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日常
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「押忍!」
「うわああ!?」
このとき俺は間違いなく、寝たままの状態で数センチ飛び上がった。
漫画であったなら、コマいっぱいにドッギャァーン!と擬音が舞ったはずだ。
ククク、コレを極めれば世界を獲れるだろう。
・・・いや!
「しぃおっンっ!」
不規則にビートを刻む胸を押さえ、タオルケットをかき抱いてベッドの隅に縮こまる。
部屋の入口に立つ小柄なショートヘアーの少女を怒鳴り付けたつもり・・・だったが、声はかすれてオネェ言葉の様な感じになってしまった。
当の少女は、にかっ、と向日葵のような笑顔を見せて
「おー、いいね!あたしが男なら襲っちゃいそう!」
と、恐ろしい事を言う。
「・・・お、女のまま襲ってくれても、宜しくてよ?」
タオルケットで顔を半分隠して、完璧なリアクションを返す俺。
少女は笑顔を崩さないまま半身に構え、両手を上げる。
あ、これ、◯ラップラー刃牙で見たやつだ。
「ありがとー!朝から練習台になってくれるんだ?」
「起きます」
俺達の朝の第一幕はこうやって終了した。
期末テストも終わり、あと数日で夏休みと言う浮かれたこの時期。
学校へ向かう生徒達の顔は皆明るく、これから始まる黄金色の時間に心を弾ませていた。
俺の名は城井光一(きいこういち)、高校1年生だ。地元の高校に通う1高校生であり、退屈な日常と戦い続ける下駄履きの生活者と言うやつだ。
今、横を歩いているちっこい女は那奈詩音。所謂幼馴染みと言うやつで、先程のごとく毎朝部屋に上がり込んで気合いを発する、小型核弾頭のような女だ。
「詩音よ、幼馴染みの男の朝の起こし方と言うのはもっとこう、ロマンチックなものではあるまいか」
「どの面下げてロマンチックよ。あたしに言わせたらこう言うのって、男がしっかりしてて毎朝私を迎えに来るものじゃないの?」
1人分間を開けて横を歩く詩音が、呆れた様子で下から見上げる。
あまり近いと逆に顔が見られないのだ。
頭1つ半は背の違う俺達は、コミュニケーションもコツがいる。
「乙女漫画の読みすぎではないのか」
「漫画なんか読んでないよ、光一じゃあるまいし。一般論としてそうかなって思うだけ。でもさ」
「ん?」
「その、他がどうだって、良いじゃない。あたしは嫌いじゃないよ?」
「・・俺を起こすのが?」
「ううん、朝イチで大声出せるのが。あたしのところアパートだから、近所迷惑になっちゃうもん。光一のところなら気持ちよく叫べるからね!」
「おの~れおのれ、仮面ライダー!男子高校生の純情を返せッ!」
「・・光一って、時々何語しゃべってるのかわからないよ」
苦笑して前を向く詩音。
思い起こせば、コイツがこんなに喋れる様になるとは、子供の頃は思いもよらなかった。
子供の頃・・・と言っても、小学校に上がる前の話だ。
その頃の俺と言えば、しょうもないアホ話で周りを笑わすことばかり考えていて、こいつは、そんな俺の後ろを黙ってちょろちょろ付いてくる変なやつだった。
皆が笑っているときもほとんど無表情で、何が気に入って俺の後をついてくるのか全く解らなかった。
俺の渾身のギャグに全く反応しないこいつに、俺のちゃちなプライドはいたく傷ついていた。
ある日、いくつか丸い穴が開いたドーム状の遊具の中で二人だけになったのを見計らって向かい合い、肩を掴んで叫んだ。
「いいか、おまえを笑わすまで、おれたちはここからでない!ここは笑いのトラのあなだ!」
などとワケのわからないことを言い出す俺に「?」の表情で静かに頷く詩音。
そこからは取って置きのギャグを連発してやったのだが「?」な顔のまま全く反応がない。
どれだけの時間がたったろう、俺は矢尽き刀折れ冷たい地面に倒れ伏していた。
しゃがんだ詩音が心配そうに覗き込む瞳が更にいたい。こいつは視線で人を殺せる女だ。
「は、敗北を・・知った・・。おまえ、かわいい顔して、やるなぁ・・」
