ミズタマン-第四話

第四話-1

この俺、燐素 利根(りんす としね)30歳の人生はつまらないものであった。
ごく平均的な家庭な家庭の下に生まれ、何不自由なく暮らしていた。
幼稚園、小学校、中学校、高校は友達にも恵まれていた方ではあるし、いじめに合っていたわけでもない。
だが、心が満たされることはなかった。
そんな時、友人が進めてくれた一冊の本が俺の人生を変えてくれた。
ライトノベルの異世界転生モノ（Lv.0の俺が、Lv.100の奴より余裕で強かった）だ。
これを読んだとき、途轍もない衝撃が走ったのを今でも覚えている。
平均的な人生を歩んでいる主人公・佐藤 進一(さとう しんいち)が不慮の事故で死んでしまい、目を覚ますと異世界転生していた。
この世界は、ゲームのLv制を用いて階級、社会保障の内容が変わる世界であった。
進一には、Lv0なのに無敵の力を持っているという能力が与えられていた。
この力を用いて進一はこの制度で苦しむLvの低い人たちを助ける為、この世界を支配する国王に戦いを挑むそんな話だ。
俺は、この主人公にとても親近感を抱いてしまった。
転生前の状況が自分にとても近いからだ。
ごく平均的そして、心に喪失感を抱えている自分と似た境遇。
俺も異世界転生すれば、心が満たされるのかそんな事を考えたものだ。
そして、この事が小説家を目指すきっかけにもなった。
だが現在は、しがない会社員。
夢は夢のままだった。
高校卒業後、ライトノベル作家になる為、専門学校に通った。
それだけでなく作品を賞レースに応募した。
結果は、惨敗。
夢をあきらめた俺は、仕方なく就職。
今は、やりたくもない営業をやっている。
毎日、取引先、上司にとへこへこと頭を下げ虚しい思いをし生きている。
そんなある日の事であった。
終業前、上司に呼び出された俺。
「燐素、ここ最近の成績悪くないか。」
俺の営業成績が悪いことにご立腹らしい。
極端に悪いわけではない、目標に少し足りないだけだった。
「はい、申し訳ありません。」
「どうして、謝る？ええ？」
じゃあ、どうして欲しいんだよと思う。
「普通は改善します。今、努力しています。とか言うだろう。」
「はあ。」
「燐素、この後付き合え。
俺が、営業のコツを教えてやる。」
出たお得意の飲みニケーション。
この上司は、体育会系かつ飲みニケーションが大好きなタイプなのだ。
「すいません。この後、予定が・・・」
「何かあるのか。」
「はい。すいません。」
「あ～分かった。もういい。」
「失礼します。」
本当は、予定なんて何もない。
つまり、噓だ。
上司も本当は食い下がりたいだろうが、昨今のハラスメント問題もありそうは行かないのだ。
どうせ別の奴を誘うのだろう。
「田中山。」
ほら、一人の犠牲者が出てしまった。
そのまま終業時間となり、帰路に着く。
会社近くの最寄り駅は混雑していた。
これから満員電車に乗るとこれまた憂鬱な気分にさせられる。
幸か不幸かホームの一列目に並ぶ事ができた。
後ろに並んでいる男子高校生は元気にふざけあっている。
昔の俺、あんな感じだったかな。そんな事を思っていると電車の到着ベルが鳴る。
「はあ～」このため息は、満員電車に乗るための覚悟の様なものだ。
すると後ろに並んでいた高校生が勢い良く俺とぶつかり、バランスを崩した俺はホームへと落ちていく。
電車はすぐ目の前に来ており、不思議と恐怖という感情はなかった。
ああ、やっと楽になれる、それだけであった。
電車と接触した瞬間、視界がブラックアウトした。