、母のセリカに弟のクリスを連れ出してもらってから、父親のエランドから説明を受けていた。
「アリア……お前の喉の事なのだが……誰かに毒を飲まされた可能性があるんだ……。何か心当たりがあるかい?」
エランドの言葉に、アリアは素直に頷いた。
そして正直に……今更言っても仕方がない事であろうが、スザンヌ・マッコール男爵令嬢から、パーティーが始まる直前に飲み物を貰い、口にした事を筆談で伝える。
エランドは、そうか、と言っただけで俯いてしまった。
今更それを公にしてスザンヌに詰め寄ったとしても、証拠などどこにもないだろう。
それに、今やスザンヌは王太子ディスタルの婚約者。
彼女を責めれば、いくらファインズが公爵家とはいえ、ただでは済まないだろう。
「アリア……お前の喉を潰した毒なのだが、ただの毒ではないようなのだ。もしかすると、呪いが込められているかもしれない可能性があって、この国の医師には手に負えないらしい」
あのスザンヌという女性は、アリアの喉を毒と呪いで潰してしまいたいくらい、アリアの存在が気に入らなかったのだろうか。
ディスタルといい、スザンヌといい、自分が彼らに何をしたというのだろうと思う。
もしも自分が何か罪を犯したというのなら、今のこの状況はアリアが受けるべき罰なのかもしれないが、どれだけ考えても何も思い浮かばなかった。
悲しく辛かったが、アリアは涙を見せなかった。
今はそばに姉が居る。優しいサリーナは、アリアが泣くと辛いだろう。
だから、一人になったら、静かに泣こう。
誰にも気づかれないように。 馬車に揺られながら、アリアは静かに目を閉じた。
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