13 / 18
第1章
11
しおりを挟む
今日一日の仕事を終えて宛てがわれた自室に戻ると私は厳重に鍵をかけた引き出しから、鍵付きの日記帳を取り出した。
日記帳についてある鍵はヘアピンなどで簡単に解錠できるという話を聞いたので引き出しと日記帳には魔法で封をしてある。
これは誰にも見せることのできない類のものだから管理は厳重にしなくてはならない。
最近書いた日記を振り返る意味も兼ねて読み返す。
某月某日
今日はロカリエ嬢がライカー様を夕食に誘っていた。
トマトが嫌いなライカー様にトマトが好きらしいロカリエ嬢が代わりに食べてあげようか、と微笑ましい提案をもちかけていた。
ライカー様はそれは男子の沽券に関わると思ったのか、それとも気恥ずかしかったのか断りながら少し涙目でトマトを召し上がっていたがその姿は大変愛らしく、永久保存したいほどだった。
自分で食べることになったあともしばらく嫌そうにフォークでトマトをつつき回してはそっとため息を吐くお姿に思わず私はこれから一週間ほどロカリエ嬢の入城祝いとして毎食トマトを出すようにコック長に提言してしまいかけたがさすがにそれはやりすぎだろうかと自重したことをすこし後悔している。
可愛らしいお姿をみていると、ライカー様の生い立ちの不遇さからめいっぱい甘やかしたくもなるが同時にいじめたくなるのは好きな子には意地悪したい、という男の性だろうか?
いや、ライカー様には王族として胸を張って生き、逆境に負けずに健やかに育って欲しいという親心と言った方が誤解を招かずに済むだろうか。
とにかく今日も私の主は可愛らしい。
今日の分の日記も似たような具合、つまりライカー様の観察記録をつけた後、私はそっと目を閉じて今日までを振り返った。
三年ほど前から、リアム様に頼りきりだったライカー様は突然大人びて、周りにも厳しくなったように思う。
私に対しては今まで通り親切に接してくださるがそのお気遣いの中にもどこかよそよそしさというか壁を感じてしまうのは私の気のせいだろうか?
ライカー様が突然なんの相談もなく使用人を大勢解雇した時は本当に驚いたものだ。
よく言えば慎重で、悪くいえば人に対して卑屈に見えるほど遠慮する性質のライカー様のなさることとは思えなかった。
突然の豹変ぶりにもしかしたら呪いの話は本当で、それが発動する前兆かと案じたものだが、解雇された使用人たちはライカー様に対して当たりがきつかった者たちばかりなことに遅れて気づいた。
ライカー様は人を見る目をお持ちで、試すためにわざとリアム様がいなくては何もできない素振りを装っていたのだろうか?
だとしたらその聡明さにはなおさら驚かされるものだ。
同時に、ライカー様を悪くいう者がいなくなり風通しが良くなったことは私にも安堵の気持ちを生んだ。
愛らしい主人が呪われている、などと実際はなにもしていないのに辛い思いをするところはやはり見ていて胸が悪くなったが、執事とはいえ思い切った解雇は出来なかったのだ。
それによってライカー様に恨みを持つ者がでて混乱を招いては元も子もない。
だから、周りからどう言われようがライカー様のご決断を私は尊敬している。
あの方は仕えるに値する私の自慢の主だ。
しかし、ライカー様はまだ幼い。
子供の頃にしかできない無茶やわがままもまた、成長には必要なことだ。
王族として自己を律し他者にもそれを求める姿は高潔で素晴らしいがもう少し羽目を外してもよいのではないか、と愚考してしまう。
あぁ、でも。
先程読み返したトマトの一件や、ロカリエ嬢との言い合いを見ているとまだ稚さを残していらっしゃる、と私は思い返す。
急いで大人にならなくていいのだ、と言いたくても言えない不甲斐ない我が身にとってはあれは救いのような一コマだった。
ロカリエ嬢、といえばお会いするまで、噂だけで聞いていた頃とはだいぶ印象が違う。
リアム様に惹かれているらしいことや純血主義なこと、ライカー様へはお手紙を差し上げないなど不安要素しかなかった。
本人の意志を無視した婚約とはいえ、ライカー様が傷つくのではないかとやきもきしたものだ。
しかし、ライカー様と対面し、この城にやって来てからロカリエ嬢はライカー様と打ち解けようと涙ぐましい努力を続けてくださっている。
そんなロカリエ嬢にライカー様も最近は戸惑いながら、それでも本当に少しずつ心を開き始めたようでお二人のやり取りは微笑ましい。
繰り返すがライカー様は王族とはいえまだ幼く、それなのに最近は書類仕事に没頭してばかりだ。
その他の時間は剣術などの特訓や教養を身につけるための授業などに費やしていて余暇を過ごす楽しみを置き去りにしているように思えた。
最初、ロカリエ嬢が御伽噺を一緒に読もうと持ちかけたときはどうなることかと気を揉んだが諦めることなくライカー様が興味を持ちそうなことを調べては息抜きに誘ってくださるロカリエ嬢には本当に感謝の思いしかない。
これからもあのお二人のぎこちなくも微笑ましい交流を見守り続けたいものだ。
日記帳についてある鍵はヘアピンなどで簡単に解錠できるという話を聞いたので引き出しと日記帳には魔法で封をしてある。
これは誰にも見せることのできない類のものだから管理は厳重にしなくてはならない。
最近書いた日記を振り返る意味も兼ねて読み返す。
某月某日
今日はロカリエ嬢がライカー様を夕食に誘っていた。
トマトが嫌いなライカー様にトマトが好きらしいロカリエ嬢が代わりに食べてあげようか、と微笑ましい提案をもちかけていた。
ライカー様はそれは男子の沽券に関わると思ったのか、それとも気恥ずかしかったのか断りながら少し涙目でトマトを召し上がっていたがその姿は大変愛らしく、永久保存したいほどだった。
自分で食べることになったあともしばらく嫌そうにフォークでトマトをつつき回してはそっとため息を吐くお姿に思わず私はこれから一週間ほどロカリエ嬢の入城祝いとして毎食トマトを出すようにコック長に提言してしまいかけたがさすがにそれはやりすぎだろうかと自重したことをすこし後悔している。
可愛らしいお姿をみていると、ライカー様の生い立ちの不遇さからめいっぱい甘やかしたくもなるが同時にいじめたくなるのは好きな子には意地悪したい、という男の性だろうか?
