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第3章:サマーナイトドリーム
13・優しさに守られて
しおりを挟む「私が、古城本家で生きていけなかったから……古城本家を追い出されて、聡兄さんと和利叔父さんの家に来てしまったから、聡兄さんにはたくさん心配をかけて、たくさん迷惑をかけてしまったんですよね。ごめんなさい……私は本当に聡兄さんの時間を、たくさん奪っていたんですね……」
灯里は自分が情けなくなってしまった。
古城本家を追い出された自分を守り育ててくれた聡や叔父は恩人であるというのに、自分の存在は彼らにとってどれだけ重荷だっただろうと思うと、灯里は自分が情けなくて仕方がなかった。
過ぎてしまった時間は、もう戻す事は出来ない。
だからせめて、これからは聡や和利には自分の時間を楽しんでもらいたいと思う。
「聡兄さん……聡兄さんと和利叔父さんのおかげで、私はここまで大きくなる事が出来ました。だからもう……私に時間を使わないでください。これからは典子さんとたくさん会って、楽しい時間を過ごしてください」
灯里がそう言うと、聡は首を横に振った。
大丈夫ですよ、と言う。
「灯里様、俺と典子は、ちゃんと会ってますよ。もちろんデートもしています。まぁ、社会人になってからは頻繁に会う事はなくなりましたが」
優しい聡は自分に気を遣ってそう言ったのだろうと灯里は思ったが、
「学生時代と違い、社会人とは結構忙しいものなのです」
と聡は苦笑した。
「それに、灯里様……。あなたは思い違いをしておられます。あなたは俺と父の時間をご自分が奪ってしまったとおっしゃいましたが、俺も父も、昔からあなたが可愛くて仕方がないのです。俺とあなたは、実際は従兄妹同士ですが、俺はあなたを本当の妹だと……家族だと思っています。兄として、可愛い妹を放っておけるはずないでしょう?」
「聡兄さん……」
「まぁ、典子の事を言わなかったのは、確かにあなたが気を遣うと思ったからです。俺は、あなたには俺の家でのびのびと生活をし、育ってほしかったから。その事は今も後悔していません。だってあなたは、のびのびと育ってくれました。家に来た時には俯いて泣いてばかりいましたが、前を見て、未来に向って育ってくれましたから。俺と父は、あなたが成長するのを見るのがとても嬉しかったのですよ」
聡も叔父である和利も優しい人だと知っていたが、灯里は改めてそれを感じていた。
本家を追い出された灯里は、今でも一部の者たちには陰口を叩かれている事もある。
灯里を引き取り家に住まわせている事で、聡や和利だって陰口を叩かれているかもしれないというのに、それでも彼らはこんなにも灯里に優しいのだ。
灯里を大切な家族だと言ってくれるのだ。
自分は彼らの家に来て幸せだったと思う。
「本当に、ありがとうございます」
そう言うと、聡は優しく灯里を見つめ、
「どういたしまして」
と言ってくれた。
「聡兄さん、典子さんって、素敵な人ですね。私、今日は典子さんとたくさんお話しました。またお会いしたいです」
灯里がそう言うと、聡は嬉しそうに笑って頷いた。
きっと典子も喜ぶと言って、近い内に正式に聡自身から紹介してくれると言う。
灯里はその日がとても楽しみだと思った。
典子は聡の奥さんになる人かもしれないのだ。
もっともっと仲良くなれたらいいなと思う。
「灯里様……」
家について中に入ると、ふう、と深い息をついた聡が、少し深刻そうな声で灯里の名を呼んだ。
灯里が首を傾げると、
「安藤当麻の事ですが……」
と、聡は声を潜めて続けた。
灯里はその名前を聞いた瞬間、当麻本人と彼の部下である表情のない女を思い出し、俯く。
今日は当麻自身が直接家に来たわけではなかったが、自分はいつも彼の部下に見張られているのかもしれないと思うと、背筋が寒くなった。
「尊から連絡をもらいました。今日はいろいろと怖い思いをさせてしまいましたね。俺や父の方でも気をつけておきますが、灯里様も気をつけてください。あの男……安藤当麻は、いよいよ何をするかわからなくなってきました」
「は、はい……」
聡が灯里を心配して尊に声をかけてくれなかったら、自分はどうなっていたかわからなかった。
今日は、怖い事、楽しい事、嬉しい事、切ない事、哀しい事……本当にいろいろな事があったと思う。
「灯里様?」
切ない事、哀しい事を思い出し、灯里は涙を零した。
今日一番切なくて哀しかった事は、尊の好きな相手が奈央だと知ってしまった事だ。
今日はとても楽しかったけど、嬉しかったけど、知りたくなかった事を知ってしまった日でもあった。
「灯里様? どうされました? 灯里様?」
泣き出した自分を、戸惑ったように聡が見つめる。
「聡兄さん、私……今日、知りたくなかった事を、知ってしまいました……」
「え?」
「私……失恋、しました……」
「え?」
聡は驚いたようだった。
灯里は何故こんな事を彼の前で言ってしまったのだろうと思った。
「ご、ごめんなさい、私、変な事を言ってっ……」
「いや、構いませんっ! 胸に残して苦しむくらいなら、全部吐き出してしまってください。その方がいいです」
「え?」
聡は灯里が予想もしていなかった事を言った。
驚く灯里を彼は優しく見つめ、
「お茶でも飲みながら、ゆっくり話してください。俺は、なんでも聞きますから」
と続ける。
聡は自ら灯里にお茶を入れてくれた。
そして灯里に何でも話すように促して……灯里は泣きながら、名前は伏せたものの、自分の好きな人に好きな相手がいた事を打ち明け、泣いた。
聡は灯里の話をただ聞いてくれて、優しく頭を撫でてくれた。
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