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第4章:乙女は一途に恋をする
4・思いがけない来客
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【4・思いがけない来客】
今度の日曜日に客が来るので、何か作ってくれないかと灯里が聡に頼まれたのは、金曜日の事だった。
「お客様? 典子さんですか?」
「いいえ、違います。だけど久しぶりに家でゆっくり話をして酒でも飲みたい相手なのです。たまには、いいでしょう」
聡がそんな事を言い出すのは珍しかった。
灯里に気を遣っているのか、聡も和利も家では酒を嗜む程度で深酒をせず、外で飲む時も深酒をして帰ってくる事はなかったのだ。
「もちろんです。私で良ければ、いくらでも作ります。ただ……お酒を飲まれるという事は、おつまみ的な感じ、ですか?」
お酒を飲む時のおつまみってどんな感じのものだろう?
まだ飲酒できる年齢ではない灯里にはよくわからなかった。
それに、飲むアルコールの種類によってもおつまみは変わってくるのではないだろうか。
そんな事を考えていた灯里に、
「灯里様、そんなに真剣に考え込まなくても良いですよ」
と聡は言う。
「灯里様が作られるものは何でも美味しいので、いつもの通りの食事でもいいのです。ただ、いつもより一食分多く用意してさえいただければ」
「そうなんですか? でも、いつものごはんで、お酒って飲めるものですか?」
首を傾げた灯里に、えぇ、と聡は頷いた。
でも、灯里はいつも通りではなく、少しは特別ぽい事をしたいと思った。
だって、聡が誰かを家に招いてお酒を飲むなど、滅多にない事なのだ。
料理のレシピサイトでも見てみようと思う。
そして、日曜日。
今日は叔父の和利は出掛けて遅くなり、食事は外出先で済ませてくるのだという。
ではいつものように食事の用意をして、少しおつまみ系の料理を作ればいい。
作った料理は聡の部屋に運ぶ事になっていた。
その方が聡もお客様もゆっくり出来るし、人見知りの激しい灯里の事も気遣ってくれているのだろうと思う。
料理サイトでいくつかチェックした料理を作っていると、来客を告げるチャイムが鳴った。
「聡兄さん、お客様が来られたみたいですよ」
自室に居た聡に声を掛けると、聡は自室から出てきて、玄関に向かう。
聡がこの家に友人を連れて来る事なんて滅多にないから、灯里はとても緊張していた。
聡に恥をかかせないように、礼儀正しくお客様に挨拶をしなければいけない。
そう言えば、お客様に最初にお出しする飲み物は何がいいだろう?
コーヒーか、紅茶か、お茶か、それとも最初からお酒を出すものなのだろうか。
そんな事を考えていると、聡が客を連れて灯里の元へと来た。
「よ、古城」
と白い歯を見せて笑ったのは、尊だった。
「え? せ、先生?」
「あぁ」
「先生、ど、どうしてここに?」
「どうしてって……聡に呼ばれてよ」
「え?」
驚く灯里に聡が優しく笑い、言う。
「灯里様、今日は尊を客として招きました」
「え?」
「そして、これは尊が持ってきた土産です。学生時代にはこのような事をする男ではなかったのですが、どうやら教職につき、一般常識を身に着けたようです」
聡が灯里に差し出したのは、有名洋菓子店のケーキの箱だった。
驚いたのと嬉しさで、思わず、
「わぁっ……」
と声を上げると、
「喜んでもらえて良かったぜ」
と尊はまた白い歯を見せて笑った。
「灯里様、食事だけいただければ、あとはこいつと勝手にやりますので」
「は、はいっ、用意が出来たら、聡兄さんのお部屋にお運びします」
灯里がそう言うと、聡は尊を連れて自室へと向った。
「先生……」
まさか、今日聡が招いた客が尊だったとは、灯里は夢にも思っていなかった。
今日は灯里が作った料理を、尊が食べるのだ。
とても驚いたけれど、尊に美味しいと思ってもらえればいいなと思う。
「古城」
「は、はいっ……」
声をかけられて、灯里は驚いて震え上がった。
振り返ると、先程聡と共に聡の自室へと向ったはずの尊がキッチンに居た。
尊はテーブルに広げた料理を見て、
「すげぇな」
と呟く。
何がだろうと灯里が首を傾げると、
「古城って、本当に料理も上手いんだな」
と尊は言い、笑った。
「そ、そんな……私は、お料理、好きなだけですから……」
「好きってだけでこんだけ作れれば大したモンだよ。なぁ、味見してもいいか?」
「え?」
思いがけない事を言う尊に、灯里は驚いた。
「行儀悪いから、ダメか?」
「い、いえ、大丈夫です。どれにしますか?」
灯里は慌てて首を横に振ると、尊に小皿と来客用の箸を渡した。
「サンキュー。じゃあな……これ、いい? 出汁巻き卵」
「はい、どうぞ」
尊は箸を出汁巻き卵に伸ばした。
本当に、尊に手料理を食べてもらえる事があるなんて、思ってもいなかった。
調理実習で作ったものを差し入れした事はあるけれど、こんなふうに出来たてを食べてもらえる機会なんて、ないに等しいと思う。
どうか、先生の口に合いますように。
心でそう祈りながら出汁巻き卵を食べる尊を見つめていると、尊は、
「美味いな」
と言って笑ってくれた。
どうやら灯里の味付けは、尊に気に入ってもらえたらしい。
良かった、と灯里は息をついた。
そして、尊はどうしてここに居るのだろうと疑問に思う。
今度の日曜日に客が来るので、何か作ってくれないかと灯里が聡に頼まれたのは、金曜日の事だった。
「お客様? 典子さんですか?」
「いいえ、違います。だけど久しぶりに家でゆっくり話をして酒でも飲みたい相手なのです。たまには、いいでしょう」
聡がそんな事を言い出すのは珍しかった。
灯里に気を遣っているのか、聡も和利も家では酒を嗜む程度で深酒をせず、外で飲む時も深酒をして帰ってくる事はなかったのだ。
「もちろんです。私で良ければ、いくらでも作ります。ただ……お酒を飲まれるという事は、おつまみ的な感じ、ですか?」
お酒を飲む時のおつまみってどんな感じのものだろう?
まだ飲酒できる年齢ではない灯里にはよくわからなかった。
それに、飲むアルコールの種類によってもおつまみは変わってくるのではないだろうか。
そんな事を考えていた灯里に、
「灯里様、そんなに真剣に考え込まなくても良いですよ」
と聡は言う。
「灯里様が作られるものは何でも美味しいので、いつもの通りの食事でもいいのです。ただ、いつもより一食分多く用意してさえいただければ」
「そうなんですか? でも、いつものごはんで、お酒って飲めるものですか?」
首を傾げた灯里に、えぇ、と聡は頷いた。
でも、灯里はいつも通りではなく、少しは特別ぽい事をしたいと思った。
だって、聡が誰かを家に招いてお酒を飲むなど、滅多にない事なのだ。
料理のレシピサイトでも見てみようと思う。
そして、日曜日。
今日は叔父の和利は出掛けて遅くなり、食事は外出先で済ませてくるのだという。
ではいつものように食事の用意をして、少しおつまみ系の料理を作ればいい。
作った料理は聡の部屋に運ぶ事になっていた。
その方が聡もお客様もゆっくり出来るし、人見知りの激しい灯里の事も気遣ってくれているのだろうと思う。
料理サイトでいくつかチェックした料理を作っていると、来客を告げるチャイムが鳴った。
「聡兄さん、お客様が来られたみたいですよ」
自室に居た聡に声を掛けると、聡は自室から出てきて、玄関に向かう。
聡がこの家に友人を連れて来る事なんて滅多にないから、灯里はとても緊張していた。
聡に恥をかかせないように、礼儀正しくお客様に挨拶をしなければいけない。
そう言えば、お客様に最初にお出しする飲み物は何がいいだろう?
コーヒーか、紅茶か、お茶か、それとも最初からお酒を出すものなのだろうか。
そんな事を考えていると、聡が客を連れて灯里の元へと来た。
「よ、古城」
と白い歯を見せて笑ったのは、尊だった。
「え? せ、先生?」
「あぁ」
「先生、ど、どうしてここに?」
「どうしてって……聡に呼ばれてよ」
「え?」
驚く灯里に聡が優しく笑い、言う。
「灯里様、今日は尊を客として招きました」
「え?」
「そして、これは尊が持ってきた土産です。学生時代にはこのような事をする男ではなかったのですが、どうやら教職につき、一般常識を身に着けたようです」
聡が灯里に差し出したのは、有名洋菓子店のケーキの箱だった。
驚いたのと嬉しさで、思わず、
「わぁっ……」
と声を上げると、
「喜んでもらえて良かったぜ」
と尊はまた白い歯を見せて笑った。
「灯里様、食事だけいただければ、あとはこいつと勝手にやりますので」
「は、はいっ、用意が出来たら、聡兄さんのお部屋にお運びします」
灯里がそう言うと、聡は尊を連れて自室へと向った。
「先生……」
まさか、今日聡が招いた客が尊だったとは、灯里は夢にも思っていなかった。
今日は灯里が作った料理を、尊が食べるのだ。
とても驚いたけれど、尊に美味しいと思ってもらえればいいなと思う。
「古城」
「は、はいっ……」
声をかけられて、灯里は驚いて震え上がった。
振り返ると、先程聡と共に聡の自室へと向ったはずの尊がキッチンに居た。
尊はテーブルに広げた料理を見て、
「すげぇな」
と呟く。
何がだろうと灯里が首を傾げると、
「古城って、本当に料理も上手いんだな」
と尊は言い、笑った。
「そ、そんな……私は、お料理、好きなだけですから……」
「好きってだけでこんだけ作れれば大したモンだよ。なぁ、味見してもいいか?」
「え?」
思いがけない事を言う尊に、灯里は驚いた。
「行儀悪いから、ダメか?」
「い、いえ、大丈夫です。どれにしますか?」
灯里は慌てて首を横に振ると、尊に小皿と来客用の箸を渡した。
「サンキュー。じゃあな……これ、いい? 出汁巻き卵」
「はい、どうぞ」
尊は箸を出汁巻き卵に伸ばした。
本当に、尊に手料理を食べてもらえる事があるなんて、思ってもいなかった。
調理実習で作ったものを差し入れした事はあるけれど、こんなふうに出来たてを食べてもらえる機会なんて、ないに等しいと思う。
どうか、先生の口に合いますように。
心でそう祈りながら出汁巻き卵を食べる尊を見つめていると、尊は、
「美味いな」
と言って笑ってくれた。
どうやら灯里の味付けは、尊に気に入ってもらえたらしい。
良かった、と灯里は息をついた。
そして、尊はどうしてここに居るのだろうと疑問に思う。
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