いや、ライカー様には王族として胸を張って生き、逆境に負けずに健やかに育って欲しいという親心と言った方が誤解を招かずに済むだろうか。
とにかく今日も私の主は可愛らしい。
今日の分の日記も似たような具合、つまりライカー様の観察記録をつけた後、私はそっと目を閉じて今日までを振り返った。
三年ほど前から、リアム様に頼りきりだったライカー様は突然大人びて、周りにも厳しくなったように思う。
私に対しては今まで通り親切に接してくださるがそのお気遣いの中にもどこかよそよそしさというか壁を感じてしまうのは私の気のせいだろうか?
ライカー様が突然なんの相談もなく使用人を大勢解雇した時は本当に驚いたものだ。
よく言えば慎重で、悪くいえば人に対して卑屈に見えるほど遠慮する性質のライカー様のなさることとは思えなかった。
突然の豹変ぶりにもしかしたら呪いの話は本当で、それが発動する前兆かと案じたものだが、解雇された使用人たちはライカー様に対して当たりがきつかった者たちばかりなことに遅れて気づいた。
ライカー様は人を見る目をお持ちで、試すためにわざとリアム様がいなくては何もできない素振りを装っていたのだろうか?
だとしたらその聡明さにはなおさら驚かされるものだ。
同時に、ライカー様を悪くいう者がいなくなり風通しが良くなったことは私にも安堵の気持ちを生んだ。
愛らしい主人が呪われている、などと実際はなにもしていないのに辛い思いをするところはやはり見ていて胸が悪くなったが、執事とはいえ思い切った解雇は出来なかったのだ。
それによってライカー様に恨みを持つ者がでて混乱を招いては元も子もない。
だから、周りからどう言われようがライカー様のご決断を私は尊敬している。
あの方は仕えるに値する私の自慢の主だ。
しかし、ライカー様はまだ幼い。
子供の頃にしかできない無茶やわがままもまた、成長には必要なことだ。
王族として自己を律し他者にもそれを求める姿は高潔で素晴らしいがもう少し羽目を外してもよいのではないか、と愚考してしまう。
あぁ、でも。
先程読み返したトマトの一件や、ロカリエ嬢との言い合いを見ているとまだ稚さを残していらっしゃる、と私は思い返す。
急いで大人にならなくていいのだ、と言いたくても言えない不甲斐ない我が身にとってはあれは救いのような一コマだった。
ロカリエ嬢、といえばお会いするまで、噂だけで聞いていた頃とはだいぶ印象が違う。
リアム様に惹かれているらしいことや純血主義なこと、ライカー様へはお手紙を差し上げないなど不安要素しかなかった。
本人の意志を無視した婚約とはいえ、ライカー様が傷つくのではないかとやきもきしたものだ。
しかし、ライカー様と対面し、この城にやって来てからロカリエ嬢はライカー様と打ち解けようと涙ぐましい努力を続けてくださっている。
そんなロカリエ嬢にライカー様も最近は戸惑いながら、それでも本当に少しずつ心を開き始めたようでお二人のやり取りは微笑ましい。
繰り返すがライカー様は王族とはいえまだ幼く、それなのに最近は書類仕事に没頭してばかりだ。
その他の時間は剣術などの特訓や教養を身につけるための授業などに費やしていて余暇を過ごす楽しみを置き去りにしているように思えた。
最初、ロカリエ嬢が御伽噺を一緒に読もうと持ちかけたときはどうなることかと気を揉んだが諦めることなくライカー様が興味を持ちそうなことを調べては息抜きに誘ってくださるロカリエ嬢には本当に感謝の思いしかない。
これからもあのお二人のぎこちなくも微笑ましい交流を見守り続けたいものだ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる