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後編
母さんの墓参りに行ってみたら(主人公視点)
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母さんの墓は、城の敷地の中にある。
敷地の中って言っても、広大な敷地の一番北に小さな雑木林があってその先、歩いて行くには少し遠いので馬を出してもらうことにした。
「久しぶりだねオーディーン」
馬屋に行くと、栗毛のオーディーンが嬉そうにいなないた。
よかった、三年ぶりだから嫌われたかと思ったよ。
オーディーンは俺の馬。十歳のときからの付き合いだけど、ここ三年位は学院のことにかまけて領地にも帰って来れなかった。悪いことをした。
「オーディーンというの?素敵な名前ね」
ティナにも触らせてくれてるし、これなら乗せられるかな?
「………どいて……」
「!」
俺がオーディーンをなでくり回していると急に声を掛けられたもんだから内心超ビビった。
って………あれ?
「………」
黙々と鞍を付けてくれている少年は見覚えのない人物だった。
あれ?
馬屋番はドミニクとアーロンだったよな?新しい人かな。
「見ない顔だな」
「………」
「この間、ドミニクが馬の買い付けにホウランに行った時に、勝手に付いて来たらしいんすよ。アスマって名前っす」
と、後から鐙を持って来たアーロンがそう付け加えるように言った。
ホウラン国の北部は良質な馬の産地だ。アスマって響きがどうもホウラン風だと思ったら、なるほど。
「馬の買い付けに行ったのか?」
「そっす。旦那様のご指示で三十頭ほど」
三十頭も??
父さんは新しい騎馬小隊でも編成するつもりなんだろうか。
「んで、そんときに買い付け先で下働きしてたクソガキがコイツっす。つ・う・か!」
ガッ!
「!?」
アーロンは鐙を付け終えると、さっさと立ち去ろうとしたアスマの襟首を掴んだ。
「オマエ、この方を誰だと思ってるっすか?ホウラン人は挨拶もできねえっすか」
「……………はじめまして」
「ああ、私はヴィクトールだ。ようこそコール家へ」
「ティアナですわ」
しぶしぶといった感じで口を開いたアスマはじいっと俺を見つめてくる。
その頭をガシッと掴んたアーロンはぐいぐいと押しながら一緒に頭を下げてきた。
「すんませんっす!ホント愛想のない奴で!」
「………」
「まあまあ、アーロン。アスマはどうしてホウランからはるばるここに来たんだ?」
「………」
うーん。
間が長い。
緊張してるんだろうか。
「………ヴォルムスに買われて行った馬はあまり良い環境で暮らしてないと聞いた」
少し我慢して待っているとアスマは静かに喋りだした。
「……三十頭も買われていくのを見て、ヴォルムスで戦にでも駆り出されるのかと思った」
「なるほど。自分が丹精込めて育てた馬達が心配だったのか。それで?我が家の馬番の仕事ぶりはどうだ?」
「………悪くない」
「あったりまえだ!」
「まあまあ 」
アスマは馬については深く関わってきたプライドがあるのだろう。
俺もアーロンとドミニクの仕事ぶりを疑うわけじゃないが、彼らも気づかないことや手が回らないことがあるかもしれない。
「アスマ、君の行動の理由は分かった。我が家の馬番にも足りないところもあるかもしれない。馬の産地の出ともなれば、彼らが気づかないことにも気をつくだろう。出来ればこれからも、我が家の馬達の世話をして欲しいんだが」
「ヴィクトール様!?」
アーロン以上に驚いた顔をしたアスマは目を丸くして俺を見た。
何言ってんだこのボンボン、とか思われてるんだろうなー。
実際、鞍付けひとつとっても、最近来たばっかりの人とは思えないほどオーディーンに警戒されてないし、手際もいいし。
つか、ぶっちゃけ三十頭も新しく買い付けたのに馬番が二人だけとか労働環境的にアウトだからスカウトしたいだけなんだけど。
「…………本気?オレはホウラン人だよ」
「それがどうかしたか?ああ、もちろん衣食住と相応の給金は保証しよう、今はどこで寝泊まりしているんだ?」
聞けば今はドミニクが自宅に泊めてるとか。
「それはドミニクに感謝しなくてはな、本来客人として扱うべきだったというのに」
「………客人?正気?オレはただの馬飼いだよ?」
「我が家で買い付けた馬に付いてはるばる馬の世話をしに来てくれたんだ。大事な客人だよ。実際どうだ?新しく来た馬達の世話は」
