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第1章

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今日一日の仕事を終えて宛てがわれた自室に戻ると私は厳重に鍵をかけた引き出しから、鍵付きの日記帳を取り出した。
日記帳についてある鍵はヘアピンなどで簡単に解錠できるという話を聞いたので引き出しと日記帳には魔法で封をしてある。
これは誰にも見せることのできない類のものだから管理は厳重にしなくてはならない。
最近書いた日記を振り返る意味も兼ねて読み返す。

某月某日
今日はロカリエ嬢がライカー様を夕食に誘っていた。
トマトが嫌いなライカー様にトマトが好きらしいロカリエ嬢が代わりに食べてあげようか、と微笑ましい提案をもちかけていた。
ライカー様はそれは男子の沽券に関わると思ったのか、それとも気恥ずかしかったのか断りながら少し涙目でトマトを召し上がっていたがその姿は大変愛らしく、永久保存したいほどだった。
自分で食べることになったあともしばらく嫌そうにフォークでトマトをつつき回してはそっとため息を吐くお姿に思わず私はこれから一週間ほどロカリエ嬢の入城祝いとして毎食トマトを出すようにコック長に提言してしまいかけたがさすがにそれはやりすぎだろうかと自重したことをすこし後悔している。
可愛らしいお姿をみていると、ライカー様の生い立ちの不遇さからめいっぱい甘やかしたくもなるが同時にいじめたくなるのは好きな子には意地悪したい、という男の性だろうか?
いや、ライカー様には王族として胸を張って生き、逆境に負けずに健やかに育って欲しいという親心と言った方が誤解を招かずに済むだろうか。
とにかく今日も私の主は可愛らしい。

今日の分の日記も似たような具合、つまりライカー様の観察記録をつけた後、私はそっと目を閉じて今日までを振り返った。

三年ほど前から、リアム様に頼りきりだったライカー様は突然大人びて、周りにも厳しくなったように思う。
私に対しては今まで通り親切に接してくださるがそのお気遣いの中にもどこかよそよそしさというか壁を感じてしまうのは私の気のせいだろうか?

ライカー様が突然なんの相談もなく使用人を大勢解雇した時は本当に驚いたものだ。
よく言えば慎重で、悪くいえば人に対して卑屈に見えるほど遠慮する性質のライカー様のなさることとは思えなかった。

突然の豹変ぶりにもしかしたら呪いの話は本当で、それが発動する前兆かと案じたものだが、解雇された使用人たちはライカー様に対して当たりがきつかった者たちばかりなことに遅れて気づいた。
ライカー様は人を見る目をお持ちで、試すためにわざとリアム様がいなくては何もできない素振りを装っていたのだろうか?
だとしたらその聡明さにはなおさら驚かされるものだ。
同時に、ライカー様を悪くいう者がいなくなり風通しが良くなったことは私にも安堵の気持ちを生んだ。
愛らしい主人が呪われている、などと実際はなにもしていないのに辛い思いをするところはやはり見ていて胸が悪くなったが、執事とはいえ思い切った解雇は出来なかったのだ。
それによってライカー様に恨みを持つ者がでて混乱を招いては元も子もない。
だから、周りからどう言われようがライカー様のご決断を私は尊敬している。
あの方は仕えるに値する私の自慢の主だ。

しかし、ライカー様はまだ幼い。
子供の頃にしかできない無茶やわがままもまた、成長には必要なことだ。
王族として自己を律し他者にもそれを求める姿は高潔で素晴らしいがもう少し羽目を外してもよいのではないか、と愚考してしまう。

あぁ、でも。
先程読み返したトマトの一件や、ロカリエ嬢との言い合いを見ているとまだ稚さを残していらっしゃる、と私は思い返す。
急いで大人にならなくていいのだ、と言いたくても言えない不甲斐ない我が身にとってはあれは救いのような一コマだった。

ロカリエ嬢、といえばお会いするまで、噂だけで聞いていた頃とはだいぶ印象が違う。
リアム様に惹かれているらしいことや純血主義なこと、ライカー様へはお手紙を差し上げないなど不安要素しかなかった。
本人の意志を無視した婚約とはいえ、ライカー様が傷つくのではないかとやきもきしたものだ。

しかし、ライカー様と対面し、この城にやって来てからロカリエ嬢はライカー様と打ち解けようと涙ぐましい努力を続けてくださっている。
そんなロカリエ嬢にライカー様も最近は戸惑いながら、それでも本当に少しずつ心を開き始めたようでお二人のやり取りは微笑ましい。

繰り返すがライカー様は王族とはいえまだ幼く、それなのに最近は書類仕事に没頭してばかりだ。
その他の時間は剣術などの特訓や教養を身につけるための授業などに費やしていて余暇を過ごす楽しみを置き去りにしているように思えた。
最初、ロカリエ嬢が御伽噺を一緒に読もうと持ちかけたときはどうなることかと気を揉んだが諦めることなくライカー様が興味を持ちそうなことを調べては息抜きに誘ってくださるロカリエ嬢には本当に感謝の思いしかない。
これからもあのお二人のぎこちなくも微笑ましい交流を見守り続けたいものだ。
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