西園寺家の末娘

明衣令央

文字の大きさ
上 下
93 / 108
第5章:闇

35・妖魔の肯定

しおりを挟む


「真紀!」

「麗華! 渚! 七海! お前ら、一体何してんだ!」

 大樹さんが真紀さんを睨みつける。
 そして同じように、ちい兄が麗華さん、渚ちゃん、七海さんを睨みつけた。

「だって、大樹様! 小花さえ居なくなれば、全てが上手くいくんです! 誰もが幸せになれるんです!」

「何を言っている?」

 大樹さんが不快そうに眉を顰める。

「そうです、千隼様! 小花ちゃん……いえ、小花さえ居なくなれば、全てが上手くいくんです! 麗華様も、優介様も、それから千隼様も幸せになれるんです!」

 渚ちゃんの言葉に、もう止めてと七海さんが叫び、床に膝をつき、ちい兄に頭を下げる。ちい兄は、

「何やってんだ、七海! おい! 一体、どうなってんだよ!」

 と怒鳴りつけると、今度は麗華さんを睨みつけた。

「わ、私は、もっと自由に生きたいのよ! 小花が生まれなければ私は自由だった! 私から自由を、お母さんを奪ったその子が憎いわ! そんな子、いらない! どっか行っちゃえばいいのよ!」

「麗華姫っ! そんな事を言ったら駄目だ!」

 賢さんがそう言って、麗華さんの体を抱きしめた。

「賢……賢が好き! 私は賢が好きなの! 北御門家になんか、行きたくない! その子が生まれなければ、こんな事にはならなかったはずなのよ! お母さんが生きていたら、私を守ってくれたはずだもの! その子が生まれてきた事が、間違いなの! 生まれてきた事が、あの子の罪なの! あの子が全部悪いのよ!」

 麗華さん、渚ちゃん、真紀ちゃんの言う事を、彼女たち以外のこの場に居る人間全員が、青ざめた顔で聞いていた。
 三人の言っている事は、おかしい。
 だけど、彼女たち三人の中ではその言動は正当化されているようで、何度もその主張を繰り返す。

『あぁ、面白いな、お前たち人間は! そして、愚かだ! 心が弱く、揺るぎやすい! いや、違うか! お前たちは、己の欲望に忠実過ぎるのだ!』

 私を捕まえている妖魔が、ゲラゲラと笑い出した。

『その女たちの希望通り、この娘は俺が連れて行こう! そうすれば、誰もが幸せになれるのだ! なぁ、そうだろう!』

「えぇ、そうよ! 小花さえ居なければ、みんな幸せになれるの!」

「そんな子、早くどこにでも連れていってしまって!」

「それが一番! その子がいるから、みんな幸せになれないの!」

 いくら私の事が嫌いだとしても、こんな事を言うなんて信じられない。
 多分、言っている三人以外、みんなそう思っているんじゃないかな。
 そう思った時、賢さんが叫ぶように言った。

「大ちゃん! 違うんだ! みんなその妖魔に操られているんだ! 心にもない事を、言わされているだけなんだ! だから、あいつを倒しさえすれば、元に戻る! みんな元の優しい子に戻るんだ!」

 そうか、妖魔のせいなんだ!
 賢さんの言う通り、今私を捕まえている妖魔を倒しさえすれば、渚ちゃんも真紀ちゃんも、元に戻るんだ。
 また友達に戻れるんだ。
 もしかすると、私を嫌っている麗華さんとも仲良くできるのかもしれない。
 茉莉花と蘭華さんみたいな姉妹になれるのかもしれない。
 だけど、そう思った私の考えは、すぐに否定された。

『何を言っている! 自分たちの都合のいいように言うな! 先ほど、己の欲望に忠実だと言ったはずだ! その娘たちは、俺が操っているわけではない! こいつらが言っている事は、元から己の中に抱えていたものだ! 俺は、その考えは正しいと、肯定してやっただけだ!』

「え? それじゃあ……』

 じゃあ、やっぱり私はあの三人に、こんなにも嫌われているっていう事なの?
 悲しくて、悔しくて、涙が溢れる。
 そんな私に、妖魔が耳元で、お前の居場所はどこにもない、と囁いた。
 私の居場所は、本当にどこにもないの?

「小花! しっかりしろ! お前の居場所なら、たくさんあるだろう! 己をしっかり保て! あいつらのように、闇の声に呑まれるな!」

 大樹さんの声が聞こえて、私は我に返った。
 そうだ、ここで心が折れたら、私は闇に堕ちてしまう。
 大樹さんたちがしばらくの間、私がここに来るのを禁止した理由は、こういう事だったのかもしれない。
 心が弱いと、つけこまれる、呑まれてしまう、闇に堕ちてしまう――やっぱりこの場所は、心が弱い人が来ていい場所じゃないんだ。

「すぐに助ける! 俺を信じろ!」

「うん、信じてる! 私は、大丈夫!」

 大樹さんは強い人だ。
 それに、ちい兄もいる。蘭華さんも政成さんも、俊秀さんだっている。
 四家の人たちがみんな、私を助けようとしてくれているんだ。
 きっと助かる――私はそう思っていた。だけど――。

「やめて! もうやめてよっ!」

 大樹さんも、ちい兄も、蘭華さんも、将成さんも、俊秀さんも、妖魔の強力な一撃を受けて、倒れてしまったのだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...