そう言ったとたん、無表情だった詩音の顔がぽん、と小さく爆発したようにびっくりした顔になり、しばらく固まったあと、にへらぁ、と初めて見る照れ臭そうな笑顔を見せてくれた。
やれやれ、全力のギャグに反応しなかったくせに。
可愛いの一言で笑うとは安い女だぜ、などと負け惜しみを考えながら身体を起こす。
「・・・あれ、そういえば、じゆうあそび、ってこんなにながかったかな」
時間を忘れてここにいたが、ちょっと長すぎる気がする。
何時もなら先生が回ってきて、声をかけてくれるはずなんだけど・・。
詩音も、はっとして口に手を当てる。
その時だった。
ドームに開いた穴から、にゅう、と手が延びてきて詩音のスモックの襟首を掴み、そのまま小柄な彼女の身体を持ち上げて外に引っ張り出されていった。
驚いた俺は別の穴から顔を出して外の様子を伺う。
そこには、髪と髭をボサボサに伸ばした、初夏だというのにコート姿の男が仁王立ちになり詩音を抱き抱えていた。
園舎のガラス戸は閉められ、中にはひとかたまりになった園児達と、それを囲むように先生たちが円陣を組んでいた。
こちらに向かって叫ぶ先生達の声は聞こえないが、恐らく詩音の名前を呼んでいるのだろう。
男の表情は読み取れないが、詩音を抱えた反対の手には、血のついた大きなナイフを持っていて、グランドを見ると先生が一人と、園児が二人倒れている。
男は何かを叫んでいるが、支離滅裂で何を言ってるのかわからない。
怯えた表情のまま固まった詩音。
男の大きなナイフが詩音のスモックの首元に差し込まれて一気に切り裂かれ、キャラクタ-もののTシャツとピンクのスカ-トが露になる。
詩音は表情を一切変えないまま、男の腕の中でおしっこを漏らした。
漏れたおしっこが詩音の身体と男の腕を伝って、男のコ-トを湿らせる。
男は下卑た笑みを浮かべ、詩音の顔をべろり、と舐め上げてスカ-トの上からナイフの柄を詩音の股間に押し付けてぐりぐりと動かした。
詩音は時間が止まったかのようにその表情を変えない。
その頃、ようやく遠くにパトカーのサイレンがいくつも響いて、近づいて来るのが聞こえた。
男はさらに、詩音のスカ-トとパンツを切り裂いて詩音を高くかがげると、露になって湯気を上げる股間にむしゃぶりついてべろべろと舐めまわし始めた。
そこにパトカ-より速くテレビ局の車が数台駆け付けて来て、カメラを抱えて飛び出して来る連中の姿が見える。
・・・・こりゃあ、笑えないぜ。
男の足元をみると、はだしにサンダルばき。
おまえに「痛み」の意味をおしえてやる!
俺は遊具の隅に纏められて置いてあった石の中から、特にとがった石を掴む。
ドーム下の方に開いた丸い穴から腕を出し、眼前の男の足の小指、そこに向かってその石を全力で振り下ろした。
ぺきっ、と小指の爪が割れる音がして、男はぎゃっ、と短い悲鳴を上げて、まっすぐに腰を落とす。
尾てい骨から落ちた男は自家製アトミックスープレックスに悶絶し、抱えていた詩音を放り出して脚を抱えて丸くなった。
俺はド-ムを飛び出すと、へたりこんで動かない詩音に自分のスモックをかぶせ、顔をぺちぺちと叩いた。
「たて!はしるぞ詩音!」
詩音は震えながらゆっくりと顔を横に振る。無理もない、体が動かないだろう。
さすがに抱えるのは無理なので、両手を引っ張っていこう、と詩音の手をとって立ち上がった瞬間。
背中に凄まじい衝撃を受けて、俺は二メートルほど宙を飛んだ。
そのままさらに二メートルほど転がり、息が詰まる。
見上げると、憤怒の表情でナイフを持った男が立っており、こちらに近づいて来るのが見えた。
ヤバい・・!
男は二、三歩反動をつけて、俺をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
アドレナリンが出まくっていたであろう俺は、さして痛みも感じずに冷静に男の動きを見ていた。
俺は蹴り飛ばされる瞬間に自分からも飛んで、力を逃しつつ大袈裟に吹き飛んで詩音から距離をとる。
こっちだ、こっちにこい・・・!
