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第5章:闇
29・麗華の怒り
しおりを挟む「小花!」
「大丈夫か、小花っ!」
麗華さんに頬を殴られ、床に転がった私に驚いて、厚くんと武くんが駆け寄ろうとしてくれた。
だけどその前に私へと手を伸ばしたのは、私を殴った麗華さん本人で、私の腕を痛いくらいに掴むと、妖滅室の中に入って行く。
「ちょっと……離してくださいっ」
私はなんとか麗華さんの腕を振り払おうとしたけれど、できなかくて、麗華さんに引っ張られるままに妖滅室へと連れ込まれ、乱暴に突き飛ばされて床に転がった。
「小花!」
「麗華様! 何をなさっているんですかっ!」
麗華さんの行動に驚いたのは、私だけでなく、分家の人や間家の人たちもだった。
妖滅室の外から非難の声が上がるけど、麗華さんは気にならないのか、私の胸倉を掴み上げると、また頬を殴りつけた。
「止めてよ! 何、するの!」
「うるさい、あんた、いい気にならないでよね!」
「いい気になんか、なっていません!」
「なってるわよ! あんたって、本当に生意気で、腹が立つ! あんた、優介に何をしたのよ!」
ゆう兄の名前が出て、私は驚いた。
麗華さんが今怒っているのは、ゆう兄が関係しているの?
「ゆう兄が、どうしたんですか?」
「優介をゆう兄だなんて呼ばないでよ!」
「ゆう兄がそう呼んでいいって言ってくれました! あなたに了解を取る必要なんてありません!」
そう言うと、麗華さんがさらにきつい眼差しで私を睨みつけてきた。
「あんた、優介の事を聞いていたわね。いいわ、教えてあげる。土曜日の夜、家に戻って来た優介が、私に言ったの……あんたはいい子でとても可愛いって。だから、自分と一緒にあんたと仲良くしようって……」
「ゆう兄……」
ゆう兄は私やおじいちゃんたちに言った通り、麗華さんを説得しようとしたんだ。
だけど、日曜日にゆう兄は来なかったし、連絡さえくれなかった。
つまり、麗華さんは嫌だと言ったという事か。
「それで、麗華さんは、嫌だって言ったんですか?」
「そうよ! 当たり前じゃない! だって私はあんたの事が嫌いなんだもの! あんたの事をいい子だなんて言う優介が、信じられなかったわ! あんた、優介にどうやって取り入ったのよ!」
「取り入ったなんて、私は何もしていません!」
「嘘よ! あいつ、優介は、僕だけは何があっても麗華の味方だって言ってたのに! 絶対に私の嫌がる事はしないって言っていたのに! それなのに、私が嫌だって言ってもしつこくあんたと仲良くしようって言って! あんたがあいつに何もしていないって言うのなら、優介は嘘つきよ! 私の味方って言ったくせに、あいつは私を裏切ったの!」
「え? ちょ、ちょっとっ」
今の麗華さんは、言っている事がめちゃくちゃだ。
怒りに我を見失っているのかもしれなかった。
私と仲良くするっていう事が、そんなに麗華さんは嫌だっていう事?
私は、そんなに麗華さんに嫌われているの?
憎まれているの?
「あんたが優介を変えたのよ! 優介だけは、私の味方だったのに! 私のそばに居てくれるって言っていたのに!」
わめきちらしながら、とうとう麗華さんは泣きだしてしまった。
誰かこの人をなんとかしてほしい……だけど、誰も麗華さんを止めようとはしなかった。
渚ちゃんは麗華さんに同情をしているのか、潤んだ目で麗華さんを見つめていて、七海さんはおろおろと麗華さんと私を交互に見ていて、板挟みになっているらしい。
他の分家の人たちは、真紀ちゃんは私たちを面白そうに眺めていて、亜紀さんはこの妖滅フロアから飛び出していった。
亜紀さん、もしかして賢さんを探しに行ってくれたのかな……賢さんが来てくれたら、今の麗華さんも少しは落ち着いてくれるかもしれない。
「あんたさえいなければ……あんたさえ、生まれてこなければ! お母さんの代わりに、あんたが死ねば良かったのよ! あんたが生まれるくる事なんて、誰も望んでいなかったのに!」
「それは、嘘だよ!」
私が反論すれば火に油を注ぐだけかもしれないと思って、我慢してたけど、今の言葉だけは許せなかった。
「それは嘘だ! だって、この間、ゆう兄が教えてくれたもん! お父さんもお母さんも、私が生まれてくる事を、楽しみにしていたって!」
ゆう兄が教えてくれたあの話は、絶対に本当の事のはずだ。
どれだけ麗華さんが私の事を嫌いなのかは知らないけれど、今の言葉は聞き流す事ができなかった。
「生意気言うんじゃないわよ!」
ぱん、とまた頬を殴られる。
「あんたの事を、私は絶対に許せない。あんたは私が欲しかったものを、みんな持ってる。温かい家族や、自由、それに好きな人の笑顔……。あんたが居なければ、お母さんさえ生きてそばに居てくれさえいれば、私は幸せだったし、自由だったはず! 人生を決められて、がんじがらめになる事もなかったんだ! だから全部、あんたのせい……あんたのせいよ! あんたさえ生まれてこなければ!」
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