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第4章:乙女は一途に恋をする
7・子供の頃から好きな人
しおりを挟む尊と話した翌日、灯里は放課後、保健室へと足を向けた。
「奈央先生、ちょっと、いいですか?」
用事があったらすぐに失礼しようと思っていたのだが、奈央は笑って頷き、灯里に椅子を勧めてくれた。
「どうしたの、灯里。何か相談事?」
「あ、はい……相談っていうか、その……」
「ん? どうしたのかなぁ?」
奈央は声をかけたが何も言い出さない灯里を、黙って待っていてくれた。
奈央も暇ではないはずだ。
声をかけて何も言い出さないなんて、申し訳ない。
灯里は覚悟を決めると、思いきって切り出した。
「あの、奈央先生……奈央先生には、好きな人が居ますか?」
灯里がそう言うと、奈央は驚いたような表情で灯里を見つめた。
「あの、先生?」
「あ、ごめんね。私ね、結構男子からも女子からもそんな感じの恋愛相談を受けているんだけど、まさか灯里から聞かれるとは思ってなくてね、びっくりしちゃっただけよ」
「ご、ごめんなさいっ」
思わず謝ると、奈央は笑って灯里を優しく見つめた。
「私の好きな人ね。ふふ、いいわよ、別に隠しているわけじゃないし、教えてあげるわ。私には好きな人、居るわ。子供の頃からずっと好きだった人よ」
「子供の頃から?」
灯里は聞き返すと、奈央は頷いた。
彼女はその相手を、小学校の頃から好きなのだと言う。
「あの……その人の事……どんな人なのか、聞いてもいいですか?」
躊躇いがちにそう尋ねると、奈央はまた少し驚いたようだったが、笑って頷いた。
「灯里、珍しくグイグイくるわね。大人しいアンタからそんなふうに聞かれて、私、嬉しくなっちゃったわ。それ、今度郁美や典子さんに会ったら、どんどんやってあげなさい。きっと喜ぶから」
あの花火大会の後から、灯里は郁美の経営する美容室に通って、彼女に髪を切ってもらうようになっていた。
典子は聡の恋人として紹介されてから、よく遊びに来るようになっている。
二人共灯里にとても優しく、可愛がってくれて、灯里は突然美人のお姉さんが二人も出来たような気分になっていた。
「郁美も典子さんも、恋バナ好きだから。もちろん、私もだけどね」
奈央はそう言うと、パチンとウインクした。
奈央も、郁美も、典子も、素敵な女性だなと灯里は思う。
自分が大人になった時、こんなに素敵な女性になれているだろうか、とも。
「えと、私の好きな人がどんな人かって話だったわね。あのね……私の好きな人はね、私の事を放っておいて、遠くに行っちゃう人よ」
「奈央先生を放っておいて、遠くへ行っちゃう人?」
「そう……。仕事の関係でね、世界中を飛び回ってるの。連絡もほとんどして来ないし……日本にもずいぶん帰ってきていないんじゃないかな。考えてみれば、ひどい男よね。こんないい女を放っておいて」
ずいぶん、というのがどのくらいの期間なのかを聞こうかと思ったが、灯里は聞かなかった。
ただ、
「それって……寂しくないんですか?」
とだけ聞く。
奈央は、そうねぇ、と呟いた後苦笑し、頷いた。
「そりゃあ、寂しいわね。特に最近、周りが幸せそうにしてたりすると……」
灯里の頭に浮かんだのは、郁美や典子だった。
郁美は夫である零と、ヘアサロンとネイルサロンを経営していて、典子は聡に家族を紹介され、上手く行きだしたのだ。
そういう友人たちを見ると、寂しいと感じてしまうのかもしれない。
「あの……そういう時って、近くに居る人に、心が動いたりしないんですか?」
思わずそんな事を聞いてしまって、灯里はすぐに後悔をした。
こんな事を聞くなんて、奈央に対して失礼ではないかと思う。
だが、奈央は気にするふうではなかった。
あっさりと、きっぱりと、
「あー、それは、ないわ」
と、奈央は灯里に言い切った。
「そ、そうなんですか?」
「えぇ。いくら彼がそばに居てくれないからって、私は他の男に心が動いたりはしないわね。私ね、昔からすごく一途なのよ。周りから、呆れられるくらいにね」
「そう、ですか。あの……」
「ん?」
「あの、ごめんなさい……。私、変な事……とても失礼な事を聞いちゃいましたね……」
灯里が謝ると、奈央は優しく笑って大丈夫だと答えてくれた。
同じような事を何度も言われた事があるのだと言う。
そして、そのたびに今と同じように答えてきたらしい。
「時々心無い子が居て、強がってるだけじゃないのって言われる事もあったし、バカじゃないのって笑われた事もあったわ。でもね、言わせたいやつには言わせておけばいいって思ってるの。だって、私は自分の気持ちを変える事なんて出来ないんだから、仕方ないじゃない」
灯里は奈央の話を聞いて、すごく強い人だと思った。
やはり奈央はとても素敵な女性だ、と思う。
先程も思ったが、自分もこんな強くて優しい女性になりたいと思った。
「奈央先生は、綺麗で優しくて……それからとても強い人だと思います……。とても、素敵な人です……」
灯里がそう言うと、奈央は照れたように笑った。
「ありがとう、灯里」
と礼を言った彼女は、
「ところで、灯里はどうなの?」
と灯里に問う。
「え?」
「だからぁ、灯里はどうなのよ?」
「え? 何が、ですか?」
「灯里は、好きな相手に一途じゃないの? それとも、何かあったら他の男に心が揺らいじゃうタイプなわけ?」
「わ、私はっ……」
灯里は慌てて首を横に振った。
灯里は子供の頃からずっと、一度会っただけの尊を想って生きてきたのだ。
「私は……私も、そうです……一途だと、思います……」
今、尊には好きな相手は居ないのだという。
今は精一杯教師という仕事に打ち込みたいのだという彼は、それでもいつかはまた恋をするだろうと言った。
彼はあんなに素敵な人なのだ。
尊の前にはこれから先、たくさんの素敵な女性が現れるのだろう。
今の自分では彼の恋の相手にはなれないと思うが、それでも少しでも彼にふさわしい女性になりたいと思った。
奈央や郁美や典子のような、素敵な女性になりたいと思った。
「そう、灯里も一途なのね」
そう言った奈央に、灯里は頷いた。
「奈央先生、私ね……」
「何?」
「私も、子供の頃からずっと、好きな人が居るんです」
今は好きな相手が居ないという尊が誰かを選ぶその日まで……いや、多分それ以降も、自分は彼の事を好きでいるだろうと灯里は思った。
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