俺は起き上がり、わざとよたよたと逃げた。全力で逃げては、また詩音がターゲットになってしまう。
男はナイフを振り上げながらこちらに走ってきた。
ご愛読ありがとうございました!城井光一先生の次回作にご期待ください!
そんな文字が脳によぎった、その時だった。
「渇ッ!」
凄まじい気合いの一声が辺りの空気を揺るがし、腹の底に響く。
思わず肩をすくめた男の背後にセーラー服の女が立っている。
男が首を巡らせるより早く、女のスカートがふわりと広がり身体を回転させ、見事な旋風脚が男の頭にヒットする。
男は横倒しになり、そのままピクリとも動かなくなった。
助かったのか・・?
そう思った瞬間、忘れていた痛みが全身を襲い、俺はその場に倒れ込んだ。
ごろり、と仰向けになり、大の字になって空を見上げる。
すると、空中に浮かんだ詩音が顔をくしゃくしゃにしながら落下しており、今まさに必殺のスペースフライング・タイガーアタックを仕掛けて来るところであった。
「ぐはあっ!?」
詩音の捨て身の一撃が炸裂し、おでこ同士が激しく激突して視界に火花が散る。
同時に唇にふわっとした感覚が触れる。
まあ、そのときの俺は何も感じなかったが、恐らくファーストキスであったろう。
二人して目を回している俺達の側に、件のセーラー服女子がやって来てしゃがみこむ。
ざっと身体のあちこちを触り、軽く頷いて、こっちも大丈夫そうだな、とこぼしてため息をついた。
倒れていた先生と園児には救急隊と警官が群がって、慌ただしく搬送の準備が進められている。
「少年、その年で大した勇気だ。将来は女泣かせになりそうだな。どうだ、うちの道場で空手を習ってみないか」
「うう・・け、契約金は・・?」
「ははは、むしろ月謝を頂く」
「・・・ならう!!」
「「ひゃあ!?」」
急に上がった大声に俺も女性も軽く悲鳴をあげてしまった。
見ると、詩音がぶるぶると震えながら立ち上がり、今まで見たこともない真剣な表情でこちらを睨んでいる。
「ならう!しおん、からてならう!つよくなって、づよくなっでぇ・・・ぇぐっ」
次第に涙声になる詩音。
女性は苦笑して詩音を抱き寄せる。詩音は女性に抱かれると、わんわんと泣きじゃくった。
「・・わかった、皆まで言うな」
そう言った女性の表情は、まるで母のようであったのを覚えている。
それが詩音と空手、そして、その師匠となる茅島理香子さんとの出会いだった。
「・・・光一、何ぶつぶつ言ってるの?最後の、出会いであった、って所だけ聞こえたけど・・」
「げぇっ!俺、声に出してた?」
不思議そうな顔で頷く詩音。
「何はともあれ、こうして今に至ると言うわけだ。誰もが驚いたが道場に通い始めた詩音はメキメキと頭角を表し、大会で表彰台に登るまでになった。天才空手少女、と新聞にまで載り、近頃はアイドルやタレントのスカウトまで来ると言う。最も本人は全く興味がないそうだが」
「・・開き直って大声で喋り始めた・・」
これくらいにしておくか。
まあ「そんな詩音に一抹の寂しさも感じないでもない。アイツはそのうち手の届かない存在になってしまうのではないか、とな。・・・そうなる前に、ハッキリと気持ちを伝えるべきか。うーん、そうは言っても、何かいまさらなあ。俺には良く解らんが、結構ファンも多いらしいし。てか、あんだけ強かったら、俺とか要らんだろ?一人で生きていけるよ、アイツ」
・・・あれ?
俺、今、もしかして。
横を見ると詩音がいない。
振り替えると、全身を真っ赤に染めた詩音が数メートル後ろで立ち尽くしている。
「・・・」
まるで、あの日の昔に戻ったようにもじもじと目を伏せる詩音。
俺も、頭のなかで呟いたはずの自分の台詞を反芻して、それを口に出してしまった事実に愕然トス。
俺は告白してしまったのか!?
いや、何か違うような?
やがて、目に涙を一杯に溜めた詩音が小走りに寄ってきて袖口をつかんだ。
「詩音、今のはだな、その」
「光一のバカー!」
思い切り袖を引かれ、カウンターの正拳突きが腹に決まる。
恐らくその場で空中120回転はしただろう俺は、吹っ飛び回転する視界の中でパラパラ漫画のように走り去っていく詩音の姿を捕らえつつ、意識を失った。
「うわああ!?」
このとき俺は間違いなく、寝たままの状態で数センチ飛び上がった。
漫画であったなら、コマいっぱいにドッギャァーン!と擬音が舞ったはずだ。
ククク、コレを極めれば世界を獲れるだろう。
・・・いや!
