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第3章:サマーナイトドリーム

7・尊の友達②

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「こぉら、郁美! 灯里がびっくりしてるでしょ!」

 のんびりと言ったのは、奈央だった。
 奈央はビールのジョッキを置くと、優しく灯里を見つめ困ったように笑う。

「ごめんね、灯里。みんなアルコールが入ってるからテンション上がってて。特にこのお姉さんは、テンションかなり高めの陽気な酔っぱらいになってるわ」

「えー? そんな事はないわよぉ~」

 郁美はそう言ったが、奈央の言うようにテンションかなり高めの陽気な酔っぱらいと化しているらしい。

「灯里はいい意味で真面目な優等生だからね。きっとお化粧なんかのおしゃれは、高校を卒業してからなのよ」

「そっかぁ~。やだぁ、そんなところも可愛いわねぇ~。灯里ちゃん、卒業したらお姉さんがお化粧教えてあげるからね~。あと、髪の毛、今度うちに切りにおいでよ~。知り合い割引してあげるから~。で、今日はお姉さんが髪の毛可愛くアレンジしてあげるわね~。さ、こっち来て座ってね~」

「え? あの……」

 郁美は灯里を椅子に座らせると後ろに回り、手櫛で髪を整える。

「灯里、せっかくだからその酔っぱらいのお姉さんにやってもらいなさいよ。その人、美容師だから。ヘアサロンとネイルサロンのオーナーよ」

「そうそう、この美人のお姉さんが、灯里ちゃんを可愛くしてあげる~」

「で、でもっ……」

「いいからいいから~」

 郁美は慣れた手付きで灯里の髪をアレンジし始めた。
 楽しそうな郁美の様子から、灯里は郁美の好意に甘える事にする。
 それに、人気ヘアサロンのオーナーに髪をアレンジしてもらえるのだ。
 とても楽しみだ。

「えー、灯里だけいいなぁ~。ねぇ、零くん、アタシもやって~」

 雅はイカ焼きを手に取ると、灯里の向かい側の椅子に腰を降ろした。

「はいはい、おデブさんはわがままだね。態度もでかいし」

「何よ、零くん、文句あるの?」

「いや、何もないよ。じゃあ、おデブさんでも可愛くみえるように、僕がやってあげるよ」

 雅の後ろに一人の男が立ち、髪を束ねているヘアゴムを取り除く。
 彼が誰なのかという事は、郁美が教えてくれた。

「灯里ちゃん、雅の髪をアレンジしてるのは、私の旦那様で、黒田零っていうの。彼も美容師なのよ」

 零は雅の髪を慣れた手付きでアレンジしながら灯里を見ると、よろしく、と笑う。

「信介兄ちゃん、ジュース注いで! アタシ、次はコーラ飲む! それから保兄ちゃん、アタシ、次はりんご飴食べる!」

 サイにヘアアレンジをしてもらいながらも、雅はさらに飲み食いするつもりらしい。

「やれやれ、仕方ねぇな」

「雅、お行儀悪いよ」

 だが、深いため息をつきつつも、髪を無造作に高く結い上げた細身の男は、雅が差し出した紙コップにコーラを注ぎ、雅に良く似た男は彼女にりんご飴を渡してやった。
 二人はその後灯里へと近づくと、

「よお、アンタは何飲む? 今ここにあるソフトドリンクは……オレンジジュースとアップルとコーラと烏龍茶と緑茶、だ」

「食べ物は何がいい? 取ってあげるよ。あのねぇ、焼きそばとお好み焼きはさっきなくなっちゃったんだけど、うちのパンの残りと、サラダとね、唐揚げとかポテト……雅が食べてるりんご飴もあるんだけど……」

 と聞いてくれる。
 渡された紙コップを受け取り灯里が何と答えようと悩んでいると、雅が代わりに答えてくれた。

「兄ちゃん、灯里はシナモンロールが好きだよー」

「そうなの? じゃあ、これ、うちの店のシナモンロールなんだけど、どうぞ。他にも食べたいものがあったら何でも食べてね」

 雅に似た男は優しく目を細めて笑うと、灯里にシナモンロールを渡してくれた。

「パンを食うなら、お茶よりジュースの方がいいよな。オレンジとアップル、コーラ、どれにする?」

「じゃあ……アップルの方を」

「わかった」

 髪を高く結い上げた男は、頷くと灯里の持つ紙コップにアップルジュースを注いでくれた。

「灯里、今ジュースを注いでくれたのが、名木信介。このビルの五階にあるバーのマスターよ。で、シナモンロールを渡してくれたのが……」

「僕は、秋元保。雅の兄なんだ。灯里ちゃん、いつも雅と仲良くしてくれてありがとうね。今日はよろしくね」

 信介も保も、今灯里の髪をアレンジしてくれている郁美も、尊や奈央とは小学校からの友人同士らしい。
 思いかけず尊のプライベートに触れる事が出来た灯里は、少し緊張しながら、

「よ、よろしくお願いします」

 と挨拶をした。
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