上 下
34 / 43
第3章:サマーナイトドリーム

11・夢の終わり

しおりを挟む

「古城、送ってくよ」

 花火大会が終わり、尊が灯里を送ってくれると言った。
 聡はまだ仕事で、灯里を迎えに来る事が出来ないらしい。
 尊は自分を家まで送るためにアルコール類を口にしていないようだった。
 それを申し訳ないと思いながらも、灯里はまた尊と二人きりになれるのが嬉しかった。

「じゃあ行くか」

「はい。あ、あの……」

 尊の友人たちに挨拶をしようとした時だった。

「新堂、ちょっと待って! 灯里、ちょっといい? 話があるの!」

 雅に呼ばれた灯里は、彼女に引っ張られるようにして屋上の隅に連れて行かれた。

「雅ちゃん、どうしたの?」

 灯里が問いかけると雅は彼女にしては珍しくため息をつき、なかなか話しだそうとしない。
 先程まで楽しそうだったというのに、どうしたのだろうと思う。

「雅ちゃん……」

「灯里、あのね……」

「うん」

「アタシ、間違ってたみたいで……」

「え?」

「アタシ、新堂がアタシの事を好きって思ってたんだけど、それ、間違ってたみたいで……」

「そうだったの?」

 雅は尊が自分をよく見ているのを、尊が雅の事を好きなのだと思い込んでいたのだ。
 彼女があまりにも自信たっぷりに言うものだから、灯里もそれを信じてしまっていた。
 だが、尊が雅を見て居たのは、雅が兄である保によく似ていたからだという事を、灯里は先程尊から聞いていた。

「さっき、兄ちゃんが教えてくれたんだけど」

「うん」

「新堂ってさ、実は……」

「え?」

 灯里は雅が小声で言った事を聞いて驚いた。
 それがどういう事なのか、すぐに理解出来ずに固まってしまう。

「こら、雅! 古城と話すのはまた今度にしろよ! そろそろ送ってかねぇと、遅くなっちまうだろ!」

 尊の怒鳴り声が聞こえて、灯里は我に返った。
 隣に居た雅が、うるさいな、と舌打ちした音が聞こえる。

「じゃあね、灯里。また夏休み明けにいろいろと話してあげるわ」

「え? う、うん……」

 何の話をしてくれるのだろう?
 先程聞いた話の続きなら聞きたくない。
 そんな事を思いながら、尊は雅や今日一緒に花火を見た尊の友人たちに丁寧に礼を言い、尊と共に雑居ビルを後にした。

「古城、楽しかったか?」

 尊にそう問われ、灯里は、はい、と頷いた。
 本当に楽しかった。
 家を出てから尊に助けてもらうまでは、寂しかったり怖かったりしたけれど、今日はとても楽しくて幸せだったのだ。
 先程までは。
 今は先程までとは違い、少し辛い。
 少し寂しくて、切ない。

『灯里、新堂ってさ……ずっと奈央ちゃんの事が好きだったんだって……』

 先程、灯里は雅から尊の好きな人の事を聞いてしまった。
 時村奈央は美人で優しい素敵な女性だ。
 明るくてさわやかな尊とは、美男美女でお似合いだ。
 これって、失恋なんだろうなぁ、と灯里は思う。
 相手が奈央なら、絶対に敵いっこない。
 泣き出しそうになるのを灯里は必死に堪えた。
 だけど大好きな尊と二人、家までの夜道を歩くのはやはり嬉しくもあって、俯くのではなく、良い思い出にしなければと思う。

「私、ね……」

 あなたが好きです。
 この言葉を飲み込んで、灯里は別の話題を口にした。
 尊への気持ちは、ずっと胸に秘めたまま、彼にとって良い生徒でいようと思う。

「私、聡兄さんにお付き合いしている方が居たなんて、全く知りませんでした」

 灯里がそう言うと、尊は苦笑した。

「そうだな。聡、いつも灯里を優先させていたからなぁ」

「やっぱり、そうだったんだ……」

 灯里は、ふう、とため息をついた。
 自分は聡に迷惑ばかりかけているのだと思う。

「でもよ、聡は灯里が可愛いくて仕方がねぇんだって思う……。典子はさ、さっぱりしたヤツだから、本人も言ってたけど、聡やお前に怒ってなんかいねぇし、気にしなくてもいいと思うぜ」

 確かに典子はそう言ってくれていた。
 それを思い出した灯里は、はい、と頷いたが、聡には説教をしなければと思う。
 もう自分は大きくなったから大丈夫だと言って、大好きな人と結ばれてくださいと言わなければと思う。
 自分は失恋してしまったけれど、絶対に聡には幸せになってほしいから。

「灯里……」

「え?」

 隣を歩いていた尊が足を止め、灯里も足を止めた。
 彼は少し困ったような表情をして灯里を見つめていた。

「どうした?」

「え?」

「ちょっと泣いてる……」

 尊の手が伸びてきて、灯里の目元を擦った。
 泣いている、というのは本当だったらしい。
 灯里から離れた尊の指先は濡れていた。

「あ、あの、これはっ……」

 涙を堪えていたはずなのに、灯里は自分がいつの間にか泣いていた事に驚いた。
 だが、失恋してしまった事で切なくなって泣いてしまっていたのだが、尊は聡と典子の事で灯里が責任を感じてしまったと思ったらしい。

「おいおい、気にするんじゃねぇよ。典子、いいヤツだからよ。今日、お前に会えてすげぇ嬉しかったはずだぜ?」

「は、はい、私も、典子さんにお会いできて嬉しかったですっ」

 そう答えると、尊は優しく笑って頭を撫でてくれた。
 彼の優しい笑顔を見つめながら、灯里は思う。
 尊は本当に優しくて素敵な人だ、とも。
 彼は自分の王子様で、憧れの人で、恩人で、そして恩師で、今の自分を作った人だ。
 好きな人と結ばれて幸せになってほしい。
 そう思うと、感極まって涙が溢れてしまい、灯里は顔を覆って俯いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

教師失格

ひとちゃん
恋愛
「先生、どうしてあの時私のキスを受け入れたの?」 主人公の神崎真綾(かんざきまあや)は中学時代に16歳上の副担任の渡辺宏貴(わたなべひろき)に恋をし、ある冬の日にキスを交わしてしまう。 だが、離任と共に渡辺はお見合いで結婚をしてしまい叶わぬ恋に。 高校卒業後、真綾は地元から都内の中堅クラスの大学へ進学しそこで出会った2歳上の米崎凌河(よねざきりょうが)と交際。20歳になった真綾は成人式に行くため地元へ戻ったが、渡辺と再会してしまうことに。 真綾の揺さぶられる心、凌河からの異常な愛情、渡辺の本心…混ざり合う人間関係を2人は乗り越えハッピーエンドになるのか、それとも地獄へ落ちるのか。 ★毎日更新中★

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える―― 「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

処理中です...