「しぃおっンっ!」
不規則にビートを刻む胸を押さえ、タオルケットをかき抱いてベッドの隅に縮こまる。
部屋の入口に立つ小柄なショートヘアーの少女を怒鳴り付けたつもり・・・だったが、声はかすれてオネェ言葉の様な感じになってしまった。
当の少女は、にかっ、と向日葵のような笑顔を見せて
「おー、いいね!あたしが男なら襲っちゃいそう!」
と、恐ろしい事を言う。
「・・・お、女のまま襲ってくれても、宜しくてよ?」
タオルケットで顔を半分隠して、完璧なリアクションを返す俺。
少女は笑顔を崩さないまま半身に構え、両手を上げる。
あ、これ、◯ラップラー刃牙で見たやつだ。
「ありがとー!朝から練習台になってくれるんだ?」
「起きます」
俺達の朝の第一幕はこうやって終了した。
期末テストも終わり、あと数日で夏休みと言う浮かれたこの時期。
学校へ向かう生徒達の顔は皆明るく、これから始まる黄金色の時間に心を弾ませていた。
俺の名は城井光一(きいこういち)、高校1年生だ。地元の高校に通う1高校生であり、退屈な日常と戦い続ける下駄履きの生活者と言うやつだ。
今、横を歩いているちっこい女は那奈詩音。所謂幼馴染みと言うやつで、先程のごとく毎朝部屋に上がり込んで気合いを発する、小型核弾頭のような女だ。
「詩音よ、幼馴染みの男の朝の起こし方と言うのはもっとこう、ロマンチックなものではあるまいか」
「どの面下げてロマンチックよ。あたしに言わせたらこう言うのって、男がしっかりしてて毎朝私を迎えに来るものじゃないの?」
1人分間を開けて横を歩く詩音が、呆れた様子で下から見上げる。
あまり近いと逆に顔が見られないのだ。
頭1つ半は背の違う俺達は、コミュニケーションもコツがいる。
「乙女漫画の読みすぎではないのか」
「漫画なんか読んでないよ、光一じゃあるまいし。一般論としてそうかなって思うだけ。でもさ」
「ん?」
「その、他がどうだって、良いじゃない。あたしは嫌いじゃないよ?」
「・・俺を起こすのが?」
「ううん、朝イチで大声出せるのが。あたしのところアパートだから、近所迷惑になっちゃうもん。光一のところなら気持ちよく叫べるからね!」
「おの~れおのれ、仮面ライダー!男子高校生の純情を返せッ!」
「・・光一って、時々何語しゃべってるのかわからないよ」
苦笑して前を向く詩音。
思い起こせば、コイツがこんなに喋れる様になるとは、子供の頃は思いもよらなかった。
子供の頃・・・と言っても、小学校に上がる前の話だ。
その頃の俺と言えば、しょうもないアホ話で周りを笑わすことばかり考えていて、こいつは、そんな俺の後ろを黙ってちょろちょろ付いてくる変なやつだった。
皆が笑っているときもほとんど無表情で、何が気に入って俺の後をついてくるのか全く解らなかった。
俺の渾身のギャグに全く反応しないこいつに、俺のちゃちなプライドはいたく傷ついていた。
ある日、いくつか丸い穴が開いたドーム状の遊具の中で二人だけになったのを見計らって向かい合い、肩を掴んで叫んだ。
「いいか、おまえを笑わすまで、おれたちはここからでない!ここは笑いのトラのあなだ!」
などとワケのわからないことを言い出す俺に「?」の表情で静かに頷く詩音。
そこからは取って置きのギャグを連発してやったのだが「?」な顔のまま全く反応がない。
どれだけの時間がたったろう、俺は矢尽き刀折れ冷たい地面に倒れ伏していた。
しゃがんだ詩音が心配そうに覗き込む瞳が更にいたい。こいつは視線で人を殺せる女だ。
「は、敗北を・・知った・・。おまえ、かわいい顔して、やるなぁ・・」
そう言ったとたん、無表情だった詩音の顔がぽん、と小さく爆発したようにびっくりした顔になり、しばらく固まったあと、にへらぁ、と初めて見る照れ臭そうな笑顔を見せてくれた。
やれやれ、全力のギャグに反応しなかったくせに。
可愛いの一言で笑うとは安い女だぜ、などと負け惜しみを考えながら身体を起こす。
