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第二章:ベル・ガンドール
34・動かない体
しおりを挟む私が次に目を覚ました時、そばに居てくれたのは、知らない女の人だった。
彼女は私が目を覚ました事に気づくと、
「私の声、聞こえる?」
と、小さな可愛らしい声で話しかけてきた。私が頷くと、
「私は、エリス・スイート。あなたがさっき目を覚ました時に、そばに居た男の人の事は、覚えている? フェンリルさんっていうんだけど、彼の傭兵仲間なの」
私は眠りにつく前の事を思い出し、頷いた。
同時に、今の記憶を失っている状態の事なら覚えていられるのだなぁと、ぼんやりと思う。
「お水、飲めるかな?」
水、飲みたい。
頷くと、エリスさんは私の体を少し持ち上げ、背中に枕やクッションを置いてくれた。
「はい、ゆっくり飲んでね」
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
体は全く動かないままだった。
エリスさんが口元にコップを当ててくれて、少しずつ水を流し込んでくれるから、なんとか飲む事ができる状態だ。
先程目を覚ました時、フェンリルさんは、私が半年間眠っていたと言っていた。
その間も、体が動かない今も、迷惑をかけているとしか思えなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あの……迷惑、かけてすみません……」
「ううん、いいの。あのね、もしも良かったら、なんだけど、お湯を用意してくるから、体を拭きましょうか」
「え? あの、いいんですか?」
「もちろんよ。お風呂はまだ無理かもしれないけれど、さっぱりしたいでしょ」
「ありがとう、ございます」
思いがけない言葉だったけれど、私はエリスさんの言葉に甘える事にした。
エリスさんはすぐにお湯を用意してきてくれて、体を起こしてくれる。
女の人なのに力が強いのは、危険な森の砦を守る力がある傭兵だからなのだろうか。
力がある事が羨ましいーーふとそんな事を思って、どうして、と首を傾げた。
今体が動かないからそう思ったのか、以前そう思った事があったのか。
考え込むと頭が痛んだから、前にもそう思った事があったのかもしれない。
「大丈夫? 気分が悪いなら、やめておこうか?」
エリスさんの言葉に、私は首を横に振った。
エリスさんは少し考え込んだが、せっかくお湯も持って来てもらったし、と言うと、頷いてくれた。
「じゃあ、私にもたれてくれていいからね。辛くなったら言ってね」
「はい、ありがとうございます」
私の体にはさらしが巻き付けられていて、エリスさんは器用に私の体を支えながら、さらしを解いていく。
傭兵は危険な仕事だ。
彼女は……ううん、彼女だけでなく、この砦に居る人は、みんな誰かの傷の手当や看病をした事があるのだろう、とても手慣れていた。
「え?」
さらしが解かれた時に、傷跡が見えた。
半楕円形の、歪で大きな噛み跡――それが、脇腹と、太ももに見えた。
もしかすると、他にもあるのかもしれない。
こんな、醜い傷跡が――。
「や、だぁっ……」
体は動かないはずなのに、醜い体の傷跡を見た瞬間、がたがたと震え、私は叫び声をあげていた。
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