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第5章:闇
11・南と北と兄と姉
しおりを挟む「い、許嫁、ですか?」
「あぁ、そうだ。俺の祖父と、西園寺勝蔵――お前の西園寺側の祖父の間で、決められた事だ。俺たちがまだ何もわからない子供の頃に、な」
麗華さんが自分の許嫁なのだと将成さんは言ったけど、私には、麗華さんは将成さんのことを嫌がっているように見えた。
将成さんの顔を見つめると、彼は苦笑して、確かに麗華は俺を嫌がっているな、と続ける。
「自分の結婚相手を勝手に決められた事が、麗華は嫌で仕方がなかったらしい。麗華には俺を好きになれと言ったが、嫌だと拒まれているんだ」
そう言った将成さんは、少し寂しそうに見えた。
麗華さんは将成さんを嫌がっているという事だけど、将成さんの方はそうでもないのかもしれない。
「ちなみに、お前の二人の兄のどちらかは、南京極家に婿入りが決まっているぞ。蘭華の夫になる」
「え?」
私が蘭華さんに目を向けると、蘭華さんは困ったように笑い、頷いた。
今度は隣に居る茉莉花を見ると、
「わたくしは、優介様とお会いした事はないんですけどね」
と言う。
茉莉花は、蘭華さんが優介さんかちい兄のどちらかと結婚をするという事は、知っていたらしい。
だけど、私にこの事を教えてくれなかったのは、優介さんの事を知らなかったかららしい。
「今の西園寺家の跡取りは、千隼という事になっているようだから、南京極家に婿入りするのはほぼ間違いなく優介だろう」
「まぁ、そういう事になりますわね。西園寺側は、不要な男子を南京極家に渡すと言っていたそうですから」
「不要って……」
それって、跡取りになれなければ、西園寺家には必要ない人間っていう事?
ものすごくひどい話だと私は思った。
「西園寺家にとって必要な人間――跡取りになれば、他家に行かずに済む。北御門に嫁ぎたくない麗華は、西園寺家の跡取りになる事で、俺を拒もうとしていたんだ。結果として、自滅してしまったがな」
「え?」
首を傾げた私に、将成さんと蘭華さんは簡単に説明をしてくれた。
どうしても北御門家に嫁ぎたくない麗華さんは、西園寺のおじいさんに、自分にも西園寺家の跡取りになるチャンスを与えてほしいと訴えたのだそうだ。
長男である優介さんよりも、必ず西園寺家の跡取りに相応しい存在になるから――そう言った必死な麗華さんを見て、西園寺のおじいさんは、麗華さんが優介さんやちい兄よりも劣るとなれば、麗華さんがどんなに嫌がっても北御門家に嫁がせる事を条件に、それを了承したのだそうだ。
「麗華は、西園寺家の跡取りに選ばれるよう、必死に努力をしていた。だが結果は、ストレスに耐え切れずに自滅してしまった……双子の兄である、優介を巻き込んで、な」
「元々、あの西園寺翁にそんな事を言った事自体が浅はかだったのです。西園寺家には、長男であり麗華さんの双子の兄である優介さんと、次男である千隼さんが居るのですから。それに、例え賭けに勝って西園寺家を継いだとしても、想い人と結ばれる事などないというのに……さらに家に縛られる事になるというのに、ね」
「麗華さんの、想い人……」
麗華さんの好きな人は、きっと賢さんだ。
聡い賢さんは、きっと麗華さんの気持ちに気付いているはずだ。
賢さんは、麗華さんをどう思っているんだろう?
大樹さんに目を向けると、私の考えている事に気付いたのだろう、大樹さんが言った。
「賢が麗華をどう想っているかは、俺にもわからない。だが、賢は麗華の想いに応える事はないはずだ」
「どうしてですか?」
「理由はいくつかあるが、一番の理由は、賢が裏東家――東宮司家の筆頭分家の裏東家を継ぐ者だからだ。現在、麗華は北御門家の跡取りである将成の婚約者だ。そこに、いくら麗華が望んだのだとしても、賢が割り込めば、東と北の間で争いが起きないとも限らない。東の筆頭分家の者として、それは許される事ではない」
大樹さんはちらりと将成さんへと目を向けた。
大樹さんの視線を受け止めた将成さんは、そうだな、と頷く。
「東宮司家は今のところ、北御門家と争うつもりはない。もちろん、北御門家もそうだろうがな」
「もちろんだ。ただでさえ、親世代から面倒な事が続いているんだ。これ以上の面倒な事は避けたいからな。これは、南京極家も同じだろう」
「えぇ、もちろんですわ。ただでさえ、四家は面倒ですからね……。これ以上の面倒事は、遠慮していただきたいものですわ」
大樹さん、将成さん、蘭華さんは、そう言うと、互いの顔を見て苦笑した。
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