「・・・あれ、そういえば、じゆうあそび、ってこんなにながかったかな」
時間を忘れてここにいたが、ちょっと長すぎる気がする。
何時もなら先生が回ってきて、声をかけてくれるはずなんだけど・・。
詩音も、はっとして口に手を当てる。
その時だった。
ドームに開いた穴から、にゅう、と手が延びてきて詩音のスモックの襟首を掴み、そのまま小柄な彼女の身体を持ち上げて外に引っ張り出されていった。
驚いた俺は別の穴から顔を出して外の様子を伺う。
そこには、髪と髭をボサボサに伸ばした、初夏だというのにコート姿の男が仁王立ちになり詩音を抱き抱えていた。
園舎のガラス戸は閉められ、中にはひとかたまりになった園児達と、それを囲むように先生たちが円陣を組んでいた。
こちらに向かって叫ぶ先生達の声は聞こえないが、恐らく詩音の名前を呼んでいるのだろう。
男の表情は読み取れないが、詩音を抱えた反対の手には、血のついた大きなナイフを持っていて、グランドを見ると先生が一人と、園児が二人倒れている。
男は何かを叫んでいるが、支離滅裂で何を言ってるのかわからない。
怯えた表情のまま固まった詩音。
男の大きなナイフが詩音のスモックの首元に差し込まれて一気に切り裂かれ、キャラクタ-もののTシャツとピンクのスカ-トが露になる。
詩音は表情を一切変えないまま、男の腕の中でおしっこを漏らした。
漏れたおしっこが詩音の身体と男の腕を伝って、男のコ-トを湿らせる。
男は下卑た笑みを浮かべ、詩音の顔をべろり、と舐め上げてスカ-トの上からナイフの柄を詩音の股間に押し付けてぐりぐりと動かした。
詩音は時間が止まったかのようにその表情を変えない。
その頃、ようやく遠くにパトカーのサイレンがいくつも響いて、近づいて来るのが聞こえた。
男はさらに、詩音のスカ-トとパンツを切り裂いて詩音を高くかがげると、露になって湯気を上げる股間にむしゃぶりついてべろべろと舐めまわし始めた。
そこにパトカ-より速くテレビ局の車が数台駆け付けて来て、カメラを抱えて飛び出して来る連中の姿が見える。
・・・・こりゃあ、笑えないぜ。
男の足元をみると、はだしにサンダルばき。
おまえに「痛み」の意味をおしえてやる!
俺は遊具の隅に纏められて置いてあった石の中から、特にとがった石を掴む。
ドーム下の方に開いた丸い穴から腕を出し、眼前の男の足の小指、そこに向かってその石を全力で振り下ろした。
ぺきっ、と小指の爪が割れる音がして、男はぎゃっ、と短い悲鳴を上げて、まっすぐに腰を落とす。
尾てい骨から落ちた男は自家製アトミックスープレックスに悶絶し、抱えていた詩音を放り出して脚を抱えて丸くなった。
俺はド-ムを飛び出すと、へたりこんで動かない詩音に自分のスモックをかぶせ、顔をぺちぺちと叩いた。
「たて!はしるぞ詩音!」
詩音は震えながらゆっくりと顔を横に振る。無理もない、体が動かないだろう。
さすがに抱えるのは無理なので、両手を引っ張っていこう、と詩音の手をとって立ち上がった瞬間。
背中に凄まじい衝撃を受けて、俺は二メートルほど宙を飛んだ。
そのままさらに二メートルほど転がり、息が詰まる。
見上げると、憤怒の表情でナイフを持った男が立っており、こちらに近づいて来るのが見えた。
ヤバい・・!
男は二、三歩反動をつけて、俺をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
アドレナリンが出まくっていたであろう俺は、さして痛みも感じずに冷静に男の動きを見ていた。
俺は蹴り飛ばされる瞬間に自分からも飛んで、力を逃しつつ大袈裟に吹き飛んで詩音から距離をとる。
こっちだ、こっちにこい・・・!
俺は起き上がり、わざとよたよたと逃げた。全力で逃げては、また詩音がターゲットになってしまう。
男はナイフを振り上げながらこちらに走ってきた。
ご愛読ありがとうございました!城井光一先生の次回作にご期待ください!
