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第3章・冒険者デビュー

出来レース

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「あの、お二人にちょっと聞きたいんですけど……」

「はい、何でしょう?」

 声をかけると、少し首を傾げながら、ローレンスさんとリュシーさんは私を見つめた。

「さっき、選ばれないとわかっていても、と言いました?」

 私の問いに、ローレンスさんは少し考え込んで、頷く。

「えぇ、言いましたね」

「それって、今ユリウス――この彼が着ている衣装の事ですか? ジュニアス……王子は、王都オブリールとこの商都ビジードの商人ギルドに衣装を作らせて、競わせるっていう話じゃなかったんですか?」

 私がそう言うと、ローレンスさんは、そうですよ、と頷いた。

「ただね、競わせるというのは建前で、民衆の目を引くための、ただのイベントなんです」

「イベント?」

「はい。そしてこのイベントは、ぶっちゃけ出来レースなんですよ。ジュニアス様は、私が――商都ビジードが出した衣装を選ばれる事は、九十九パーセントないでしょう。何故ならあの方は、オブリールの商人ギルドに自分好みの豪華な鎧を作らせているのですから」

「え?」

「あぁ、あいつのやりそうな事だ」

 混乱する私の隣で、ユリウスが深いため息をついた。

「つまり、ジュニアス……王子は、王都オブリールの商人ギルドに自分好みの衣装をオーダーして、そちらを選ぶつもりって事? リュシーさん、一生懸命に、こんなに素敵に作っているって言うのに? リュシーさん、もしかしてこの事、知っていたんですか?」

「あぁ、知っていたよ。だから余計にやる気が出なくてさぁ」

「そりゃ、出ないよ!」

 選ばれる事はないってわかっているのなら、やる気が出ないのは当たり前だ。
 何のために作っているんだって思っちゃうもん!

「だけど、表向きは競わせるという事なので、中途半端な物を出すわけにはいかないのですよ。だから、リュシーにはなんとかしてくれと頼み込んでいたのですが、素晴しい衣装が出来上がりそうで良かったです。ところでリュシー、そろそろこちらの方を紹介してくれませんか?」

 ローレンスさんはユリウスを見つめ、言った。
 そういや私とサーチートおはローレンスさんに自己紹介したけれど、ユリウスはまだだった。

「ユリウス、と言います。彼女……オリエの夫で、冒険者です」

「オリエさんの旦那さん? お二人とも、すごくお若いのですね。私は、この商都ビジードの商人ギルドのギルドマスター、ローレンス・ボルクです。ユリウスさん、この度はリュシーに協力していただき、ありがとうございます」

 そう言ったローレンスさんは、ユリウスに右手を差し出した。
 ユリウスが同じように右手を差し出してローレンスさんと握手をすると、

「本当にね、断ろうと思っていたギリギリで、この子に会ったからラッキーだったよ。選ばれないってわかっていても、作ろうっていう気持ちになれたのは、間違いなくユリウスと会ったからだよ」

 強引に手伝わせようとしているイメージが強かったんだけど、リュシーさんはとてもユリウスに感謝しているようだった。
 それを自分でも感じ取ったんだろう、ユリウスは優しく金色の瞳を細め、役に立てたなら良かった、と呟いた。

「でも、この衣装は、九十九パーセント選ばれないわけですよね? それ、なんとかならないものなんですか?」

 こんなに素敵な衣装なんだから、ジュニアスだってこの衣装を見れば、気が変わるんじゃないかな。
 だけどローレンスさんは首を横に振った。

「王都オブリールの商人ギルドのギルドマスターは、ジュニアス様の母君、つまり王妃様の父親ですからね。ジュニアス様からすると、祖父に当たります。だから、ジュニアス様がこちらを選ばれる事は、九十九パーセント、いや、百パーセントないでしょう。そして、民衆の前で、王都オブリールの商人ギルドは素晴らしいと褒め称えるんですよ」

 そう言ったローレンスさんは、深い息をつき苦笑した。
 選ばれる事などない出来レース……だけどこの国の王子の命令で、そのレースに参加しなくてはいけないのだ。
 本心は、やってられるかって気持ちでいっぱいなんだろうなぁと思う。

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