と、俺が問うとアーロンはぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きながら少し考える仕草を見せた。
「そっすねぇ………。実際、俺とドミニクがやるよりいい方法を知ってるし、それを惜しげもなく俺たちに教えてくれる。正直、助かってるっす」
愛想は悪いっすけど。
と、付け加わえはしたがやはり高評価のようだ。
「だ、そうだ。実際にはドミニクの意見も聞いてからになるが、我が家に……いや、私に正式に仕えてくれるというなら歓迎する」
「………考えておく」
「ああ、そうしてくれ」
さて、いい加出発しないと日が暮れるな。
俺たちはアーロンとアスマに見送られてオーディーンを駆って走り出した。
「ティナ、大丈夫?」
「う、うん」
俺はティナを前に抱える様に手綱を握っている。少し早足で走らせているから揺れで恐くないかと声を掛ければそう返ってきたから、 俺はそのまま速度を落とさずに走り抜けた。
「着いたよ、この奥だ」
北側の雑木林は庭師が定期的に手入れをしてくれているのだろう、奥にぬける道がしっかり整えられていたけど、さすがに馬で通り抜けるには狭いのでここからは馬を繋いで歩く。
「オーディーン、ここで少し待っていてくれ」
少し歩けば視界がひらけて、墓標代わりの木が目の前に現れる。
それはまるで母さんの故郷の様で、故郷に帰れないまま亡くなってしまった母さんの為に、父さんはここをあの村に見立てたかったんだろう。
「………ここに、お義母様が………?」
「うん」
俺は膝をつくと、墓標代わりの木の根本に花を手向けた。
ティナとハンスとクリフも、俺にならって膝をついて頭を垂れた。
「母さん………なかなか会いに来れなくてごめん……」
俺はそう謝って、ティナとの婚姻や長命族の里に行ったことなどを話した。
「お義母様。私、ティアナと申します、不束者ではございますがどうぞよしなに……」
ティナがそう言って木を見上げると、不意にサアッと風が吹き抜け枝を揺らした。
母さんがティナの言葉に応えてくれたような気がした。
ありがとう、母さん。
「それとね、母さん。お祖父様と叔父上が会いに来たいそうなんだ」
俺は大事に持っていた移動拠点を取り出して足元に埋めようとしたら、脇から手が伸びてきて止められた。
「どうぞ我々にお命じ下さい、なんなりと」
ハンスだった。
あちゃあ、しまった。またやっちゃったよ。
「ああ、ではこれが埋まる位の穴を掘って欲しい」
「かしこまりました」
そう応えると、ハンスとクリフは護身用の短剣を鞘ごと地面に突き立てた。
馬鹿だなぁ俺は。
従者である二人に恥をかかせるところだった。
なんでも自分の手をまず汚すクセ、直さないと。
「これで如何でございましょう」
ザクザクと二人が掘ってくれた穴を見ると、ジャストサイズだった。
「ありがとう、それでいい」
俺は移動拠点をその穴の中に入れると、埋めてくれるよう頼んだ。
埋め戻された地面は土の色が変わっただけで変化はない。
何かしら光ったりとかを期待していた俺は、少しガッカリしたのはここだけの話だ。
『ヴィクトール』
「!!」
とそのとき、急に頭の中に叔父上の声が響いた。
「叔父上!」
「えっ、叔父様?」
俺が思わず驚いて声に出すと、ティナか近づいてきて俺の手をとった。
『ヴィクトール、移動拠点を設置したのだな』
「えっ、あ、はい。分かるんですか??」
『勿論だ、それは私が作ったものだからな、起動したかどうかはすぐ分かる』
『とか言ってこのひとったらここ数日ずっと気にしてたのよ。ふふっ』
『セリーヌ!余計なことを言わなくていい!』
伝声具を通じてそんな掛け合いをする叔父上と叔母上に、俺とティナは思わず笑ってしまった。
『……コホン』
叔父上は誤魔化すように咳払いをし、何ごともなかったように話を続けた。
『と、とにかく。今ヴィクトールはナディアの墓の前に居るのだな?』
「はい」
『そうか、なら少し待っていて欲しい』
待っていて欲しいと言われてからしばらく経つと俺たちの近くの空間が歪み、渦のような中からスルッと抜け出す様にして人影が現れた。
叔父上と叔母上と………お祖父様だった。
「ヴィクトール!!」
お祖父様は、初めて見た長距離跳躍に感動していた俺と目が合うと駆け寄って来て抱き締めてきた。
「ああ……!これほどまでにたったの数日が長く感じたことはありません……!会えて嬉しいですよ…」