そんな文字が脳によぎった、その時だった。
「渇ッ!」
凄まじい気合いの一声が辺りの空気を揺るがし、腹の底に響く。
思わず肩をすくめた男の背後にセーラー服の女が立っている。
男が首を巡らせるより早く、女のスカートがふわりと広がり身体を回転させ、見事な旋風脚が男の頭にヒットする。
男は横倒しになり、そのままピクリとも動かなくなった。
助かったのか・・?
そう思った瞬間、忘れていた痛みが全身を襲い、俺はその場に倒れ込んだ。
ごろり、と仰向けになり、大の字になって空を見上げる。
すると、空中に浮かんだ詩音が顔をくしゃくしゃにしながら落下しており、今まさに必殺のスペースフライング・タイガーアタックを仕掛けて来るところであった。
「ぐはあっ!?」
詩音の捨て身の一撃が炸裂し、おでこ同士が激しく激突して視界に火花が散る。
同時に唇にふわっとした感覚が触れる。
まあ、そのときの俺は何も感じなかったが、恐らくファーストキスであったろう。
二人して目を回している俺達の側に、件のセーラー服女子がやって来てしゃがみこむ。
ざっと身体のあちこちを触り、軽く頷いて、こっちも大丈夫そうだな、とこぼしてため息をついた。
倒れていた先生と園児には救急隊と警官が群がって、慌ただしく搬送の準備が進められている。
「少年、その年で大した勇気だ。将来は女泣かせになりそうだな。どうだ、うちの道場で空手を習ってみないか」
「うう・・け、契約金は・・?」
「ははは、むしろ月謝を頂く」
「・・・ならう!!」
「「ひゃあ!?」」
急に上がった大声に俺も女性も軽く悲鳴をあげてしまった。
見ると、詩音がぶるぶると震えながら立ち上がり、今まで見たこともない真剣な表情でこちらを睨んでいる。
「ならう!しおん、からてならう!つよくなって、づよくなっでぇ・・・ぇぐっ」
次第に涙声になる詩音。
女性は苦笑して詩音を抱き寄せる。詩音は女性に抱かれると、わんわんと泣きじゃくった。
「・・わかった、皆まで言うな」
そう言った女性の表情は、まるで母のようであったのを覚えている。
それが詩音と空手、そして、その師匠となる茅島理香子さんとの出会いだった。
「・・・光一、何ぶつぶつ言ってるの?最後の、出会いであった、って所だけ聞こえたけど・・」
「げぇっ!俺、声に出してた?」
不思議そうな顔で頷く詩音。
「何はともあれ、こうして今に至ると言うわけだ。誰もが驚いたが道場に通い始めた詩音はメキメキと頭角を表し、大会で表彰台に登るまでになった。天才空手少女、と新聞にまで載り、近頃はアイドルやタレントのスカウトまで来ると言う。最も本人は全く興味がないそうだが」
「・・開き直って大声で喋り始めた・・」
これくらいにしておくか。
まあ「そんな詩音に一抹の寂しさも感じないでもない。アイツはそのうち手の届かない存在になってしまうのではないか、とな。・・・そうなる前に、ハッキリと気持ちを伝えるべきか。うーん、そうは言っても、何かいまさらなあ。俺には良く解らんが、結構ファンも多いらしいし。てか、あんだけ強かったら、俺とか要らんだろ?一人で生きていけるよ、アイツ」
・・・あれ?
俺、今、もしかして。
横を見ると詩音がいない。
振り替えると、全身を真っ赤に染めた詩音が数メートル後ろで立ち尽くしている。
「・・・」
まるで、あの日の昔に戻ったようにもじもじと目を伏せる詩音。
俺も、頭のなかで呟いたはずの自分の台詞を反芻して、それを口に出してしまった事実に愕然トス。
俺は告白してしまったのか!?
いや、何か違うような?
やがて、目に涙を一杯に溜めた詩音が小走りに寄ってきて袖口をつかんだ。
「詩音、今のはだな、その」
「光一のバカー!」
思い切り袖を引かれ、カウンターの正拳突きが腹に決まる。
恐らくその場で空中120回転はしただろう俺は、吹っ飛び回転する視界の中でパラパラ漫画のように走り去っていく詩音の姿を捕らえつつ、意識を失った。
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