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第二章:ベル・ガンドール
45・あの日のこと
しおりを挟む「私は、東の砦で、暮らすのが好きだった。だけどある日、お父さんに、結婚をして、王都オフレンドで暮らすようにって、言われたの」
「結婚だとっ?」
フェンリルさんは驚いて声を荒げた。
私は彼の手を握り、相手の事を全く好きでなかった事を告げる。
「顔も名前も、知らない人だった……。会ったのは、結婚式の当日で……。私とお父さんは、あいつに騙されたの……」
「騙された?」
「えぇ」
私は頷くと、順を追って話し始めた。
私の結婚は、ギルベルトお父さんとオウンドーラ王国の契約も兼ねていた。
ギルベルトお父さんは、魔物と戦う力のない私を、安全な場所に住まわせたかった。
そしてオウンドーラ王国は、国の守りを強化したかった。
両者の利害は一致し、オウンドーラ王国は、王都での私の身の安全と幸せを約束する代わりに、ギルベルトお父さんには死ぬまで東の森の砦で戦い続ける事と、私には王都オフレンドに防御結界を張って、守り続けるという契約を交わした。
「だけど私は、結婚式を終えて、王都へ向かおうとした時に、この西の森に連れ込まれて、殺されそうになって……。だから、森の奥に逃げたの……。私をナイフで斬り付けたのは、結婚相手、でした……」
狭い馬車の中で、向けられた鋭いナイフと、にやにやと笑うあの男を思い出すと、ゾッとした。
そして、馬車の外に出て魔物に囲まれ、襲われた事を思い出す。
「う、あっ……」
体の震えが止まらなかった。
今の私は、狭い馬車の中で斬りつけられているわけでも、魔物に襲い掛かられているわけでもないのに、怖くて怖くて仕方がない。
「ベル、大丈夫、大丈夫だっ……」
フェンリルさんが私を抱き起し、強く抱きしめてくれた。
「フェンリルさん……」
私は泣きながら、精いっぱいの力でフェンリルさんにしがみついた。
彼の腕の中で熱い体温を感じていると、少し落ち着いた。
「あの男は、私を殺して、私と同じ名前の女の人と幸せになるって言っていました……。きっと私のふりをさせて、王都で暮らしているんだと思います。そして、ギルベルトお父さんは、私は王都に居ないのに、王都で幸せに暮らしていると思って、今も東の砦で……」
ギルベルトお父さんの事を考えると、涙が止まらなくなった。
幸せになれと送り出した娘は殺されそうになり、娘を殺そうとした男と娘に成り代わった女のために、今も危険な砦で戦っているのだと思うと、哀れで仕方がなかった。
そして、私は自分とギルベルトお父さんにこんな仕打ちをしたあの男が、許せなかった。
「オウンドーラ王は、グルなのか?」
「それは、わかりません……」
もしもオウンドーラ王があの男とグルだったのだとしたら、私はこの国も許せなかった。
「でも、これはもう、グルみたいなもんだろ……。そうでなければ、ただの間抜けだ。俺たち傭兵に国の命を守られていながら、それに気づいていない愚かさに、反吐が出る……」
私に同情したのもあるだろう、私を抱きしめてくれるフェンリルさんの体が怒りで震えていた。
フェンリルさんはチェスターさんへと顔を向けると、
「チェスター、全員に用意させろ。この砦を出る。念のため、森の魔物は全て狩れ。そしてオウンドーラ王に話を通したら、この国とはもう何の関係もない」
と言った。チェスターさんは、わかった、と頷く。
「じゃあ、僕は用意ができ次第、先に王都に向かって王と話をするよ」
「あぁ、頼む。エリスは、チェスターと一緒に砦の奴らに説明をして、ここを出る準備を進めてくれ。準備ができたら、すぐに出よう。こんなところ、いつまでも居てられるか!」
「えぇ、そうね!」
チェスターさんとエリスさんが出て行くと、
「ベルはもう、何も心配しなくていいから……」
フェンリルさんは再び私に顔を向け、先程の怒りなど少しも感じさせないような優しい声で言った。
「ベルはもう、俺の腕の中で、ただ守られていればいい。オウンドーラ王に話を通したら、俺たちはもう、この国を出る。もうこの国のために働くなんて真っ平だ。そして……」
「そして?」
「王に話を通したら、東の砦に行こう。ベルの親父さんに、挨拶をしないとな」
フェンリルさんは優しい声と笑顔で私にそう言って、そして抱きしめていた私の体を優しくベッドに横たえると、頭を撫でて、眠れ、と言った。
「ベル、記憶を取り戻して、とても疲れただろう? だから眠れ……何も考えずにな……」
「フェンリルさん……」
「眠れ、ベル……」
フェンリルさんが、優しく頭を撫で続けてくれる。
それがとても心地好くて、私は頷いて目を閉じると、眠りに落ちて行った。
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