「お祖父様…」
叔父上が苦笑しながら話してくれたことによれば、俺が長命族の里を発って数日、お祖父様は毎日俺を心配して落ち着かない様子だったそうで、
「父上がそのような様子では私も自然とお前に渡した移動拠点のことが気になってな」
と、言うわけで早速跳んできたという訳らしい。
それにしても早っ。
「父上、それくらいにして、姉上に花を手向けてやろう」
「あ、ああ。そうですね」
そろそろお祖父様の腕の中で窒息しそうだった俺は、ナイスタイミングな叔父上のツッコミにやっと解放された。
「こ、此方が母さんの墓標です」
そういって俺が目の前の木を指し示すと、お祖父様たちは木の前に立つと胸の前で手を組み目を閉じた。
俺たちもそれにならい黙礼する。
「ナディア……。ようやく会えましたね私の可愛い子」
不意に、お祖父様がぽつりとそう呟いた。
そのなんとも言えない寂しそうな響きに、思わず泣きそうになった。
「……………っ」
お祖父様は何もないところから花束を取り出して、そっと木の根本に手向けた。
キラキラと日の光を反射するその花束は、まるで硝子細工の様で。
「ナディア、お前の好きな水晶花ですよ、喜んでくれるとよいのですが……」
水晶花というらしいその花は、なるほど花びらが半透明で、叔父上が仰るには、限られた場所にしか咲かない希少種だそうで、水晶の鉱床近くに自生する正真正銘の植物らしい。
「……まあ、自然魔力の薄い外界では一日と保たんだろうが。それでも姉上の墓前に手向けるならこれだろうと思ってな、先ほど急いで採ってきたのだ」
「そうなんですか……」
お祖父様は振り向くと、さっきまでの苦しそうな表情ではなく、いつもの顔になっていた。
「感謝しますヴィクトール、お陰でナディアの墓前に来れました」
「俺の方こそ………。お祖父様と叔父上と叔母上とご一緒できてよかったです」
お祖父様は今度はニコニコと笑みを浮かべながら頭を撫でてくる。
「そう言えばヴィクトール。お前に渡した伝声具のことなのだがな」
「はい、叔父上」
本当なら城にご招待して、座ってゆっくり話したいところだけど、見た目が人族に近いと言っても、長命族の特徴である長い耳はどうしても目につく。
いくら城の使用人達が口が硬いといっても、まだ時期尚早だろう。
俺は申し訳なく思いつつも、そのまま話に応じた。
「父上によれば、伝声具の使用者と身体の一部を接触している者も声のやり取りができるのは確かだそうだ」
「そうですか、やはり」
「すみませんね、私もそんな機能があることをすっかり失念していまして」
いや、そんな機能があったお陰で、体内魔力のないティナや皆が魔法具を体験できたし。
元々伝声具は二千年前の人魔大戦の最中に開発されたもので、司令官の声を正確にかつ一度に大勢の兵士に伝達する為に造られ、量産されたもので、万が一伝達具が壊れた場合や体内魔力が枯渇した場合にも連絡がとれるように考えられた予備機能だったそうだ。
「最早大戦が終結して久しく、一族がひと処に纏まって暮らすようになってからは伝声具のような連絡手段は必要無くなってしまいましたので、これが使われたのも久しぶりなのですよ」
そう言うと、お祖父様はすっと俺の耳にある伝声具に触れてきた。
途端にフワッと耳がくすぐられるような風が吹いた気がした。
「……これでよし」
「??」
「ああ、説明もなくすまないね。これで私の魔力も登録したから、何時でも連絡ができますよ」
なるほど。
何時でもいいからお祖父様にも連絡をしなさいと、そういうことですね、分かりました。
「あら!お義父様ったらずるいわ!私も!」
結局叔母上も俺の伝声具に魔力を登録し、お三方は満足した様子で帰られた。
それを見送って、俺達もその場を後にした。
「母さん、また来るよ」
「ごきげんよう、お義母様」
敷地の中って言っても、広大な敷地の一番北に小さな雑木林があってその先、歩いて行くには少し遠いので馬を出してもらうことにした。
「久しぶりだねオーディーン」
馬屋に行くと、栗毛のオーディーンが嬉そうにいなないた。
よかった、三年ぶりだから嫌われたかと思ったよ。
オーディーンは俺の馬。十歳のときからの付き合いだけど、ここ三年位は学院のことにかまけて領地にも帰って来れなかった。悪いことをした。
「オーディーンというの?素敵な名前ね」
ティナにも触らせてくれてるし、これなら乗せられるかな?
「………どいて……」
「!」
俺がオーディーンをなでくり回していると急に声を掛けられたもんだから内心超ビビった。
って………あれ?
「………」
黙々と鞍を付けてくれている少年は見覚えのない人物だった。
あれ?
馬屋番はドミニクとアーロンだったよな?新しい人かな。
「見ない顔だな」
「………」
「この間、ドミニクが馬の買い付けにホウランに行った時に、勝手に付いて来たらしいんすよ。アスマって名前っす」
と、後から鐙を持って来たアーロンがそう付け加えるように言った。
ホウラン国の北部は良質な馬の産地だ。アスマって響きがどうもホウラン風だと思ったら、なるほど。
「馬の買い付けに行ったのか?」
「そっす。旦那様のご指示で三十頭ほど」
三十頭も??
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「んで、そんときに買い付け先で下働きしてたクソガキがコイツっす。つ・う・か!」
ガッ!
「!?」
アーロンは鐙を付け終えると、さっさと立ち去ろうとしたアスマの襟首を掴んだ。
「オマエ、この方を誰だと思ってるっすか?ホウラン人は挨拶もできねえっすか」
「……………はじめまして」
「ああ、私はヴィクトールだ。ようこそコール家へ」
「ティアナですわ」
しぶしぶといった感じで口を開いたアスマはじいっと俺を見つめてくる。
その頭をガシッと掴んたアーロンはぐいぐいと押しながら一緒に頭を下げてきた。
「すんませんっす!ホント愛想のない奴で!」
「………」
「まあまあ、アーロン。アスマはどうしてホウランからはるばるここに来たんだ?」
「………」
うーん。
間が長い。
緊張してるんだろうか。
「………ヴォルムスに買われて行った馬はあまり良い環境で暮らしてないと聞いた」
少し我慢して待っているとアスマは静かに喋りだした。
「……三十頭も買われていくのを見て、ヴォルムスで戦にでも駆り出されるのかと思った」
「なるほど。自分が丹精込めて育てた馬達が心配だったのか。それで?我が家の馬番の仕事ぶりはどうだ?」
「………悪くない」
「あったりまえだ!」
「まあまあ 」
アスマは馬については深く関わってきたプライドがあるのだろう。
俺もアーロンとドミニクの仕事ぶりを疑うわけじゃないが、彼らも気づかないことや手が回らないことがあるかもしれない。
「アスマ、君の行動の理由は分かった。我が家の馬番にも足りないところもあるかもしれない。馬の産地の出ともなれば、彼らが気づかないことにも気をつくだろう。出来ればこれからも、我が家の馬達の世話をして欲しいんだが」
「ヴィクトール様!?」
アーロン以上に驚いた顔をしたアスマは目を丸くして俺を見た。
何言ってんだこのボンボン、とか思われてるんだろうなー。
実際、鞍付けひとつとっても、最近来たばっかりの人とは思えないほどオーディーンに警戒されてないし、手際もいいし。
つか、ぶっちゃけ三十頭も新しく買い付けたのに馬番が二人だけとか労働環境的にアウトだからスカウトしたいだけなんだけど。
「…………本気?オレはホウラン人だよ」
「それがどうかしたか?ああ、もちろん衣食住と相応の給金は保証しよう、今はどこで寝泊まりしているんだ?」
聞けば今はドミニクが自宅に泊めてるとか。
「それはドミニクに感謝しなくてはな、本来客人として扱うべきだったというのに」
「………客人?正気?オレはただの馬飼いだよ?」
「我が家で買い付けた馬に付いてはるばる馬の世話をしに来てくれたんだ。大事な客人だよ。実際どうだ?新しく来た馬達の世話は」
と、俺が問うとアーロンはぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きながら少し考える仕草を見せた。
「そっすねぇ………。実際、俺とドミニクがやるよりいい方法を知ってるし、それを惜しげもなく俺たちに教えてくれる。正直、助かってるっす」
愛想は悪いっすけど。
と、付け加わえはしたがやはり高評価のようだ。
「だ、そうだ。実際にはドミニクの意見も聞いてからになるが、我が家に……いや、私に正式に仕えてくれるというなら歓迎する」
「………考えておく」
「ああ、そうしてくれ」
さて、いい加出発しないと日が暮れるな。
俺たちはアーロンとアスマに見送られてオーディーンを駆って走り出した。
「ティナ、大丈夫?」
「う、うん」
俺はティナを前に抱える様に手綱を握っている。少し早足で走らせているから揺れで恐くないかと声を掛ければそう返ってきたから、 俺はそのまま速度を落とさずに走り抜けた。
「着いたよ、この奥だ」
北側の雑木林は庭師が定期的に手入れをしてくれているのだろう、奥にぬける道がしっかり整えられていたけど、さすがに馬で通り抜けるには狭いのでここからは馬を繋いで歩く。
「オーディーン、ここで少し待っていてくれ」
少し歩けば視界がひらけて、墓標代わりの木が目の前に現れる。
それはまるで母さんの故郷の様で、故郷に帰れないまま亡くなってしまった母さんの為に、父さんはここをあの村に見立てたかったんだろう。
「………ここに、お義母様が………?」
「うん」
俺は膝をつくと、墓標代わりの木の根本に花を手向けた。
ティナとハンスとクリフも、俺にならって膝をついて頭を垂れた。
「母さん………なかなか会いに来れなくてごめん……」
俺はそう謝って、ティナとの婚姻や長命族の里に行ったことなどを話した。
「お義母様。私、ティアナと申します、不束者ではございますがどうぞよしなに……」
ティナがそう言って木を見上げると、不意にサアッと風が吹き抜け枝を揺らした。
母さんがティナの言葉に応えてくれたような気がした。
ありがとう、母さん。
「それとね、母さん。お祖父様と叔父上が会いに来たいそうなんだ」
俺は大事に持っていた移動拠点を取り出して足元に埋めようとしたら、脇から手が伸びてきて止められた。
「どうぞ我々にお命じ下さい、なんなりと」
ハンスだった。
あちゃあ、しまった。またやっちゃったよ。
「ああ、ではこれが埋まる位の穴を掘って欲しい」
「かしこまりました」
そう応えると、ハンスとクリフは護身用の短剣を鞘ごと地面に突き立てた。
馬鹿だなぁ俺は。
従者である二人に恥をかかせるところだった。
なんでも自分の手をまず汚すクセ、直さないと。
「これで如何でございましょう」
ザクザクと二人が掘ってくれた穴を見ると、ジャストサイズだった。
「ありがとう、それでいい」
俺は移動拠点をその穴の中に入れると、埋めてくれるよう頼んだ。
埋め戻された地面は土の色が変わっただけで変化はない。
何かしら光ったりとかを期待していた俺は、少しガッカリしたのはここだけの話だ。
『ヴィクトール』
「!!」
とそのとき、急に頭の中に叔父上の声が響いた。
「叔父上!」
「えっ、叔父様?」
俺が思わず驚いて声に出すと、ティナか近づいてきて俺の手をとった。
『ヴィクトール、移動拠点を設置したのだな』
「えっ、あ、はい。分かるんですか??」
『勿論だ、それは私が作ったものだからな、起動したかどうかはすぐ分かる』
『とか言ってこのひとったらここ数日ずっと気にしてたのよ。ふふっ』
『セリーヌ!余計なことを言わなくていい!』
伝声具を通じてそんな掛け合いをする叔父上と叔母上に、俺とティナは思わず笑ってしまった。
『……コホン』
叔父上は誤魔化すように咳払いをし、何ごともなかったように話を続けた。
『と、とにかく。今ヴィクトールはナディアの墓の前に居るのだな?』
「はい」
『そうか、なら少し待っていて欲しい』
待っていて欲しいと言われてからしばらく経つと俺たちの近くの空間が歪み、渦のような中からスルッと抜け出す様にして人影が現れた。
叔父上と叔母上と………お祖父様だった。
「ヴィクトール!!」
お祖父様は、初めて見た長距離跳躍に感動していた俺と目が合うと駆け寄って来て抱き締めてきた。
「ああ……!これほどまでにたったの数日が長く感じたことはありません……!会えて嬉しいですよ…」
「お祖父様…」
叔父上が苦笑しながら話してくれたことによれば、俺が長命族の里を発って数日、お祖父様は毎日俺を心配して落ち着かない様子だったそうで、
「父上がそのような様子では私も自然とお前に渡した移動拠点のことが気になってな」
と、言うわけで早速跳んできたという訳らしい。
それにしても早っ。
「父上、それくらいにして、姉上に花を手向けてやろう」
「あ、ああ。そうですね」
そろそろお祖父様の腕の中で窒息しそうだった俺は、ナイスタイミングな叔父上のツッコミにやっと解放された。
「こ、此方が母さんの墓標です」
そういって俺が目の前の木を指し示すと、お祖父様たちは木の前に立つと胸の前で手を組み目を閉じた。
俺たちもそれにならい黙礼する。
「ナディア……。ようやく会えましたね私の可愛い子」
不意に、お祖父様がぽつりとそう呟いた。
そのなんとも言えない寂しそうな響きに、思わず泣きそうになった。
「……………っ」
お祖父様は何もないところから花束を取り出して、そっと木の根本に手向けた。
キラキラと日の光を反射するその花束は、まるで硝子細工の様で。
「ナディア、お前の好きな水晶花ですよ、喜んでくれるとよいのですが……」
水晶花というらしいその花は、なるほど花びらが半透明で、叔父上が仰るには、限られた場所にしか咲かない希少種だそうで、水晶の鉱床近くに自生する正真正銘の植物らしい。
「……まあ、自然魔力の薄い外界では一日と保たんだろうが。それでも姉上の墓前に手向けるならこれだろうと思ってな、先ほど急いで採ってきたのだ」
「そうなんですか……」
お祖父様は振り向くと、さっきまでの苦しそうな表情ではなく、いつもの顔になっていた。
「感謝しますヴィクトール、お陰でナディアの墓前に来れました」
「俺の方こそ………。お祖父様と叔父上と叔母上とご一緒できてよかったです」
お祖父様は今度はニコニコと笑みを浮かべながら頭を撫でてくる。
「そう言えばヴィクトール。お前に渡した伝声具のことなのだがな」
「はい、叔父上」
本当なら城にご招待して、座ってゆっくり話したいところだけど、見た目が人族に近いと言っても、長命族の特徴である長い耳はどうしても目につく。
いくら城の使用人達が口が硬いといっても、まだ時期尚早だろう。
俺は申し訳なく思いつつも、そのまま話に応じた。
「父上によれば、伝声具の使用者と身体の一部を接触している者も声のやり取りができるのは確かだそうだ」
「そうですか、やはり」
「すみませんね、私もそんな機能があることをすっかり失念していまして」
いや、そんな機能があったお陰で、体内魔力のないティナや皆が魔法具を体験できたし。
元々伝声具は二千年前の人魔大戦の最中に開発されたもので、司令官の声を正確にかつ一度に大勢の兵士に伝達する為に造られ、量産されたもので、万が一伝達具が壊れた場合や体内魔力が枯渇した場合にも連絡がとれるように考えられた予備機能だったそうだ。
「最早大戦が終結して久しく、一族がひと処に纏まって暮らすようになってからは伝声具のような連絡手段は必要無くなってしまいましたので、これが使われたのも久しぶりなのですよ」
そう言うと、お祖父様はすっと俺の耳にある伝声具に触れてきた。
途端にフワッと耳がくすぐられるような風が吹いた気がした。
「……これでよし」
「??」
「ああ、説明もなくすまないね。これで私の魔力も登録したから、何時でも連絡ができますよ」
なるほど。
何時でもいいからお祖父様にも連絡をしなさいと、そういうことですね、分かりました。
「あら!お義父様ったらずるいわ!私も!」
結局叔母上も俺の伝声具に魔力を登録し、お三方は満足した様子で帰られた。
それを見送って、俺達もその場を後にした。
「母さん、また来るよ」
「ごきげんよう、お義母様」
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